モーツァルト・フェスティバルin金沢
ザルツブルク・モーツァルト・フェスティバルオーケストラ演奏会
2005/10/06 石川県立音楽堂コンサートホール
1)モーツァルト/ディヴェルティメントニ長調,K.136
2)モーツァルト/フルート協奏曲第2番ニ長調,K.314
3)モーツァルト/交響曲第40番ト短調,K.550
4)(アンコール)モーツァルト/セレナード第13番ト長調,K.525「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」〜第1楽章
5)(アンコール)モーツァルト,L./アルペンホルン協奏曲
●演奏
岩城宏之指揮ザルツブルク・モーツァルトフェスティバルオーケストラ
イングリット・ハッセ(フルート*2),ヴィリー・シュヴァイガー(アルペンホルン*5)
Review by 管理人hs
岩城宏之さんが見事復帰しました。岩城さんは,8月に行なった肺の手術後,9月のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演等の指揮をすべてキャンセルし,体調を整えられてこられました。「10月の公演から復帰します」という宣言どおりに復帰された岩城さんの気力には感服するしかありません。

岩城さんが復帰を飾った今回のコンサートは,10月5日から石川県立音楽堂を会場として行なわれている「モーツァルト・フェスティバルin金沢」の2晩目のコンサートでした。このフェスティバルは1週間の間にモーツァルトの交響曲,室内楽,協奏曲,器楽曲,オペラの一部など,モーツァルトの音楽を多面的に楽しもうというイベントです。その核となるのが,2回行なわれるオーケストラ・コンサートです。今回,ゲストとして金沢を訪れているザルツブルク・モーツァルト・フェスティバル・オーケストラ(SMFO)のメンバーとOEKのメンバーによる演奏がイベントの中心となります。

この日登場したSMFOについては,詳細はよく分からないのですが,モーツァルトの生地ザルツブルクにあるオーケストラのピックアップ・メンバーのようです。常設のオーケストラではなく,まさに「お祭り」的な感覚で集まったアーティストの集団と言ます。そのオーケストラを岩城さんが指揮するというのも楽しみの一つです。金沢で行われるコンサートで岩城さんがOEK以外を指揮するというのはかなり珍しいことです(合同演奏会ならば過去いろいろとありましたが,OEK以外の単独オーケストラを金沢で指揮するのはNHK交響楽団の公演以来かもしれません)

今回演奏された曲は,ディヴェルティメントに始まり,交響曲第40番で終わるという軽めのプログラムでしたが,物足りなさは感じませんでした。SMFOはOEKよりも少ない人数で,弦楽器などは非常に軽い響きがします(第1ヴァイオリンは6人でした)。岩城さんのテンポもすっきりとしたテンポなのですが,その音楽には何ともいえない落ち着きがあります。病気の後ということで,指揮の動作は以前よりも小さくなっていたような気がしましたが,そこから出てくる音楽は非常に引き締まったものでした。どの曲も濃い表情付けがない分,モーツァルトの音楽だけを純粋に感じさせてくれました。

最初の曲は,K,136のディヴェルティメントでした。この若書きの名作を岩城さんは,速くもなく遅くもなく,冷たくもなく暖かくもなく,ただただ美しく澄み切った音楽として聞かせてくれました。音楽だけが素直に聞こえてきました。岩城さん自身,モーツァルトの音楽を再度指揮し,その音に浸れることを喜び,楽しんでいたのではないかと思いました。編成のせいか,低音のリズムも心地良く効いていました。

2曲目は,フルート協奏曲第2番でした。先月は第1番を聞いたので,2ヶ月連続でモーツァルトのフルート協奏曲を聞いたことになります。今回のソリストのハッセさんの音は,とてもつつましい感じの音で,第1楽章はちょっと物足りないかなという気もしたのですが,飾り気の少ない音楽作りは岩城さんの指揮にぴったりでした。

