オーケストラ・アンサンブル金沢第187回定期公演M
2005/09/19 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ロッシーニ/歌劇「アルジェのイタリア女」序曲
2)サン=サーンス/ピアノ協奏曲第2番ト短調op.22
3)(アンコール)曲名不明(ラテン系のピアノ独奏曲)
4)ビゼー,シチェドリン/「カルメン」組曲(一部省略)
5)(アンコール)Till the cows come home(Four commets for latin hand instrumentsから)
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-2,4
イングイット・フリッター(ピアノ*2,3),井上道義(プレトーク)
渡邉昭夫,加藤恭子,河野玲子,深町浩司(パーカッション*4,5)
Review by 管理人hs

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の9月の定期公演は,当初どちらも岩城宏之音楽監督が指揮する予定でしたが,病気療養のためキャンセルとなりました。マイスター定期の方は,おなじみ井上道義さんが代役として登場しました。今回,プレトークも井上道義さんが担当され,いろいろと面白いお話を聞かせて頂いたのですが,中で面白かったのが「井上さんの結婚の仲人を岩城さんがされた」という話でした。”仲人をして頂いた恩人の代役”と考えると,今回の井上さんの登場は非常に分かりやすいものと言えます。現在では,仲人という制度は段々少なくなりつつありますが,このお二人の間柄は非常に親密なことは確かでしょう。

最初に演奏されたロッシーニの序曲は,今月3曲目となります。定期演奏会で,これだけロッシーニの序曲が集中して演奏されるのも珍しいことです。この曲もまた,ロッシーニの序曲の一般的なパターンどおり,木管楽器が主要な主題を演奏するのですが,この日の加納さんのオーボエ・ソロは本当に美しいものでした。演奏後,井上さんが素早く加納さんを誉めたたえていました。ロッシーニ得意のクレッシェンドも,井上さんが指揮すると,うねるような感じで盛り上がっていきます。短い曲ですが,ユーモアラスな表情とピリっとした表情とが交錯する聞き応えのある演奏となっていました。

続く,サン=サーンスのピアノ協奏曲第2番には,アルゼンチン出身のピアニスト,イングリット・フリッターさんが登場しました。サン=サーンスのピアノ協奏曲第2番という曲自体,とても聞きやすい曲です。フリッターさんは,そういう曲を鮮やかな技巧で爽やかに聞かせてくれました。彼女は,2000年のショパン・コンクールで2位に入賞されていますがその実力を存分に感じさせてくれました。

第1楽章は高級感のある深みのある音で始まりました。深い音なのに透明感があり,重苦しいところはありません。最初の音を聞いて,一流の音だと感じました。サン=サーンスの曲は,あまりに分かりやすいので,底の浅い曲に聞こえる場合もあるのですが,フリッターさんの音には常に憂いと潤いがあり,安っぽく響くところがありません。井上さん指揮のOEKの音も序奏部の強音をはじめとして,ビシっと引き締まっており,フリッターさんの雰囲気によく合っていました。その一方,短調の曲でも深刻になり過ぎることがないのはサン=サーンスらしいところです。

オケーリーさんのティンパニの弱音で始まる第2楽章は大変軽妙な音楽で,OEKが演奏するにはぴったりの曲でした。フリッターさんのピアノの音も第1楽章とは違い,大変軽妙なものでした。OEKの演奏ともどもリズムのノリがとても良く,とても気持ちの良い音楽となっていました。途中,テンポが少し遅くなる辺りでは,リラックスして微笑がこぼれるようなユーモアが感じられました。井上道義さんの指揮姿もそういうムードを伝えるものでした。

最終楽章はこの演奏の白眉でした。ここまでの楽章では,ラテン的な感性はそれほど強く感じられませんでしたが,この楽章でのリズム感の良さと勢いの良さを聞いていると,ラテン系ピアニストの血が騒いでいるような印象を受けました。突き抜けたような明るさがありました。フリッターさんの同郷の先輩には,マルタ・アルゲリッチという偉大なピアニストがいますが,共通する性格があるのかもしれません。

ただし,一気呵成の速いテンポで演奏されていたにも関わらず,荒れ狂う感じはなく,非常に安定した弾きぶりでした。ラテン系といっても熱さよりも爽やかさを感じました。この辺はアルゲリッチとは少々違うかもしれません。国際的なコンクールの上位入賞者ということで,バランスの良い完成度の高さを持ったピアニストと言えそうです。2000年のショパン・コンクールではユンディ・リーさんが1位となりましたが,フリッターさんも今後,世界各地で活躍されていくことでしょう。

なお,この曲には,世界的に有名なフルート奏者ウィリアム・ベネットさんがOEKの奏者として参加されていました。この日のプログラムの後半は管楽器なしでしたので,ベネットさんの出番はこのサン=サーンスだけという「ぜいたくさ」でしたが,やはり存在感があります。フルートの音がスッと聞こえてくると,思わず注目してしまいました。

この曲の後,フリッターさんの独奏でアンコールが1曲演奏されました。これもまた圧倒的な迫力を持った演奏でした。サン=サーンスの第3楽章の続きを聞くような躍動感のあるリズムが印象的でした。演奏曲名は分からないのですが(演奏前に言っていたようですが,聞き取れませんでした),ラテン系のムードを持った曲で,ジャズ風にも聞こえました。演奏会後のサイン会の時,井上道義さんとフリッターさんが,「ヒナステラがなんとか」という会話をされていたので,多分,ヒナステラの曲だったのではないかと思います。

