弦楽四重奏団Quadrifoglio
Caleidospopio万華鏡
2005/09/17 金沢21世紀美術館シアター21
1)バッハ,J.S./フーガの技法BVW.1080〜コントラプンクトゥス1
2)バッハ,J.S./無伴奏チェロ組曲第1番ト長調BWV.1007〜プレリュード
3)バッハ,J.S./無伴奏チェロ組曲第3番ハ長調BWV.1009〜ブーレ
4)バッハ,J.S./無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番ニ短調BWV.1004〜シャコンヌ
5)バッハ,J.S./カンタータ第147番ト長調BWV.147「心と口と行ないと生きざまもて」〜主よ人の望みの喜びよ
6)バッハ,J.S./カンタータ第140番変ホ長調BWV.140「目覚めよと我等に呼ばわる物見らの声」〜目を覚ませと呼ぶ声が
7)バッハ,J.S./管弦楽組曲第3番ニ長調BWV.1068〜アリア
8)バッハ,J.S./無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番ニ短調BWV.1004〜シャコンヌ
9)一柳慧/インタースペース〜終楽章
10)(アンコール)バッハ,J.S.(シトコヴェツキー編曲)/ゴルトベルク変奏曲(弦楽三重奏版)〜アリア
●演奏
弦楽四重奏団クアドリフォーリオ(坂本久仁雄,上保朋子(ヴァイオリン),石黒靖典(ヴィオラ),大澤明(チェロ)*1,5-7,9-10)
坂本久仁雄(ヴァイオリン*8),上保朋子(ヴァイオリン*4),大澤明(チェロ*2,3)
Review by 管理人hs  
現在,金沢21世紀美術館で「ゲルハルト・リヒター:鏡の絵画展」という展覧会が行われています。その関連イベントとしてオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の弦楽器奏者を中心とした弦楽四重奏団クアドリフォーリオによる演奏会が美術館内のホールで行われました。このゲルハルト・リヒターという現代ドイツのアーティストは,その名前からしていかにもクラシック音楽が好きそうな感じですが,実際,バッハの音楽を好み,ジョン・ケージの音楽に影響を受けているということで,今回,バッハの室内楽曲を中心とした演奏会が美術館内のシアター21で行われました。

終演後に撮影してみました。演奏前に大澤さんが,「席を自由に動いて下さい」とおっしゃられていたので,皆さんかなり移動していました。
現代美術関連のイベントというと難解なイメージがあるのですが,今回の演奏会は,OEKのチェロ奏者大澤明さんのトークを中心とした「内容があって楽しめる」ものでした。このホールは,残響が少ないので,演奏する方も聞く方も少々辛いところがあったのですが,今回,階段状の座席を取っ払い,完全な平面にしたことで雰囲気がかなり変わりました。平面的になった分,演奏者が見辛くはなりましたが,黒い壁のホール内で奏者たちを間近に取り囲んで聞く演奏会というのにはなかなか良い雰囲気がありました。ホールの残響は相変わらずほとんどないのですが,以前よりは聞きやすくなった気がしました。大澤さんもトークの中で触れていましたが,壁が真っ黒のホールで聞くと(美術館の方の壁が真っ白なのと対照的です),非常に音楽に集中できます。これはこのホールの大きな魅力だと思います。

今回の演奏会は,上述のとおり大澤さんのトークのウェイトが大きかったのですが,プログラム自体も大変変化に富んだものでした。弦楽四重奏の曲だけではなく,ヴァイオリン・ソロ,チェロ・ソロの演奏も楽しむことができました。特に,有名なシャコンヌが坂本さんと上保さんのお二人によって前半・後半に分けて2回演奏されたのは面白いアイデアでした。

最初に演奏されたフーガの技法の第1曲は4声からなる対位法の音楽の特徴を分かりやすく示してくれるような演奏でした。この曲は演奏楽器が指定されていないので,いろいろな楽器・編成で演奏されるのですが,弦楽四重奏という編成が,いちばん分かりやすいのではないかと感じました。単一の楽器で4声部を演奏しても構造が分かりにくいところがあるのですが,弦楽四重奏だと誰が演奏していて誰が休んでいるかが目で見て分かります。演奏自体もゆったりとした落ち着きのあるものでした。

