バロック音楽の愉しみV ベルサイユ宮廷の舞踏と音楽 2005/10/21 石川県立音楽堂交流ホール 1)モンテクレール/カンタータ「ピラムとティスベ」〜愛の神よ勝利だ 2)シャルパンティエ,Mr/ストラスブールのメヌエット(振付:P.ラモーに基づく) 3)カンプラ/歌劇「エジオーヌ」〜愛すべき征服者(ルール)(振付:L-G.ペクール) 4)カンプラ/アルマンド(振付:L-G.ペクール) 5)ラモー/歌劇「イポリートとアリシ」〜恋するナイチンゲールよ 6)シャルパンティエ,M.A./歌劇「メデ」〜これが私の愛の代償なのか 7)コレルリ/スペインのフォリア(振付:R-A.フィエ) 8)パーセル/音楽が愛の糧であるならば 9)パーセル/劇付随音楽「エディプス王」〜ひとときの音楽 10)パーセル/劇付随音楽「パウサニアス」〜ばらの花よりも甘く 11)カンプラ/カンタータ「エネアスとディド」〜ああ,神よ何てことた! 12)ペジブル/パストラル組曲〜パストラル(ルール/ホーンパイプ)(振付:L-G.ペクール) 13)リュリ/歌劇「アティス」〜女性のためのアントレ(ガヴォット)(振付:L-G.ペクール) 14)デマレ/パッサカリア(振付:A.ラベ) ●演奏 浜中康子(バロックダンス*2-4,7,12-14),北條耕男(バロックダンス*2-4,12,14) 長澤幸乃(ソプラノ*1-3,5,8,11,14),横町あゆみ(メゾ・ソプラノ*1-2,6,9-11,14) 伊藤誠(バロックバイオリン*1-4,7,12-14),岩淵恵美子(チェンバロ*1-4,6-14,オルガン*5)
石川県立音楽堂の交流ホールでは,いくつかシリーズものの企画を行なっています。今回はその中の一つ,「バロック音楽の愉しみ」の第5回目に出かけてきました。 このシリーズでは,これまで色々な演奏者によって色々な切り口からバロック音楽の魅力を紹介してきましたが,今回はバロックヴァイオリン+チェンバロ+ソプラノ/メゾ・ソプラノという演奏にバロック・ダンスが加わるというとても面白い企画でした。室内楽に合せてバロック時代の歌を聞くだけでも優雅な気分を味わえるのですが,それに美しい衣装を着たダンサーによるバロック時代の踊りのが加わると,別の空間に入ったような感覚になります。
演奏会の最初は,ダンサー以外の演奏者勢ぞろいでモンテクレールという人の曲が演奏されました。この演奏会全体についてそうだったのですが,極端に走らず,平穏な気分を感じさせてくれる演奏でした。中では伊藤誠さんによるバロック・ヴァイオリンの音が印象的でした。楽器自体の違いはよく分かりませんでしたが,ヴィブラートを掛けず,極端な音量の変化もつけずに演奏していましたので,いつも聞いている古典派以降の曲とはかなり違った音楽という感じがしました。音程が定まりにくい感じはありましたが,それがまた野趣のように感じられました。
プログラムの裏面の方には,踊り方を記録するための「舞踏譜」のコピーが掲載されていました。こちらは,音楽の5線譜以上に解読するのが難しそうなものでした。武満徹さん辺りの「現代音楽」の楽譜のようにも見えます。 その後,浜中康子さんと北條耕男さんのお二人のダンサーが登場し,3曲の舞曲が踊られました。お二人の衣装はこのプログラムの表紙に描かれているもの同様のもので,会場の空気は一辺に華やかなものになりました。浜中さんは大変小柄な方で,動きもとても優雅で軽やかでした。北條さんの方は,絵に描かれているとおりの帽子を被り,うねうねとした長髪でした。この長髪は多分カツラだと思いますが,彫りの深い北條さんの顔立ちにはぴったりでした。「イメージどおり」という雰囲気の方でした。 先の伊藤さんの説明によると,バロック・ダンスには,フランスの貴族が踊る舞踏会用のダンスと,オペラなどので踊られる劇場用のダンスとがあるとのことですが,前半では,舞踏会用のダンスが踊られました。このバロック・ダンスというのは,いわゆる「バレエ」のように足を高く上げたり,大きくジャンプしたりということはなく,常に背筋をピンと伸ばして,バランスが崩れることがないような踊りです。それほど急速な動きもないので,見ていて気持ちが落ち着くような優雅さがあります。北條さんが最初,文字通り「ごあいさつ」という感じで,帽子を取った後,曲は始まり,最後また「ごあいさつ」をして終わるのですが,こういう様式的な感じにも,現代ではなかなか味わえないような新鮮さを感じました。 最初の曲は,「ストラスブールのメヌエット」ということで,プログラムの表紙の絵で踊られている曲と同じものなのかもしれません。シャルパンティエという作曲家は同姓の人が数人いるようですが,これはMr.シャルパンティエによるものでした。 次のカンプラの曲も同様の感じでしたが,3曲目のアルマンドになると,テンポが速くなり,軽快なダンスとなりました。浜中さんと北條さんは手に手を取って踊っていましたので,どこか「昔懐かしのフォークダンス」を思わせる部分もありました。この曲には声楽は入っていなかったのですが,バロック・ヴァイオリンの素朴さのある響きにはよく合っていました。 その後は,ヴォーカルのお二人によるコーナーとなりました。