オーケストラ・アンサンブル金沢
ウェルカム・スプリング・コンサート
池辺晋一郎 音のふしぎ:メロディのからくり
2006/03/30 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ハイドン/交響曲第100番ニ長調HobI-101「時計」〜第2楽章
2)モーツァルト/ピアノ協奏曲第21番ハ長調,K.467〜第2楽章
3)モーツァルト/交響曲第40番ト短調K.550〜第1楽章
4)モーツァルト/交響曲第1番変ホ長調K.16
5)(アンコール)モーツァルト/交響曲第40番ト短調K.550〜第3楽章
●演奏
池辺晋一郎指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・マスター:松井直)
池辺晋一郎(案内役)

Review by 管理人hs
入口には武者人形飾られていました。
この日は,OEKの活動を振り返る2005年度版のカラー・パンフレットが配布されました。全員の顔写真入りの立派な内容でした。
毎年春に行われているオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期会員ご招待の「ウェルカム・スプリング・コンサート」ですが,今年は趣向を変えて石川県立音楽堂洋楽監督の池辺晋一郎さんのトークを交えたレクチャー・コンサートとなりました。池辺さんは,NHK教育テレビで毎週放送されている「N響アワー」などでおなじみのとおり,クラシック音楽を分かりやすく紹介してくれるということにかけては,現在の日本で右に出る人がいない方です。今回も,気楽に楽しめると同時に内容がぎっしりと詰まっていました。もちろん,お得意の駄洒落も満載でした。

今回は,今年生誕250年のモーツァルトの音楽にポイントを絞っていました。池辺さんは,かつて雑誌「音楽の友」に連載していた内容を「モーツァルトの音符たち」という本にまとめていらっしゃいますが,その本に出て来るネタをオーケストラの生演奏付きで再現したような感じでした。

今回のもう一つのテーマは,タイトルにもあるとおり「メロディのからくり」でした。「どういうメロディが自然で美しく感じられるのか?」ということをモーツァルトの音楽を例として解き明かす内容でした。結論は,「モーツアルトは「美しいメロディ」のツボを心得ていて,音楽と対話をするように作曲していた」ということになります。

そういった内容を,池辺さん自身のピアノを交えて(時には歌いながら)具体的に説明して頂けましたので,大変よくイメージが沸きました。説得力のある内容に池辺さん指揮によるOEKによる演奏も加わり,変化に富んだ構成となっていました。

今回は,池辺さんのトークの内容をメモしながら聞いていました。その面白くためになる内容を,(ダジャレも交えて)箇条書きでご紹介しましょう。

■導入
  • モーツァルトには友達のような親しさを感じる。ベートーヴェンやバッハについてはそうはいかない。今回はそういうモーツァルトの面白さ,からくりを示す。
  • (ダジャレ)ベートーヴェンは「3度(の音程)」が好き,ショパンはサンドが好き,私はツナ・サンドが好き。
■モーツァルトのメロディの特徴
  • 音楽とは記憶の芸術である。それで何度も繰り返される。印象に残るメロディを書き,それが戻った時にほっとさせる。しかし,モーツァルトはちょっと違う。あまり繰り返さず,メロディが次々出てくるところがある。
  • K.545のやさしいピアノ・ソナタの最初の部分を池辺さんが演奏して,実例を示す。
  • 単純な「ド・ミ・ソ」の分散和音から出来ているようなメロディが多い。
  • アイネクライネナハトムジークの最初の部分で実例で示す。このメロディは,一歩間違うと「軍隊ラッパ」になります,と即興的に実例を示す。
  • モーツァルトは短調を好む傾向がある。短調は「不自然なメロディ」である。一方,長調の方は自然の中にあるメロディである(すきま風の強弱による自然倍音がその例)。昔の人は,短調は人工的に感じられたので,バロック音楽などでは,エンディングだけ少し明るくしている曲がある。現代人は,短調でも終わりだと感じてくれるようになった。「終わりと言えば終わり」という時代である。モーツァルトはその短調を愛していた。「作る」ことにこだわっていたのではないか?
■短調作品の実例紹介
ということで,ここでモーツァルトの短調作品の例として,ヴァイオリン・ソナタK.304の第1楽章呈示部がOEKコンサートマスターの松井直さんのヴァイオリンと大野由加さんのピアノで演奏されました(ちなみに,この曲は,コンサートの翌日のNHKの「生活ほっとモーニング」という番組の中でも池辺さんの解説で紹介されるとのことでした。)。

