オーケストラ・アンサンブル第183回定期公演PH
2005/06/06 石川県立音楽堂コンサートホール
1)メンデルスゾーン/序曲「フィンガルの洞窟」op.26
2)リスト/ピアノ協奏曲第1番変ホ長調
3)(アンコール)ラフマニノフ/前奏曲ハ短調op.23-7
4)メンデルスゾーン/劇音楽「真夏の夜の夢」op.21,61(脚本:響敏也)〜序曲,スケルツォ,情景,まだらの蛇さん,間奏曲,夜想曲,結婚行進曲,大団円
●演奏
モーシェ・アツモン指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-2,4
リーズ・ドゥ・ラ・サール(ピアノ*2,3)
西野薫(ソプラノ*4),池田香織(メゾソプラノ*4),太郎田真理(語り*4),オーケストラ・アンサンブル金沢合唱団女声コーラス(合唱指揮:佐々木正利)*4
池辺晋一郎(プレトーク)
Review by 管理人hs  レイトルーさんの感想i3miuraさんの感想
小人の踊りさんの感想 

6月というのは,1年でいちばん昼の長い季節ですが,今回のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演には,そのシーズンにぴったりの音楽が並びました。後半に演奏されたメンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」の音楽は当然として,他の2曲も爽やかな気分を持った演奏でした。

指揮のモーシェ・アツモンさんは,日本ではおなじみの指揮者ですが,OEKの定期公演には初登場だと思います(年末第9公演には登場したことがあります)。これ見よがしの派手な部分はなく,演奏会全体に,落ち着いた気分と密度の濃さが漂っていました。

最初の「フィンガルの洞窟」は,水彩画風の淡々とした演奏でした。風景が静かに流れていくような落ち着きがありました。第2主題は少しテンポを落としますが,情緒におぼれるような感じはなく,静かに情景を描いているような感じでした。木藤さんのクラリネットもさらりとしたものでした。以前,ピヒラーさんの指揮でこの曲を聴いた時は非常にドラマティックに感じましたが,今回のような穏やかな演奏も良いなと感じました。

次のリストは,この日いちばんの聞き物でした。何と言ってもソリストのリーズ・ドゥ・ラ・サールさんの素晴らしさに尽きます。リーズさんは,日本ではまだほとんど無名のフランス出身の若手女流ピアニストですが,その予備知識がなかった分,聴衆はその素晴らしさに圧倒されていました。休憩時間中,ロビーを歩いていると「すごかった」「本当にすごかった」という声があちこちから聞こえてきました。年齢的にはテニスのシャラポワと同じぐらいですが,怖いもの知らずの伸びやかさには,どこか共通する点があると思いました。リストのピアノ協奏曲を生で聞くのは初めてのことでしたが,こういう物怖じしない,スカっとした演奏で聞くと大変聞き映えがします。逆に,選曲の勝利とも言えそうです。

リーズさんが赤いドレスでステージで登場すると,会場は一気に華やかな雰囲気になりました。オーケストラの気合の入った序奏に続き,ピアノが何のためらいも無く,はやるようなテンポで入ってきます。最初の部分は音が抜けていたような気もしましたが,大変気持ちの良い出だしでした。その後も速目のテンポで音楽が湧き出てきます。若さの特権,といった感じのピアノでした。

ピアノの音自体は重苦しいものではなく,大変明るく,常にしなやかさを感じさせてくれるものでした。音量的にも十分な迫力を感じさせてくれるものでしたが,叩きつけるような荒々しさはなく,常に伸びやかさを感じさせてくれるのが素晴らしい点でした。

ノクターン風の2楽章での堂々とした落ち着きも見事でした。ヤングさんのヴァイオリンや上石さんのフルートとの絡みをはじめとして,常に瑞々しい美しさを感じさせてくれました。

第3楽章では,リーズさんのピアノの弾むような音と渡辺さんのトライアングルとが見事なやり取りを聞かせてくれました。ここででもリーズさんのキレ味の良い音は本当に見事でした。彼女はフレーズの最後で音を短く切るときに,パッと手を高く上げる動作をするのですが,それを見ているだけで若々しい躍動感を感じました。

フィナーレでは,ますます音楽の流れが良くなりました。OEKの方とのやりとりもスリリングで,「若いエネルギーに負けられるか」という熱気の漂う演奏となりました。遠慮のない,伸びやかさにオーケストラの方も見事に乗せられていたのではないかと思いました。

鳴り止まない拍手に応えて,ラフマニノフの前奏曲がアンコールで演奏されました。こちらの方は,17歳という若さよりは,堂々とした貫禄を感じさせる見事な演奏でした。OEKは,これまで数多くのピアニストと共演してきましたが,その中でも特に鮮烈な印象を残してくれたピアニストだったと思います。