続いて,大澤さんの独奏で無伴奏チェロ組曲から2つの楽章が演奏されました。この演奏に先立って,大澤さんは,「カザルスはこう,ビルスマはこう」という感じでデモンストレーションをして下さったのですが,こういう演奏の裏を見せてくれるようなトーク&パフォーマンスはとても興味深いものでした。

大澤さん自身の演奏なのですが,デモンストレーションした誰の演奏よりもゆっくりとしたテンポだったのが興味深い点でした。力は入っていないのに味わいのある演奏となっていました。大澤さん自身,指が速く回るだけのような演奏よりは,室内楽の中でのチェロ演奏の方に興味があると語っていましたが,そのことを実感させてくれるような演奏でした。息の長い奏者を目指している大澤さんのバッハは,これからますます味わいを増してくることでしょう。

前半最後は,上述のとおり「シャコンヌ」が演奏されました。私が,この曲を生で聞くのは前橋汀子さんの演奏以来のことです。前橋さんの時は,石川県立美術館の中のホールで聞いたので,どうも美術館との因縁がある曲のようです。

上保さんの演奏は,速いテンポで一気に聞かせてくれるものでした。間近でこういう演奏を聞くとその指の動きの速さに圧倒されます。大変キレの良い演奏でした。途中,少々平板に感じられるところもありましたが,この大曲を見事にまとめていたと思いました。

後半の最初は,まず,2曲の有名なカンタータの中から2つの楽章が弦楽四重奏によって演奏されました。これらの曲についても,いろいろなアーティキュレーションがあるということを大澤さんは説明されていました。ちょっとぶっきらぼうな感じがするほど,さっぱりとした感じの演奏で,LPレコード時代によく聞かれたようなロマンティックな演奏とは雰囲気が違っていました。

次に「G線上のアリア」として知られている「アリア」が演奏されました。「G線上のアリア」は,ヴァイオリンの低音=G線だけを使ってハ長調で演奏できるように編曲したものだ,ということを大澤さんが説明された後,坂本さんが実際にデモンストレーションでその一節を演奏して下さいました。考えてみると,本当に「G線」だけを使った演奏を聞く機会というのは滅多にありません。その後,オリジナルのニ長調版で演奏されたのですが,ピッチが全体的に高めになるニ長調の原曲の方が良いと思いました。

今回の演奏はゆったりとした演奏でした。近くで聞くと大澤さんの演奏する低音の動きがとても面白いと思いました。ピツィカートの音が強調されており,弓を使って演奏する部分とのコントラストが鮮明に付けられていました。

その後,2回目の「シャコンヌ」が演奏されました。今度は坂本さんによる演奏でした。演奏の完成度からすると上保さんの演奏の方が上のような気がしましたが,音全体の強さと勢いは坂本さんの方が上回っていたと思いました。中盤からはバッハと対決するかのような雰囲気になり,「大変そうだな」と感じましたが,「シャコンヌ」という曲の場合,その方がドラマティックに感じされるような所があります。今回,2つの演奏の聞き比べになったのですが,改めて大変な曲なんだなと感じました。

演奏会の最後には,同じく「ゲルハルト・リヒター展」の関連イベントとして翌日,美術館内(?!)でピアノの演奏を行う,一柳慧さんの曲が演奏されました。この日,会場には一柳さんご本人も来られていましたが,この曲もこういう雰囲気で聞くにはぴったりの曲でした。

インタースペースという曲はずっと以前,OEKの演奏会で聞いたことがあるのですが,弦楽四重奏で演奏される版もあるようです。思ったよりも聞きやすい曲で,バッハの曲とのつながりも悪くありませんでした。どこかバルトークの弦楽四重奏曲を思わせるような部分もありました。全然違う時代の曲がうまくつながり,演奏会全体を締めてくれる辺り,弦楽四重奏という編成の持つ普遍的な性格を示していると思いました。それにしても,美術館内でのピアノ演奏というのはとても面白そうです。

