バイエルン放送交響楽団2005年来日公演
2005/11/25 オーバード・ホール(富山市)
1)ベートーヴェン/「レオノーレ」序曲第3番
2)シベリウス/ヴァイオリン協奏曲ニ短調,op.47
3)ワーグナー/楽劇「トリスタンとイゾルデ」〜前奏曲と愛の死
4)ストラヴィンスキー/舞踏組曲「火の鳥」(1919年版)
5)(アンコール)チャイコフスキー/バレエ音楽「くるみ割り人形」〜アダージョ
●演奏
マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団
五嶋みどり(ヴァイオリン*2)
Review by 管理人hs  
お隣,富山県にオーバード・ホールという立派なホールがあることは知っていましたが,これまでなかなか出かける機会がありませんでした。今回,近年いろいろなオーケストラで大活躍しているマリス・ヤンソンスさん指揮のバイエルン放送交響楽団の演奏会が行なわれるということで,念願のこのホールに出かけてみることにしました。

今回のもう一つの目当ては五嶋みどりさんでした。みどりさんの演奏は,金沢で行われたリサイタルで聞いたことはあるのですが,協奏曲の演奏を聞くのは今回が初めてでした。D席4500円という安さも魅力でした。

オーバード・ホールはオペラ上演向けのホールということで,東京文化会館などと似た感じがありました。私の座席は5階席(こういう席があること自体オペラ・ハウス的ですね)でしたが,ステージはそれほど遠い感じはせず,ヤンソンスさんとバイエルンのオーケストラの作り出す華やかで格好の良い響きを楽しむことができました。

最初の曲はレオノーレの序曲第3番でした。バイエルン放送交響楽団はベルリン・フィル並ぶ,旧西ドイツ圏を代表するオーケストラですが,今回のツァーで演奏される曲目をプログラムで調べてみた限りでは,ドイツ系の曲にこだわっていない感じでした。放送局のオーケストラですので,レパートリーが広いのは当然ですが,かつてのオイゲン・ヨッフム,ラファエル・クーベリックと続いた時代よりは,さらにインターナショナルなオーケストラへとキャラクターが変わってきているのかもしれません。今回の演奏会全体を通しても,重厚さよりも非常にキレの良い機能性の高さを感じました。

とはいえ,ヤンソンスさん指揮の下,ベートーヴェンのこの曲では,非常にスケールの大きながっちりとした音楽を聞かせてくれました。弦楽器の音は硬質で,がっちりした密度の高さがあり,強い音の部分はうなるように盛り上がります。こういう部分はドイツのオーケストラらしいと思いました。チューニングのオーボエの音からして,とても強靭な響きがありました。弦楽器の速い動きの後,ぐっと終盤に向けて盛り上がる辺りの高揚感が特に印象的でした。

続いて,五嶋みどりさんが登場しました。みどりさんは,比較的地味なグレーっぽいドレスで登場されましたが,演奏の方も非常に内向的でグレーな感じの漂う演奏でした。シベリウスのこの曲には北欧的ほの暗さが全編に漂っているのですが,名技性を聞かせようとすればできないことはありません。みどりさんは,そういう外面的な華やかさには全く関心がなく,細部にいたるまで自分の思いを込め,弱音主体でシリアスがな音楽を聞かせてくれました。そういう意味では,もう少し下の階で聞いた方が,そのニュアンスの豊かさを味わえたのかもしれません。いずれにしても,前日に聞いた,ギトリスさんによる仙人的な自由さのある演奏とは別次元の演奏でした。その両極端を味わえた,幸運を喜びたいと思います。

曲はかなり遅めのテンポで演奏されました。冒頭,オーケストラのデリケートな音に続いて,みどりさんの独奏が入ってきます。「研ぎ澄まされた」という表現がぴったりの素晴らしい弱音でした。テンポはさらに遅くなりますが,耽美的というよりは,自分の内面にぐっと深く入っていくような表現でした。線は細いけれども一途な強さと美しさを持った演奏は全曲に渡って一貫していました。みどりさんは,音楽がさらに激しくなると身体を前傾させ,連獅子を思わせるような激しい動作で楽器を演奏していました。

オーケストラの方は,みどりさんの音を掻き消さないように演奏していましたが(コントランバスが8人から6人に減っていました),それでも聞かせどころになると圧倒的なパワーを全開させてきます。第1楽章は,圧政に立ち向かう悲劇のヒロインといった構図の演奏だったと思います。

第2楽章も基本的に同様の演奏でした。むしろ,第1楽章が第2楽章へのプレリュードになっているようでした。陰鬱さはさらに深まり,ヴァイオリンの音はさらに研ぎ澄まされていきます。ここでも時々出てくる,オーケストラの迫力のある音が恐怖感の象徴のように響いていました。この世のものとは思えぬ,デリケートな弱音に続いて,第3楽章に入っていきます。