後半は,ステージ上の楽器の配置がガラリと代わっていました。4人の打楽器奏者を独奏者のように並べ,シチェドリン版のカルメン組曲がダイナミックに演奏されました。この曲は,OEKの十八番のような曲ですが,定期公演で演奏されるのは,1997年以来かもしれません。ちなみにCD録音の方は1992年ということですので,こちらもかなり前のことになってしまいました(ただし,このCDのメンバー表を見てみますと,今回の打楽器奏者4人のうち,3人が共通していることが分かりました。)。

配置は次のとおりです。特にひな壇の上に弦楽器奏者が並ぶというのは珍しいことです。


井上道義さんは,今年の1月末の定期公演ではパントマイム入りの曲を演奏し,それに合わせるように,変則的な配置を取っていましたが,その時のことを思い出させてくれるようでした。

それにしても井上さんは,こういうケレン味たっぷりの曲を楽しく聞かせてくれるのが巧いと思います。今回の演奏にあわせて,バレエを踊れるかどうかは分からないのですが,非常にのびのびと音楽を作っていました。井上さんの指揮自体,パントマイムを思わせる部分がありますので,指揮姿自体が絵になります。沢山の打楽器を掛け持ちする打楽器奏者たちの「これぞプロ」という感じの鮮やかなを演奏を初め,上質なウィットに富んだすばらしいエンターテインメントとなっていました。

曲はプログラムに書いてあった曲から2曲ほどカットをしていたようでした。井上さんのプレトークによると,このことは岩城さん自身の解釈によるようです。そのせいもあるのか,曲全体の流れはとても良いものになっていました。曲のはじめの方は,非常に滑らかな弦楽合奏を中心として快適に進んでいくのですが,ハバネラのような部分になると,テンポがたっぷり取られ,ドラマを堪能させてくれます。大太鼓の迫力のある音,緊張感を生むムチ(?)の音などが要所要所が過激に決まり,曲全体が大変ドラマティックになっていました。

特に印象に残ったのは,「闘牛士の歌」です。途中,フッとメロディが消えてしまうようなところがあるのですが,その部分で井上さんは中空に向かって何かを探しているような素振りを見せました。その後,闘牛士のメロディがはっきりと出てくるのですが,ここでは井上さんの指揮ぶりはヒロイックなものになります。井上さん自身が,バレエの中に入り込んだような指揮だと感じました。

終曲の最後の方での,カルメンの死を思わせる部分の深い表現もすごいと思いました。オーケストラ全体が一体となってシリアスな空気を作り上げていました。

井上さんの作る音楽は,いつもとても大柄なのですが,この曲では4人の打楽器奏者たちがそのスケールをさらに大きく盛り上げていました。井上さんは指揮棒なしで指揮されていた上,今回は変則的な配置でしたので,弦楽器の方々はかなり演奏し辛かったと思います。そういうデメリットはあったものの,今回の演奏はカルメンのストーリーの流れをストレートに伝えてくれるような素晴らしい演奏だったと思います。

アンコールは4人の打楽器奏者だけで演奏されました。前回,ビゼー/シチェドリンのカルメンが演奏された時には,手拍子だけの音楽が演奏されましたが(岩城さんも手拍子仲間に加わっていました),今回はカウベルだけを使った音楽が演奏されました。はじめは4人の奏者が何やら小さな缶のようなものを手に持ってカンカンと賑々しく叩き出したので,何事かと思ったのですが(西洋風チャンチキおけさ?実は,この楽器はカウベルでした),次第に洗練された格好良い音楽に変貌していきました。ユーモアも交え,会場は大いに盛り上がりました。何はなくてもリズムさえあれば音楽になると実感させてくれたアンコール曲でした。

開演前のロビーでのミニ・コンサートの様子。左から加藤さん,河野さん,深町さん,渡邉さん
というわけで,井上さんの奔放なキャラクターとプロの打楽器奏者たちの技とパフォーマンスで大いに盛り上がった演奏会となりました。これから月末にかけて,井上道義さんとOEKは国内の数箇所で演奏旅行を行ないますが,きっと楽しいステージを見せてくれることでしょう。

PS.ただし,井上さんが「カルメン」を指揮するのは金沢のみです。名古屋公演は外山雄三さんの指揮となります。これだけ短期間の間に,別の指揮者が同じ曲を指揮するというのも珍しいことです。聞き比べができたら,面白そうですね。

PS.この日はプレ・コンサートも豪華なものでした。チェロの大澤さんとコントラバスの今野さんという重量コンビ(楽器の大きさですが)によってロッシーニの二重奏が演奏された後,4人の打楽器の皆さんによって,4曲演奏されました。マリンバが出てきたり,太鼓類が出てきたり,ギロが出てきたり...と非常に多彩な内容でした。知らずに後からロビーに入ってきた人は,音楽堂のロビーでハワイのリンボーダンスをやっているのかと勘違いしたかもしれませんね。

●今回のサイン会
指揮者のi井上道義さんのサイン。井上の「井」が♯記号になっています。 フリッターさんには会場で販売していたCDのジャケットの内側にサインを頂きました。このCDはアムステルダム・コンセルトヘボウでのライブ録音です。ショパンの曲が中心です。 左上から渡邉昭夫(打楽器)さん,コンサートミストレスのアビゲール・ヤングさん,ウィリアム・ベネット(フルート)さん,竹中のりこ(ヴァイオリン)さんのサイン 左から,ヴォーン・ヒューズ(第2ヴァイオリン)さん,古宮山由里(ヴィオラ)さんのサイン
(2005/09/20)