オーケストラ・アンサンブル第185回定期公演PH
2005/07/06 石川県立音楽堂コンサートホール
1)メンデルスゾーン/ヴァイオリン,ピアノと弦楽のための協奏曲ニ短調
2)ウォーロック/キャプリオル組曲
3)モーツァルト/交響曲第38番ニ長調K.504「プラハ」
4)(アンコール)ドヴォルザーク/弦楽のためのセレナードホ長調〜第4楽章
●演奏
オーケストラ・アンサンブル金沢
安永徹(リーダー&ヴァイオリン*1),市野あゆみ(ピアノ*1)
間宮芳生(プレトーク)
Review by 管理人hs

2004〜2005年のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演シリーズの締めくくりは,ベルリン・フィルのコンサート・マスター,安永徹さんの弾き振りによる演奏会でした。安永さんは,OEKに過去2回客演していますがいつもエキストラ奏者なしで,純粋な室内オーケストラとしてのOEKの魅力を引き出してくれます。今回も過去2回の定期公演の時同様,OEKの各奏者の自発性を生かした素晴らしい演奏会となりました。

プログラムは,前半,市野あゆみさんのピアノを交えて,メンデルスゾーンの珍しい協奏曲が演奏された後,後半,ウォーロックとモーツァルトの「プラハ」で締めるという渋い内容でした。モーツァルトの「プラハ」が演奏会のトリに来る構成は珍しいと思うのですが,全く不満なところはありませんでした。これだけ充実した「プラハ」はなかなか聞けないのではないか,と思いました。

この日の編成は,過去2回同様,第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが左右に分かれ,コントラバスとチェロが下手側に来る対向配置でした。指揮者なしだと,各奏者が視線でコンタクトを取っている様子がよく分かります。熟練した室内楽演奏を聞くような親密さと緊張感が感じられました。

前半最初のメンデルスゾーンのヴァイオリン,ピアノと弦楽のための協奏曲は,メンデルスゾーンが10代前半に書いた曲です。メンデルスゾーンの若書きの曲はどれもそうなのですが,その年齢が信じられないほど充実した雰囲気のある曲でした。30分以上掛かる大作で,少々長いかなという部分もありましたが,大変聞き応えがありました。隠れた名作だと思います。

この曲は,私自身,初めて生で聞く曲だったので,あらかじめアルゲリッチとクレーメルがオルフェウス室内管弦楽団と共演したCDを聞いておきました。その演奏とはかなり印象が違いました。このCDでは,特にアルゲリッチが逞しく演奏しており,ゴージャスさと鋭さを感じさせてくれますが,今回のOEKの演奏は,もう少し室内楽的で落ち着いた雰囲気がありました。

この演奏では,安永さんは独奏ヴァイオリンとしてステージ中央に立って演奏されていました。市野あゆみさんのピアノともども「出しゃばり過ぎないのにしっかりと主張をしている」という演奏でした。二人ともOEK団員同様,黒っぽい地味な服装でしたので,ソリストというよりはオーケストラの中の奏者として演奏しているようでした。

曲はバロック音楽風で始まります。これが予想よりもひっそりとした感じでした。序奏部を除くとOEKの方は全般にかなり控え目でした。途中からはヴァイオリン・ソナタ風になるのも独特でした。”シュトルム・ウント・ドランク”といった切迫した感じの部分やロマンティックに歌わせる部分など,かなり変化に富んだ曲なのですが,安永さんと市野さんの節度とある安定感のある演奏で聞くとまとまりの良さの方を感じました。特に安永さんの浮ついたところのない落ち着きのある音色は安永さん自身の人柄をそのまま反映しているようでした。ゆったりと歌わせる部分での安心感が特に素晴らしいと思いました。 

第2楽章の最初の部分はオーケストラだけで演奏されるのですが,その暖かみのある音は,安永さんのヴァイオリンの音色が乗り移ったようでした。楽章途中からは,やはりヴァイオリン・ソナタのような感じになるのですが,ここでもしっとりとした落ち着きが印象的でした。