第3楽章になるともう少し気分が晴れるかな,と思ったのですが,ここでも内向的な気分は変わりませんでした。土俗的な雰囲気で始まる冒頭のリズムは大変軽やかなものでしたが,続いて出てくるみどりさんの音はここでも弱音主体でデリケートなものでした。音のキレは良いのですが,オーケストラと一緒になって楽しく踊るという感じにはなりません。生で聞くとホルンのゲシュプトップ奏法などが目立つ部分ですが,そういう音色も含め,盛り上げようとするオーケストラの圧力に対抗する一途なソリストというドラマをここでも勝手に想像して聞いてしまいました。最後のクライマックスもすっきりと晴れることなく,どこか吹っ切れない思いを残している感じがありました。

「華やかな協奏曲を楽しみましょう」という観点からすると,ヴァイオリンの音量的な面をはじめとして,少々物足りなさが残ったのですが(これは5階席で聞いたことにもよるかもしれません),この曲のシリアスな面を徹底的に表現しようというみどりさんの意図は非常に強く伝わってきました。外面的な華やかさを排除した協奏曲演奏というのは,天才少女時代を脱したみどりさんにとっては,現在いちばん相応しい演奏スタイルなのではないかと感じました。

後半は,オーケストラだけによる演奏になりました。「トリスタンとイゾルデ」「火の鳥」と,日頃金沢では聞けないような大編成の曲が続き,そのスケールの大きさを堪能することができました。

「トリスタン」は,3管編成で演奏されていました。ハープ2台も加わり,ステージ上は人で一杯という感じになりました。この曲をCDなどで漫然と聞いていても「前奏曲」と「愛の死」の区別がよく分からなかったりするのですが,今回の演奏を聞いてみて,前半は悲劇,後半は救済という構成になっていることがよく分かりました。

前半,不安げな表情で音楽が始まり,次第に音楽が盛り上がって行きます。一体,どこまで盛り上がるのだろうという際限のなさは,ワーグナーの音楽に備わったものだと思いますが,そのうねるような抑揚を鮮やかに表現していました。その後,一旦音楽は静まり,クラリネットだけが残ります。そのほの暗く深い音色が見事でした。

ここがターニング・ポイントとなり,「愛の死」の部分に入っていきます。ここからは,別世界に入っていくような,明るさを感じさせてくれました。「前奏曲」の時同様,際限のない盛り上がりが始まりますが,その響きは幸福感と恍惚感に満ちたものになってきます。私自身,この曲の面白さをはじめて実感できた演奏でした。

演奏会の最後は,「火の鳥」の音楽でした。「火の鳥」にはいろいろな版がありますが,今回はその中でも時間的にいちばんコンパクトにまとめられている1919年版で演奏されました。個人的にもこの1919年版がいちばん好きです(全曲版は45分ほどかかりますが,なかなか全曲聴きとおせません)。

この曲は,コントラバスの印象的な音の動きで始まります。私はこの部分が好きなのですが,今回,オーケストラ全体を見下ろすような場所で聞いたので,コントラバスに合わせて大太鼓も小さく鳴っているのがよく分かりました。CDなどで聞いている時でも,低音が充実して聞こえることが多いのですが,大太鼓も一緒に鳴っていたからなのか,と謎が解けました。その後も各楽器が大変鮮やかに聞こえました。弦楽器群のフラジオレットのゾクゾクする音とか,フルートの存在感のある音などさすがメジャー・オーケストラだと実感しました。

「カスチェイの凶暴な踊り」の開始部分では,非常に強烈に打楽器が鳴らされていましたので,びっくりして目を覚ましたお客さんもいたのではないかと思います。「トリスタン」の時でもそうでしたが,ヤンソンスさんは,非常にダイナミックレンジの広いスケールの大きな曲作りをされる方だと感じました。その後のキレの良いリズムも印象的でした。管楽器群は荒れ狂う感じではありませんが,非常に強靭な響きを作っており,逞しさを感じさせてくれました。

「子守歌」の部分でファゴットが味わい深い歌を聞かせてくれた後,ホルンのソロが入って終曲に繋がります。このホルン独奏も見事でした。白髪のベテラン奏者が吹いていたようですが,静寂をさらに強調するような,美しく品のある響きに聞き惚れました。それに続いて,各楽器が鮮やかに立ち上がって来て,大きく盛り上がります。最後の部分のキレ味鋭い結び方も本当に格好良いものでした。1919年版は,それほど長い曲ではありませんが,スマートかつ堂々とまとめられていました。

盛大な拍手に応えて,アンコールが1曲演奏されました。演奏されたのはチャイコフスキーの「くるみ割り人形」のクライマックスで演奏されるアダージョでした。10日ほど前,金沢で聞いたデュトワ指揮チェコ・フィルの演奏会のアンコールもチャイコフスキーのバレエ音楽の中の曲でしたので,面白い偶然だなと思いました。

