オーケストラ・アンサンブル金沢第199回定期公演F
2006/04/08 石川県立音楽堂コンサートホール
第1部:三枝成彰が伝える音楽の感動
1)ベートーヴェン/交響曲第5番ハ短調op.67〜第1楽章
2)モーツァルト/交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」〜第4楽章
3)モーツァルト/交響曲第40番ト短調K.550〜第1楽章
第2部:三枝成彰の世界
4)三枝成彰/NHK大河ドラマ「花の乱」〜メインテーマ
5)三枝成彰/映画「機動戦士ガンダム:逆襲のシャア」〜メインタイトル
6)三枝成彰/NHK大河ドラマ「太平記」〜はかなくも美しく燃え(藤夜叉のテーマ)
7)三枝成彰/映画「優駿 Oracion」〜誕生
8)三枝成彰/まだ見ぬコーンウォールへの旅
9)三枝成彰/NHK大型時代劇「宮本武蔵」〜メインテーマ
10)三枝成彰/チェロの為のREQUIEM(Cello Concerto Version)
11)(アンコール)三枝成彰/NHK大河ドラマ「太平記」〜はかなくも美しく燃え(藤夜叉のテーマ)
●演奏
三枝成彰(1,3,9,10);大井剛史(2,4-8,11)指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・マスター:松井直)
加納律子(オーボエ*8),ルドヴィート・カンタ(チェロ*10)
茂木健一郎(トーク),三枝成彰(トーク,企画),
Review by 管理人hs
入口の看板です。
三枝成彰さんが企画されたオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のファンタジー定期公演に出かけてきました。前半,後半ともに三枝さんとテレビ出演等でおなじみの脳科学者・茂木健一郎さんによるトークを中心に進められた内容でしたが,聞いていて複雑な思いがしました。

これは定期公演と呼べるのだろうか?―それほどトークが多く,音楽の方は細切れで,聞いた気がしませんでした。さだまさしさんの登場したファンタジー定期公演もトークは長かったけれども,さださんのトークは「芸のうち」です。最後は力の入った歌で大きく盛り上げてくれました。三枝さんのトークの方は,「脳と音楽」というキーワードはあったものの,音楽業界の裏話的な内容も多く,同じトークといっても,つい最近聞いた池辺晋一郎さんによる音楽を優しく分かりやすく解き明かしてくれるようなスタンスとはレベルが違っていました。

今回のゲストの茂木さんの方にむしろ,話にまとまりをつけようという意識が感じられ好感が持てたのですが,やはり,1曲ごとに”雑談”的なトークが入るというのは,正直なところ閉口しました。

前半は,「三枝成彰が伝える音楽の感動」ということで,モーツァルトやベートーヴェンの曲を題材として,三枝さんと茂木さんが「音楽を聞くとなぜ感動するか」について自由に語るという内容でした。茂木さんは「意識の中で立ち上がる,数量化できない微妙な質感」を表す言葉として「クオリア」という言葉が使っていますが,音楽を聞いて味わう感動についても,クオリアで説明できそうです。ただし,今回のトークの中では,クオリアという言葉と音楽の関係についての説明はありませんでした。本当は,この辺りの「分かりやすい説明」をいちばん聞きたかったのですが...。

