オーケストラ・アンサンブル金沢第198回定期公演PH 2006/03/22 石川県立音楽堂コンサートホール 1)武満徹/地平線のドーリア 2)ドヴォルザーク/チェロ協奏曲ロ短調op.104 3)ブラームス/交響曲第3番ヘ長調op.90 4)(アンコール)ブラームス(編曲者不明)/ワルツop.39-15 ●演奏 岩城宏之指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング),堤剛(チェロ*2), 間宮芳生(プレトーク)
この日はまず,武満徹さんの地平線のドーリアが演奏されました。”武満徹没後10年”ということで,選ばれた曲だと思います。この曲は武満さんの曲の中でも特に前衛的なムードのある曲で,聞きにくいことは聞きにくいのですが,私は結構好きです。17人の弦楽器奏者のための曲で,わざと汚い音を出させているようなところがあります。フォルテで演奏される部分もほとんどなく,「ポツン,ポツン,ギー」という感じで点描風に曲は進むのですが,その不気味な簡潔さが俳句などに通じる,”ワビ・サビ”の世界を思わせるようなところがあります。また,「グィ〜〜ン」という感じで音が揺れ動く部分などは,ちょっと雅楽風の響きもします。 編成も非常に変わっています。次のようなシンメトリカルな配置でした。 Cb Cb Cb Vn Vn Vn Vn Vn Vn Cb Vc Vc Cb Vla Vla Vn 指揮者 Vn ステージ前半には,左右対称に分かれた8人の奏者が並び,ステージ後半には,9人の奏者が三人官女,五人囃子という感じで並んでいました。中でも17人中5人を占める,コントラバスの存在が独特でした。西洋音楽の次元では計り知れないムードを持った曲と言えます。 ちなみに,この曲のタイトルですが,「G線上のアリア」から類推して,ついつい「地平線上のドーリア」と間違いそうになります。きっと同様の勘違いをしている人も多いのではないかと思います。 次の堤剛さんの独奏によるドヴォルザークのチェロ協奏曲は非常に聞き応えのある演奏でした。何と言うか,岩城さんと堤さんという剛毅な武士2人ががっぷり四つに組んだような演奏でした(岩城さんの”岩”,堤剛さんの”剛”といった文字面からイメージする部分も多いと思います)。 この日のOEKは,管楽器だけではなく,弦楽器も増強していたこともあり,第1楽章の冒頭から常に余裕のある響きを楽しむことができました。室内オーケストラというよりは,フル・オーケストラに近い響きだったと思います。テンポの設定も堂々としていました。音の溶け合いも見事で,高級感のある美しい渋さも感じさせてくれました。第1楽章の第2主題は,ホルンが大きくメロディを歌う部分ですが,金星さんのソロは大変豊かな情緒を持っていました。郷愁を誘う響きでした。 堤さんのチェロは,この万全の伴奏の中,待ってましたという感じで,荒事の役者のように力強く登場しました。音楽がスムーズに流れていくというよりは,一つ一つの音の持つ情感が強く感じられるのが特徴でした。そのことによりドヴォルザークの美しいメロディの一つ一つに息が吹き込まれてました。その分,音程がちょっと揺らいだり演奏が崩れそうになったりする部分もありましたが,それさえもが魅力的に聞こえました。チェロ独奏による第2主題では,上述の金星さんのホルン独奏に負けない濃さがありました。情が溢れて男泣きするという風情もあり,強さと人生経験に裏づけされたような優しさが感じられました。 第2楽章ではたっぷりとした息の深さが感じられる演奏でした。特に楽章の最後の部分など非常に渋い雰囲気がありました。第3楽章は,しっかりとした着実な歩みで始まりました。どこか悲壮感の感じられる演奏でしたが,それが途中から,次第に明るい歌へと転換して行きます。第3楽章の終盤では,この日のコンサート・ミストレスのアビゲイル・ヤングさんと堤さんとによる重奏が感動的に響きました。この重奏は,私自身,この曲の中でも特に好きな部分なのですが,ヤングさんのすっきりと突き抜けてくる高音と堤さんのしっかりとサポートするような低音とがぴたりと寄り添う夫婦のような,良い味わいを作っていました。堤さんは,随所でかなり体を揺らせながら演奏していましたが,この部分では,ヤングさんの方を向きながら演奏しており,ヴァイオリンとチェロによる室内楽といった感じの気分が出ていました。 