2005いしかわミュージックアカデミー
オーケストラ・コンサート

2005/08/24 石川県立音楽堂コンサートホール
1)モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」序曲
2)グリーグ/ピアノ協奏曲イ短調op.16
3)(アンコール)曲目不明(ピアノ独奏曲)
4)チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲ニ長調op.35
5)(アンコール)バルカウスカス/独奏ヴァイオリンのためのパルティータ
●演奏
パスカル・ロジェ(ピアノ*2,3),オレグ・クリサ(ヴァイオリン*4,5)
原田幸一郎指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・マスター:サイモン・ブレンディス)(1,2,4)
Review by 管理人hs
今年もまた,いしかわミュージック・アカデミーの時期になりました。そのオーケストラ・コンサートに出かけてきました。オーケストラはもちろんオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)で,ソリストは,アカデミーの講師として金沢を訪れているピアノのパスカル・ロジェさんとヴァイオリンのオレグ・クリサさんでした。

この日のプログラムは,グリーグのピアノ協奏曲とチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲という有名協奏曲2曲を中心としたプログラムでしたが,そのどちらも味わい深い演奏でした。

この2曲に先立って,モーツァルトの「フィガロの結婚」序曲が演奏されました。OEKにとってはすっかりおなじみの曲で,この日の演奏もじっくりとしたものでしたが,どこかノリの悪さを感じました。モーツァルトらしい愉悦感が薄く,ちょっと真面目すぎる気がしました。

続いてパスカル・ロジェさんが登場し,グリーグのピアノ協奏曲が演奏されました。こちらの方はロジェさんの自在なピアノ演奏を中心とした,とても面白い演奏でした。曲はティンパニのトレモロとともにダイナミックに始まりますが,ロジェさんのピアノはしばらくすると,急にスピードを落とし,グーッと沈み込むような感じになります。それほど極端に大きな表情を付けているわけではないのですが,深く深く自分の世界に入っていくような瞑想的な雰囲気をかもし出していました。ロジェさんのピアノの音は,硬質でクールな響きがするので,北欧の曲のムードにぴったりです。音には透明感があり,ロマンティックな甘さは少ないのに,詩的なムードが漂います。この雰囲気は全曲を通じて一貫していました。

テンポは遅めでしたが,自在な揺れがあり,演奏全体には常に余裕がありました。あまり厳密過ぎず,適度に雑に弾いているような感じが,即興性を感じさせてくれ,キャリアを積んだピアニストならではのファンタジックな世界を楽しませてくれました。カデンツァではダイナミックさも感じさせてくれ,楽章全体を締めていました。

この日のOEKは,弦楽器の人数は通常のままでしたが,グリーグでは,トロンボーン3とホルン2が加わっていました。第2楽章では,この編成の少なさを生かした室内楽的な絡み合いを楽しむことができました。特に金星さんの朗々としたホルンの音が,ロジェさんのピアノに負けない力を持っていました。ここでもテンポは遅めで,弱音の美しさが非常に印象的でした。

第3楽章では,曲自体に動きが出てきますが,ロジェさんはずっとうつむき加減のまま演奏していました。それが,途中,上石さんの鮮烈なフルートの音が出てきた後,徐々に陽が差してくるように,わずかに明るい感じになってきます。楽章の後半では十分に強い打鍵を聞かせてくれ,自在なテンポとともにスケールの大きなクライマックスを築いていました。このロジェさんのテンポの動きにOEKが合わせるのは難しそうでしたが,この辺がライブ演奏を聞く楽しみの一つでもあります。

ロジェさんはかなり大柄の方で,演奏全体にも常に余裕があるので,テンポが揺れても落ち着きを感じさせてくれます。きっちりとした枠にはまらないあたりは,やはりフランスのピアニストらしさかなと感じました。グリーグのピアノ協奏曲はシューマンのピアノ協奏曲と組み合わせてCD録音されることが多いのですが,フランス音楽と組み合わせても面白いのではないかと感じさせてくれるような演奏でした。

