高橋多佳子ピアノ・コンサート 2006/03/26 コスモアイル羽咋大ホール バッハ,J.S.(ヘス編曲)/主よ人の望みの喜びよ,BWV.147 モーツァルト/ピアノ・ソナタ第11番イ長調,K.331〜第3楽章「トルコ行進曲」 ショパン/練習曲ホ長調op.10-3「別れの曲」 ショパン/練習曲ハ短調op.10-12「革命」 ショパン/ポロネーズ第6番変イ長調op.53「英雄」 リスト/パガニーニによる超絶技巧練習曲集第3番嬰ト短調「ラ・カンパネラ」 ムソルグスキー/組曲「展覧会の絵」 (アンコール)ショパン/幻想即興曲嬰ハ短調,op.66 ●演奏 高橋多佳子(ピアノ&トーク)
今回の演奏会は,高橋さんのトークも交えて進められたのですが,これもまた大変親しみやすく分かりやすいものでした。高橋さんは,女優の松嶋菜々子さんを思わせるような涼し気で明るい雰囲気をお持ちの方です。トークの方には「歌のお姉さん」的な優しさもありました。そのこともあり,子供たちも退屈せずにプログラムに集中していました。 この日のプログラムは,前半はいろいろな時代のピアノ小品を6曲,後半は「展覧会の絵」1曲という構成でした。 明るい青のドレスの高橋さんが,颯爽とステージに登場すると,雰囲気がパッと華やかになりました。「主よ人の望みの喜びよ」の穏やかなメロディが丁度良いテンポ感で流れてくると,ピアノ音楽を聞く喜びに会場は包まれました。演奏会の最初に演奏するのに最適の曲であり,演奏でした。 続く,モーツァルトのトルコ行進曲は,高橋さんの話によると,特に子供たちが喜ぶ曲とのことです。我が家の子供も同様でした。この曲の速いパッセージが鮮やかに弾かれるのを憧れを込めて見ていました。それにしても粒立ちの良い音でした。何のためらいもなく,闊達に演奏された大変気持ちの良い演奏でした。 その後は,高橋さんが積極的にレコーディングをされている,お得意のショパンの作品が3曲続けて演奏されました。高橋さんの演奏は,ここまで演奏されてきた曲同様,大変健康的なものでした。重苦しくなり過ぎることなく,常に音楽がスムーズに流れていました。詩的な気分を保ちながらも,気風の良い積極的な気分があるのが大変魅力的です。 「別れの曲」は,たっぷりと丁寧に歌われ,豊かなニュアンスを含んでいましたが,湿っぽい感じはしませんでした。続いて演奏された「革命」は,「別れの曲」と鮮やかなコントラストを作っていました。特に曲の最初の音洪水のような部分には,目が覚めるようなキレの良さがありました。 続く,「英雄ポロネーズ」も,大変立派な演奏でした。これまでも実演で数回聞いたことのある曲ですが,丁寧にきちんと演奏された記憶が意外に残っていません。演奏会のアンコールで弾かれることが多いこともあり,「勢いはあるけれども雑」という演奏になりがちな曲のようです(演奏会の流れの中で聞くと,そういう「勢い」のある演奏というのも悪くはないのですが...)。今回の高橋さんの演奏は,タッチの強弱や音の表情などが大変丁寧にコントロールされていました。それでいて,演奏全体に伸びやかさがありました。途中,一瞬,音楽が崩れそうになるところがあった気がしましたが,プログラム前半のクライマックスを築く爽快な演奏となっていました。 演奏後のトークの際,高橋さんは,さすがに息を切らしていました。このことがまたお客さんに「ピアノを弾くのにはすごいエネルギーが要るのだ」と強いインパクトを残していました。高橋さんは,ゼイゼイ言いながら,「お相撲さんみたいですね」と自ら語っていましたが,我が家の子供は,なぜかこのコメントを大層気に入っていました。 前半最後の,「ラ・カンパネラ」も鮮やかな演奏でした。硬質なタッチが文字通り,鐘そのもののように響いていました。リストの曲を聞くといつも思うのですが,生で聞くとずっと面白い曲です。 後半の「展覧会の絵」は,30分以上かかる大曲ということで,演奏前に,高橋さんによる,丁寧な曲目解説がありました。私自身も知らないことがあったので,とても参考になりました。