長澤幸乃さんと横町あゆみさんは,La Storiaというグループを作って活躍されており,この「バロック音楽の愉しみ」シリーズへの登場も2回目だと思います。1回目は聞くことはできなかったので,今回初めて聞いたのですが,落ち着いた気分のあるバロック・ダンスにぴったりの歌でした。これまでバッハ,ヘンデル以外のバロックの声楽曲を聞く機会は全然なかったのですが,お二人の歌は,その味わい深さを十分に伝えてくれました。 長澤さんの歌ったラモーの「恋するナイチンゲールよ」は,しっとりとした暖かい歌で,”ナイチンゲール”の名前のとおり落ち着いた夜の気分が出ていました。この日は岩淵恵美子さんがチェンバロ伴奏で参加していたのですが,この曲だけはオルガンの伴奏になっていたのも効果的でした。パンフルート風の素朴で優しい音で,鳥の声を模しており,長澤さんの声と面白い掛け合いを聞かせてくれました。 横町さんの歌った曲はシャルパンティエ,M.A(こちらのシャルパンティエの方が知られているようです)のオペラ「メデ」の中の曲でした。ギリシャ悲劇の「メディア」と同一内容だと思いますが,暗いドラマを秘めたシリアスな曲で,横町さんの深みのある声と併せて,こちらも落ち着いた夜の雰囲気がありました。 前半最後は,バロック・ヴァイオリンとチェンバロの伴奏で「スペインのフォリア」が浜中さんのみによって踊られました。この曲のメロディは大変有名なもので,「コレルリの主題による...」といった類の曲の主題としてよく使われています。ここで,浜中さんはスペイン風味を加えた衣装に着替え,カスタネットを持って出て来られました。フラメンコとはかなり違いますが,カスタネットの「カタカタカタ...」という細かい音が加わると,異国情緒が広がります。バロック・ヴァイオリンの執拗な繰り返しに乗せ,じわじわと気分がが盛り上がっていくような「奥ゆかしさ」が,かえって背後に隠れている情熱の強さを感じさせてくれました。スペインを舞台にしたバレエといえば「ドン・キホーテ」などを思い出しますが,その遠い先祖に当たるのかな,などと思って見ていました。 後半は,パーセルの3曲の歌曲で始まりました。前半はフランスの曲が中心でしたので,ここでドーバー海峡を渡ったことになります。このパーセルの曲は,どれも良い曲でした。今回歌われた曲なのですが,1980年代中頃にキャスリーン・バトルがスター歌手として登場した時にドイツ・グラモフォンにレコーディングしたCDで聞いたことがあります(1984年のザルツブルク音楽祭でのライブ録音でジェームズ・レヴァインがピアノ伴奏をしているものです)。このCDには,今回歌われた3曲中の2曲が収録されているのですが,お二人ともチェンバロの伴奏にマッチするように声を張り上げず,ヴィブラートが少なめの染み渡るような歌を聞かせてくれました。 横町さんの歌った「ひとときの音楽」は,途中に出てくる"drop,drop..."という言葉が連続する部分が印象的でした。最後の「ばらの花よりも甘く」は途中からテンポが速くなり,装飾的な音が増えてきます。キャスリーン・バトルのCDはこのところずっと聞いていなかったのですが,この2つの部分を聞いて,CDの存在を思い出しました。このパーセルの曲ですが,avex-classicsの9月の新譜で波多野睦美さんという古楽専門のメゾ・ソプラノ歌手が「ひとときの音楽」というタイトルのCDを出しています。近年,よく歌われるようになって来ている曲のようです。 その後は,長澤さんと横町さんのお二人によって,カンプラの作った「エネアスとディド」というカンタータの中の一部が歌われました。カンタータといっても,通常のオペラのようなストーリーがあり,かなり大規模な「愛の二重唱」を聞かせてくれました。横町さんの方が男性役でしたが,本来はカウンターテノールやカストラートなどが歌っていたのかもしれません。最近,こういったバロック時代のオペラを中心とした大規模な声楽曲の全曲上演が世界的に頻繁に行なわれるようになって来ていますが,この「バロック音楽の愉しみ」シリーズでも一度「バロック時代のオペラ入門」というテーマで初心者向けに聞き所などを取り上げてもらいたいと思います。音楽堂の邦楽ホールあたりで上演すると,「ミス・マッチ」の面白さもあり楽しめそうです。
ここで踊られたのは,パストラルというイギリス風の舞曲だったこともあり,浜中さんは,田舎娘のイメージを意識したような白い衣装に着替えて来られました。花のレイを手にしていたのも爽やかな雰囲気を出していました。 後半は,パーセルの英語の曲で始まったとおり,ここでもまずイギリス風の舞曲が取り上げられました。バロック・バイオリンの「ヌー」っとした感じの音による伴奏は,ダンスがやや技巧的になったとはいえ,どこかとぼけた味わいを出していました。最後のパッサカリアは短い曲でしたが,全出演者が登場し,キリッと締めてくれました。 今回のテーマだった「バロック・ダンス」には,急な動きは少なく,のんびりしたムードが漂っていましたので,演奏会の間は日常生活と時間の流れ方が違っているようでした。今回登場したバロック・バイオリンとチェンバロと声楽もそののんびりとした流れによく合っていました。渋い内容の演奏会でしたが,「本物を見た」という充実感の残る演奏会でした。 (2005/10/22) |