オーケストラ・アンサンブル金沢第196回定期公演F
2006/02/28 金沢市観光会館
1)ヴィヴァルディ/協奏曲集「四季」〜「春」第1楽章
2)レイ/白い恋人達
3)ロジャース/マイ・ファニー・ヴァレンタイン
4)ボンファ/黒いオルフェ
5)いずみたく(永六輔作詞)/見上げてごらん夜の星を
6)シェーンベルク,クロード=ミッシェル/ミュージカル「レ・ミゼラブル」〜夢やぶれて 
7)グリーグ/2つの悲しい旋律〜過ぎた春
8)プッチーニ/歌劇「トゥーランドット」〜誰も寝てはならぬ
9)筒美京平(阿久悠作詞)/ロマンス
10)小田啓義(万里村ゆき子作詞)/すみれ色の涙
11)岡本真夜(岡本真夜作詞)/手紙
12)三木たかし(阿久悠作詞)/思秋期
13)中島みゆき(中島みゆき作詞)/ただ・愛のためにだけ
14)(アンコール)木森敏之,スコット(山川啓介作詞)/聖母(マドンナ)たちのララバイ
●演奏
岩崎宏美(ヴォーカル*4-6,9-14)
鈴木織衛指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:松井直)*1-2,4-14
西直樹(ピアノ*2-4,9-14),秋元公彰(ベース*2-4,9-14) ,伊藤史郎(ドラムス*2-4,9-14)
松井直(ヴァイオリン*1,8)
Review by 管理人hs
オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の2月のファンタジー定期公演のゲストは,歌手の岩崎宏美さんでした。私にとって岩崎さんは,少し上の世代ではあるのですが,「同時代を生きている歌手」として昔から親しみを感じていました。岩崎さんは,アイドル歌手として1970年代中盤にデビューしましたが,当時からその確かな歌唱力と清清しい雰囲気で誰からも一目置かれる存在感のある歌手でした。1970年代後半〜1980年代前半にかけて,岩崎さんが頻繁にテレビの歌番組に出ていた頃には,30年後にこうやって生のステージを金沢で見ることになるとは思いもよりませんでした。というわけで,私にとって,存在そのものがノスタルジックな歌手です。

岩崎さんの歌声は,デビューの頃から一貫しています。一声聞いてすぐに岩崎さんだと分かる,透明でさわやかで,しかも落ち着きのある素晴らしい歌声です(ただし妹の良美さんとの区別は難しかったりするのですが)。その一方,今回,生で聞いてみて,伸びのある高音だけではなく,ぐっと抑えたような低音も良いなぁと思いました。歌詞がとてもはっきりと聞こえるのも素晴らしい点です。今回の演奏会を聞いてみて,思っていた以上に幅の広い表現力を持った歌手だと感じました。

今回は「ラブ・ソング集」というテーマだったのですが,このテーマにはそれほど意味はなく,前半は,冬から春にかけての季節の移り変わりをイメージさせる曲が並んでいました。最初にまずコース料理の前菜のような感じで,ヴィヴァルディの「四季」から「春」の第1楽章が演奏されました。指揮者の鈴木織衛さんがチェンバロを演奏し,独奏ヴァイオリンは,この日のコンサートマスターの松井直さんが担当しました。それほど個性的な演奏ではありませんでしたが,春への憧れをしっとりと感じさせてくれました。

その後は,指揮者の鈴木さんのトークを交えながら演奏会は進められました。相変わらず,ユーモアたっぷりでしかもテンポ感のある滑らかなトークで,演奏会全体をリラックスしたものにしてくれました。鈴木さんは,前回の尾崎紀代彦さんとの共演の時もそうだったのですが,歌手とのやり取りが非常に上手です。面白い話題をテンポ良く引き出してくれます。そういう意味で,ファンタジー公演にぴったりの指揮者だと言えます。

