2006都民芸術フェスティバル助成公演 オーケストラ・シリーズNo.37 東京都交響楽団 2006/02/15 東京芸術劇場大ホール 1)ブラームス/ハンガリー舞曲集〜第1番,第5番,第6番 2)モーツァルト/クラリネット協奏曲イ長調,K.622 3)(アンコール)モーツァルト/2つの管楽器のための12の小品集〜第12番K.487(496b)アレグロ 4)スメタナ/連作交響詩「わが祖国」〜「ヴィシェフラード」「ヴルタヴァ(モルダウ)」「ボヘミアの森と草原から」 5)ドヴォルザーク/スラヴ舞曲ホ短調op.72-2 ●演奏 ヤン=パスカル・トルトゥリエ指揮東京都交響楽団(コンサート・マスター:矢部達哉) 三界秀実(バセット・クラリネット*2-3),女性クラリネット奏者(クラリネット*3)
この公演は,都民芸術フェスティバル助成公演ということで非常に安価な公演でした。最高料金でも4000円行かないぐらいだったと思います。私の席は,2800円の当日券で3階のやや上手寄りでしたが,十分にオーケストラの響きを楽しめる席でした。 今回の指揮のヤン=パスカル・トルトゥリエさんは,フランスの有名なチェロ奏者のポール・トルトゥリエさんのご子息です。とはいえ既に若手という感じではありません。CD解説の写真などで見るよりは,現在はかなり白髪になっていましたが,「今,もっとも活動的な指揮者の一人」といった感じの”生きの良さ”を感じさせる指揮ぶりでした。それに加え,トルトゥリエさんの作る音楽は,とても明快でオーケストラの響きにも透明感がありました。強烈に自分の個性を押し付けるというよりは,瑞々しくゆとりのある音楽を楽しませてくれるタイプの指揮者だと感じました。 東京都交響楽団は,つい最近引退されたジャン・フルネさんと縁の深いオーケストラですが,その伝統を受けて,フランス風の明快な音楽作りに対する適応力がとても高いオーケストラなのではないかと感じました。このホール自体,とてもたっぷりとした雰囲気がありますので,リラックスして楽しむことのできる演奏会となりました。 最初にブラームスのハンガリー舞曲集の中から有名な3曲が演奏されました。これらの曲をアンコール以外で聞くのは意外に珍しいのではないかと思います。演奏会の最初に聞くと,ちょっと座りが悪いかなと思っていたのですが,十分に楽しめる演奏で,その後のプログラムをリラックスして楽しませてくれる食前酒のような効果がありました。 上述のとおり,ずしりとした重い響きよりは,演奏全体に漂う透明感が印象的な演奏でした。ハンガリー風の音楽ということでテンポの動きも激しく,とても大胆な間を随所に入れていたのですが,その動きが直線的ではなく,「気まぐれ」という感じだったのも新鮮でした。自由な気分の溢れた演奏で泥臭さよりは,粋さを感じさせる演奏になっていました。 2曲目に演奏されたモーツァルトのクラリネット協奏曲では,バセットクラリネットが使われていました。この楽器は,通常のクラリネットよりも一回り大きく,音の方ももう少し低い音が出るのですが,音色的な違いはよく分かりませんでした。独奏の三界さんは,東京都交響楽団の首席クラリネット奏者です。演奏全体に抑制された美しさがあり,モーツァルト晩年の作品の持つミステリアスな魅力をしっかりと伝えてくれました。 この曲を実演で聴くのは久しぶりです。オーケストラの編成は,コントラバスが2名になり,前曲よりはかなりこじんまりした感じになりました。オーボエが入らず,フルートが2本入っていましたが,モーツァルトとしては珍しい編成だと思います。 全曲を通じて大きなテンポの動きや音量の変化はなく,表情の変化もさりげないのですが,そのことによって淡くはかない雰囲気を作っていました。大ホールだと物足りないかな,と聞く前は思ったのですが,そういうことは全く無く,「平常心を装う」といったさりげなさがホール全体に染み渡りました。クラリネットのさりげない美しさとそれを支える同僚たちのしっかりとした伴奏は,曲の裏に常に潜んでいる死の恐怖感に共に真摯に向き合っているようで好感が持てました。 第2楽章になると,曲が進むにつれてどんどん心の奥の方まで音が入り込んで来るような感じになります。両端楽章では,装飾的な音も入れて,明るく振舞おうという意思もありましたが,この楽章では,ひたすら深く内面に踏み込んでいました。最後のカデンツァ風の部分では,バセットホルン独特の(多分そうだと思うのですが)低音の弱音の響きを聞くことができました。死神がついに姿を現わしたか,という感じでした。ただし,ここでも基本的に淡々として振舞っているのがとても健気に感じられました。 第3楽章は,再びさりげなく軽やかな演奏になりました。第1楽章同様,淡々と音楽が流れていく中から暗い表情が時折自然に現れるような演奏でした。