アンコールには,バッハのゴルトベルク変奏曲からアリアが演奏されました。この演奏はドミトリ・シトコヴェツキー編曲による弦楽三重奏版による演奏でしたが,CD録音で聞いたことのある,この版の演奏を聞けたのは収穫でした。最初に演奏されたフーガの技法の弦楽四重奏版にもケラー弦楽四重奏団によるCD録音がありますので,クアドリフォーリオの方々は,こういったバッハ演奏をいろいろ研究しているのだな,と思いました。

大澤さんを中心としたクアドリフォーリオは,金沢21世紀美術館の開館以来,シアター21で定期的に演奏会を行なっていますが,これからもこういう美術と音楽がクロスオーバーしたような,イベントが行われることを期待したいと思います。今回の演奏会には若い人が大勢聞きに来ていましたが,大澤さんの少々型破りだけれども他では聞くことのできない面白い内容のあるトークと新鮮なプログラミングは,若いOEKファンを増やしていける魅力があると思いました。

PS.今回の演奏会では,大澤さんのトークに合わせて,いろいろな即興的なデモンストレーションが行なわれました。いきなり楽譜なしで,ブランデンブルク協奏曲第3番の冒頭やバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番のラルゴが演奏されたり(「バッハの曲はCMでも使われています」という例として演奏されました。伊藤園の「おーいお茶」のCMで使われていたそうですが,私ははっきりと覚えていません),メンバーの皆さんもなかなか大変そうでした。気の合ったメンバーだからこそ可能なパフォーマンスだと思いました。

●「ゲルハルト・リヒター:鏡の絵画展」について
今回の展覧会は,金沢21世紀美術館の開館1周年記念として行なわれたものです。リヒターの作品には,写真を元に描いた人物や風景画,グレーを中心とした抽象画,即興的な偶然性を感じさせる抽象画などかなり多彩な性格が含まれていますが,どこか音楽的なリズムを感じさせてくれるところがあります。正直なところ,抽象絵画については,説明がないとついていけない部分はありますが,21世紀美術館という,建物自体にアーティスティックな雰囲気のある場所に展示されると,どういうものでもアートとして感じられます。

ただのグレーのアクリル板が並んでいるだけの展示でも,それが円筒形の広々とした空間にあると様になるのが面白いところです。展示の中で印象に残ったのは,「11枚のガラス板」という作品でした,ピアノの前にこのガラス板が置いてあったのですが,ガラスを重ねることで,不思議な色合いに反射をし,面白い効果を出していました。「鏡の絵画」の意図が少しわかった気がしました。

この美術館の中を支障のない範囲で撮影してきましたのでご紹介しましょう。
美術館の外観です。 展覧会のポスターです。ポスターの雰囲気だとクレーの絵のような印象を感じさせます。 展覧会の入口付近です。 常設展示の方の入口です。リヒター展の半券で入場できました。
この美術館の目玉の一つであるプールです。この写真の秘密は実際に美術館に行ってご覧下さい。 これもまた,この美術館の目玉の一つである「タレルの部屋」です。写っているのは本物の空です。部屋の天井が開いており,空が額縁の中の絵のように見えます。 このタレルの部屋は入場無料スペースにあるので,いつも誰かがゴロゴロとしています。ボーッと空を見上げながら休憩するには丁度良い場所です。 これもまた無料スペース内の休憩スペースです。この部屋のロッキングチェアにもいつも誰か座っています。
建物の外では,何か不思議なものを試作していました。 シアター21は地下にあります。地下に通じるエレベータもガラス張りです。 階段の方にも凝った意匠がされています。 演奏会が終わったらすっかり暗くなっていました。

●金沢21世紀美術館〜旧県庁跡〜金沢城周辺
金沢21世紀美術館の完成後,その周辺の風景が大きく変わりつつあります。なかなか気持ちのよい空間になってきましたので紹介しましょう。
兼六園から旧県庁の方を見た風景です。いつの間にか堀のようなものができていました。 この堀は,いもり堀という名前です。この日は見学ツァーを行なっていました。 金沢城跡の石垣もはっきりと見えるようになりました。 ライトアップされている旧県庁跡です。
(2005/09/19)