「こころを耕す」ボランティア・コンサート
宮谷理香のふるさと訪問 PartI
2005/05/25 石川県立音楽堂交流ホール
1)モーツァルト/ピアノ・ソナタ第11番イ長調,K.331〜「トルコ行進曲」
2)ショパン/小犬のワルツ
3)リスト/ラ・カンパネラ
4)ヴィエニアフスキ/伝説曲op.17
5)クライスラー/愛のよろこび
6)サン=サーンス/組曲「動物の謝肉祭」〜「白鳥」
7)平井康三郎/「さくらさくら」によるパラフレーズ
8)リムスキー・コルサコフ/熊蜂の飛行
9)ドヴォルザーク/ピアノ三重奏曲第4番ハ短調「ドゥムキー」〜第1,2,4,5楽章
10)モンティ/チャールダーシュ
●演奏
宮谷理香(ピアノ),エヴァルド・ダネル(ヴァイオリン*4-5,9-1)
太郎田真理(司会)
Review by 管理人hs  

この日は交流ホールの上のガラス窓から会場がのぞき込めるるようになっていました
こちらはステージの上の方から客席を写したものです。
金沢市出身のピアニスト,宮谷理香さんとオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)メンバーによる入場無料のコンサートに出かけてきました。宮谷さんは今週の月曜日(23日)から金沢市内の5つの小中学校に出向き,各校の体育館で生徒向けのコンサートを連続で行うというイベントを続けてきました。今回の演奏会は,その報告のような感じで開催されたものです。

このような子供向けの演奏会というのは,多くの市町村で毎年恒例のように行っていますが,プロのピアニストがわざわざ学校に出向いて,体育館で演奏するという企画はかなり珍しいのではないかと思います。ヴァイオリニストの五嶋みどりさんがこういった活動をしているのをテレビ番組などで見たことがありますが,宮谷さんも社会的・教育的な活動に対する関心が高まっているのだと思います。

今回は,各校の体育館に置いてあるいつもは校歌を演奏しているような普通のピアノを調律し直してもらい,それを宮谷さんが弾いたということです。生徒たちはいつもと同じピアノがいつもと違う音で鳴り響くのを聞いて,さぞかし強い印象を持ったことでしょう。一生の思い出になったのではないかと思います。

演奏会に先立って,司会の太郎田さんと宮谷さんが,今回の一連の演奏会の意図についてのトークを行いました。緑色のドレスを着た宮谷さんがステージに登場すると,会場がパッと明るくなり,交流ホールが急に華やかな空間になりました。さすがだと思いました。今回の演奏会のキャッチフレーズは「こころを耕す」でしたが,その「耕す」という言葉を英語で言うと"Cultivate"という単語になります。この言葉は"Culture"の語源になっていますが,宮谷さんは,「耕す」という意味と同時に「人との交流」という意味があることを重視しているとのことです。この日の会場も”交流ホール”ということで演奏者と聴衆の交流を意識した構成となっていました。

演奏会全体は,宮谷さんの独奏,ヴァイオリンのエヴァルト・ダネルさんとのデュオ,OEKのルドヴィート・カンタさんとのデュオ,最後にピアノ三重奏という構成になっていました。これだけの内容をトークを交え,休憩なしで行っていましたので,時間的には1時間半ぐらいは掛かっていましたが,楽しいトークや親しみやすい曲が続きましたので,全体としては,全く疲れることなく和やかでリラックスできる演奏会となっていました。

最初は,宮谷さんの独奏で3曲が演奏されました。宮谷さんはトークをしながらのピアノ演奏だったのですが,どちらも大変落ち着きのあるものでした。トークの後,全然気負わずにすっとピアノ演奏に移り,非常に軽快なタッチでトルコ行進曲が始まりました。この曲は,宮谷さんが子供の頃から「親のために弾いて来た曲」だったそうです。この曲を弾くたびに「りくつな子やねぇ」と金沢弁で誉められたとのことです。全体に速目のテンポで,カラっとした感じで演奏されました。テンポも微妙に揺らしていましたが,全体にカッチリとした雰囲気がありました。他の曲についても同様なのですが,宮谷さんの演奏全体には積極的で前向きな雰囲気があり,才気走った理知的な魅力がのある演奏となっていました。

その後,「ショパンは「ピアノの○人」でしょうか?」というクイズを出したり,「ピアノは何故ピアノと呼ばれるのか」という説明をしたり学校公演そのままのネタを再現してくれました。小犬のワルツ,ラ・カンパネラともに,自由自在の大変闊達な演奏でした。