全曲のエンディングの部分も大変力強いものでした。突き刺さるような強靭な響きで,堤さんのソロと合わせ,根源的な部分で力強さを感じさせてくれる演奏となっていました。全体的にスマートさはないけれども,その分,聞く人の琴線に触れるような,情の深い演奏だったと思います。この曲を何回も演奏してきたベテラン・チェリストならではの味わい深い演奏でした。 後半に演奏されたブラームスの交響曲第3番は,予想以上にたっぷりとした演奏となっていました。1年前の定期公演で演奏された第1番は,すっきりと演奏された印象が残っていましたので,ちょっと意外でした。岩城さんらしく,情に溺れず,虚飾を廃した演奏だったのですが,オーケストラの響き自体に濃厚な味わいがありました。 オーケストラの配置は,このブラームス・シリーズ恒例のコントラバス4本が正面奥に並ぶ配置でした。次のような感じです。トランペットの前にトロンボーンが居るというのもこのシリーズの恒例です。 Timp Tp*2 Cb*4 Tb*3 Cl Fg Fl Ob Vc Vla Vn1 指揮者 Vn2 この配置によるのか,冒頭からオルガンを思わせるようなまろやかな響きを楽しむことができました。ドヴォルザークの時とは違い,ヴァイオリンは増員していないようでしたが,そのため,バランス的に低音部が充実した安定した響きになっていました。OEKの音自体にロマンの香りが漂っていました。 この第3番については,昔からとっつきにくさを感じており,なかなか進んで聞くことのない曲だったのですが,この日の演奏を聞いて,しみじみ良い曲だと実感できました。室内オーケストラのよるブラームスというと痩せた印象を持つのですが,この日のブラームスは,フル編成オーケストラの印象と変わらないボリューム感のある演奏でした。呈示部の繰り返しは行っていませんでしたが,どんどん先に進むというよりは,粘着力のある雰囲気があり,ブラームスらしいためらうような気分がよく出ていました。 展開部に入ってもテンポは揺るがず,コントラバスの低音がボン,ボンと効いてくる心地良さがありました。 第2楽章は遠藤さんのクラリネットで始まりました。いつものことながらじっくりと聞かせてくれる見事な演奏でした。このクラリネット以外にも他の楽器との絡みがあり,室内楽を膨らませたような感じの演奏となっていました。室内オーケストラとしてのOEKの魅力が発揮された演奏となっていました。 第3楽章の有名なメロディでは,チェロの合奏による,味の濃いカンタービレを堪能できました。大変高級感のある響きでした。楽章全体にわたり,しっとり,じっくりと聞かせてくれる演奏でした。楽章後半に出てくるホルン・ソロの前で,一瞬ためらうような感じなるのも印象的でした。その後,弦楽器の熱いカンタービレに続いていく盛り上がりも感動的でした。 第4楽章もゆっくり目のテンポでくっきりと演奏されていました。この楽章では,これまでのまろやかさに加え,オケーリーさんのティンパニの活躍が目立っていました。後半に行くほど強さを増しており,この楽章自体,どこか交響曲第1番にも似たところがあるんだなと実感しました。 ただし,クライマックスの後は,第1番とは違い,別の境地に入ったような静かさに包まれます。50年以上指揮活動をされている岩城さんが指揮すると,「何の迷いもない悟りの境地」といった達観した響きになります。今回のブラームス・シリーズを締めるのにもっとも相応しいエンディングだったと思います。 アンコールは,今回のブラームス・シリーズでも毎回のように演奏されてきた,オーケストラ編曲版のワルツでした。近年,岩城さんがいちばんよく演奏している曲です。いわゆる「通俗名曲」なのですが,おだやかな微笑をたたえた演奏は,大変魅力的でした。地平線のドーリアで始まった演奏会だとは思えない選曲の幅の広さに,「さすが岩城さん」と感じました。 今回の演奏会は,OEKにとっても「一区切り」となる演奏会だったと思います。ブラームス・シリーズに続いて,岩城/OEKは次に何に挑戦されるのか次回以降に期待したいと思います。
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