その後,モーツァルトの尊敬していた先輩作曲家ハイドンの代表作から「時計」交響曲の第2楽章が演奏されました。この日は,池辺さん自身が指揮をされたこともあり,池辺さんは珍しくタキシードを着ていらっしゃいました。やっぱり,指揮台に上がるという行為にはどこか神聖さがあるんだなぁと感じました。

演奏の方は,他の曲も含め全体にサラリとした薄味の演奏でした。ちなみに,ティンパニは,バロック・ティンパニを使っていました。
  • (ダジャレ)ハイドンの曲には「ホーボーケン」番号が付いている。これを聞くと思い出すのが,「来々軒」と「かつ丼」の関係である(こういうシャレは,なかなか常人には思いつきませんね)。
■ルールやぶりのメロディ紹介
  • 通常,メロディは4小節,8小節という単位で作られるが,モーツァルトにはこのルールを破った曲がいくつかある。
(例1)すみれ・・・7小節である。息継ぎの部分にも音を入れたので7小節になった
(例2)ピアノ協奏曲第21番・・・3小節にすると通常は省いた感じがするが,その不自然さがない,絶妙のメロディである。

その後,大野由加さんのピアノを交えて,このピアノ協奏曲第21番が演奏されました。

■繰り返しは3回まで
  • モーツァルトのメロディには,同じ音型が3回繰り返されるものがある。例えば,交響曲第40番の冒頭。3回だと気持ちが良い。
  • ここで,ピアノ演奏で4回繰り返したものを演奏してみる。やはりどうみてもおかしい。
  • 重力の場合同様,音階を上に上るにはエネルギーが必要である。この3回繰り返しを行っている間に,上に上るための準備をしている。
  • 上に行こうという動きを止められるとその間にエネルギーがたまる。
  • しかし,上に上った後,さらに上に行こうとすると苦しくなる。それで,上がった後は下がるのが自然。
  • 「作曲は犬の散歩に似ている」というのが池辺さんの考え方。「犬の散歩」というのは,犬の行きたい方に操るものである。「犬」を「音」に変えると作曲になる。
  • モーツァルトは,音との会話をしていたのではないだろうか。モーツァルトは「アマでうす」と謙虚だが(少々苦しい?),そこがモーツァルトの凄さである。
  • (ダジャレ)博多ではモーツァルトがよく出てきます。「モツあると?」
その後,交響曲第40番の第1楽章が演奏されました。呈示部の繰り返しはありませんでした。

■モーツァルトにもある癖
  • すごい作曲家だが,やはり,モーツァルトの曲にも癖がある。それは,「タ・ターン・ターン・ターン・タ」というリズムである。交響曲第25番の第1楽章冒頭(映画「アマデウス」でおなじみ)
  • このリズムが,交響曲第1番の第1楽章中にも出てくる。この曲はモーツァルトの真作か疑わしいところもあるが,これがあるので本物だと思う。
その後,交響曲第1番が全曲演奏されました。この時は,上述の「タ・ターン・ターン・ターン・タ」の部分で池辺さんが「客席の方を振り向きます」と予告して演奏が始められました。昔,山本直純さんがやっていた「オーケストラがやってきた」のような楽しさがありました。この演奏では,交響曲第40番の時とは違って,呈示部の繰り返しも行っていました。そのため,池辺さんは,呈示部,繰り返し,再現部の3回振り向いたことになります。「メロディを覚えてもらうために繰り返しを行った」と説明されていましたが,楽しみながら,ソナタ形式の構造の基本を教えてくるような良いアイデアだと思いました。