ハープの序奏に続いて,チェロの合奏で「ドーシラソファミレド」と下降する感じのシンプルな歌が熱く歌われる曲です。バレエ公演で演奏される場合はもう少し遅いテンポで演奏されますが,今回はそれよりは速いテンポで演奏されていましたので,抑えても抑えても湧き上がってくるような力強い盛り上がりを感じさせてくれました。

ヤンソンスさんは,どの曲でも盛り上げるべきところはきっぱりと力強く盛り上げてくれます。大変分かりやすい音楽作りをしてくれる正統派指揮者だと感じました。過去,金沢で行われたレニングラード・フィル,オスロ・フィルとの来日公演も聴いたことがありますが,いずれもオーケストラ音楽の楽しさを楽しませてくれました。今回の来日公演では,さらにそのスケールの大きさに磨きが掛かったのではないかと思いました。

演奏会後,五嶋みどりさんのファンとが交流する会がロビーで行なわれました。ものすごい人だかりになっていましたが,帰りの電車の時間までかなり余裕があったので,私も参加してきました。みどりさんと握手をし,サインも頂いてきたのですが,絶好の富山土産になりました。
演奏会のプログラムのみどりさんの顔写真のページにサインを頂きました。ほとんど一筆書きのような文字でした。 終演後のロビーの光景です。みどりさんと握手をしたい人,サインをもらいたい人で上の写真のような人だかりになっていました。
ヤンソンスさんのサインです。オスロ・フィルと録音したアンコール・ピース集のCDです。 実は,上記のみどりさんの人だかりがいつまでたってもなくならないので,楽屋口の方に行ってヤンソンスさんが出てこないか様子を見てきました。そのうちにこちらでもうまい具合に簡易サイン会が始まりました。

こうやって富山まで行ってみると,少々交通費はかかるものの,気軽に行けることが分かりました。今回も金沢から聞きに来ている人が結構いらっしゃったようです。機会があれば,また是非出かけてみたいと思います(オペラなど見てみたいですね)。ちなみにこの日の収支は次のとおりです。

チケット代     4500円
JR(金沢→富山)  950円
JR(富山→金沢) 2100円(帰りは特急を使用)
駐車料金     1000円(金沢駅周辺に5〜6時間車を留めたので)
プログラム代    500円
――――――――――――――
合計         9050円
※今度は高速バスなどが使えないか研究してみたいと思います。

この前のチェコ・フィル公演の時も9000円の席でしたので,大体同じぐらいの計算になります。

この日で3日連続の演奏会となってしまいました(家族のことは省みず...)。しかも,演奏会場が全部別です。共通するのは全部JRの駅のすぐそばにある点です。宣伝文句風に言うと「晩秋の北陸路・音楽鑑賞ツァー」という感じでしょうか。どのホールも駅から2,3分の場所にあります。北陸地方のホールの合同企画として,こういう企画を考えても面白いのではないかと思ったりしました(小松で歌舞伎鑑賞,金沢でオーケストラ鑑賞,富山でオペラ鑑賞をセットにするというのはいかがでしょうか。演奏会チケット代+JR特急代をセットで買うと割引にするとかいろいろアイデアが出てきそうです。それほどうまい具合に連日演奏会が並んだ3日間でした。

●オーバード・ホールひとまわり

今回,初めてオーバード・ホールに出かけてきましたので,ホールをあちこち見て回ってみました。「探検のしがい」のある,なかなか面白いホールでした。
JR富山駅を降りて北口の方に出ます。 道路のすぐ向こう側にオーバード・ホールの入っている建物が見えました。 アーバン・プレイスというのはオーチャード・ホールの入っているビルの名前のようです。 入口には早くも(といってもあと1ヶ月ですが)クリスマスツリーが飾られていました。
ホールの入口付近に貼ってあった演奏会のポスターです。 ホール入口の看板です。 入口を入るとエスカレータがあり,それを登って2階以上の席に行くようになっていました。 エスカレータからロビー付近を眺めた様子です。
今回の座席は5階席でした。上のような感じでオーケストラの全体を眺めることができました。 少し斜めから見てみました。”5階席”という名前だけ聞くと,非常に遠い場所に感じますが,実際はステージはそれほど遠くに感じませんでした。 2階のバルコニー席付近からステージを眺めてみました。 2階から,上の階を見上げてみると,かなり高いなと感じました。客席は,馬蹄形でステージを取り囲む形になっていました。
こうやってみるとホールは縦長というよりは横長になっている感じです。どの席もステージが近くなるように工夫してある感じでした。5階席などはかなり傾斜が付いていましたので,前の座席の人が邪魔になることはありませんでした。ただし,座席の通路はかなり狭く,出入りが大変でした。 5階席から1階席を眺めてみました。こうやってみると,やはりかなり遠いのでしょうか。
(2005/11/27)