ピアノの詩人ショパン:心の旅
第6回永遠なる旅路
2006/01/14 石川県立音楽堂交流ホール
1)ショパン/マズルカヘ短調op.68-4(1849年,絶筆)
2)ショパン/チェロとピアノのための序奏と華麗なポロネーズop.3(1830年)
3)ショパン/舟歌嬰ヘ長調op.60(1846年)
4)ショパン/幻想ポロネーズ変イ長調op.61(1846年)
5)(アンコール)ショパン/ワルツ変ニ長調op.64-1「小犬」(1846年)
6)ショパン/チェロ・ソナタト短調op.65(1846年)
7)(アンコール)ショパン(ピアティゴルスキー編曲)/ノクターン嬰ハ短調遺作(レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ)
●出演
ルドヴィート・カンタ(チェロ*2,6,7),大野由加(ピアノ*1,7),川岸香織(ピアノ*2),木下由香(ピアノ*3,4),長野良子(ピアノ*6),大野由加(ナビゲーター)
Review by 管理人hs
昨年5月以来,石川県立音楽堂交流ホールで6回シリーズで行われてきた「ピアノの詩人ショパン:心の旅」の最終回に出かけてきました。今回は最晩年の作品が中心でしたが,こうやってほぼ1年という時間をかけて1人の作曲家の作品をシリーズで聞いてみると,その人生を追体験したような気分になります。このシリーズの企画の狙いもこの辺にあったのではないかと感じました。

このシリーズは,毎回ステージの照明も素晴らしいのですが,今回は真冬,しかも最晩年ということで,白黒のコントラストを強調した落ち着いた雰囲気を出していました。最初に演奏されたマズルカもそういう気分を持っていました。照明が消えた真っ暗なステージ上に照明が当たると,黒いドレスを着た大野さんがピアノの場所に座っており,静かに演奏し始めるという素晴らしくセンスの良い始まり方でした。

このマズルカは,ショパンの絶筆で病床のベッドの中で書いたと言われている作品です。6回シリーズの最後で聞くといろいろな感慨が沸いて来ました。

続いて,今回のゲスト,オーケストラ・アンサンブル金沢の首席チェロ奏者,ルドヴィート・カンタさんが登場しました。後半に演奏されるショパン最晩年の隠れた傑作「チェロ・ソナタ」を演奏することが,今回の登場の主な目的だと思うのですが,前半で演奏された「序奏と華麗なポロネーズ」も聞き応えのある曲でした。タイプとしては,「アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ」と似た感じの曲です。序奏のしっとりとした歌からポロネーズでの勢いのある歌まで,一気に聞かせてくれました。カンタさんの演奏は,非常に息が長く,充実した歌に満ちていました。ピアノで息の長い歌を聞かせることは大変に難しいことですので,ショパンをチェロで聞くというのは,ある意味では,ショパンの魅力をより強く引き出している面もあるのではないか,と感じました。

前半最後は,ショパンのピアノ独奏曲の集大成という感じで,舟歌と幻想ポロネーズという晩年の名作2曲が演奏されました。木下由香さんの演奏は,とてもまとまりは良かったのですが,ちょっと味が薄く,全体の雰囲気が硬い気がしました。舟歌のような曲の場合,もっとたっぷりした雰囲気があるといいな,と思いました。

大野さんは,舟歌の演奏前に,「この曲にはスフォガート(調べてみたら「高音で弱く, 自由に軽く, 音がよく通る...」といった意味でした)という指示が付けられている箇所があります。これはショパンの曲の中で唯一のものです」と語られていました。その部分を演奏前に木下さんが演奏したのですが,本当に美しいものでした。こういった指摘は,ショパンの楽譜を深く調べている人でないと分からない点です。大野さんは,こういった点を毎回とても分かりやすく説明して下さりました。このシリーズ全体を通じて,本当にためになりました。

幻想ポロネーズの方は,透き通るような美しさが感じられ,大野さんがコメントを加えられたように,人生の最後に高みにはばたくような前向きな感じが出ており,素晴らしいと思いました。

前半の最後では「小犬のワルツ」がアンコールとして演奏されました。思わずホッとさせてくれるような作品ですが,この曲もまた晩年の作品だということは,ちょっと盲点でした(作品番号は「64の1」ということで「65」のチェロソナタとは1番違いでした)。

