オーケストラ・アンサンブル金沢第191回定期公演M
2005/11/24 石川県立音楽堂コンサートホール
1)メシアン/異国の鳥たち
2)パガニーニ/ヴァイオリン協奏曲第1番ニ長調op.6
3)(アンコール)浜辺の歌
4)間宮芳生/オーケストラのためのタブロー2005(2005年度委嘱作品,世界初演)
5)ビゼー/交響曲第1番ハ長調
6)(アンコール)間宮芳生/コントレタンツ第1番「白峯かんこ」(世界初演)
●演奏
岩城宏之指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-2,5-6
イヴリー・ギトリス(ヴァイオリン*2-3)
間宮芳生(プレトーク)
Review by 管理人hs   i3miuraさんの感想
世界のヴァイオリン界の最長老イヴリー・ギトリスさんが,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演に登場しました。今回の演奏会は,このギトリスさんによる型破りなパガニーニを中心に指揮の岩城さん好みの現代曲を散りばめた大変多彩な内容のプログラムとなりました。

ギトリスさんが,ちょっと腰を曲げて,ステージに登場した瞬間から,OEKもお客さんもすべてそのペースに巻き込まれてしまった感じでした。ギトリスさんは演奏中もお客さんの方ではなく,岩城さんとオーケストラの方ばかり見ていました。これも型破りでした。それにしてもギトリスさんの風貌には,味がありました。ミステリアスな人物だったパガニーニを聞くには,これ以上の雰囲気はありません。

我が家にあったギトリスさんの若い頃のCDのジャケットです。別人のようですねぇ。恐る恐るこのジャケットを出してみたのですが...パッと裏返して,次のようなサインをして頂きました。とても嬉しそうな目をしていらっしゃいました。
演奏の方は,悪く言えば,ホロヴィッツが初来日したときの「ひびの入った骨董品」的な演奏ではあったのですが,もともとギトリスさんの演奏には,「怪しげな魅力」というのがありますので,80歳を超えたギトリスさんならばきっとこう弾くだろうなという「期待通り」の演奏でもありました。別の言い方をすると「技巧を超越した世界」ということになります。「伝説のヴァイオリニスト」ギトリスさんだから許される演奏だったと思います。

それにしても80歳を超えるヴァイオリニストのパガニーニというのはいろいろな意味で凄いものがありました。基本的に弾いているうちに段々遅くなっていくのですが,突如思い出したように非常に速いテンポになったり...岩城さんとOEKは非常によく頑張って合わせていました。それでも合わせきれないテンポ感でしたので打楽器の方々など大変だったと思います。NHKのど自慢に出場する「特別賞を受賞するお年寄りの歌」的なハラハラ感もあり,聞いていて結構疲れはしたのですが,ギトリスさんが演奏し切った後は心底拍手したくなりました。OEKの演奏史上初の個性的な演奏だったことは確かです。

OEKがパガニーニのこの曲を演奏するのは初めてのことだと思いますが,後から思えば,オーケストラだけによる序奏部分は非常にすっきりとしたものでした。この序奏については,短くカットする版もあるようですが,「ギトリスさんは一体どういうソロを演奏するのだろう」とワクワクしながら待つには丁度良い時間でした(テーマパークでいくらか時間待ちをした後,アトラクションに入る感じに近いですね)。トロンボーン,大太鼓,シンバルが入る曲ですので,全体に心地良い重みと華やかさがありました。それが,ギトリスさんのヴァイオリンが入ってくると,急にペースが変わります。

まず独奏ヴァイオリンの入りの部分からして,不思議な間が空いていました。うっかり弦を触って出てしまったような「カサカサ」という感じのノイズが入ったり,全く緊張していないような自由な空気がギトリスさんの周りには漂っていました。その後は,上述のように大きくテンポを揺らしながら曲は進みます。ヴァイオリンの音には力強さはなく,飄々と演奏していました。常識の世界を超越した仙人がヴァイオリンを弾いてるような味わいがありました。

「崩した演奏」というよりは「崩れた演奏」で,音がかすれたり,音程が狂ったり,音が飛んだりする場面が続出するのですが,自在なカデンツァを中心に,何もかもを超越した演奏からは「ギトリスさんならでは」の個性が強く伝わってきました。

第2楽章などは,かなり枯れた雰囲気がありました。この楽章は,本来美しい歌に満ちているのですが,ギトリスさんの音色は,ニヒルで甘さがありません。意外にギドン・クレーメルさんの雰囲気と似た感じもあるような気がしました。