第2楽章はそれほど遅いテンポでないのに落ち着きを感じさせてくれました。はしゃぎすぎず,心に染み渡るような音楽でした。第3楽章は遅めのテンポ設定でした。モーツァルトの曲を慈しむような気分がありました。通常,協奏曲終楽章のロンド楽章では,軽やかさを感じさせてくれることが多いのですが,この演奏ではしっとりとした落ち着きを感じさせてくれました。静かに沈み込む深さを感じさせてくれるロンド楽章というのも良いなぁと思いました。

なお,この曲では,オーボエ奏者としてOEKの水谷さんと加納さんが加わっていました。後半でもフルートの岡本さん,ファゴットの渡邉さん,柳浦さんが加わっていましたので,今回来日したSMFOは基本的に弦楽オーケストラとして来日し,管楽器奏者の方はソリスト的な感じで参加していると言えそうです。

後半は交響曲第40番1曲でした。ティンパニもトランペットも入らない地味目の曲でプログラムを締めるのは,勇気がいると思うのですが,物足りなさは感じませんでした。トリの曲としてこの曲を演奏するとなると,普通ならもっと力んだ演奏になりそうなものですが,岩城さんのテンポは非常に速く軽いものでした。清廉潔白という感じの清清しさがありました。

通常,70歳以上のベテラン指揮者の場合,テンポが遅くなることが多いのですが,岩城さんに関してはそういうことが全然ありません。弦の響きは薄いこともあり,「速い,軽い,短い」という感じで,全体がキリっと締まった演奏になっていました。今回は,クラリネットの入らない版で演奏していましたので,その点でもふくよかさよりは細身で禁欲的な感じがありました。

このクラリネットなしの管楽器が面白い味を出していました。特にホルンが良いアクセントとなっていました。第2主題も,管楽器の演奏がスッと浮き上がってきて面白い効果を出していました。こういう軽い演奏でも,地に足がついたような落ち着きを感じさせるのがベテラン指揮者の味です。楽章の最後,ふっと音を弱くして終わるのもとても味わい深く感じました。

第2楽章も速いテンポで演奏されました。澄んだ室内楽的な世界が広がり,岩城さんにしては珍しく,ちょっと古楽器的な雰囲気もあるなぁと感じました。ここでも,速いのに落ち着きがあるという演奏となっていました。第3楽章も「速く,短く」キリリと締まった演奏でした。トリオでは,ホッさせてくれるのですが,それでも甘くはなることはありませんでした。

第4楽章は,速すぎず,慌てないテンポ設定でした。ここでもホルンが存在感を示し,中庸の気分の中で,アクセントを付けていました。この楽章には,切迫した深い悲しみよりは,衒いのない,ほの暗い自然な悲しみが漂っていました。いろいろな辛さと喜びを知っているベテラン指揮者ならではの味が染み出ているようでした。

今回は,比較的軽めのプログラムが並んでいたにも関わらず,聞き応えのある充実感を味わわせてくれました。そのこともこの「ベテランの味」によるのかもしれません。

アンコールでは,まず,おなじみ「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」の第1楽章が演奏されました。岩城さんは出だしだけを振り,その後はステージ上の空いている座席に着席し,すっかり「お客さん」となっていました。さすがの岩城さんも,実際かなりお疲れになられていたのかもしれません。その岩城さんに感謝の気持ちをプレゼントをするような,健康的な明るさ(しかし明る過ぎない明るさです)のある演奏でした。

しかし,この曲はアンコール2曲目のためのつなぎだったと分かりました。2曲目のアンコールのソリストとして登場したのがホルンのヴィリー・シュヴァイガーさんでした。何と「アルプスの少女ハイジ」(ロッテ・ガーナチョコレートのCMにも以前出ていた?)か何かに出てきそうな,アルペンホルンを手に持って,半ズボン姿で登場しました(アンコール1曲目の間に着替えていたんでしょうね)。他の奏者が燕尾服を着ている中で,1人だけこの姿で登場すると「お呼びでない?」という感じのユーモラスな気分になります。

このアルペンホルンですがかなり長いもので,ステージから2階席に届くのではないかというぐらいの長さがありました。こういうすごい隠し玉が出てきてお客さんは大喜びでした。