第3楽章は,前楽章とは対照的に動きが出てくるのですが,ここでもハメを外し過ぎるところはありませんでした。アルゲリッチの演奏だと,途中何回も出てくるピアノの上向していくフレーズなどが非常に逞しいのですが,市野さんの演奏だと,むしろ端正な感じでした。安永さんも市野さんも技巧が安定しているせいか,難しいパッセージを演奏しても,「これみよがし」という雰囲気にはなりません。この曲は,かなり長い曲ですので,アルゲリッチ&クレーメル盤のような華やかさがあった方が楽しく聞けるとは思うのですが,曲の持つ本来の雰囲気としては,安永さんと市野さんの落ち着いた演奏の方が近いような気もしました。

当初は引き続いてウォーロックの曲が演奏されるはずでしたが,休憩の入れる場所が変更になったとのアナウンスがあり,ウォーロックの方は後半最初に演奏されました。メンデルスゾーンの曲は予想以上に長い曲でしたので,この形で良かったと思います(後半が「プラハ」だけになると,かなり時間的なバランスが悪いと思います)。

このウォーロックの曲も「隠れた逸品」的な作品でした。私自身,CD・生を通じて初めて聞く曲でしたが,レスピーギの「リュートのための古代舞曲とアリア」のイギリス版といった感じの曲で大変楽しめました。シェイクスピア劇の伴奏などに使ってもぴったり来ると思いました(悲劇的な部分以外ですが)。

曲は6つの舞曲から成っています。ただし,アルマンド,クーラント...といったおなじみの古典的な舞曲ではなく,イギリス民謡風の曲が並んでいます。各曲間にテンポの変化があり,しかも曲の性格がどれも違っていたので,全く飽きることがありませんでした。ピツィカートが出てきたり,アッチェレランドがかかったり,突如強いアクセントが出てきたり...とどの曲にも生気が溢れていました。英国の古楽の雰囲気に,少し現代風のスパイスを加えたような曲で全体に自由な気分に溢れていました。

OEKの演奏は,特に低音が充実しているように感じました。そのこともあり,曲全体に威厳と格調の高さがありました。その一方,最後の曲などではユーモアや遊びの精神も感じました。この曲も前半同様,弦楽合奏だけによる演奏でしたが,安永さんがリーダーの席に座っていることによる安心感が,余裕のある音楽を生んでいたように感じました。

演奏会の最後はモーツァルトの「プラハ」交響曲で締められました。これが立派な演奏でした。この曲がトリというのは,かなり珍しいと思うのですが,それに相応しい聞き応えのある演奏になっていました。

第1楽章の序奏部は,この曲の大きな聞き所の一つです。その一音一音に深い意味が込められたような集中力の高さが非常に印象的でした。安永さんは大き目のモーションで演奏していましたが,全員がその動きにピタリと付けていました。一点一画もおろそかにしない迫力が演奏全体からにじみ出ていました。ティンパニとトランペットもかなり強いアクセントをつけていましたが,「過激な古楽器演奏」という感じではなく,全体のバランスが取れていました。弦楽器の方もすっきりとした響きを主体に演奏していましたが,こちらも古楽器風という感じではありませんでした。

この序奏部では,遅いテンポに加え,緊張感のある間が時折入るのも印象的でした。しかし,全体にリズムのキレが良いのでもたれた感じはしませんでした。この序奏に続く,主部もそれほど速いテンポではなく,じっくりとOEKの各楽器の音を聞かせてくれました。前回の共演の際の「ジュピター」の時もそうだったのですが,いつも聞きなれたのとは少し違うフレージングが出てきたり,強弱のメリハリをはっきりとつけているのも特徴でした。聞き手の好奇心をくすぐってくれるような演奏になっていたと思います。

こういった表情付けをかなり細かく付けていたのですが,あいまいな部分が無く,表現が徹底ていたので,嫌味な感じはしませんでした。安永さんとOEKの奏者たちとの相性の良さを感じました。

