オーケストラ・アンサンブル金沢第190回定期公演PH
2005/11/11 石川県立音楽堂コンサートホール
1)モーツァルト/交響曲第31番ニ長調K.297「パリ」
2)マーラー(シェーンベルク,リーン編曲)/大地の歌(室内楽版)
●演奏
エルヴェ・ニケ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)
白井光子(ソプラノ*2),クリストフ・プレガルディエン(テノール*2)
池辺晋一郎(プレトーク)
Review by 管理人hs  
エルヴェ・ニケさん指揮による今回のオーケストラ・アンサンブル金沢の定期公演は,室内オーケストラによるマーラーの交響曲という企画・選曲の面白さもあり,いつもとはかなり気分の違う演奏会となりました。ニケさんが定期公演に登場するのは2回目ですが,前半のモーツァルトとともに,今回も刺激に満ちた演奏を聞かせてくれました。

注目の「大地の歌」の室内楽版は,予想していたよりもオリジナルの響きに近いと思いました(通常版を生で聞いたことがないので,憶測で書いているのですが)。シェーンベルクとリーン編曲による今回のオリジナルの室内楽版は本来は弦楽器が各1名なのですが,今回は4−4−3−2−1という編成になっていたせいもあると思います。この小規模室内オーケストラ編成にピアノ,チェレスタ,各種打楽器が加わっていたこともあり,各楽器の音がくっきりと聞こえ,大編成で聞くよりもさらに透明で鮮やかさのあるマーラーになっていました。特にほとんどソリストのように活躍していた木管楽器群の響きが色彩的でした。この「大地の歌」という作品は暗い曲というイメージを持っていたのですが,その印象を塗り替えるような演奏でした。

白井光子さん,クリストフ・プレガルディエンさんというお2人の独唱者も聞き応えがありました。御二方とも通常はピアノ伴奏だけで歌曲を歌うリート歌手としてよく知られている方ですので,今回のような小編成オーケストラによる伴奏の方が歌いやすい面もあったのではないかと思います。今回,楽員及び独唱者の配置は次のような形になっていました。

       Perc * 4
     Picc Fl Ob Cl Fg Hrn
    Pf   Vn2  Vc  Vla Cb Cer/Harmonium
    Vn1   Cond   T Ms


独唱のお二人は自分の番になると立ち上がり,指揮者の方に近寄って歌っていました。1−3−5曲はどちらかというと活発な感じの曲,2−4−6曲はどちらかというと落ち着いた感じの曲という並びですので,お二人のキャラクターにもよく合っていました。特に今回初めて聞いたプレガルディエンさんの声は,今いちばん脂が乗っている感じの密度の高さを感じさせてくれました。白井さんの方はそれを穏やかに受けるような包容力のある歌でした。最初の曲ではテノールの声がオーケストラにかき消されるように感じましたが,その後は,歌手間のバランスもオーケストラとのバランスもとても良いと思いました。

上述のとおり,第1曲の冒頭を聞いた瞬間から「これは正真正銘「大地の歌」だ」と感じました。聞き進むうちに段々と「いつもと違う」と感じる部分が増えてきましたが,マーラーの楽器使用法をそのまま踏襲しているところが多く,違和感を感じませんでした。今回,人数が少ない割りに響きが充実していたのは,ピアノを効果的に使っていたからだと思います(松井晃子さんが担当されていました)。ハープのように色彩的に響いたり,低音部を支えたり,アンサンブルの土台を作っているようなところがありました。上手側にあったハルモニウムという楽器は,音自体ははっきり分からなかったのですが,この楽器の方も全体の響きを豊かにしていたのかもしれません(鈴木隆太さんがチェレスタと掛け持ちで演奏していました。)。

管楽器の方はトランペットなしで,フルート,オーボエ,クラリネト,ファゴット,ホルン各1名という木管五重奏の編成でした(後半,ピッコロが加わっていましたので6名編成ということになります)。冒頭から金星さんのホルンの野性的な響きが聞こえたり,オーボエやクラリネットがベルアップしていたり(これは楽譜に書いてあるのでしょうか?),いかにもマーラーらしい気分がありました。ニケさんは,鶴を思わせるような細身の長身の方で,非常にダイナミックに指揮をされます。小編成でも小さくまとまることはなく,伸び伸びとした開放感を色彩感を感じさせてくれました。

第2曲の最初もオリジナルどおり,オーボエの歌が入りますので,原曲のイメージに近いものがありました。加納さんのソロは相変わらず見事で,白井さんのしっとりとした歌とともに秋の空気を伝えていました。クラリネットの遠藤さんは,途中,バス・クラリネットと持ち替えて演奏されていましたが,この辺も小編成ならではです。

第3〜5楽章は,比較的短めの曲が並びます。前半2曲については,「やはり弦楽器の厚い響きが欲しい」「もっと薄暗い雰囲気が良い」といった感想があると思うのですが,この3つの楽章については,小編成による薄い響きの鮮やかさのメリットがいちば出ていたのではないかと思います。比較的じっくりしたテンポで歌われていましたので,ラヴェルの「マ・メールロワ」などと似た,東洋趣味とメルヘンが合わさった軽妙な美しさが感じられました。

