19世紀のブゾーニ 第1回:1877-1881年 2005/07/19 石川県立音楽堂交流ホール 1)ブゾーニ/スケルツォ嬰ヘ短調op.8(1877年) 2)ブゾーニ/5つの小品op.3(1.プレリュードハ短調,2.メヌエットヘ長調,3.ガヴォットニ短調,4.エチュードハ短調,5.ジーグニ長調)(1877年) 3)ブゾーニ/メヌエットヘ長調op.14(1878年) 4)ブゾーニ/前奏曲とフーガハ短調op.21(1878年) 5)ブゾーニ/幻想的な物語op.12(I.決闘,II.ちびのツァヘス,III.ステンフォールの洞窟)(1878年) 6)ブゾーニ/古い様式の3つの小品op.10(1.メヌエットハ長調,2.ソナチネト長調,3.ジーグハ短調)(1880年) 7)ブゾーニ/前奏曲とフーガハ短調op.36(1881年) 8)ブゾーニ/24の前奏曲(1881年) 9)(アンコール)曲名不明 ●演奏 金澤攝(ピアノ)
ブゾーニは作曲家兼ピアニストとして知られていますが,実際に曲が演奏される機会は多くありません。いちばんよく聞かれるのはブゾーニ編曲のバッハのシャコンヌではないかと思います。そういう意味で,今回のシリーズは,作曲家ブゾーニの原点を知る上で大変貴重な企画と言えます。 演奏前に,今回の企画について金澤さんのトークがありました。次のようなことを語られていました。
プログラムは前半に小品7曲,後半に大作の24の前奏曲が1曲演奏されました。 当然,どれも初めて聞く曲ばかりでしたので,後半の大曲を聴いた後だと,前半の各曲の印象は薄れてしまったのですが,バッハ的ながっちりと構築されたような安定感とモーツァルト的な軽やかな感性との間を,ロマン派風の気分を湛えながら揺れ動くような曲という印象を持ちました。ブゾーニはイタリア人ですが,母方の先祖はドイツ人ということで,この両国の血を引いた感性を持っているといえそうです。 特に印象に残ったのは,2つの「前奏曲とフーガ」です。どちらもバッハの曲のアレンジのような雰囲気もありましたが,前半の前奏曲部分と後半のフーガとの対比が見事でした。特に前半の最後に演奏されたフーガの方は,忍び足のように始まった前半と輝くような二重フーガの後半とのコントラストが鮮やかでした。金澤さんは,どの曲もさりげなく穏やかに弾いているのですが,フーガの部分になると,秘めていた熱気が表面に出てきます。ブゾーニのピアノの全体像を知っているからこそ可能な,バランス感覚だと感じました。 もう一つ印象に残ったのが「幻想的な物語」という曲です。解説によると「E.T.A.ホフマンやG.ハウフの物語に基づく奇怪な音楽」ということですが,まさにそういう雰囲気の演奏で,ぎこちないフレーズや突然フォルテが出てきたり,何かに取付かれたような不思議な魅力を持っていました。演奏を聴きながら,金澤さん自身,「ブゾーニにとりつかれたピアニスト」なのだな,と実感しました。もう一度聞いてみたい曲です。 その他,モーツァルト風のメヌエットなどが,バランス良くはさみこまれ,変化に富んだ内容となっていました。 後半はこの日のメインとも言うべき24の前奏曲が演奏されました。その名のとおり,ショパンの同名の曲を意識したもので,C,Am,G,Em...F,Dmと続く24曲の調性の配列もショパンと全く同じでした。一度生で聞いただけで,「ショパンに勝るとも劣らない」などとは言えないのですが,非常に変化に富んだ面白い曲であることは確かです。 ショパンの曲は,非常に短い断片的な曲も含め,24曲がひとかたまりとなって独特の宇宙を実感させてくれますが,このブゾーニの作品の方は,各曲の独立性がもっと強いと感じました。途中,葬送行進曲風の曲が出てきたりしたので,幻想小曲集という感じもしました。 曲は長調と短調が交互に出てくるだけあって,曲の対比が計算されて作られているようでした。エネルギッシュな曲,軽妙な曲,きまぐれな曲など多彩な作品を楽しむことができました。後半の長調の曲は,強い打鍵の曲が続き,スケールの大きなクライマックスを築いていました。そのクライマックスが終わったあと,さらりと軽めの曲で締められたのも余韻を感じさせてくれて良かったと思います。 この曲は体力的にも技巧的にも大変な作品だと思いますが,金澤さんの演奏からは,作曲家に対する敬意と情熱が強く伝わってきました。特に後半の激しい部分での自然な高揚感と力強い打鍵は素晴らしいと思いました。金澤さんの演奏は,技巧を華やかに見せ,各曲を鮮やかに弾き分けるという演奏ではないのですが,自然な情熱に裏付けされた演奏を聞いているうちに段々とその作曲家の世界に引き込まれてしまいます。 今回は,”音楽堂のご常連さん”が少なかったせいか(多分,OEKの追っかけをしているのではないかと思います),観客の数は多くなかったのですが,平土間に置いてあるピアノを取り囲むようにして聞くスタイルは,金澤さんのリサイタルの雰囲気にはかえって合っていたと思いました。金澤さんは,いつもマニアックな曲を演奏されていますので,ピアノ演奏の方もエキセントリックな印象を持たれがちですが,そのピアノの音はとても暖かで,いつもとても純粋な演奏をされていると思います。この辺が金澤さんが支持されているいちばんの理由だと思います。 このシリーズの第2回目はお盆の頃に行われます。私は行けない可能性が高いのですが,関心のある方はお出かけになって,ブゾーニと金澤さんの世界に浸ってみてください。 PS.演奏会の最後には,アンコールが1曲演奏されました。金澤さんが曲について一言しゃべられたのですが,演奏直後で声がはずんでいたせいか,聞き逃してしまいました。アンコールの曲だけは暗譜でしたので,即興演奏なのかなと思わせるような自由な雰囲気がありました。非常に魅力的な曲でした。 PS.この演奏会は音楽堂楽友会と事業団の共催でした。というわけで,演奏会後,会場の椅子の片付けを手伝ってきました。今回はこじんまりとした演奏会でしたのであっという間に片付きました。
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