第3楽章はロンド主題での速い弓の動きに驚きました。さっきはあんなに遅いテンポで弾いていたのに,このキレの良さは何だ?という感じの魔術的な演奏でした。その後に出てくるフラジオレットの方は,ギコギコという感じの音になっていましたが,その他の楽章よりは「ヴァイオリンの魔人・パガニーニ」らしさを感じさせてくれる演奏になっていました。

それにしても,岩城さんとOEKの皆さんには苦労様でした。岩城さんはギトリスさん側に向けて少し斜めに配置した指揮台の上からギトリスさんが何か悪さ(?)をしないかじっと監視し,何が何でも付けてやるぞという気迫で指揮をされていました。今回,83歳のギトリスさんと73歳の岩城さんの共演という類い稀な"シルバー共演"(合計156歳!)となりましたが,岩城さんが若く見えるというのも,最近では珍しいことです。非常に頼りがいのある岩城さんの指揮ぶりでした。

アンコールでは,浜辺の歌を即興的に崩したような曲がヴァイオリン・ソロで演奏されました。ふらふらとステージ上を動きながら,おなじみのメロディを軽く演奏するのですが,突然,調子がマイナーになってお客さんの笑いを誘ったり,エンターテイナーとしてのギトリスさんの一面を楽しませてもらいました。ギトリスさんには「旅芸人のヴァイオリニスト」という感じもあるな,と思いながら見ていました。

ちなみに,この日の演奏会は全曲CD録音していました。どういうカップリングになるかはわかりませんが,ギトリスさんのパガニーニを再度録音で聞くというのは少々複雑な気持ちがあります。今回の演奏については,「一回限り」にしておいた方が「伝説性」が増すのではないかと思いました。

この日のために買ったわけではないのですが,この木村さんと岩城さんによるメシアンのCDを持っていましたので,持参して行きました。「ピアノと鳥とメシアンと」というタイトルです。今回,あまりにもサイン待ちの人が多く,岩城さんは,早目に退席されましたので,残念ながら岩城さんからはサインを頂けませんでした。
演奏会前半は,このパガニーニに先立って,メシアンの「異国の鳥たち」が演奏されました。この曲は,1970年代前半に岩城さんと木村かをりさんを中心としたアンサンブルがレコーディングを行っています。この録音は,フランスのACCディスク大賞という名誉のある賞を受賞しているのですが,国内では全く話題にならず,逆輸入の形で国内でも評価が高くなったというエピソードを岩城さんのエッセーの中で読んだことがあります。その録音の最初に収録されているのがこの曲です。

このような作品については,CDで音だけを聞くよりは,舞台の編成を眺めながら聞く方が楽しめます。この日の編成もかなり変則的なものでした。弦楽器なしで打楽器が6人も入る編成となっていました。次のとおりです(一部,怪しい部分があります。間違っていましたらお知らせ下さい)。

       Fg C-Fg
Pic Cl? Ob Hrn Hrn Tp Perc*6
           Cl Cl  
Pf    指揮     Fl

ピアノ(蓋を全部取っていました)の硬質な音に金属的な響きのする打楽器が沢山加わっていたこともあり,キラキラする響きが充満しているような作品でした。ただし,CDで聞くよりはコンサートホールで聞く方が幾分まろやかに聞こえます。タイトルにある「異国」という言葉については,時々出てくるドラの音がその気分を出していました。「鳥」の方はいろいろな楽器で描写をしていたのですが,さすがにこの辺は鳥類博士でもない限り,どの楽器がどの鳥を描写しているのは分からないと思います。

決して聞きやすい作品ではありませんでしたが,岩城さんの自信に満ちた指揮と木村さんの明晰なタッチを中心として,演奏全体に凛とした気分が漂っていました。途中,管楽器群の合奏で行進曲のメロディが演奏されたり,ピアノが即興的なソロを聞かせたりと,ビッグバンド風,フリー・ジャズ風の気分もありました。いちばん印象的だったのは,ユニゾンで「ガンガンガン...」という金属的な音が連続するエンディングでした。こういう音色はちょっと聞いたことがありません。「鳥」にまつわる現代曲としては,OEK十八番の「鳥のヘテロフォニー」の方が私は好きですが,この曲も非常に個性的な曲だと思いました。

これも,この日のために買ったわけではないのですが,間宮さんの書いた著書「現代音楽の冒険(岩波新書)」を持っていましたので(読了していないのですが...),こちらも持参して行きました。「古本屋でないと買えない本だよ」と間宮さんは語っていました。1990年頃の著作です。
プログラム後半の最初では,間宮芳生さんの「オーケストラのためのタブロー2005」が世界初演されました。この作品は当初は9月の定期演奏会で演奏される予定だったのですが,岩城さんの急病によるキャンセルのため初演が延期されたものです。

