NHK交響楽団金沢公演
2005/08/20 石川県立音楽堂コンサートホール
1)グリーグ/「ペール・ギュント」組曲第1番op.46
2)フンメル/トランペット協奏曲変ホ長調
3)チャイコフスキー/交響曲第6番ロ短調op.74「悲愴」
4)(アンコール)チャイコフスキー/弦楽セレナード〜ワルツ
●演奏
クリストファ・ワーレン・グリーン指揮NHK交響楽団(コンサート・マスター:堀正文),アリソン・バルソム(トランペット*2)
Review by 管理人hs
お盆休み明けに最初に出かけた演奏会は,NHK交響楽団金沢公演でした。この夏,N響は東海・北陸地方を4日連続で回る演奏旅行を行いますが,その最初が金沢公演でした(ちなみに金沢の後は津,岐阜,富山の順に回ります)。指揮は,イギリスのヴァイオリン奏者としても知られているクリストファ・ワーレン・グリーンさんです。プログラムは,ペールギュント組曲とチャイコフスキーの「悲愴」交響曲の間にフンメルのトランペット協奏曲が入るというものでした。

N響が金沢公演を行うのは,2002年6月以来のことです。前回は岩城宏之さんの指揮で,今回と同じチャイコフスキーの交響曲第5番がメインで演奏されています。NHK大河ドラマで「利家とまつ」を放送していた年で,アンコールにそのテーマ曲を演奏して多いに盛り上がったのを思い出します。

この時にも感じたのですが,N響の団員の方々は,全国放送のテレビにもよく映っていますので,そのご本人の姿を生で見るだけでも嬉しくなります。今回,各パートの首席奏者として次の方々が参加されていました。

第1ヴァイオリン:堀正文(コンサートマスター),田中裕(フォアシュピーラー),第2ヴァイオリン:永峰高志(首席奏者),大林修子(フォアシュピーラー),ヴィオラ:店村眞積(ソロ首席奏者),チェロ:藤森亮一,コントラバス:西田直文,オーボエ:北島章,クラリネット:横川晴児,ファゴット:水谷上総,ホルン:樋口哲生,トランペット:関山幸弘

手元にあったN響の機関誌「フィルハーモニー」の特別号に掲載されている顔写真などを参考に書いてみましたが,トロンボーン,チューバ,打楽器は最近入った方々が多いようでよくわかりませんでした(トロンボーンの主席以外の方には見覚えがあったのですが)。それと元オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のホルン奏者で現N響のホルン奏者の今井仁志さんも今回のツァーに参加されていました。いずれにしても,石川県に住んでいても,(OEK以外で)「団員の顔に見覚えがある」というオーケストラはN響だけだと思います。

今回オーケストラだけで演奏された2曲はどちらも大変有名な曲でしたが,そういう曲をプロ・オーケストラの生演奏で聴くと迫力を実感できます。やはりフル・オーケストラは良いなぁと感じました。ただし,この日の演奏については,音は大きいけど,どこか演奏全体に醒めたところがありました。残暑続きの今の時期には,ひんやりとした演奏の方が良いかもしれませんが,私には少々物足りなさが残りました。これは指揮者のワーレン・グリーンさんの解釈なのかもしれません。

最初に演奏されたペールギュントは,中野さんの涼しげなフルート・ソロで始まりました。この「朝」の場合,ひんやりした感じはとてもよく合っていました。次の「オーゼの死」は,嘆き悲しむというよりは,平静を装いながら,暗く沈むという感じでした。ときどきテンポの揺れはありましたが,ひたすら静かになっていくようで,これもまたクールな感じでした。最後の部分の静けさは非常に印象的でした。

「アニトラの踊り」は,弦楽器の軽快な動きなどにN響の巧さがよく出ていました。ただし,どこかすましたような感じに聞こえました。最後の「山の魔王の宮殿にて」は,全体に落ち着いたテンポでした。冒頭,大太鼓,コントラバスの作るリズムの上に,ホルンの不気味なミュートが加わる辺りの雰囲気は非常に生々しく不気味でした。文字通り劇の伴奏のような曲なのですが,最後の盛り上がる部分は,まだ前半ということもあるのか,かなり落ち着いた演奏でした。フォルテの音は,ビシっと引き締まっており,さすがN響という感じだったのですが,もう少し劇の世界にのめり込んだようなワクワクさせてくれるような演奏を聴きたかったなと思いました。

次のフンメルのトランペット協奏曲では,アリソン・バルソムさんという若い女性奏者がソリストとして登場しました。すらっとした金髪の長い髪の女性が金色の楽器を持って登場しただけで,会場が非常に明るくなったように感じました。光沢のある鶯色のドレスを着ていましたので,ウィスキーのCMあたりに登場しそうな雰囲気がありました(ちょっと貧困な発想か?)