演奏後,盛大な拍手(アカデミーの受講生から,文字通り”黄色い”歓声が飛んでいました)に応え,ロジェさんのピアノ独奏によるアンコールが演奏されました。どこかで聞いたことがあるようなないような,近代的な感じとロマン派的な感じとを併せ持つようなとても美しい曲でした。ロジェさんの力の抜けた演奏で聞くと,メロディがすーっと流れ,会場の空気を変えてしまいました(曲名をご存知の方がありましたらお知らせ下さい)。

後半は,オレグ・クリサさんというウクライナのヴァイオリニストによってチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲が演奏されました。この曲は,若い女流ヴァイオリニストが演奏している印象が強いのですが,スラリとした渋い中年の紳士が演奏するというのもかえって新鮮です。この曲は,ロマンティックなメロディをこれでもかこれでもかという名技牲で華やかに聞かせる曲なのですが,その辺をあえて避けているような禁欲的でさりげない雰囲気もありました。

原田幸一郎さん指揮OEKの演奏もこの雰囲気によく合った演奏でした。第1楽章冒頭のオーケストラだけによる序奏部から辛口のムードが漂っていました。クリサさんのヴァイオリンの音は,美しさがしたたるような感じではないのですが,音自体に常に実がこもっていおり,退屈することがありませんでした。この曲の場合,テンポを動かす方が普通なので,そういう意味では,”チャイコフスキー的”ではありませんでしたが,純粋に曲の骨格を聞かせてくれるような面白さを感じました。クリサさんの技巧も堅実なものでしたがので,演奏自体も大変締まって聞こえました。

第2楽章は,グリーグの時同様,OEKの室内楽的な雰囲気が,クリサさんの渋い雰囲気にピタリと寄り添ったような演奏になっていました。途中,遠藤さんのクラリネットを中心にクリサさんのヴァイオリンとゆったりと絡み合うような部分が出てきます。誰が主導権を持っているテンポなのか分からないぐらい,独奏者とOEKとの呼吸がよく合っていました。この絶妙のアンサンブルは,大変味わい深いものでした。

第3楽章もテンポ自体は重くはないのですが,派手さを抑えた落ち着きを感じさせる演奏となっていました。ここでも独奏が突出することなく,OEKとのアンサンブルを楽しんでいるような雰囲気がありました。こういう演奏は聞けそうでなかなか聞けない演奏だと感じました。

演奏後,クリサさんの方も独奏でアンコールを演奏してくれました。これがまた非常に独創的なヴァイオリン・ソロの曲でした。かなり前衛的で技巧的な曲なのですが,クリサさんのヴァイオリンで聞くと切実な厳しさと美しさを併せ持った音楽として響きます。演奏前にクリサさんが英語で「グラーヴェとかスケルツォといった複数の短い楽章からなる曲」と語っていたのは何となくわかったのですが,肝心の作曲者名が分かりませんでした。

何とかもう一度聞いてみたいと思い,帰り際に会場で売っていたCDを数枚眺めてみました。そうしてみると,それらしい曲がありました。バルカウスカスという1931年にリトアニアで生まれた作曲家による無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータという曲でした。パルティータといっても1曲あたり1分ほどですので,全部弾いても5分ほどです。この「極端な短さ」「密度の濃さ」はウェーベルンなどの影響を受けているのかもしれません。シュニトケなどと同じ世代の作曲家ということで,クレーメルあたりが弾いていても良さそうな曲です。

今回のオーケストラ・コンサートで演奏された2曲の協奏曲(及び2曲のアンコール)は,どちらも「さすが先生」という感じの充実した演奏でした。若い奏者による,力一杯の熱演も良いのですが,個性と自信に裏打ちされた味わい深い演奏にも魅力があるものです。アカデミーの受講生にも参考になった演奏なのではないかと思いました。

PS.せっかく珍しい作品のCDを入手したので,オレグ・クリサさんのサインをもらおうと楽屋口に行ってみました。このCDを見せたところ,「この曲,この曲」という感じで指を指していたので,アンコール曲はこの曲に間違いないと確信できました。ちなみに,このCDでピアノ伴奏を担当しているタチヤーナ・チェキーナさんという人は,クリサさんの奥様です。サインを頂いていたとき,そういえば,お隣にタチヤーナさんらしき人がいたな,と家に帰ってから思い出しました。(2005/08/25)