次に演奏された「白い恋人達」は,冬季五輪にちなんでの選曲でした。この作品は,1968年に行われたグルノーブル五輪のための曲です。それ以降,ずっと聞かれている作品ですので,ほとんどクラシックと言っても良いと思います。この日のOEKのヴァイオリン奏者はかなり傾斜の急な階段状のヤマ台の上に乗っていましたが,そのことも併せて,この日のOEKには,”いかにもポップス・オーケストラ”というムードがありました。演奏の方も,ゆったりとしたハープ独奏で始まった後,次第にアップテンポしていく闊達な演奏でした。私自身,恥ずかしながら(別に恥ずかしがることもないのですが),こういう”イージー・リスニング”と呼ばれる分野の曲も結構好きです。"OEK Plays French Pops"などと題して,ポールモーリア,レイモン・ルフェーブルなどの曲を演奏するような企画があれば,是非聞いてみたいと思います。

次のマイ・ファニー・ヴァレンタインは,2月にちなんでの選曲です。この曲ではOEKはお休みとなり,ファンタジー公演ではすっかりお馴染みとなった西直樹さんのピアノ,秋元公彰さんのベース,伊藤史郎さんのドラムスによるピアノ・トリオで演奏されました。とてもセンスの良い,上品な演奏で,いつまでも聞いていたくなるような演奏でした。ジャズをほとんど聞かない私にとって思い浮かぶピアノ・トリオといえばビル・エヴァンズ・トリオぐらいなのですが,この日の演奏には,丁度,そういう雰囲気がありました。

続いて薄ピンクの服を着た岩崎宏美さんが登場しました。岩崎さんは,今公演の主役なのですが,「スターです」といったギラギラとした雰囲気はなく,すっと控えめに登場し,丁寧に挨拶した後,爽やかに「黒いオルフェ」を歌い始めました。デビュー30周年ということですが,心の中に持っていたイメージどおりの雰囲気にすっかり嬉しくなりました。ただし,この曲については,リオのカーニバル(春先の今頃行われているはず)をイメージした曲ということですので,もう少し濃厚さが欲しいかなとも思いました。

岩崎さんの出している「カバーズ」というアルバムの中から「見上げてごらん夜の星を」が,アコースティックなムードの中で歌われた後,ミュージカル「レ・ミゼラブル」の中の「夢やぶれて」という曲が歌われました。これは本当に素晴らしい歌でした。前半後半を合わせて,この日歌われた曲の中でいちばん印象に残りまた。かなり悲惨なシチュエーションで歌われる曲なのですが,岩崎さんの歌からは,ドロドロした暗さや重さだけではなく,前向きに生きようとする一人の女性の人生そのものが伝わってきました。あたかもシャンソンか何かを聞くような感じでした。今回初めて聞く曲だったのですが,もう一度,(できればミュージカルの中で)聞いてみたい曲です。岩崎さんは,「レ・ミゼラブル」に出演するために,オーディションを受けているのですが,そういう経験は,アイドル歌手時代にはなかったことだったようです。アイドル歌手からミュージカル歌手へ,という歌手としてのキャリアが十分に生かされた歌でした。

前半最後では,グリーグの「過ぎた春」が演奏されました。春が過ぎ去っていく物悲しさを感じさせてくれましたが,個人的には,もう少したっぷりとしたテンポで聞いてみたいと思いました。ファンタジーシリーズの中ではなく,通常の定期公演の中でじっくりと聞いてみたい曲です。

後半は,今話題の「あの曲」で始まりました。当初は「恋は水色」(ポール・モーリアの演奏で有名な曲)が演奏されるはずだったのですが,鈴木さんがいきなり「何と言っても荒川静香ですねぇ。今回は急遽曲目を変更して...」と言いながらステージに入って来られた後,「イナバウアー」ならぬ「誰も寝てはならぬ」のヴァイオリン独奏+オーケストラ伴奏版が演奏されました。言うまでもなく,先日終了したトリノ五輪のフィギュア・スケート女子で金メダルを取った荒川静香さんがフリーで演じたあの曲です。荒川さんが演じた時と同様,ヴァイオリン独奏版だったのも嬉しかったですね。この機動力の高さ,融通無碍のプログラム変更には感心してしまいました。

編曲版と言っても,基本的にはオリジナルのテノールが歌う部分をヴァイオリン独奏に変更しているだけのようでしたが,時節柄大いに盛り上がりました。松井直さんのヴァイオリン独奏も,後半に行くほどスルスルと高音に上っていくスリリングなもので,とてもしっかりとした演奏でした。OEKはクラシック音楽をメインとして演奏する団体ですが,「売れているものに飛びつく」という心がけ(?)も重要なことではないかと思います。このサービス精神に拍手を送りたいと思いいます。