この曲は,モーツァルトのハフナー交響曲とそっくりの出だしで始まりますが,OEKのモーツァルトを聴いている感じからすると,オーケストラの方は,もう少し小編成の方がしっくりくるかなという気がしました。テンポは遅くはなかったのですが,全体に重い感じがしました。

バルソムさんのトランペットの方はマイルドな音と鮮やかな技巧とでよくまとまった演奏を聞かせてくれました。音も大き過ぎず,全体に穏やかで温かみのある雰囲気が出ていました。オーケストラとのバランスも丁度良いと思いました。

第2楽章はオペラ・アリアのような楽章なのですが,その点からするとちょっとテンポが速かったと思いました。もう少したっぷり聞かせてもらった方が楽章の存在感が出たと思いました。第3楽章は,非常に軽快な演奏でした。バルソムさんのトランペットは,「タッタカ,タッタカ」と快適に飛ばしており,大変楽しげでした。速い音の動きも鮮やかでしたが,それがメカニカルな感じに響かないのが素晴らしいと思いました。

後半の「悲愴」の方も,ペール・ギュント同様,一般的なイメージにある「暗い怨念の世界」という「悲愴」とは少々雰囲気が違いました。第1楽章や第4楽章などは,かなり間を取って,じっくりと演奏している部分があったのですが,全体としてオーケストラがうねるような感じはなく,さらりとした感触が残りました。オーケストラの音はどのパートも鮮やかに聞こえ,フォルテの音が引き締まっていましたが,やはり全体にクール過ぎる気がしました。

第1楽章冒頭の水谷さんによるファゴット・ソロはとても美しいものでした。その後に出てくるヴィオラなどの合奏も大変鮮やかでした。どのパートにも透明感と艶やかさがあり,音が引き締まっているのが見事でした。その後,上述のとおり,度々,大きな”間”が出てきました。特に第2主題が出てくる前の間はとても長いものでした。ただし,この”間”にあまり緊張感がないような気がしました。演奏が中断し,音楽の流れが停滞したように聞こえたのが残念でした。

横川さんのクラリネット(とそれを引き継いだバス・クラリネット)による,見事にコントロールされた弱音に続いて,一転して激しい展開部に切り替わります。ここでも,各パートの鮮やかさが際立っていました。特に鮮烈な鋭い音で突き抜けてくるトランペットが見事でした。木管楽器群の鮮やかな音もとても効果的でした。ただし,音量は上がっても荒々しくなることはなく,非常に洗練された感じのクライマックスでした。

第2楽章はサラリとした速いテンポで演奏されていました。冒頭のチェロの合奏の響きがここでも大変美しいものでした。ただし,5拍子のワルツのこの楽章の場合,もう少しひっかかりがある方が良いなと思いました。少々流れが良すぎる気がしました。中間部ももう少し,暗くためらって欲しかったです。

第3楽章もまた音の動きが鮮やかでした。特にシンバルの音が良い音だぁと聞きほれました。ただし,「ペール・ギュント」の「山の魔王...」同様,ワクワクするような感じはあまりしませんでした。ワーレン・グリーンさんは,泥臭い雰囲気にしたくなかったのかもしれませんが,この楽章については,もう少し野蛮に演奏してもらった方が楽しめると思いました。

第4楽章も,第1楽章同様,全体的にクールな感じでしたが,冒頭の部分などはさすがに情感があふれ出て来るようでした。ドラが静かに出てきた後の大詰め部分の静かな空気も素晴らしいと思いました。最後は低弦だけで演奏されるのですが,今回のN響の演奏については,全パートで演奏する部分よりは,このような単独のパートで演奏する部分の方が印象に残りました。今回,各パートは,とても鮮やかな演奏だったのですが,オーケストラ全体となると音のうねりになっていないような気がしました。

「悲愴」の後には,アンコールを演奏しないことも多いのですが(以前,岩城宏之さんが「悲愴」を演奏した時に,「悲愴のアンコールをあらかじめ(!)前半に演奏します」と言って,受けていたことがあります),今回はチャイコフスキーの弦楽セレナードのおなじみのワルツが演奏されました。

この演奏は粋で洗練された雰囲気を持った素晴らしい演奏でした。ワーレン・グリーンさんは,ロンドン室内管弦楽団というOEKのような楽団を再建された方なのですが(ちょうどOEKの設立年と同じぐらいの頃です),こういう室内オーケストラのレパートリーの方がやはり得意なのかなと感じました。

というわけで,今回のN響の公演については,音が整理され過ぎているような感じがあり,少々物足りなさが残りました。やはり,たまに大編成の曲を聞く時は,先月のエッシェンバッハさん指揮のような濃い演奏の方が良いなと感じました。終演後,ワーレン・グリーンさんと,OEKのサイモン・ブレンディスさんが会話をしているのを見たのですが(きっとお二人はイギリス時代からの知人なのではないかと思います),ワーレン・グリーンさんはOEKの方に合っているような気もしました。一度,客演を期待したいところです。

PS.終演後,楽屋口の方を通ってみたら,OEKの方々とN響の方々が集まっていました。明日は三重県の津まで飛ぶようですが,今日の金沢の夜はいろいろと宴会が開かれているのかもしれません。

我が家にワーレン・グリーンさんのCDがたまたまあったので,左のCDを持参し,楽屋口でサインを頂いてきました。ロンドン室内管弦楽団(イギリス室内管弦楽団ではありません)によるイギリスの作品集です。このCDを見て,ワーレン・グリーンさんは嬉しそうな顔を見えてくれました。隣にいたサイモン・ブレンディスさんも「おや,このCDは」という顔をされていたので,もしかしたらこのCDに関係していたのかもしれません。
(2005/08/21)