小川典子&田部京子ピアノ・デュオ・コンサート
2005/07/15 こまつ芸術劇場うらら小ホール
モーツァルト(グリーグ編曲)/ソナタ第15番K.545
シューベルト/幻想曲D.940(ピアノ連弾)
ルトスワフスキ/パガニーニの主題による変奏曲
ホルスト/組曲「惑星」〜火星,金星,木星
サン=サーンス/組曲「動物の謝肉祭」〜白鳥,フィナーレ
ラヴェル/ラ・ヴァルス
(アンコール)ミヨー/スカラムーシュ〜第3曲「ブラジレイラ」
●演奏
小川典子,田部京子(ピアノ)
Review by 管理人hs

今回は,はるばる小松市まで出かけて,「小川典子&田部京子ピアノ・デュオコンサート」を聞いてきました。昨年出来た「こまつ芸術劇場うらら」に一度行ってみたかったことも出かけてきた理由の一つです。我が家から車で1時間ちょっとかかりましたが,JR小松駅前という分かりやすい場所にありますのですんなりと到着できました。「駅から徒歩1分」という立地条件は金沢駅前の石川県立音楽堂とほぼ同じです。

今回のコンサートですが,小川典子さんと田部京子さんという日本を代表する中堅ピアニスト2人によるデュオという贅沢なものでした。ピアノ・デュオの演奏会が県内で行われる機会は比較的少ないのですがプログラムの方は,見るからに面白そう,というような曲が並んでいました。アルゲリッチとフレイレが1980年代に録音した有名なピアノ・デュオ・アルバムに収録されているラヴェルのラ・ヴァルスとかルトスワフスキの変奏曲をはじめとして,2台のピアノによる多彩な表現力を味わわせてくれるプログラムが並びました。

その期待どおり大変充実した内容でした。お腹一杯おいしいものを食べたような満腹感がありました。お二人の衣装は,”お揃い”というわけではありませんが,銀色で統一されていました。これもまた豪華な雰囲気をかもし出していました。

今回,演奏会の行われたうらら小ホールは250席というリサイタルや室内楽にちょうど良い大きさなのですが,天井が高いこともあり,ダイレクトな音だけではなく,間接的な響きも十分ありました。激しい曲が多かったのに,どの曲でもピアノの響きの美しさを感じることができたのは,このホールの響きの力による部分もあったのかもしれません。大変聞きやすい響きのするホールでした。

ステージ上にはピアノが2台向き合って並べられていました。上手のピアノの方は蓋が完全に取り払われ,下手のピアノにだけ蓋が付けられていました。詳細は不明ですが,下手側がメロディを担当することの多い第1ピアノ,上手側がリズムや低音部を担当することの多い第2ピアノという分担になっていたようです。前半は第1ピアノが小川さん,第2ピアノが田部さんでした。曲の合間にトークも入ったのですが,前半は田部さん,後半は小川さんが担当していました。

最初の曲は,モーツァルトのピアノ・ソナタをグリーグが2台のピアノ用に編曲した曲でした。K.545のソナタは,ピアノの教材として有名な曲ですが,「ドーミーソ...」とハ長調のシンプルなメロディが明るく流れてくると,思わず顔がほころびそうになります。第1ピアノの小川さんがモーツァルトが書いた音符を演奏し,第2ピアノの田部さんが,グリーグが付け加えた音符を演奏していたのですが,古典的なモーツァルトの曲が少しお化粧をして,ロマン派の曲になったような面白い味わいがありました。全体に余裕たっぷりのテンポで明るく演奏されており,大変健康的でした。開演にぴったりの曲であり演奏でした。

第2楽章は,小川さんが単独で演奏した最初のメロディが本当に滑らかに歌われていました。シンプルなメロディの美しさがダイレクトに生かされており,見事でした。第3楽章も速いテンポではなかったので,2台のピアノが気軽におしゃべりを交わしているような雰囲気がありました。田部さんが時折加えていた,カデンツァ風のメロディも大変気が効いていました。数年前,NHK-FMで放送していた「おしゃべりクラシック」という番組の終わりのテーマがこの曲のこの楽章でしたが,まさに「おしゃべり」という感じの演奏でした。演奏後のお二人の笑顔もこの演奏にぴったりでした。