後半の「真夏の夜の夢」は,ソプラノ,メゾソプラノ,女声合唱,ナレーター付きの演奏でした。OEKがこういう形でこの曲を演奏するのは初めてのことです。完全全曲ではありませんでしたが,ナレーションで補いながら聞くには丁度良い長さでした。

アツモンさんの作る音楽は,非常に落ち着きのあるものでした。有名な結婚行進曲などは,あまりにも有名なので,改めて聞くとちょっと気恥ずかしさを感じる恐れもあるのですが,こういう落ち着きのある演奏で聞くと曲の良さの方を素直に感じます。全曲に渡り,じっくりとしたドイツ音楽風の聞き応えのある音楽を作っていました。その中からメルヘンの気分が自然に湧き出ていました。

今回の演奏はナレーション入りでしたが,この点については完全に成功したとは言えなかったと思います。語りは「ただいまのベルは,開演5分前をお伝えしました...」という音楽堂のアナウンスを担当されている太郎田真理さんだったこともあり,「どこかで聞いたことのある,おなじみの声だ」と全く違和感を感じなかったのですが,その違和感のないスムーズすぎる感じが,音楽の持つメルヘン的な気分とはずれていた気もしました。太郎田さんは,オルガン・ステージの上で語っていたのですが,少々マイクの音が遠くて聞きにくいところもありました。

シナリオは,これもまたプレトークやプログラム解説でおなじみの響敏也さんが書かれたものだったのですが,そのかなり説明的なシナリオも好みが分かれたかもしれません。もう少し詩的な内容を期待した人もいたと思います。

ただし,このシナリオは非常に分かりやすいものでした。シェイクスピアの劇はどれも人物関係がややこしいのですが,オルガン・ステージの手摺に主役4人の名札をひっかけ,それを左右に動かしながら,大変要領よく物語が語られました。この辺は太郎田さんの語りの滑らかさが生きていました。

ちなみにこのドラマの主要人物は「ライサンダー(♂)−ハーミア(♀)」「ディミトリアス(♂)−ヘレナ(♀)」という2組の男女ペアです。この4人がいたずら好きの妖精パックの塗った惚れ薬のせいで,あれこれペアが組み変わってしまうというのがこのお話の面白い点です。響さんのシナリオでは,ハーミアの名前の前に常に「もてないハーミア」という枕詞がついていたのですが,こういう細かい技が巧いと思いました。ハーミアという人物が目の前にいるわけではないのに,次第にハーミアという人物がインプットされていきました。

というわけで,このシナリオを聞きながら,「面白そうな話だ,是非,原作の演劇を見てみたい,読んでみたい」と思ってしまいました。そういう意味では響さんの得意なプレトーク的なシナリオだったとも言えます。今回の響さんのシナリオは,いろいろな人物の声色を使い分けるような部分もあったので,むしろ芸達者な落語家あたりが担当した方がぴったり来たかもしれません。

序曲の冒頭のフルートの音程はちょっと不安定な感じがしましたが,全体としては,暖かみのあるほんわかとしたムードに包まれた演奏でした。途中からチューバが加わるのですが,その音も効果的でした。ベルガマスク舞曲の部分ではリズムの力強さが印象的でした。

スケルツォや情景では,急ぎ過ぎない地に足の付いたアンサンブルを楽しむことができました。間奏曲後半ののんびりとしたムードにも味がありました。

女声合唱と女声ソリスト2名の加わった「まだらの蛇さん」は,なかなか生で聞く機会のない曲ですが,とても良い曲です。控えめな合唱の上にしっとりとした二重唱が加わると,まさにメルヘンの世界となりました。ソリストの西野さんと池田さんはステージ奥の合唱団の手前で歌われていましたが,やわらかな合唱の中からしっかりと声が浮かび上がっており,全曲の中でも特に印象に残りました。とても親しみやすいメロディを持った曲なので,演奏会の後にもずっと耳に残りました。

ノクターン最初に出てきた金星さんのホルンの音は,まさに夜の森のムードを伝える朗々としたものでした。ただし,テンポがオーケストラより微妙に速い感じで,少し違和感を感じました。

おなじみの結婚行進曲は,冒頭に出てくるトランペット3本による整ったファンファーレから,華やか過ぎないまとまりの良さがありました。十分な抑制がきいており,全曲の中でこの曲だけが浮き上がることはありませんでした。

