ピアノの詩人ショパン:心の旅
第2回 別れ,そして運命の出逢い

2005/06/21 石川県立音楽堂交流ホール
ショパン/ワルツ変イ長調op.69-1「別れ」(1835)
ショパン/マズルカ嬰ト短調op.33-1(1838)
ショパン/マズルカニ長調op.33-2(1838)
ショパン/マズルカハ長調op.33-3(1838)
ショパン/マズルカロ短調op.33-4(1838)
ショパン/バラード第2番ヘ長調op.38(1839)
ショパン/24の前奏曲op.28(1839)
(アンコール)スクリャービン/左手のための前奏曲
●演奏
田島睦子(ピアノ),大野由加(ナビゲーター)
Review by 管理人hs
石川県立音楽堂交流ホールで6回シリーズで定期的に行われている「ショパン:心の旅」の第2回目に出かけてきました。今回はショパンをめぐる2人の女性(マリア・ヴォジンスカとジョルジュ・サンド)に焦点を当て「別れと出会い」というテーマで選曲がされていました。

このシリーズには,石川県内の若手ピアニストが次々と登場してくるのですが,今回は全曲,田島睦子さんの演奏でした。田島さんは数年前の石川県新人登竜門コンサートの合格者で,その後も音楽堂でのコンサートなどに度々登場しています。1人で1回の演奏会を全部まかなうのは田島さんだけですので,それだけこのシリーズ全体のプロデューサでもある大野由加さんの信頼が厚いと言えそうです。

演奏の方も期待どおりのものでした。何と言っても後半に演奏された24の前奏曲が見事でした。真っ向勝負で一気呵成に聞かせてくれました。この曲は,いろいろな気分がめまぐるしく交錯するような曲ですが,その気分の変化がピタリと決まっており,田島さんの思いがストレートにピアノの音として反映していました。最後の曲などは,少々「ムタムタ(金沢弁)」という感じで,磨きぬかれた演奏という感じではではありませんでした。しかし,嵐のような勢いで大曲に立ち向かう姿は見ていて魅力的でした。

特に印象的だったのは,中盤の「雨だれ」の前後です。この曲は短調と長調が交互に出てくるのですが,その気分の変化の切れ味の良さは見事でした。「雨だれ」の直後の第16番での生き生きとした音の流れは感情のほとばしりそのものでした。長調の曲は比較的叙情的な曲が多く,全体にさらりと演奏していたのに対し,短調の曲の方では力強さやドラマを感じさせてくれるものが多かったと思います。

前半のプログラムを聞いた感じでは,少々この大曲を弾くには線が細いような気がしたのですが,それは杞憂でした(外観がスマートな方でしたので惑わされました)。どの曲もしっかりと弾き込まれ,パワーが全開さたような爽快感がありました。24曲の性格を弾き分けながら,その全体をカタマリとしてバーンと聞かせてくれるというのは簡単にできることではないと思います。金沢でこの曲の全曲演奏がされるのは比較的珍しいことですが(ずっと以前,ルドルフ・ゼルキンさんが金沢で公演を行ったことを時にこの曲を弾いたのを覚えています。),改めて良い曲だと実感させてくれるような演奏でした。

田島さんは前半最後のトークで,「何か最後に大曲を弾いて下さい」というリクエストに対して,「がっちりとした構成感のあるソナタよりは,ショパンの日常での様々な感情をそのまま曲にした前奏曲集の方を弾いてみたいので,この曲を選んだ」と語っていました。この選曲は大正解だったと思います(ただ,田島さんは,トークにはかなり苦労されていました。大野さんが巧くフォローしていましたが,実はかなり緊張されていたのかもしれません)。田島さんの感性とピッタリとマッチした演奏でした。

前半は,前奏曲集に比べると少々物足りなさを感じました。田島さんの音はたっぷりと響くというよりは,硬質ですっきりした感触があるのですが,その辺がワルツ,マズルカ辺りだとコクが不足しているように感じました。それと,こういう3拍子系のリズムの曲はなかなか味わい深く聞かせるのは難しい面があります。「別れのワルツ」などは,かなりねっとりとタメを作って演奏していましたが,どこかしっくり来ませんでした。速くするとせっかちに聞こえるし,なかなか曲者です。

ワルツ,マズルカに比べると前半最後に演奏されたバラード第2番は静かな部分とダイナミックな部分との対比が明確に付けられており聞き映えがしました。田島さんは,24の前奏曲でもそうでしたが,コントラストの強い曲での鮮やかな対比をドラマティックに聞かせるのが得意なのではないかと思いました。

アンコールでは,「ショパンの旅」というタイトルを無視してスクリャービンの曲が演奏されましたが,ショパンの曲との違和感が全くありませんでした。左手だけで演奏しているのに両手で弾いているような豊かさを感じさせる曲でした。

今回の大野由加さんによる進行も,第1回同様,落ち着いた語り口による素晴らしいものでした。トークはかなり長かったのですが,演奏される曲と関連づけられた内容の詰まった話でしたので,全然退屈ではなく,演奏とのバランスは丁度良いと思いました。お客さんの中には主婦のような方が目立ちましたが,「ショパンをめぐる2人の女性」という切り口は,特に興味をそそる内容だったのではないかと思います。「ドラクロアの描いたショパンの肖像画は実は,ジョルジュ・サンドの肖像画とセットだったが,後で分割されてしまった」といったエピソードも満載で,このシリーズを全部聞けば,すっかりショパン通になれそう,と思わせるような分かりやすくてためにになる解説でした。前回同様,原稿を見ずにスラスラと固有名詞が出てくるのにも感心しました。

8月に行われる第3回目ではショパン作曲の室内楽という珍しい作品が取り上げられるとのことです。大野さんの解説と合わせて期待したいと思います。(2005/06/22)