シュヴァイガーさんが演奏したのは,レオポルド・モーツァルトのアルペンホルン協奏曲という素朴な明るさのある曲でした。バルブなしの楽器でよくあれだけ吹けるな,と感心してしまいました。この意表を突く民族芸能的な演奏は,お祭り気分には相応しいものでした。演奏の後,シュヴァイガーさんは,長い長いアルペンホルンを手に持ったまた律儀にステージと袖を往復していましたが,その姿を見て,なかなかウィットに富んだ方だと思いました。

この「アルペンホルン協奏曲」は,往年の名ホルン奏者デニス・ブレインが,ホフナング音楽祭というこれまた伝説的な冗談音楽祭で「水道ホース協奏曲」として演奏した曲と同じ曲でした。この曲のオリジナルがこんな形で聞けるとは予想も出来ませんでした。

このシュヴァイガーさんは,ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団の首席ホルン奏者のようです。調べてみると,数年前,OEKの定期公演にもソリストとして登場しています。まさに頼れるホルン奏者というキャラクターを持った方です。

本割の方は,比較的軽いプログラムだったこの演奏会も終わってみれば,シュヴァイガーさんの隠し芸も加わり,「フェスティバル」の名前に相応しい楽しさと聞き応えを感じさせてくれる演奏会となりました。この演奏会は「室内楽的な編成」でどれだけ聞かせるかという演奏会でしたが,2日後の,合同演奏会では大編成で祝祭的な気分を味わわせてくれそうです。大々的に岩城さんの復帰を祝うような演奏会となることでしょう。

●「モーツァルト・フェスティバルin金沢」写真集
ビエンナーレいしかわのメイン・イベントでもあるこのフェスティバルでは,コンサート以外でもいろいろな趣向が凝らされていました。1階エントランス付近にはカフェがあったり,グッズの販売があったりと楽しげな雰囲気がありました。無料で半日ぐらいは過ごせますので金沢駅方面にお出かけの方は是非,音楽堂に出かけてみてください。以下,写真で紹介してみましょう

今回のフェスティバルのポスターです。赤を基調としています。「岩城マエストロ復帰」という文字も見えます。 音楽堂の通路には,沢山のポスターが柱ごとに吊り下げられていて,雰囲気を盛り上げていました。
1階入口エントランス付近には,テーブルなどが並べられ,すっきりと広々としたカフェになっていました。 これはカフェの”店舗”の方です。ビエンナーレいしかわという企画自体,文化祭のような感じですが,今回のカフェも模擬店(高級な感じですが)的な雰囲気があります。
カフェの名前は「Cafe Mozart」です。映画「第3の男」にも出てきた名前だったでしょうか。 エントランスに飾ってあったグッズです。こういうのがあると目を引きますね。
エントランス付近の「モーツァルト展」です。複製画を中心にモーツァルトに関連する展示がされていました, コンサート・ホールに行くエレベータから眺めたエントランス付近の光景です。にぎわっていました。
通常は交流ホールの上部にはガラス窓が付いているのですが,この日はエントランス側のガラスが取り外されていました。皆さん何を見ているのかと行ってみると...
モーツァルトのオペラか何かのDVDを上演していました。交流ホールは階段状になっており,気軽に座れるようになっていました。入場無料なので半日ぐらい過ごせそうです。
交流ホールのステージには,ピアノが置いてあり,簡単なセットもありました。このセットは以前のバレエ公演のセットのリサイクルかもしれません。
2階のロビーの方でもグッズの販売をしていました。モーツァルト関連のワインなどを売っていました。
これはチョコレートだったと思います。なかなか高級そうに見えます。 せっかくなので,「モーツァルト・シェイク」なるものを380円で買ってみました。冷やして飲んでくださいということなのですが,一体どういうものなのでしょうか(後日報告します)
演奏会終了後です。いつの間にか,カフェ・モーツァルトは店じまいしており,交流ホールのガラス窓もいつもどおりに戻っていました。
(2005/10/08)