続くシューベルトの幻想曲は連弾で演奏されました。この日のプログラム中,この曲だけが連弾でした(高音部を田部さん,低音部とペダルを小川さんが担当してました)。シューベルトの晩年の作品だけあって,非常に充実した気分のある曲でした。最初のメロディは大変せつないものでした。田部さんは,ソロでもシューベルトのソナタなどをよく演奏されていますが,今回の演奏も,大変叙情的でシューベルトにふさわしいものでした。途中からは,シューベルトととは思えないほど堅固な雰囲気になります。4手が絡み合うことで,次第に立体的に盛り上がっていきます。最後のクライマックスも非常に聞き応えがありました。

前半最後のルトスワフスキは,力のこもったスリリングな演奏でした。ピアノの音も全開になっていました。個人的にはこの日演奏された曲の中でいちばん印象に残りました。連弾の場合,「2人で協力して一つの音楽を作る」という感じですが,2台のピアノの場合,「対話」「対決」という感じになります。このルトスワフスキの演奏には,女性2人による対決という雰囲気がありました。特に小川さんの打鍵の迫力とキレ味は素晴らしく,それがまた田部さんの闘争心にも火をつけていたようでした。それほど速いテンポではありませんでしたが,常にエネルギーを秘めており,緊張感にあふれていました。途中,叙情的な部分もありましたが,こういう現代曲の場合,打楽器的な奏法が多いので,前衛的なジャズのような感じもありました。

女性二人が向かい合って対決している,という構図を見ると,女子テニスの試合などを思い出します。ついつい「エースをねらえ」の竜崎麗香(お蝶夫人)と緑川蘭子の対決などを連想してしまいました(最近,この話のDVDを見たばかりなので...。変な例えで失礼しました)。

後半は,第1ピアノと第2ピアノが交代しました。つまり,下手側が田部さん,上手側が小川さんになりました。

後半最初のピアノ2台版のホルストの「惑星」は初めて聞くものでした。これもまた大変聞き応えがありました。火星,金星,木星という地球から近い3つの惑星が演奏されましたが,曲の並びのせいか3楽章からなるソナタのようなまとまりの良さがありました。

「火星」は小川さんの演奏するゆったりとした低音の連打で始まりました。この延々と続く不気味で機械的な音をピアノで演奏するとさらに冷たく響き,人間の情を超えたような迫力を感じました。この曲でも後半に行くほど凄みを増し,スケールの大きさを感じさせてくれました。それでも荒っぽい感じにならないのは,お二人のピアノが十分コントロールされているからでしょう。。

「金星」はソナタの緩除楽章のような位置づけでした。オーケストラ版で聞くとこの曲の印象は薄くなりがちなのですが,今回のピアノ2台版だとしっかりとした存在感を示していました。良い曲だな,と再認識しました。

近年流行している「木星」は,冒頭部分のキラキラとした細かい音型の鮮やかさが印象的でした。中間部の名旋律は田部さんが演奏していました。オーケストラ版よりは音色面での色彩感は少なくなるのですが,ピアノ2台版だとよりがっちりとした雰囲気になり,密度の高い音楽を聞いたような印象が残りました。

動物の謝肉祭の中の2曲も聞きものでした。もともとこの曲にはピアノ2台が組み込まれていますので,それをピアノ2台だけで演奏するとなると物足りなさが残るかなとも思ったのですが,そういうことはなく,新鮮な驚きに満ちた演奏を楽しむことができました。

おなじみの「白鳥」は小川さんの伴奏の上で,通常チェロで演奏する名旋律を田部さん朗々と歌うという演奏でした。この歌いっぷりが本当に見事でした。ピアノでもチェロに負けないほど歌えるんだと感動しました。続くフィナーレの方は,もともとピアノ2台が主体の曲なので,原曲そのものを聞いているような印象でした。大変華やかな演奏で,オーケストラそのものが演奏しているような色彩感がありました。リズムも弾んでおり,音楽する喜びに満ちていました。

最後のラ・ヴァルスは,まさに絢爛豪華たる演奏でした。後半の曲は,考えてみると,どれも小川さんの演奏する低音から始まり,それに田部さんの歌が加わるという感じでした。この曲でもまず,意味深な小川さんの低音が印象的でした。ただしオーケストラ版ほどもやもやした感じではなく,もっとクリアな感じがしました。中盤からは甘いワルツが出てきて,大きく盛り上がるのですが,随所に出てくる小川さんの華麗なグリッサンドが見た目にも大変効果的でした。熱気に溢れたコーダをはじめ,この日の演奏の集大成という演奏になっていました。

