黒瀬恵パイプオルガンリサイタル
2005/11/05 石川県立音楽堂コンサートホール
1)バッハ,J.S./トッカータとフーガニ短調,BWV.565
2)クラーク/組曲ニ長調〜プレリュード,メヌエット,ロンド(デンマーク王子の行進),セレナード,エコセーズ,ホーンパイプ,ジーグ
3)カッチーニ/アヴェ・マリア
4)モーツァルト/自動オルガンのためのアダージョとアレグロヘ短調,K.594
5)ストラヴィンスキー(黒瀬恵編曲)/バレエ音楽「火の鳥」〜子守歌とフィナーレ
6)サルベン=ボール/パガニーニの主題による変奏曲から
7)ラインベルガー/ヴァイオリンとオルガンのための6つの小品〜第1番「主題と変奏」
8)ヴィエルヌ/オルガン交響曲第3番op.28〜第4,5楽章
9)(アンコール)バッハ,J.S./オルガン小曲集「我,汝を呼ばわる主イエスキリストよ」
●演奏
黒瀬恵(パイプ・オルガン),小松真由美(パイプ・オルガン*5)
山内博史(トランペット*2,3),西澤和江(ヴァイオリン*7)
川内幾子バレエスタジオ(バレエ*5)
Review by 管理人hs  
石川県立音楽堂の開館以来,恐らくこのホールのパイプオルガンをいちばんよく演奏されている金沢市出身のオルガン奏者・黒瀬恵さんのオルガン・リサイタルに出かけてきました。黒瀬さんのお名前は,いろいろなコンサートのチラシ等でよく拝見していましたが,「黒瀬恵...リサイタル」と名前を前面に出しての演奏会が石川県立音楽堂で行なわれるのは,今回が初めてなのではないかと思います。今回は,石川県立音楽堂での多くの演奏会を支えてこられた黒瀬さんを応援するようなつもりで出かけてきました。

3階席からだと,上から見下ろす感じになります。双眼鏡だと譜面に赤色で印が付けてあるのも見えました。ステージには後半のバレエ用に黒いリノリウムのシートが敷かれていました。
すぐ目の前にはシャンデリアがありました。
ただし,「応援」といいながら入場料500円の3階のバルコニー席を選んでしまいました。パイプオルガンの場合,音量が大きいので,音響的には全く問題はありませんでした。パイプオルガン自体かなり高い場所にありますので,バルコニー席から少し見下ろすぐらいが丁度良い気もしました。

今回の演奏会には「リサイタル」と名前が付けられていましたが,ヴァイオリンやトランペットとの共演に加え,バレエとの共演まで楽しむことができましたので,パイプオルガンの多面的な可能性を探るような演奏会だったと言えます。一般的にパイプオルガンといえばバッハなどのバロック音楽を演奏する楽器という印象がありますが,それだけではないことが実感できました。

パイプオルガンという楽器は,持ち歩けない楽器ですが,その音楽の性格としても,演奏者やお客さんの方からこの楽器の方に積極的に歩み寄ってあげる必要がある気がしました。今回,黒瀬さんという最適のナビゲータが私たちを音楽堂のオルガンに一歩近づけてくれたような気がしました。何より演奏会全体に創意工夫が満ちていたのが素晴らしい点でした。

演奏会の最初の曲は,「パイプ・オルガンといえばこれ」というトッカータとフーガでした。私自身,音楽堂で過去数回聞いたことがありますが,静寂を破って鳴り響く冒頭部分の鮮やかさは何度聞いても鮮烈です。この日の,黒瀬さんの演奏は,この曲に限らず,どの曲にも落ち着きと安心感がありました。後半のトッカータの部分でも慌てた感じにならず,堂々とした気分のある演奏でした。最後の音をとても長く伸ばしていたのも印象的でした。

次の2曲には,山内博史さんのトランペットが加わりました。最初のクラークの曲には,有名なトランペット・ヴォランタリーが含まれています。この曲は単独で頻繁に演奏される曲ですが,この曲を含む組曲がこれだけまとまって演奏される機会は多くないと思います。イギリス風の雰囲気のある組曲を落ち着いたテンポで演奏していましたので,全体に雅やかな気分がありました。

トランペット・ヴォランタリー(原題は「デンマーク王子の行進」)を初めとして,この曲には,トランペットの装飾的な高音が続出する曲が続きました(山内さんは,小型のトランペットを吹かれていました)。山内さんのトランペットは高音でも安定感があり,本当に見事に演奏されていました。トランペットを演奏する姿も「折り目正しい好青年」という感じでしたが,出てくる音もその通りで,大変爽やかでした。各曲ごとに柔らかい音を使ったり,華やかな音を使ったり,パイプオルガンの方も,どこかバグパイプを思わせる響きになったり,変化に富んだ演奏を楽しむことができました。オルガンステージの照明もバッハの時とは少し違った雰囲気になっていました。

次の曲は,まさに人間の声を思わせるような「ヴォカリーズ」という感じの美しい曲でした。ヴィラ=ローボスの「ブラジル風バッハ」のアリアを思わせる甘い気分を漂わせているのですが,パイプオルガンが加わると,ぐっと宗教的で崇高な祈りのような感じになります。クラークの時同様,山内さんの清潔感のあるトランペットは,バロック時代の音楽にはぴったりでした(調べてみると,昨年末の「メサイア」公演で見事なトランペットを聞かせてくれたのもこの方でした。納得しました)。

