江原千絵,ヴァレリー・ハルック
デュオ・コンサート
2005/09/07 金沢市アートホール
1)ドビュッシー/月の光
2)グラナドス/ロマンス
3)アルベニス/スペインop.165〜カタルーニャの歌
4)トゥリーナ/アンダルシアのミューズたちop.93〜エウテルペ
5)ピアソラ/ジャンヌとポール(エル・ペヌルティーモ,ミロンガ・シン・パラブラスを含む)
6)ピアソラ/天使のミロンガ
7)ピアソラ/四季(ブエノスアイレスの春,ブエノスアイレスの夏,ブエノスアイレスの秋,ブエノスアイレスの冬)
8)(アンコール)ピアソラ/リベルタンゴ
9)(アンコール)ピアソラ/忘却(オブリビオン)
●演奏
江原千絵(ヴァイオリン),ヴァレリー・ハルック(ピアノ)

Review by 管理人hs
近年,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の団員のソロ活動や室内楽活動が活発になってきています。今回は第2ヴァイオリン首席奏者の江原千絵さんがヴァレリー・ハルックさんと共演したデュオ・リサイタルに出かけてきました。

この演奏会は何と言ってもプログラムが面白いものでした。前半後半ともにスペイン,フランスといったラテン系の作曲家の曲が並んでおり,ソナタ形式の曲は1曲もありませんでした。後半はピアソラの「ブエノスアイレスの四季」が全曲演奏されましたが,そういったこともあって,一般的なクラシック音楽の演奏会よりはリラックスして聞ける部分がありました。

ピアソラの曲は,クラシック音楽の演奏会でもよく聞かれるようになってきましたが,金沢でまとめて演奏される機会はそれほどありません。そういう意味で,「面白そう」「行ってみたい」と思わせる内容の演奏会でした。

江原さんの音はヴィブラートが少なめで,スーッと伸びてくるような感じがしました。ラテン系の曲の場合,ハルックさんのピアノを含め,もう少し濃い味わいとか強いリズムのある演奏の方が面白く聞けたかもしれませんが,すっきりとした味わいのあるピアソラもなかなか良いと思いました。ピアソラについては,「クロスオーバーの作曲家」と言われますが,そういう意味では,クラシック音楽寄りのピアソラになっていたと思いました。

前半は,ピアソラの曲を含め,小品が6曲演奏されました。最初に演奏されたドビュッシーの「月の光」はオリジナルはピアノ曲ですが,有名な作品ですので,いろいろな楽器用にアレンジされることもあるようです。ピアノだけだとクリアで冴えた印象がありますが,ヴァイオリンが加わると少し霞がかかったような感じになります。江原さんのヴァイオリンからは,繊細さだけではなく,のびのびとした感じが伝わってきました。

その後,グラナドス,アルベニスというスペインの作曲家の作品が続きました。どちらも親しみやすい小品で,「月の光」から続いての穏やかな作品ということで演奏会の雰囲気がリラックスした感じになりました。この日のステージはやや照明が落とされていましたが,この点も曲の気分によくマッチしていました。

先ほども書いたように,江原さんの音は,ヴィブラートが少なめでさっぱりとしているのですが,そのせいかもあるのか,音程が不安定に聞こえる部分が時々ありました。その点だけが少々残念でした。

次のトゥーリナの作品は,もう少し新しいスペインの曲です。カデンツァ風の部分が入ったり,ピツィカートが入ったりと,なかなか変化に富んでいました。

その後は,すべてピアソラの曲となりました。ピアソラもまた,ラテン系の作曲家ということで,ここまで演奏された曲との相性は良かったのですが,やはりポピュラー音楽に近い気分になりました。「ジャンヌトとポール」という曲は,本来は「ローマに散る」という映画のための曲ということです。ピアソラらしく,激しい部分と甘い部分とのコントラストのある曲が3曲セットになっていました。特に最後の曲は静かに終わる曲で深い余韻を感じさせてくれました。続く,「天使のミロンガ」もほのかな悲しみを感じさせてくれる曲でした。

後半は,「四季」が演奏されました。作曲されたのは「夏」「秋」「冬」「春」という順ですが,今回は「春〜冬」の順で演奏されました。聞いてみた感じでは,この順番が最適だと思いました。実は,「春」「夏」「秋」は一度聞いただけでは,なかなか曲の区別がつかず,「どこが春?」という感じでした。どの曲も激しさと甘さが混合しており,ドラマティックなのですが,エンディングの感じがどれも「ジャッ,ジャッ,ジャッ,ジャーン」というパターンで似ていました。もう少し,曲の間のコントラストがあると面白いのにと感じました。

ただし最後の「冬」だけは違うムードを持っていました。曲の終わりの部分でパッヘルベルのカノンのようなコード進行になり,ピアノが可愛らしい感じの印象的なメロディを出し,静かに終わります。春〜秋は情熱的なタンゴの世界,冬は静かに室内に居るという感じなのかもしれません(ところで「ブエノスアイレスの冬」というのは何月のことなのでしょうか?)。

江原さんの演奏は,綺麗なだけではなく,激しさも感じさせくれましたが,どちらかというとクラシカルな感じの演奏でした。そういう意味でも,「冬」の雰囲気にいちばん合っていたと思いました。ハルックさんのピアノの方はもう少しリズムを強調してくれた方が良かったかな,と思いました。

アンコールでは,ピアソラの曲の中でもいちばん良く知られている「リベルタンゴ」が演奏されました。冒頭のピアノのリズムからして落ち着いており,全体的にしっとりとした演奏になっていました。ヨーヨー・マのうねるような感じの演奏とはかなり違った印象でした。もう1曲演奏された「オブリビオン」もピアソラのアンコール曲の定番です。こちらも静かで落ち着いた演奏でした。

今回の演奏会は,ピアソラの曲を中心に,統一された印象を残してくれる演奏会でした。OEKの個々の奏者が,こういった独自なプログラムで,室内楽や独奏する活動が増えることは大いに歓迎したいと思います。団員個人レベルでのファンができ,その活動を応援することで,OEKのファンのあり方もより深いものになっていくのではないかと思います。今後もOEK団員による工夫されたプログラムの演奏会活動に期待したいと思います。(2005/09/08)