榊原栄メモリアル・チャリティコンサート
2006/04/02 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ドヴォルザーク/交響曲第9番ホ短調「新世界より」〜第2楽章,第4楽章
2)アンダーソン/シンコペーテッド・クロック
3)シュトラウス,ヨゼフ/かじ屋のポルカ
4)榊原栄/後ろ向きのホルンのためのコンチェルト
5)榊原栄/キッチン・コンチェルト
6)山本直純(榊原栄編曲)/歌えバンバン
7)シュトラウス,ヨハンII/美しく青きドナウ
8)バーバー/弦楽のためのアダージョ
9)モーツァルト/ピアノ協奏曲第24番ハ短調K.491
10)榊原栄/弦楽のためのセレナーデ〜第2楽章
11)(アンコール)榊原栄/クラリネットがこわれちゃった協奏曲
●演奏
天沼裕子指揮いしかわユースシンフォニーオーケストラ(1)
金山隆夫(2-4);鈴木織衛(5-7)指揮石川県ジュニアオーケストラ,OEKエンジェルコーラス(6,7)
岩城宏之指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:松井直)(8-11)
金星眞(ホルン*4),榊原紀保子(ピアノ*9),遠藤文江(クラリネット*11),橘俊江(司会)

Review by 管理人hs
会場内の至るところに,榊原さんの写真が飾られていました。パンフレットにも「卒業アルバム」のような楽しい写真が沢山掲載されていました。
昨年8月に59歳の若さで亡くなられた,指揮者・作曲家の榊原栄さんの業績を振り返り,追悼するメモリアル・チャリティコンサートが行われました。亡くなられた音楽家を追悼する演奏会は,過去にも沢山行われていますが,石川県内でこういう形の演奏会が行われるのは珍しいことではないかと思います。生前の榊原さんの仕事の幅の広さと,石川県の音楽界における影響力の大きさを反映するかのように大変盛り沢山の内容となりました。そして,客席は,補助席が出るほどの超満員となりました。

指揮者4人,プロ・アマを合わせて4団体が集まったのに加え,榊原さんの娘さんの紀保子さんがピアノ独奏として登場したのも素晴らしいアイデアでした。その他にも”隠し玉”的なアイデア満載の演奏会で,ユーモアのセンスに溢れた音楽活動をされて来た榊原さんも「これなら満足」と天国で思ったことでしょう。追悼コンサートでありながら,どの演奏からも前向きな力が感じられたのも素晴らしい点でした。榊原さんが伝えようとした「音楽の楽しさ」が,石川県の音楽界にしっかりと根付いていることが感じられた演奏会でした。

演奏会は,前半は県内のアマチュア団体による演奏,後半はオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)による演奏でした。休憩時間を合わせると3時間近くになりましたが,インタビューを交えた進行がとてもスムーズだったこともあり,長さをあまり感じませんでした。

最初に登場したのは,いしかわユースシンフォニーオーケストラでした。石川県内の高校生を中心としたオーケストラですが,今回は,卒業生55名も参加していたこともあり,非常に輝かしい音を聞かせてくれました。指揮者は,OEK創設時の常任指揮者・天沼裕子さんでした。第2楽章の深々としたスケール感,第4楽章のキレの良さのコントラストは見事で,ダイナミックな音楽を作り出していました。今回のメンバーは,常設メンバーというよりは,特設メンバーでしたので(天沼さんがこのオーケストラを指揮するのも初めてとのことです),演奏の精度的には少々問題があり,一瞬,アンサンブルが崩壊するのではないか,という部分もありました。しかし,それをぐっと踏みこたえ,ひたむきで真摯さの溢れる演奏を作り上げていました。

その一方で,2003年の北陸新人登竜門コンサートに登場した坪倉かなうさんをはじめとして(コンサート・ミストレスを担当されていました),実力のある”先輩”奏者も沢山参加されていたようで,第2楽章の最後の室内楽的な部分など,とても美しくまとまっていました。第4楽章最後の部分の力強さと哀感とが合わさったような感じも,榊原さんを追悼するのに相応しいものでした。