室内楽にピアノが加わる編成で軽妙な曲を演奏するとリヒャルト・シュトラウスの「町人貴族」とか「ナクソス島のアリアドネ」などを思わせる雰囲気も出てきます。マーラーの原曲よりは,新古典主義的なムードが感じられ面白いと思いました。第4楽章の中間部で「馬が駆ける」といった描写の部分などは大変軽妙でした。第5楽章ではアビゲイル・ヤングさんのヴァイオリン・ソロと岡本さんのピッコロなどを中心としたキラキラした響きが聞きものでした。

全曲の半分ほどもある第6楽章「告別」の冒頭も原曲に近い雰囲気で始まりました。渡邉さんの叩くドラの音にピアノの音が重なり,その上にオーボエ,ホルンなどの管楽器が重なってきます。白井さんの歌には,常に落ち着きと抑制した表情があり,全曲を締めるのに相応しい充実感がありました。この楽章についても,それほど絶望的な暗さはなく,透明で穏やかな美しさの方が印象に残りました。途中,鳥の声など自然を感じさせる響きが出てきますが,それも大変鮮やかでした。特に印象に残ったのは,低音の伴奏の上に出てくる上石さんのフルートによる東洋風の響きでした。

ただし,今回歌詞がステージ上に表示されなかったこともあり,さすがにこの楽章については長く感じました。そういう点では,やはり大編成の方が音楽に起伏が付く分,面白いかなと思いました。繊細な音の動きがずっと続いていたので,「同じような音楽が続いているな」と感じた人もいたかもしれません。その分,楽章の最後では,彼岸にたどり着いたような高揚感がありました。白井さんが歌い上げ,チェレスタが加わってくるとCDなどで聞くよりはずっと大きな終結感を感じました。

今回の室内楽オーケストラ版「大地の歌」は,曲の東洋趣味と合わせて,鮮やかな絵巻物を見るような趣きがありました。ニケさんの音楽作りは,非常に明確で,清冽なものでした。大げさに絶望するような音楽ではありませんでしたが,その分,ロマン派時代よりもっと現代に近いような新鮮な音楽になっていました。オリジナル版を生で聞いたことがないので比較はできないのですが,連作歌曲的な性格もより強く出ていたと思いました。この路線で行くと,マーラーの交響曲第4番の室内オーケストラ版というのがあれば,OEKにぴったり来るのではないかと感じました。

前半に演奏されたモーツァルトのパリ交響曲は,ニケさんの専門分野ということもあり,ニケさんの個性をより強く感じさせる演奏でした。全体に非常に速いテンポで演奏されていました。OEKは古楽器風の演奏をたびたび演奏してきましたが,その中でも特に過激な演奏だったと思います。非常に軽快だったので,全曲合わせて1曲の序曲のように感じられるほどでした。今回とほぼ同じプログラムの演奏会が横浜で行なわれるのですが,こちらでは「フィガロの結婚」序曲が最初にもう1曲追加で演奏されます。今回の演奏を聞いた感じでは,「序曲なし」の金沢のプログラムの方がまとまりが良いような気がしました(ニケさん指揮の「フィガロ」もとても聞いてみたいのですが)。

編成は次のとおりの古典的な配置でした(OEKのほぼフル編成でした)。

       Cl Fg
    Hrn Fl  Ob  Tp
   Cb  Vc   Vla Timp
   Vn1  Cond  Vn2

演奏は冒頭から古楽器奏法を前面に出していました。トーマス・オケーリーさんのバロック・ティンパニと2人のトランペットによる鋭い響きとともに,駆け上がっていくような主題がものすごいスピードで演奏されました。非常に軽いけれどもうねるような強弱が付けられていて非常に個性的でした。弦楽器はノンヴィヴラートで演奏されており,全体にぶっきらぼうなほどのアタックの強さがありました。

第2楽章もまた速いテンポでした。緩除楽章というよりは,運動性のある踊りの音楽に聞こえました。音楽に自然な膨らみがあり,テンポに慣れてくるとこのテンポが当然のように思えてくるのが面白いところです。

第3楽章もまた速いテンポでしたが,ここまでくるとこれが普通の速さかな,と感じられるようになってきました。音が多彩に飛び交う活気のある演奏でした,

ニケさんは,前回もモーツァルトの交響曲と声楽付きの曲の組み合わせのプログラムを聞かせてくれましたが,今回もまたOEKから新鮮な響きを引き出してくれました。同じ路線でまたオーケストラ伴奏付きの声楽作品を聞かせてみたいものです。ニケさんの専門のバロック時代のオペラの上演にも期待したいところです。

今回のサイン会
今回も演奏者の皆さんのサイン会が行なわれました。プレコンサートの方は時間の関係で聞くことができませんでした。弦楽五重奏だったようです。プレトークはおなじみの池辺晋一郎さんでした。
ニケさん指揮コンセール・スピリチュアルによるM-A.シャルパンティエの"Vespers of the Blessed Virgin"のCDです。 白井さんとプレガルディエンさんにはプログラムにサインを頂きました。
(2005/11/12)