その後は,岩崎さんのヒット曲コーナーとなりました。岩崎さんは,30年前にも金沢市観光会館で歌ったことがあるとのことです。本当に息の長い活躍をされています。当時は,宮尾すすむさんが司会者として同行し,俵屋の飴を食べた記憶がある,というトークも楽しいものでした。恐らく,この日の公演を聞きに来られていた人の中にも,30年前に観光会館で岩崎さんの声を聞いた方が数人ぐらいはいらっしゃったのではないかと思います。

ここで歌われたのは「ロマンス」(”あなたお願いよ,席を立たないで...”;デビュー2曲目の大ヒット曲),「すみれ色の涙」(”すみれって,すみれって...”;ブルーコメッツの曲のカバー曲),「思秋期」(”...青春はこわれもの...”岩崎さんの芸能活動に反対していた岩崎さんの父上を納得させた転機となった作品)といった曲でした。どの曲も歌謡曲全盛時代の気分を持った作品です。

特に印象に残っているのは,やはり「ロマンス」です。30年前と全然変わらない声でした。この印象的な曲を作ったのが一体誰なのか調べてみたところ,筒美京平さんだと分かりました。筒美さんは,一度聞けば忘れられないようなキャッチーなメロディを次々と作ることのできる天才的な作曲家だと改めて感嘆しました(ちなみに前回のファンタジー公演に登場したジュディ・オングさんの代表作「魅せられて」も筒美さんの作品です)。

「思秋期」は,久しぶりに聞いてみると,山口百恵が歌っていそうな陰りのある曲だと感じました。岩崎さんが歌うとたっぷりとした情感を漂わせながらも,基本的にはとても清潔な歌になります。岩崎さんの歌う歌謡曲が持つ独自の魅力は,この潔癖さだと思いました。

演奏順は一部前後しますが,岡本真夜,中島みゆきという女性ソングライターに作詞・作曲を依頼して作った曲も歌われました。今回は特に,最後に歌われた「ただ・愛のためにだけ」のPRに力を入れていたようです。岩崎さんは,「Natural」というアルバムをつい最近発売したのですが,その中にも収録されています。中島みゆきの作品ということで,もっと暗い雰囲気の曲かと予想していたのですが,とても歌謡曲っぽい軽快なアップテンポの曲でした。歌う前に,仲の良かった歌手の本田美奈子さんの死についても触れていましたが,命の躍動感を感じさせてくれるような曲でした。

当然アンコールがありました。用意されていた曲は,岩崎さんのいちばんの代表曲と言っても良い「聖母たちのララバイ」でした(実は,アンコールのこの曲の名前が公演チラシに既に書いてあったのですが...)。すっかりお馴染みの曲ですが,これも聞き応え十分でした。岩崎さんは,”昔からずっと巧い”歌手ではあるのですが,こういうスケールの大きな曲が本当にぴったり来る年代になってきました。今回,聞いた曲の中では「レ・ミゼラブル」の中の曲のインパクトが特に強かったのですが,これからも,歌謡曲に限らずいろいろなタイプの曲に挑していって欲しいものです。それだけの実力を持った歌手だと思いました。

PS.終演後は「CD購入者には岩崎さんのサインがもらえる」ということで,いつものようにサイン待ちの列に並びました。今回は「サイン入り色紙を手渡した後に握手」という流れになっていましたのでサイン会ではなく握手会ということになりました。岩崎さんと握手ができたのは良かったのですが,この日のロビーは,CD販売の声がうるさすぎました。クラシック音楽のコンサートとポップスのコンサートでは基本的にスタンスは違うと思うのです,演奏会後の優雅な雰囲気を壊していたような気がしました。その点が残念でした。


●終演後のサイン会
岩崎宏美さんのサイン入り色紙です。岩崎さんは,ステージで見るよりも小柄の方でした。 指揮者の鈴木織衛さんのサインです。 上からヴァイオリンの坂本さん,ヴィオラの石黒さん,ヴァイオリンの松井さん,チェロの大澤さんのサインです。
(2006/03/03)