続いては,石川県ジュニア・オーケストラのコーナーとなりました。こちらは,ユーモアたっぷりの協奏曲風の作品が続きました。最初のアンダーソンのシンコーテッド・クロックは,榊原さんのための演奏会にはぴったりの選曲です。日本語で言うと「狂った時計」ということで,「カッコン,カッコン...」というウッドブロックの刻みが時々シンコペーションになるお馴染みの曲です。ウッドブロックを叩いていたのは,とても小さな女の子でしたが,その「狂い方」がとてもきちんとしており,聞いていてとても嬉しくなりました。その他の曲でもそうだったのですが,ジュニア・オーケストラの演奏も大変立派でした。演奏された曲の性格にもよると思いますが,全然不満な点はありませんでした。

「かじ屋のポルカ」もパーカッションが活躍していました。金槌を持った二人の女の子が指揮者の前にまでやってきて,餅つきをするような感じで,「カン,コン,カン,コン...」と金床を叩きます。この息の合い方も最高でした。子どもたちが一生懸命演奏しているのを見るのは本当に良いものです。

「後ろ向きのホルンのためのコンチェルト」では,OEKのホルン奏者金星さんが登場しました。アンダーソン風の軽快なリズムに乗ってホルンが色々な技を聞かせてくれます。ホルンの朝顔の内側を見せるように演奏しますので,タイトルどおり「後ろ向き」になります。朝顔の中に右手を入れて音程を作ったりする様子がよくわかる仕掛けになっています。榊原さんは元々はトロンボーン奏者でしたが,この曲は,金管楽器奏者ならではの作品だと思いました。

途中のカデンツァ風の部分では,鳥笛を吹く指揮者の金山さんと金星さんとの掛け合いになりました。この辺の何が起こるかわからないといった感じも楽しいものでした。この曲は,榊原さんが「音楽教室の楽器紹介用」に作った曲とのことですが,全体の雰囲気がとても洒落ていましたので,大人が聞いても十分楽しめる作品だと思いました。

その後,指揮者が鈴木織衛さんに代わり,再度,パーカション奏者のための協奏曲となりました。打楽器といっても,ステージ前面に用意されていたのは,大小各種フライパン,包丁,まな板で,これらを4人のパーカッション奏者が叩くという楽しい作品でした。指揮者の鈴木さんも,コックの服装で登場し,楽しいムードを盛り上げていました。鈴木さんは,「東京ストア」のレジ袋を手に登場したのですが,これもまた良い味を出していました(県外の方はご存知ないと思いますが,「東京ストア」というのは,石川県内では有名なスーパーのチェーン店で,毎年,OEKが登場するコンサートを行っています。ちなみに...東京に本店があるわけではありません)。

途中のカデンツァ風の部分では,「ソミド」(だったと思う)の音の出るフライパンを男子奏者が調子に乗って叩くのをその他の3人の女子たちがたしなめるという「演技」もあったりして,大変楽しい構成となっていました。それにしても,違う音程の出るフライパンというのはOEK専用の特注品なのでしょうか?

次の曲に登場する,エンジェルコーラスが入って来るまでの時間を利用して,石川県ジュニア・オーケストラのメンバーとして長年,榊原さんから指導を受けてきた,坪倉かなうさんへのインタビューがありました。坪倉さんは,インタビューの途中,込み上げて来るものがあり,ちょっと言葉に詰まってしまいましたが,これを見て感動した方も多かったのではないかと思います。その感情をこらえての受け答えは大変立派なものでした。

今回は,この坪倉さん以外にも,指揮者の天沼さん,鈴木さん,OEKの松井直さん,金星さん,ジュニア・オーケストラの団員の方へのインタビューが場面転換の時間などを利用して行われました。そのどれもが榊原さんに対する親しみに満ちたものでした。

次の2曲では石川県ジュニアオーケストラとOEKエンジェル・コーラスの共演となりました。榊原さんの編曲による「歌えバンバン」はオーケストラの明るい響きが印象的でした。「美しく青きドナウ」は,児童合唱入りで聞くと大変健康的な気分になります。エンジェル・コーラスの歌は,オーケストラの音に比べるとちょっと弱い感じはしましたが,どちらも曲でも爽やかさを気分を作り出していました。

後半は,岩城さん指揮OEKによる演奏となりました。バーバーの「弦楽のためのアダージョ」は,最初静かに始まった後,徐々に緊張感溢れるピンと張った音へと変貌して行きました。センチメンタルにならず,ピリっと締まっているのは岩城/OEKの組み合わせならではです。