全曲を通じて,装飾的な音を時折入れる以外は,変わったことをしていないのに,曲の随所からモーツァルトの晩年の曲の落ち着いたトーンが出ているのが素晴らしいと思いました。 演奏後はとても盛大な拍手が続きました。この辺は,オーケストラ・アンサンブル金沢の定期会員が,首席チェロ奏者のカンタさんがチェロの独奏をした時などに送る暖かい拍手と似た気分があるのかな,と思いました。アンコールで演奏された曲は,クラリネットとバセット・クラリネットのデュオによる小品でした。初めて聞く曲でしたが,モーツァルトの機嫌の良いアリアの一節をアレンジしたような楽しい曲で,アンコール・ピースにぴったりでした。最後の方にクラリネット協奏曲のメロディの断片らしきものが入っていたのも洒落ていました。この演奏の「相方」として出てきた女性奏者ですが,恐らく,東京都交響楽団のもう一人の首席クラリネット奏者の方だと思います。最後にクラリネットとバセット・クラリネットの大きさの比較をサッと見せてくれて,前半はおしまいとなりました。 休憩中は,池袋の夜景を眺めながら3階のロビーでワインを飲んでみました。3階席にもバーコーナーがあるのは,なかなか良いなと思いました。 後半は,スメタナの「わが祖国」の中から3曲が演奏されました。こちらも全体にすっきりと爽やかさの残る演奏となっていました。「ヴィシェフラード」は,この連作交響詩のライト・モチーフとも言うべき主題がハープ2本で演奏されて始まります。この部分はじっくりとしたテンポでしたが,その後に続く部分は,速目のテンポになりました。さらりとした感触が残り,大変見通しが良い演奏でした。曲の後半部もおどろおどろしくなることはなく,鮮やかなドラマが次々展開していく感じでした。 次は,有名な「ヴルタヴァ(モルダウ)」でした。そんなに速いテンポというわけではないのですが,有名なあのメロディも,しつこくうねるような感じではなく,すっきりと流れていくヴルタヴァ川となっていました。休憩中飲んだワインが効いてきたようで,楽しく川下りをしている趣きがありました。村人たちの踊りの部分も快適なテンポで泥臭くなく,「月の光に映える...」の部分もとてもクリアでした。最後の2音はダイナミックにたっぷりと演奏され,「充実した旅行が終わったなぁ」というメリハリを付けていました。 「ボヘミアの森と草原から」も,前2曲と同様に明るさと伸びやかさを感じさせてくれる演奏でした。その中では,中間部の精緻な音の動きが印象的でした。後半,少し不吉な感じになりますが,ここでもあまりドロドロした感じにはなりません。終盤の弦楽器の速い動きも重苦しくなく,軽やかさを感じさせてくれました。この「わが祖国」については,もう少したっぷりした思い入れのある演奏の方が「本場もの」なのかもしれませんが,ワインを飲んだ後に楽しむには,今回のようなさっぱりとした演奏の方が良いかもしれないと思いました。 アンコールでは,おなじみのスラヴ舞曲(いちばん有名な第10番と呼ばれている曲です)が演奏されました。センチメンタルな雰囲気のある曲ですが,速目のテンポですっきりと流れ,全然演歌っぽくなりません。フランス風の味付けだなぁと感じました。トルトゥリエさんが「お別れに1曲」というようなことをスピーチされた後,演奏は始まりましたが,”粋な別れ”という素敵な演奏になっていました。 東京都交響楽団については,インバル,ベルティーニ,フルネ,そして最近では,デプリースト(「のだめカンタービレ」にも登場しているそうです)といった実力のある外国人指揮者との共演が多いオーケストラという印象を持っているのですが,今回のプログラムもしっとりとした中にもインターナショナルな華やかさを感じさせる楽しめる演奏会となっていました。演奏会の前にずしりとした公演チラシの束を受け取ったのですが,その中にデプリーストさん指揮東京都交響楽団によるショスタコーヴィチの交響曲の公演の情報が入っていました。どういう演奏を聞かせてくれるのでしょうか?機会があれば,また聞いてみたいオーケストラです。 ●東京芸術劇場ひとめぐり 今回,初めて東京芸術劇場の中に入りました。昨年末,岩城宏之さんがベートーヴェンの交響曲全集を指揮した場所ですが,通路もゆったりしており,とても気持ちの良いホールでした。
(蛇足)両国付近の写真集 何の脈絡もありませんが,今回,両国駅付近に宿泊したので,写真で紹介しましょう。
PS.このページは,東京から金沢に戻る電車の中で大部分出来てしまいました(4時間ほどです)。これもノートパソコンが進化(軽量化とバッテリーの長時間化)したお陰です。全国コンサート・ホールめぐりの旅をしながら,電車の中でホームページにまとめる,というのも楽しそうです(老後にやるにはさすがに大変か?)。いずれにしてもノートパソコンがあれば,「どこでも書斎」という時代になりつつあるようです。(2006/02/16) |