続いてヴァイオリンのエヴァルド・ダネルさんが登場しました。プログラムには,ダネルさんがOEK団員のように書いてありましたが,ゲストなのか新団員なのかはわかりません。経歴を読むと,カンタさん同様,スロバキア出身でスロバキア・フィルなどのコンサート・マスターを務めたことのある方です。NAXOSレーベルによく出てくるカペラ・イストロポリターナの芸術監督も務めたこともある方ということで,見るからに実力のありそうな雰囲気の方でした。

まず,最初にヴィエニアフスキの伝説曲という曲が演奏されました。落ち着いた気品の感じられる曲であり演奏でした。後半のミュートの音が特に渋さを感じさせてくれました。その後,ヴァイオリン奏法や表現についてのデモが行われました。「赤とんぼ」の一節が演奏されたのですが,その繊細さは特に印象的でした。その他,ドルドラの「思い出」の一節をかくし芸的な技で演奏してくれました。ヴァイオリンというのは右手で弓を引いたり押したりして演奏するのが普通ですが,弓を押した後,引く代わりに重力に任せて弓を下に落とすように(何とも形容しがたいのですが)演奏するというアクロバティックな技をさらりと見せてくれました。それが曲の抑揚とのんびりした感じにぴったりと合っていました。「赤とんぼ」共々,是非全曲を演奏して頂きたかったものです。

続くクライスラーの方は,ちょっと音程が悪い部分があり,少し粗っぽい感じのする演奏でしたが,味のある歌いまわしはこの曲の粋な明るさにぴったりでした。

続いては,お馴染みのルドヴィート・カンタさんが登場しました。カンタさんの方もチェロという楽器の持つ表現力の豊かさについて実例を交えて説明されました。チェロは人間の声に近い音ですが,カンタさんの音色はまさにそのとおりで,感情表現も人間の歌に近いということを実感させてくれました。

おなじみの「白鳥」は,弱音のデリケートさが絶妙でした。鳥肌が立つようなはかなさのある演奏はカンタさんならではです。「さくら」の方は,OEKのアンコールの定番である「今様」を思い出されてくれる雰囲気がありました。和風の歌の味わい深さを実感させてくれる演奏でした。熊蜂の飛行は”ザ・速攻”という感じの演奏でしたが,熊蜂という言葉ほど荒々しいものではなく,やはりデリケートさを感じさせてくれるものでした。

最後のコーナーでは,3人でドヴォルザークのピアノ三重奏曲「ドゥムキー」の抜粋を演奏しました。子供向けの演奏会の最後に演奏される曲としては骨のある曲でしたが,テンポの変化が大きく,メロディも美しいので,子供たちもピアノ三重奏という編成の豊かさを実感できたのではないかと思います。この演奏の前に宮谷さんは,「あわせる」という言葉を具体的に言うと(1)目をあわせる,(2)呼吸をあわせる,(3)心をあわせるの3点になると語られていましたが,「ドゥムキー」のようなテンポの変化の大きい曲については,特にこの3点が視覚的にも実感できました。

この曲は,大変テンポの緩急の差の大きな曲なのですが,全体としてみると確固としたテンポによる堂々たる演奏となっていました。スロバキア出身の2人よる歌の共演も聞きものでした。お国ものを演奏しているという落ち着きの感じられる演奏でした。

最後にアンコール的にチャールダーシュが演奏されました。これは,3月に行われたOEKのチャリティ・コンサートで演奏されたものと同様のアレンジでし,ヴァイオリンとチェロの掛け合いが聞きものでした。ヴァイオリンとチェロの音の高さがピタリと揃う面白さを味わうことができました。

今回の演奏会は,何と言っても宮谷さんのトークが楽しいものでした。生まれ故郷での演奏会という条件も加わり,大変和やかなムードに包まれていました。こういう雰囲気のコンサートは大人から子供まで楽しむことができます。宮谷さんは,現在は東京在住のようですが,これからも定期的に金沢で演奏活動を行っていってもらいたいものです。宮谷さんの金沢での演奏会は,室内楽公演が多いのですが(6月にも室内楽公演が北國新聞社の喫茶「杜」で行われます),時には宮谷さん単独の演奏による本格的なピアノ・リサイタルというのを聞いてみたいものです。

PS.宮谷さんのボランティア・コンサートのパート2は,秋にもいくつかの金沢市内の小中学校で行われる予定です。

PS.この日は演奏会の最初と最後に司会者の太郎田さんが登場し全体を締めていましたが,少々トークの調子が高く,大げさ過ぎると感じました。演奏会の後にサイン会が行われたのですが,演奏会の後「今からはCD販売とサイン会の時間となります。さぁどうぞ」という感じで強引に言われると,逆に気持ちが引いてしまいました。というわけで,今回はサイン会には参加してきませんでした。(2005/05/27)