大団円は,序曲のメロディが再現し,合唱とともに静かに閉じられます。この部分では,ナレーションと音楽とがかなりかぶっていました。このナレーションが入るため,フルートの音などは,通常よりもかなり長く音を伸ばしていました。この終曲のシナリオは非常に詩的で,原作の味に近いものだったと思います(原作を読んでいないのですが,それまでの説明的なシナリオとはかなり雰囲気が違っていました)。太郎田さんの語りとオーケストラ,合唱とのタイミングはぴったりで素晴らしかったのですが,個人的には,この部分ではもう少しシンプルに音楽だけをゆったりと聞かせてもらった方が良かったような気がしました(最後の最後に携帯電話が鳴ったのも残念でした)。

というわけで,ナレーション入りの演奏というのは,親しみが湧くと同時に難しい点も多いと感じました。今回の演奏会は,北陸朝日放送でテレビ収録をしていましたが,テレビの映像を通してみるとこの物語がどのように聞こえるのかを比較してみたいと思います。それと...リーズ・ドゥ・ラ・サールさんのピアノをもう一度楽しむことができるというのが何よりも楽しみです。

PS.演奏会の後,すっかり恒例となった出演者&OEK団員によるサイン会が行われました。今回はソリスト3名も加わり大サイン会という感じになりました。
指揮者のモーシェ・アツモンさんのサインです。 ソリストのリーズ・ドゥ・ラ・サールさんは特に人気だったようです。このCDはラフマニノフとラヴェルの独奏曲が収録された彼女のデビュー録音です。 ソプラノの西野薫さん,メゾ・ソプラノの池田香織さん,語りの太郎田真理さんのサインです。 団員の皆様のサインです。もらっているうちに誰のサインかわからなくなりそうでした。左上から,谷津さん,藤井さん,ルータ・リピナイティーテさん,古宮山さん,ヴォーン・ヒューズさん,アビゲイル・ヤングさん,竹中さん,インドレック・サラップさんです。
(2005/06/07)



Review by レイトルーさん  

>テニスのシャラポワと同じぐらいの年齢だと思うのですが,怖いもの知らずの伸びやかさ

若々しくて 気持ちがよかったですね。あまり ピアノ曲は聴きませんが 楽しめました。

>後半の真夏の夜の夢の方はソプラノ,メゾソプラノ,女声合唱,ナレーター付きの演奏でしたOEKとしてもこういう形での上演は初めてだと思います。

 企画は面白いと思いますが ナレータのマイク音のフィルタリングが低音がこもり 聞きづらく しかも 正面の目に付くところに。  これに気持ちがいき 音楽を聴く気持ちがなえたようで、ちょっとがっかりでした。やっぱり ナレータは聞きやすく 邪魔にならないほうが、と思うのは 年のせいでしょうか。

> (最後の最後に携帯電話が鳴ったのも残念でしたが)。

  いやー 正直 思わず自分の携帯を確認しました・・・。
(2005/06/07)



Review by i3miuraさん  

ご無沙汰しております。
今回の演奏会、企画としては大変面白かったと思います。ただ、僕の席からは、太郎田さんのナレーションが少々聴きづらかったのが残念です。

今回のソリストのドゥ・ラ・サルさんですが、彼女の公式Hpを見た所、16.7才らしいですね〜。何の予備知識もなしに聴いたので、正直ビックリしました。将来が期待できる逸材ではないでしょうか?

ただ、今回の演奏会はHABのカメラの人が横にいて、カメラを切り替えるたびにカチカチ音が鳴るのが気になりました・・・
(2005/06/07)



Review by 小人の踊りさん  

初めまして、小人の踊り ともうします。
OEKがリストのピアノ協奏曲第1番を演ると聞き、昨晩初めて定期演奏会へ行ってきました。(ですから、個人的にはメンデルスゾーンの方は“おまけ”。)

率直に言って、ピアノ協奏曲第1番は予想を上回る好演(熱演)でした。
比較するのもナンですが、予習として何度も聴いた ジョルジュ・シフラの'71年録音(シフラJr.指揮、パリ管弦楽団)に近いか それ以上かなぁ、と。

リーズ・ドゥ・ラ・サール嬢の弾きっぷりは、シフラからアクの強さを少し抜いて若者らしい溌剌さを注入したような(随分失礼な表現かも?)感じで、これからがとっても楽しみです(いろんな意味で)。

もちろん、トライアングルの活躍も聴き所でした。第3楽章での、ラ・サール嬢のピアノとの掛け合いも良かったですねぇ。

そして ひたすら明るい第4楽章は、オーケストラもピアノも大爆演!

興奮醒めやらぬ会場は拍手が鳴り止まず、ついには ラ・サール嬢のアンコール演奏を引き出してしまいました。

ところで、あのアンコール曲の曲名は何だったのでしょうか?
(2005/06/06)