演奏に先立ち,間宮さんと岩城さんによるトークがありました。このお2人は1950年代後半頃から深い関わりをお持ちです。岩城/OEKはこれまで,三善晃,松村禎三,湯浅譲二...といった岩城さんと同世代の日本を代表する作曲家の作品を初演してきましたが,その財産リストにもう一曲加わることになります。岩城/OEKは権代さんを初めとして,より若い世代の作曲家の作品も積極的に取り上げていますが,岩城さんと同世代の作曲家の作品の方は,OEKの編成にピッタリという注文どおりの曲が多いようです。この作品もOEKの全員が舞台に乗ることのできる作品でした。

曲は拍子木の音のような激しい打楽器の響きで始まります。その後も管楽器を中心に緊張感のある響きが続きます。プログラムによると「オーケストラの各パート間の鍔迫合(つばぜりあい)」ということです。特に印象的だったのは,終盤に出てくるオーボエによるかなり長い独奏でした。水谷さんは非常に強い音で演奏しており,最初,オーボエの音でないように感じたくらいでした(この静かな部分で咳こんでいる人が客席にいたのは非常に残念でした)。ただし,全体としては少々捉えどころがない作品に思えました。どちらかと言うと,アンコール曲として演奏された「白峯かんこ」の方が民謡的な要素がバランス良く組み込まれていたこともあり,楽しむことができました。

今回,間宮さんの曲が追加で入ったこともあり,演奏会の時間がかなり長くなりました。演奏された曲もギトリスさんのすべてを超越した演奏+現代曲が2曲ということで,ここまでで結構疲れてしまいました。それを癒してくれたのが最後のビゼーの交響曲でした。そういう点では絶妙の選曲でした。

この曲はOEK十八番の曲で,過去いろいろな指揮者で聞いてきました。岩城さんの指揮で聞くのは今回が初めてですが,いつもにも増して素晴らしい演奏でした。全体に古典的にキリっと締まっていながら,2楽章や3楽章では膨らみを持った歌を聞かせてくれ,”Just Fit"という感じの言うことのない演奏でした。何度聞いても若々しく爽やかな曲です。

曲はすっきりとした気分で始まります。あまり大げさにならないのが,この曲にはぴったりでした。穏やかな気分が続き,美しい風景が流れていくような演奏でした。

第2楽章は,オペラのアリアのような感じで始まります。テンポはそれほど遅くはなかったのですが,水谷さんのオーボエ・ソロにはせつない憂いがが満ちており,聞いている人の心をそっと揺らすように響きました。それに続く,弦楽器群の熱いカンタービレも素晴らしいものでした。アビゲイル・ヤングさんを中心とした美しい歌いっぷりは,聞く人の心をさらに激しくゆすってくれました。

第3楽章は,楽しさが自然に溢れてくるような魅力を持っていました。岩城/OEKの演奏は,飾り気がないので,田舎の舞曲風の部分の良さがストレートに伝わってきました。

最終楽章の無窮動風の音の動きの軽さもさすがOEKという響きでした。軽快なリズムの上に精緻で自然な歌が流れ,最後は爽快にビシっと締めてくれました。

アンコール曲は,実は,後半最初のトークの中で予告されていたのですが,間宮さんにアンコール・ピース用に依頼された新曲が演奏されました。アンコールも世界初演というのも岩城さんらしいところです。

上述のとおり,本割の「タブロー」よりも,民謡的な要素がより鮮明に現われていましたので(白峰村の「かんこ踊り」が使われていたようでした),アンコール・ピースには相応しいと思いました。

今回の演奏会は,「メシアンの世界」「ギトリスの世界」「間宮芳生の世界」とめぐった後,最後,軽くかつしっかりとビゼー締めるというOEKらしい構成となっていました。OEKの多面的なキャラクターを一晩で堪能できた演奏会でした。

PS.終演後,ギトリスさんのサイン会もありましたが,とても大勢列に並んでいた上,ギトリスさんのペースがここでもマイペースでしたので,結構時間が掛かっていました。果たして何時に終わったのでしょうか?(2005/11/26)


Review by i3miuraさん  
今晩の演奏会は非常にお腹の一杯になるプログラムでしたね。

I.ギトリスさんは今回お別れコンサートの一環で金沢に来たらしいのですが、確かに往年に比べるとかなり丸くなった感はありましたが、それでも怪しい雰囲気一杯で非常に楽しめました。

間宮氏の新作もなかなか面白い作品で、また今度聴いてみたいと思わせる物だったと思います。

最近私用でなかなか演奏会に足を運べなかったのですが、今回は非常に充実した演奏会だったと思います。(2005/11/24)