なお,第1番の演奏の後,第2楽章に「ジュピター」交響曲の最終楽章の音型が出てくることが説明されました。これも一種のモーツァルトの「癖」かもしれないですね。

■メロディの秘密
  • モーツァルトに限らず,メロディには美しくするマジックがある。
  • ただの「ドミソ」でも飾っていくときれいになる。この飾り方には,「倚音(いおん)」「刺繍音」の2つがある。
  • 「倚音」は,ある音の半音上か下の音で,その音に寄り添うように付けられる。
  • 「刺繍音」の方は同じ音の間に上または下の別の音が入るもので,刺繍をするような音の動きとなる。
  • これらを単純な音列に付けると名旋律になる。(例)トルコ行進曲,ミシェル・ルグランの「シェルブールの雨傘」
  • この規則が分かると,「それらしい音楽」は簡単に作ることができる。
■「音は放っておくと落ちる」原理
  • 音は放っておくと落ちる。この原理はいつも働く。
  • 低い音から上に向かうにはエネルギーが必要である。そのため歌うときにエネルギーが沸く感じになる。力の入れ甲斐があるというものである。
  • しかし,下がるときには力を入れる必要はない。上がっていくメロディを拳を握って歌うとそれらしい気分になるが,下がっていくメロディの場合,空しくなる。理屈ではなく,下がる時は力が抜けるのが自然なのである。
  • 例えば,「木曽のな〜ぁ〜あ,中乗りさん」という「木曽節」の最初の部分を歌う場合,どんな酔っ払いでも必ず「あ」の部分を力を入れて上げて歌う(非常に説得力のある実例です)。これは「き・そ・の」で上がった後,「な〜ぁ」で少し下がるから,「あ」で自然に上がるのである。
  • 音楽には,「あったかい」「明るい」というものが確かに存在する。なぜか誰にでも伝わる。それが音楽の不思議である。
こういった内容の「トーク&パフォーマンス」でした。最後にいろいろと「今後の予定」などを説明された後,お開きとなってしまったのですが...何と池辺さんは「アンコール」をするのを忘れていました。オーケストラ団員がわざわざ入って来たのにおかしいな,と思っていたのですが,やはりちょっと舞い上がっていらっしゃったようです。いつもは冷静な池辺さんなので,かえって微笑ましいと思いました。苦笑しながら演奏されたのは,交響曲第40番の第3楽章でした。

池辺さんのトークの面白さは「N響アワー」でもよく知られていますが,面白いだけではなく,大変説得力があります。今回はそれを生演奏付きで楽しむことができました。「深いことを面白く」という池辺さんの執筆&講演活動にはこれからも期待したいと思います。2006年度には,「音楽堂アワー」と題して,定期公演の前日に池辺さんがホスト役となってプレトークの拡大版のような企画が行われます。毎回,豪華ゲストが登場しますので,定期公演がより楽しめるものになりそうです。これにも期待したいと思います。

PS.今日はコンサートの後に,OEK団員との交流会を行っていたのですが,私の方は少々疲れ気味だったので,今回はパスしてきました。
この日も定期公演同様,プレコンサートがありました。最近のクワドリ・フォーリオの皆さんの活発な活躍には目を見張るものがあります この日の会場には,4月2日に行われる榊原栄メモリアル・コンサートの関連の写真が沢山飾られていました。榊原さんの若いころの写真も沢山飾られていました。 榊原さんの写真のまわりに寄せ書きが書かれていました。「アバラ」というのは,榊原さんのニックネームです。若い頃,痩せていてアバラが出ていたのが由来とのことです。 2006年度に行われる「音楽堂アワー」のチラシです。
(2006/04/01)