続く,モーツァルトのピアノ協奏曲第24番は,この日いちばんの大曲でした。モーツァルトのピアノ協奏曲の中でも特に充実した響きのする作品ということもあり,聞き応えがありました。今回の独奏者は,榊原さんの娘さんの紀保子さんでした。父親の追悼の演奏会に娘さんが登場するというシチュエーションだけで胸が熱くなってきますが,演奏の方にはセンチメンタルなところはなく,とてもきっちり,しっかりと演奏されていました。もう少し強烈な個性を聞かせて欲しい部分もありましたが,素直で健康的な気分を持った演奏も悪くはありませんでした。紀保子さんは,かなり大柄な方で,見るからに健康的な感じの方でした。追悼の演奏会でありながら,未来への希望をしっかりと感じさせてくれました。

最後に演奏されたのは,遺作となった弦楽のためのセレナードの第2楽章でした。これは本当に心にしみる美しい曲でした。まさに「白鳥の歌」という感じでの曲で榊原さんの別の一面を見せてもらった気がしました。穏やかな気分と,ちょっと不安気な気分とが交錯する繊細な表情は,榊原さんの闘病生活を反映しているのかな,と想像してしまいました。この曲は,恐らく,榊原さんが指揮者を務めていたスーク室内管弦楽団のために書かれた作品だと思うのですが,OEKが演奏するのにも丁度良い編成です。機会があれば,アンコール・ピースとしてまた聞いてみたい曲です。

アンコールでは,前半同様,ウィットに富んだ榊原さんの自作が演奏されました。やはり,「榊原さんのための演奏会」を締めるには,明るい曲がいちばんです。演奏された曲は,「クラリネットがこわれちゃった協奏曲」でした。その名のとおり,クラリネットが活躍する作品で,OEKの遠藤さんがソリストとして登場しました。最初は,「クラリネットがこわれちゃった」の軽快な演奏で始まるのですが,途中から,「ティルオイレンシュピーゲルの愉快のいたずら」とかモーツァルトの曲とかの断片がラプソディックに乱入してきます。

そして...クラリネットが壊れてしまいます(正確には「壊れてしまったふり」なのですが)。ここからしばらくは遠藤さんの一人舞台となります。クラリネットが壊れて,困り果ててしまう演技を遠藤さんは,パントマイムのような感じで,とても巧く楽しげに演じていました。オーケストラの奏者が楽器を演奏せずに,これだけ楽しませてくれるというのは,誰にでも出来ることではありません。救急車の効果音で加わっていた水谷さんのオーボエ(通り過ぎた後,音程が下がる「ドップラー効果」を見事に表現していました),ミスをした遠藤さんを睨む岩城さんなど,OEK団員が一丸となって「榊原さん的なエンターテインメント精神」に徹していました。

最後に万策尽きた遠藤さんが「榊原さん,助けて!」と上の方に向かって叫ぶと,なぜかペンチがコンサートマスターの松井さんのところに現れます。それを使って,遠藤さんが楽器を修理し,無事音が出るようになります。続いて,OEK団員が声を揃えて「榊原さん,ありがとう」と叫びます。素朴だけれども,感動的な瞬間でした。榊原さんの曲も凝った作りでしたが,今回のOEKの演奏・演出もまた大変凝ったものでした。楽しんで聞いているうちに,ふと寂しさが込み上げてくる,素晴らしいエンディングとなりました。

今回の追悼コンサートには,OEKに加え,榊原さんの教えを受けた若い人たちが沢山登場しました。榊原さんは,石川県内の音楽愛好家の裾野を広げるような活動をされてきましたが,その「恩」に子どもたちが立派に答えた演奏会だったと思います。榊原さんが亡くなられたのは大変残念なことではありますが,この日の趣向に富んだ演奏の数々を聞いて,榊原さんの精神はずっとずっと伝えられていくのではないか,と将来に対する期待を抱かせてくれました。今回の演奏会を企画し,演奏された方々に感謝したいと思います。

PS.この日は,チャリティコンサートということで,ホール内で募金を行っていました。超満員でしたので,かなりの収益金があったようです。このお金は,OEKが行う社会福祉コンサートに役立てるとのことです。

会場内には寄せ書きコーナーもありました。 ピンク色の方は,この日の演奏者の皆さんによる寄せ書きでした。先日の池辺さんの演奏会の時にも出ていましたが,書き込みがさらに増えていたようです。 黄色の方は,この日のお客さんによる寄せ書きです。
(2006/04/03)