後半は,ルドヴィート・カンタさんのチェロと長野良子さんのピアノによるチェロソナタでした。この曲を聞くのは初めてでしたが,非常に聞き応えのある作品であり演奏でした。ピアノの長野さんは,カンタさんに負けることなく,1対1の火花を散らすような熱演が展開されきました。こういう熱気と迫力は,ステージと客席が近い交流ホールだと存分に楽しむことができます。このシリーズを締めるのに相応しい演奏でした。

カンタさんの演奏スタイルは,いつもどおり,力むことなくさりげなく美しい歌を聞かせてくれるのですが,その中から次第に熱気が湧き上がって来ます。上品なスタイルを崩さずに力感を感じさせてくれる,ダンディな格好良さのある演奏でした(このシリーズでは,若い女性奏者ばかりが続々出てきましたので,特に引き立っていたのかもしれません)。第2楽章のスケルツォのトリオの部分では,「もうたっぷり」という感じの充実した気持ちよい歌を楽しむことができました。

第3楽章は,ピアノ・ソナタ第2番の「葬送行進曲」の中のトリオの部分とよく似た優しいメロディが出てきます。ショパン自身,自分のための「葬送行進曲」ということを意識していたのかもしれません。このチェロ・ソナタ全曲の中でも,ホッと一息つける時間となっていました。

第4楽章は,再度,ものすごい熱気のぶつかり合いとなりました。二人ともこれ見よがしのことはしていないのに,内側からがっぷり四つに組んだような力強さが湧き上がって来ていました。

アンコールでは,カンタさんと大野さんの組み合わせで,ピアティゴルスキー編曲による遺作のノクターン(映画「戦場のピアニスト」で使われていた曲)が演奏されました。シリーズ第1回目で演奏された演奏曲目を調べてみたのですが,第1回目でもこの曲がアンコールで演奏されていました。図らずもそうなったのだと思いますが,この曲で始まり,この曲で終わるというという構成も見事だと思いました。

この週末はかなり気温が上がったので,音楽堂周辺の雪もほとんどなくなりました。ちなみに下は1週間前です(同じ場所です)
この曲をチェロで演奏すると,トリルの部分をはじめとして,すすり泣くような雰囲気になります。これもまた絶品でした。

最後,全員がステージ上に再登場し,この演奏会そして,このシリーズ全体がおしまいとなりました。関係者の皆さん,特にプロデュースをされた大野由加さんには「すばらしい企画をありがとうございました」と感謝をしたい気分です。

最終回もショパン晩年の苦悩と音楽に対する情熱を感じさせてくれる内容でしたが,毎回,興味を引くようなテーマを決め,それをきっちりと聞かせてくれた周到な準備(大野さんは,毎回,シナリオを全く見ずに解説されていましたがこれは凄いと思いました)と「演奏」「トーク」「照明」...などが一体となったバランスの良い雰囲気の盛り上げ方が毎回光っていました。というわけで,終演後,私自身の心の中では大野さんに花束を渡していました。

PS.今回好評だったシリーズ企画を受けて,「ピアノの翼コンサート」と題したピアノ音楽史を6回に渡って俯瞰するようなシリーズが行なわれます。ナビゲータは,当然,大野由加さんです。これにも大いに期待したいと思います。すでにシリーズの全体像が出来ているのが素晴らしい点です。簡単に内容を紹介しましょう。

ピアノの翼コンサート(全6回シリーズ)
19:00開演(18:30開場) 石川県立音楽堂交流ホール
プロデュース&ナビ:大野由加
ピアノ音楽の名曲を様々なエピソードや解説とともにお贈りします。

第1回 2006年5月9日(火)ピアノの誕生:バロックから古典
バッハ,ヘンデル,モーツァルトの作品

第2回 2006年6月27日(火)楽聖・ベートーヴェン
ベートーヴェンの作品

第3回 2006年9月5日(火)ドイツロマンを求めて
シューベルト,シューマン,ブラームスの作品,ドイツ歌曲

第4回 2006年10月24日(火)花の都パリ:リストとショパン・ロマン派の傑作
ショパン,リストの作品

第5回 2006年12月12日(火)フランス印象派とロシアンピアニズム
ドビュッシー,ラヴェル,ラフマニノフ,プロコフィエフの作品

第6回 2007年1月14日(日)14:00〜 華麗なるピアノ・デュオ
ブラームス,チャイコフスキー,ガーシュインの作品

※演奏は石川県在住の若手ピアニスト,曲目,日程などは変更となる場合があります。
(2006/01/15)