オーケストラ・アンサンブル金沢第195回定期公演PH
2006/02/23 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ベートーヴェン/交響曲第4番変ロ長調,op.60
2)モーツァルト/レチタティーヴォ「あわれ,ここはいずこ」とアリア「ああ,語るはわれならず」K.369
3)モーツァルト/アリア「はげしい息切れのときめきのうちに」K.88
4)モーツァルト/ミサ曲ハ長調,K.317「戴冠式」
5)(アンコール)モーツァルト/アヴェ・ヴェルム・コルプス
●演奏
ロルフ・ベック指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:マヤ・イワブチ)
シモーナ・ホーダ=シャトゥローヴァ(ソプラノ*2-4),バーバラ・ロールフス(アルト*4),ハルトムート・シュレーダー(テノール*4),マティアス・クライン(バス*4)
オーケストラ・アンサンブル金沢合唱団(合唱指揮:佐々木正利)

Review by 管理人hs
↑ホール入口の看板。
↓この時期恒例の「ひな人形」も入口に飾られていました。
久しぶりにオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演に出かけてきました。前回の1月末の定期公演には行けませんでしたので,私自身,今年2回目のOEKの定期公演ということになります。

この時期の定期公演では,「年度の集大成」のような形で,OEK合唱団の登場する合唱曲を演奏するのが恒例となっています。今回はロルフ・ベックさん指揮による,モーツァルトの「戴冠式」ミサが中心のプログラムとなりました。この曲は石川県立音楽堂が開館した直後のOEKの定期公演で演奏されたことがありますが,その時の合唱指揮がベックさんでした。その時に登場したバンベルク交響楽団合唱団の充実した声は強い印象を残してくれましたが,今回のOEK合唱団による演奏も大変聞き応えのあるものでした。

ベックさんは,シュレスヴィヒ・ホルシュタイン音楽祭の音楽監督もされており,昨年夏にOEKがこの音楽祭にゲスト出演した時も指揮をされています。今回の定期公演は,少し時期は離れましたが,「ドイツからの帰朝報告」といった位置づけの公演と言えます。

ベックさんは,とても長身でいつもピンと背筋が伸びています。見るからに立派な雰囲気の方です。その音楽からも,常に「立派さ」が感じられました。戴冠式ミサは,それほど長い曲ではありませんが,ミサ曲の要素が凝縮して詰め込まれており,大変聞き応えがありました。演奏時間がコンパクトな分,誰にでも飽きずに楽しむことができる,”分かりやすいミサ曲”だと思いました。

演奏は,冒頭からベタつかず清潔で,がっちりとまとまった構築感がありました。宗教曲に相応しいクールな雰囲気もありました。合唱に続いて,ソプラノとテノールのソロが出てくるのですが,どちらもとてもすっきりとした美しさのあるものでした。特にテノールのシュレーダーさんのノンヴィブラートの透明な歌声が印象的でした。

その後の曲もじっくりと聞かせてくれました。第3曲のクレドは,コーラスと4重唱が交錯する多彩な内容を含んた曲です。立体的で彫りの深さのある演奏は大変聞きごたえがありました。OEK合唱団の歌も自信に満ちていました。

最後のアニュスディは,全曲中いちばんの聞き所でした。最初に出てくる歌劇「フィガロの結婚」の伯爵夫人のアリアと似たしっとりとした歌は,本当に心に染みました。ホーダ=シャトゥローヴァさんの芯のある,清潔な歌は宗教曲としてもアリアとして聞いても満足の行くものでした。曲の最後の堂々とした結びも充実感をしっかりと感じさせてくれました。

アンコールでは,おなじみのアヴェ・ヴェルム・コルプスが歌われました。この曲の前に,ヴィオラ奏者たちが入ってきましたが,「ミサの時は,ヴィオラがいなかったんだ」とこの時初めて気づきました。アヴェ・ヴェルム・コルプスは,かなり速目のテンポで流れの良さを感じさせてくれながら,温かみのある感動に満ちた歌をしっかりと聞かせてくれました。伴奏に加わっていたオルガンの音の控えめな感じも感動を盛り上げてくれました。