アンコールに応えて演奏されたのが,ミヨーのスカラムーシュの中の第3楽章でした。からっとしたラテン系の曲で,一足先に梅雨明けをしてしまたような爽快感がありました。

この日演奏された曲は,どれも親しみやすい曲で,ピアノ・デュオの多面的な魅力を実感させてくれました。田部さんと小川さんがこのようなデュオ活動をされていたのは今回初めて知ったのですが,のびのびと演奏している様子を見ながら,一種スポーツ的な爽快さを感じました。ピアニストの中には自分の世界に閉じこもって演奏するようなタイプの奏者もいますが,このデュオの場合,それとは正反対の雰囲気がありました。小川さんのパワー,田部さんの叙情性というバランスも良いと思いました。これからも聞いてみたいと思わせるような,豪華かつ爽やかなコンビが生まれたと感じました。

PS.今回,初めて出かけてきたこまつ芸術劇場うららの小ホールは,金沢市アートホールよりも幅が少し広く,上から見た形が卵型になっていました。後部の座席には傾斜がついていますので,どの席からも大変見やすいホールだと思います。今回はお客さんの入りが悪かったのが少々残念でした。
私の席からステージを見た様子です。私の席は後ろの方でしたが,とてもよく見えました。会場全体が卵型の円筒の中に入っているような感じでした。

PS.終演後,お二人によるサイン会が行われました。石川県立音楽堂でもそうですが,近年,終演後にサイン会が行われるケースが普通になってきています。サイン会を行うと,”実演販売”という感じでCDがよく売れるからだと思います。私はこのことを見越して,田部さんのCDを1枚持っていったのですが,やはり小川さんのCDも欲しくなり,会場でも1枚買ってしまいました。近年,CDショップでのクラシックCDの売り上げは減少していますので,これからは,この”実演販売=演奏会記念のおみやげ”としてのCDのCD売り上げの主流になっていくのかもしれません。
このCDは予めサイン会があった時のために持っていたものです。メンデルスゾーンの無言歌集のCDです。田部京子さんがデビューした頃のアルバムです。 小川さんのCDは会場で購入しました。どのCDにしようかと迷ったのですが,「ピーター・ウォーロック」という名前が目に入ったので,このCDにしました。前回のOEKの定期で演奏されたキャプリオル組曲の作曲者です。こういう偶然によるちょっとした連想はどんどん繋がっていくものです。

PS.開演まで時間があったので,小松駅の周辺やこまつ芸術劇場うらら会場の中をあれこれ見て歩いてみました。写真を交えて紹介しましょう。
うららはJR北陸本線のすぐそばにあります。これはホールの裏側から撮影したものです。左側がJRで右側がうららです。 うららの正面から撮影したものです。石川県立音楽堂と同様に2つのホールを持っていますが,音楽堂の方が規模は大きいと思います。
建物のまわりには至る所に勘亭流の文字ののぼりが出ていました。歌舞伎の街という感じです。 のぼりには松をデザインしたマークが書いてありました。シンボルマークのようです。
うららの前の広場にあった噴水です。池の中ではなく,舗装の上にいきなり噴水が出ているという独特のものでした。 うららの前にはかなり大きな広場がありました。いろいろなイベントに使えそうです。
JR小松駅です。最近高架化され,きれいに改装されました。 会場前に貼ってあった当日のポスターです。
駅前にあった弁慶と富樫の像です。小松市は歌舞伎勧進帳の舞台の安宅の関があるので至るところにこの像があります。安宅の関には義経像もあるのですが,ここには何故かいませんでした。 弁慶と富樫の像の隣には,小型の松がありました。小松の地名の由来でしょうか?
小松は歌舞伎の街ということで,うららも歌舞伎上演が可能です。開館記念の松竹大歌舞伎に出演した団十郎さんのなどの額が掛かっていました。
小ホールは2階にあります。その2階から入口とカフェを写してみました。
入口付近にあったカフェの隣には「いの席」「ろの席」などと書かれた情報コーナーがありました。 開演まで時間があったので,この「カフェ・リコルド」でロール・セットというものを食べてみました。
(2005/07/16)