各パートの音色がはっきりと聞こえたのも特徴でした。管楽器を中心としたOEKの奏者の自発性の強さを感じました。1楽章ではファゴットの非常にしっかりとした音が,メロディの合間からしっかりと聞こえてきたのが印象的で,聞いていて嬉しくなりました。呈示部の繰り返しは行っていました。

第2楽章はサラリとした流麗なテンポで始まりました。しかし,途中オーボエを中心とした木管に暗い旋律が出てくる部分では,どきりとさせるようなデフォルメされた表現を聞くことができました。最初の方がさらりとしていただけに,とても印象的でした。木管楽器群は水谷さんのオーボエを中心にとてもよくまとまっており,弦楽器群と対話をするような感じがありました。独特の雰囲気のある第2楽章でした。

第3楽章は,それほど速いテンポではなく,ガッチリとした重さを感じさせる演奏でした。これまでの楽章同様,弦楽器を中心としてオヤっと思わせるような表情付けをしていたのも特徴でしたが,作為的な感じには聞こえませんでした。細かいところまで,OEKの奏者が納得して演奏しているからだと思います。この楽章の呈示部の繰り返しも行っていました。

この楽章は「フィガロの結婚」的なムードを持っているとよく言われるのですが,今回の演奏は,かなりシリアスな気分がありました。全曲を通じて,対位法的な音の動きが要所で出てくる曲なのですが,その辺がビシリと決まっていたからだと思います。第3楽章については,もう少し「フィガロ」的な軽妙さのある方が良いような気もしましたが,逆に言うと,演奏会のトリに相応しい立派な気分が出ていたとも言えます。

というわけで,安永/OEKの作る独特の世界と「プラハ」という曲の良さとを同時に認識させてくれるような素晴らしい演奏でした。

盛大な拍手に応えて,ドヴォルザークの弦楽セレナードの中の第4楽章が演奏されました。非常にたっぷりとした演奏で,メジャー・オーケストラを聞くような高級な弦の響きを堪能できました。

今回のような「知られざる名曲+古典派交響曲」というプログラミングは,安永さんの弾き振りの際レパートリーの基本になっているようです。OEKお得意の現代曲だけではなく,古典派以前の分野で,こういった知られざる名曲を紹介してくれるようなプログラミングはOEKのレパートリーを広げていく上でも歓迎したいと思います。今回の演奏会は,ライブ録音していましたので,今からどういうCD録音になったのか聞いてみるのがが楽しみです。特にウォーロックやメンデルスゾーンはCD録音も少ないので,注目を集めるのではないかと思います。

安永さんは,OEK団員の支持が非常に高いことが,ステージ上の雰囲気を見ていてよくわかりました。これからも定期的にOEKに客演をしてもらいたいと思います。

今回のプレコンサートは, 松井さん,ヒューズさん,石黒さん,古宮山さん,早川さんによる弦楽五重奏でした。ロビーは大勢のお客さんで溢れていました。
PS.4月以降,すっかり恒例になったプレコンサートが今回も行われました。私がロビーに入った時は既に次のメンバーによるプレコンサートが始まっていました。演奏されたモーツァルトの弦楽五重奏曲ト短調の第1楽章は,ホール内でじっくり聞いてみたいような充実した作品ですが,その暗いムードは最初に演奏されたメンデルスゾーンの曲への絶好のプレリュードになっていました。

PS.終演後には,これもすっかり恒例となった団員を交えた「大サイン会」が行われました。今回は安永さんが登場することもあって,いつもにも増して賑わっていました。安永さんとOEKによる\1000のCDもよく売れていたようでした。

安永さんと市野さんのお二人のサインを1枚のCDジャケットの上にもらいました。よい記念になりました。 コンサートマスターの松井さんにはプログラムの上にサインを頂きました。 今回は,次の方々のサインを頂きました。左上からヴァイオリンの上島さん,ヴィオラの石黒さん,コントラバスのミッチェルさん,ヴァイオリンのトロイさん,フルートの岡本さん。
(2005/07/08)