前半は,最初ベートーヴェンの交響曲第4番が演奏されました。個人的には「ちょっと硬過ぎるかな」「もう少し愛嬌があっても良いかな」という気もしました。ベックさんは,合唱指揮の専門家ということで,声楽が入ってくると丁度良い彩りとなるかなという気がしました。とはいえ,そのサウンドは非常に充実しており,「やはりOEKのベートーヴェンは良い」と実感させてくれました。

この日のOEKは,前半後半とも,このところすっかりおなじみとなった対向配置でした。ティンパニとトランペットが上手奥に並んでおり,一体となって強いアクセントを付けていたのが印象的でした。特にトム・オケーリーさんの演奏していたバロック・ティンパニの音は,相変わらず強靭でした。このティンパニ+トランペットの丁度反対側にコントラバスがシンメトリカルに3人対向配置で並んでいました。

第1楽章は序奏部から非常に念入りに演奏されており,凛とした立派な空気がありました。序奏から主部にワーッと移って行く辺りも,ただ熱狂的に盛り上がるのではなく,ティンパニの硬質な強打を中心に,シリアスな威厳を感じさせてくれました。呈示部の繰り返しもしていましたので,大変スケールの大きな楽章となっていました。

第2楽章はそれほどテンポは遅くなく,辛口の印象でした。ノンヴィブラート気味の弦楽器の清澄さ,遠藤さんのクラリネットの神秘的な雰囲気も素晴らしいものでした。

第3楽章も辛口の雰囲気でしたが,スケルツォの楽章としては,ちょっと愛想がないかな,という気がしました。第4楽章は,速いけれども十分しっかりと弾けるテンポ感で演奏されていました。一点一画を疎かにせずという演奏で,聞き応えがありました。アタックの鋭いトランペット+ティンパニも効果的で,がっちりとした充実感を持って締めてくれました。 

ベートーヴェンの交響曲第4番は,小型の曲と見られることがありますが,今回の演奏はがっちりとした重厚さと強さを感じさせてくれました。見るからにエグゼクティブといった威厳のある雰囲気のあるベックさんらしい演奏でした。

前半の最後では,モーツァルトのアリアが2曲演奏されました。どちらも初めて聞く曲でしたが,とても聞き栄えのするものでした。最初の曲の方は,前半と後半とでテンポと気分の変化があり,スケールの大きさを感じさせてくれました。ソプラノのホーダ=シャトゥローヴァさんは,ロルフ・ベックさんの信頼の厚い若手歌手だと思うのですが,シリアスな落ち着きと愛らしさを同時に感じさせてくれました。オーケストラの楽器の中では,フルートの音がよく聞こえてきて,ホッと気分をほぐしてくれました。

2曲目の方は,もう少し若い時代の作品で,コロラトゥーラを含むより技巧的な曲でした。途中,少し暗い雰囲気になりますが,タイトルほどは深刻な感じはしません。ホーダ=シャトゥローヴァさんの声は,軽やかさよりは強さを感じさせてくれました(後半のミサではもっと軽い雰囲気を感じました)。

この日の演奏会では,ホーダ=シャトゥローヴァさんが大活躍でした。いろいろなタイプの曲を見事に歌い分けていましたが,これから益々活躍の場を広げて行きそうな歌手だと思いました。

OEKは指揮者によって全く異なる表情を持った演奏を聞かせてくれるのですが,この日は,OEK合唱団の誠実な歌を含め,正統的なドイツ音楽を聴いたという実感が残りました。シュレスヴィヒ・ホルシュタイン音楽祭での高い評価が納得できた演奏会でした。

PS.この日のプレトークは,合唱指揮の佐々木正利さんとOEK合唱団による実演付きの充実したものでした。合唱団の皆さんはまだ本番の衣装ではなく普段着でしたが,ピアノ伴奏付きで,全曲のハイライトを佐々木さんの解説付きで聞かせてもらいました。「アーメンの後にクレドという歌詞が入るのは珍しい」とか「ラテン語の歌詞だけれども,今回はベックさんの指揮ということで,ドイツ語的な発音で歌う」とか,専門家ならではの大変タメになるトークでした。OEK合唱団のパート・リーダーの方々の見事なソロの歌声を聞くことができたのも嬉しかったですね。

●終演後のサイン会
ロルフ・ベックさんのサイン 4人のソリストの皆さんからもサインを頂きました。
(2006/02/23)