この「展覧会の絵」では,前半よりも,もっとまろやかで肉付きの良いピアノの音を味わうことができました。ここでも,高橋さんのキレの良い技巧が印象的でした。曲の終わりに向けて,エネルギーがどんどん蓄えられていき,最後の曲で一気に解放するような,スケールの大きな音楽を作っていました。そのスケールの大きさが,重苦しさにつながるのではなく,爽快感に繋がるのが高橋さんの魅力だと思います。 各曲とも,その性格がきっちりと描き分けられていたのですが,特に強く印象に残ったのは,「ブィドゥオ(牛車)」「バーバ・ヤガーの小屋」といった,どちらかというと「荒技」系統の音楽でした。 腰を浮かせ気味にして,体重をいっぱい乗せて弾かれた「ブィドゥオ」の音の迫力は聞き応えたっぷりでした。今回,かなり前の方の席で聞くことが出来たので,演奏する際の体全体の力の入れ具合をじっくり見ることができました。高橋さんはとてもスマートな方でしたが,プロの演奏家には,一流アスリートに通じる洗練された身体の使い方がある,と感じました。 「バーバ・ヤガーの小屋」も大変楽しめる演奏でした。高橋さんのトークによると,曲の最初の部分では,「何回も助走を付けて重い臼に乗って空を飛ぼうとしているバーバ・ヤガーを描いている」ということでした。機関車が出発するような音の動きを聞きながら,なるほどそのとおりだと感心して聞いていました。その後のロックを思わせる後打ちのリズムも格好の良いものでした。昔,エマーソン,レイク&パーマーが「展覧会の絵」をロック版で演奏したレコードがありましたが,一脈通じるものがあると感じました。 最後の「キエフの大門」の盛り上がりも素晴らしかったのですが,この曲では,高橋さんが「遠くから聞こえてくるロシア正教の歌」とおっしゃられていた弱音の部分も印象的でした。非常にデリケートに演奏されていました。 この日の「展覧会の絵」は,全曲を通じて,とてもスタイリッシュでとても格好の良い演奏だったと思いました。 会場は大変盛り上がり,アンコールとして,ショパンの幻想即興曲が演奏されました。「展覧会の絵」の後の曲ということで,最初からエンジンが十分温まっており,エネルギー全開の爽快な演奏を楽しむことができました(ちなみに,この曲もトリノ五輪で荒川静香選手が使っていたのですが,皆さん「トゥーランドット」の方にばかり目が言っていて,あまり気付いていないようです)。 というわけで,この日の演奏会は,ピアノ音楽の面白さを堪能させてくれる演奏会となりました。「名曲」を並べた場合,うまく演奏するととても盛り上がるのですが,「ミスをすると誰もが気付く」という怖さがあります。高橋さんは,どの曲も本当に鮮やかに聞かせてくれました。楽しいトークの後(ちょっとゼイゼイしながらも),次々と見事に難曲を弾きこなしていく「優しいお姉さん」を見て,この日聞きに来ていた多くの子供のたちは「ピアニストの理想形」として,高橋さんのことをしっかりと記憶にインプットしたのではないかと思います。高橋さんは,3月上旬にも,羽咋市を訪れて,小学校であるとか老人ホームを訪問するアウトリーチ活動をされたとのことです。この日の気持ちの良い演奏会とあわせ,こういった地道な活動の積み重ねが,幅広い世代の聴衆に対して「前向きに生きていく力」を与えることになるのではないかと思いました。これからも応援していきたいと思います。 PS.今回の演奏会は,「この入場料は本当にお得だ」と思わせるような内容でした。「公共ホール音楽活性化支援事業」とプログラムには書いてありましたが,今後もこの事業には期待したいと思います。
●(番外)千里浜観光 今回,能登有料道路を使って羽咋まで出かけたのですが30分ほどで着いてしまいました。これからも,こういう機会がれば,また出かけてみたいと思います。せっかくなので,演奏会前に羽咋の千里浜(ちりはま)にも行って来ました。
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