このトランペット+オルガンという組み合わせは,比較的よくある組み合わせですが,通俗的な雰囲気と宗教的な雰囲気とをバランス良く味わうことができます。これからもパイプ・オルガンの演奏会のゲストとして登場して頂きたい方だと思いました。

モーツァルトの自動オルガンのためのアダージョとアレグロはケッヘル番号からするとかなり晩年の作品です。タイトルにある「自動オルガン」という楽器(機械?)がどういうものか知りませんが,モーツァルトもいろいろな楽器のために曲を書いているものです。くすんだようなオルガンの音が非常に美しく,中盤の元気のある部分との対比が作れられていました。

前半最後の曲は,ストラヴィンスキーのバレエ音楽「火の鳥」の一部をオルガン連弾用に黒瀬さんが編曲したものでした。この曲をオルガンで演奏すること自体珍しいのですが,今回はそれにさらにバレエが加わっていました。子守歌の部分で,地元の川内幾子バレエスタジオの9人の女性ダンサーがロシア風の衣装を着て静かに登場する中,「火の鳥」をイメージする赤い衣装を着た女性ダンサーがもう一人入ってきました(実は,ステージ全体の見えない3階バルコニー席からだとどのタイミングで入ってきたのか分からなかったのですが)。

音楽堂のステージはバレエを踊るには狭いのですが,ステージ上に楽器がないと少人数で踊るには十分の広さが出てきます。パイプオルガンが演奏する下でのバレエというのは音楽堂ならではの光景です。今回のパフォーマンスは,音楽堂の新たな利用法の可能性を呈示してくれたような気がしました。

この「火の鳥」という曲はストラヴィンスキーの他のバレエ音楽に比べるとオーソドックスな響きがしますので,パイプオルガンで演奏しても違和感はありませんでした。長く伸ばされた最後の重厚な音を聞いていると,オルガンのオリジナル曲のように思えるほどでした。

後半が始まると,ステージ上にプロジェクターとスクリーンが置いてあるのに気付きました。黒瀬さんが登場し「今回は特別に足でペダルを踏む様子をお見せしましょう」と説明された後,このスクリーンに黒瀬さんのリアルタイムの足元が大きく映し出されました。これはなかなか面白い光景でした。パイプ・オルガン奏者の足元を見る機会などめったにありませんので,お客さんも大きな拍手を送っていました。黒瀬さんは「蛇足ですが,靴を磨いてきました」という素晴らしい(?)コメントを演奏前におっしゃられていました。「蛇足で足を見せる」というのを聞いて,思わず「座布団一枚!」と思いました。絶妙のユーモア感覚でした。

演奏された曲は,有名な「パガニーニの主題」をパイプ・オルガンのペダルを中心として変奏していく曲でした。ペダルだけでも30鍵盤ほどはありますので,いろいろ多彩な表現ができることが分かりました。3階席からスクリーンは見難かったのですが,足だけ映っているのも面白いものです。タップ・ダンスを見るようなところがありました。

続いて,黒瀬さん同様,金沢出身のアーティストであるヴァイオリンの西澤和江さんが登場し,ラインベルガーの作品が演奏されました。西澤さんのヴァイオリンは,淡い悲しみを感じさせてくれるしっとりとしたものでした。トランペットの共演の時も感じたのですが,オルガンが加わると甘さに高級感が加わります。オルガンとのバランスもとても良いと思いました。

今回の演奏会には,山内さん,西澤さんとゲスト奏者が2人参加していましたが,黒瀬さんは,お二人とはどちらも音楽堂で毎月行なっているランチ・タイム・コンサートで共演されたことがあるようです。音楽堂での共演がきっかけで地元の演奏家の音楽的なつながりが広がるのは良いことだと思いました。

演奏会の結びは,ヴィエルヌという作曲家によるオルガン交響曲第3番という曲から後半の2楽章が演奏されました。曲は前半静かで後半動きが出てきて大きく盛り上がるという構成でした。特に前半の弱音が印象的でした。非常に美しい曲で,サン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」の緩除楽章を思い出させるような気分がありました。大きな楽器だからこそ表現できる,「懐の広い弱音」という感じでした。「交響曲第3番」ということは他にも,同系統の作品があるということだと思いますので,機会があれば取り上げて頂きたいものだと思いました。

アンコールでは,バッハのオルガン用の小品が演奏されました。控えめな美しさのある曲で,黒瀬さんのキャラクターにぴったりの作品なのではないかと思いました。

オルガンという楽器は,見るからに立派で音量も大きいので,どこかとっつき難いところがあるのですが,今回の演奏会は,その抵抗感を和らげてくれました。いろいろな楽器と共演したり,バレエの伴奏を行なったり,演奏する様子をスクリーンに映したり,といったアイデアは実際にパイプ・オルガンを演奏している人でないと出てこない企画だと思います。音楽堂のパイプオルガンをいちばんよく演奏し,よく知っている人だからこそできた演奏会とも言えそうです。今後も音楽堂のパイプオルガンの機能を使い切るような創意工夫に満ちた内容の演奏を続けていって欲しいと思いました。次回にまた期待したいと思います。(2005/11/06)