以下,印象に残った話題を箇条書きにしてみます。
  • ベートーヴェンの交響曲第5番の第1楽章の「ジャジャジャジャーン」のモチーフは240回以上出てくる。その点では,感動を数量化できそう。
  • 「クラシック」という言葉は,World Baseball Classicで,最近話題になったが,その第1の意味として「もっともすぐれた」という意味がある。「クラシック音楽」というのは,自分で「もっともすぐれた」と言っている,結構「思いあがった音楽」である。
  • 音楽な何のためにあるか?欧米では空気,水などと同様,生きるために必要なものと見なされている。予算の半分ほどがオペラ・ハウスの運営に使われているような都市も多い。それに対して,日本では「嗜好品」と見なされている。
  • 楽譜が残っており誰でも演奏できる,というのが西洋音楽の素晴らしさである。楽譜はキリスト教文化だから出てきたものである。
  • モーツァルトのピアノ・ソナタK.332の最初の部分を弾いて,モーツアルトの天才性を具体的に説明。ヘ長調の曲なのに,いきなりEbの和音が出てくるのは想像もできない。
  • 国によってどこを体の中心と考えるか違いがある。日本人は,「切腹」という言葉があるとおり「腹」だと考えている。西洋人は「脳」だと考えている(ただし,イタリア人は「心臓」だと考えている)。
  • 「第六感」と言われる感覚は,実は内臓からの情報である。それで心が心臓にあると思われている。その心を脳がモニターしている。人間は実は,全身で聞いているのでは?
  • モーツァルトは,「人類への信頼と愛」を持ち続けた人である。それが首尾一貫している。
前半では,ベートーヴェンの交響曲第5番の第1楽章,モーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」の第4楽章,第40番の第1楽章が演奏されました。

「ジュピター」では,岩城宏之さんの代役で登場した大井剛史さんが指揮されました。「ジュピター」の最後の部分では,第1ヴァイオリン,第2ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロが全く別の4つのメロディを演奏している「すごい部分」があると三枝さんは説明されていましたが,このことを鮮やかに実感させてくれるような演奏でした。

それ以外は,三枝さんの指揮でした。「三枝さんは,フルトヴェングラー的な世界に憧れているのかな」と思わせるような部分があるのが印象的でした。「運命」の方は,途中,1回だけテンポをぐっと落としていましたが,その他の部分との落差が大きく,どこか取って付けたような感じに聞こえました。モーツァルトの40番の方は,非常に速いテンポで演奏されていました。「疾走する哀しみ」を表現しようとしていたようですが,聞いていてちょっと窮屈な感じがしました。

指揮された後,平然と全く別の話題のトークに入っていくのも不自然に思いました。音楽とトークとが全く別物のように扱われているようでした。音楽の方は,TV番組中のCMのように扱われていたように感じてしまいました。それと何と言っても,これらの曲は,やはり全曲通して聞かないと聞き応えがありません。

後半は三枝成彰作品の世界ということで三枝さんの作曲した曲が7曲演奏されました。三枝さんは,前半のトークの時から「映画音楽などの商業音楽は,欧米では1階級下の音楽としてみなされている」といったことを何回も語られていましたが,後半の7曲中5曲がそういう音楽でしたので,どういうスタンスで聞けば良いのか少々戸惑いました。また,「○○の作曲料は安い」「この曲は△△百万円で書いた」という話もよくされていましたが,この辺はステージ裏でして欲しいと思いました。

個人的には,映画音楽の作曲料は安かったとしても,映画が残る限り,自分の作品も残るのだから悪くないと思います。「ガンダム」の音楽については,「非常に安っぽい曲だったが,非常に儲かった。そのお陰でオペラを書くことが出来た」と語っていました。実際そうなのかもしれませんが,あまりお金の話ばかりされるのもどうかなと思いました。

後半演奏された曲は,初めて聞く曲ばかりでしたが(テレビの中で過去に聞いたことがあったのかもしれませんが),どの曲もそれぞれに聞かせどころがあり,変化に富んでいました。

最初の「花の乱」のテーマは,しっとりとしたピアノで始まった後,あでやかな雰囲気になる曲でした。それにしても,この大河ドラマは,印象に残っていません。調べてみると,1994年4月から12月までという変則的な形で放送されたもののようです。

次の「ガンダム」は,上述のとおり,三枝さんの代表曲です。指揮の大井さんは,冒頭の部分では,イヤフォンをされてリズムマシーンの刻むリズムに併せて指揮されていましたが,演奏会で見るのは初めてのことでした。この辺の冷徹なリズムの刻みは,ロボットのメカニカルな感じを表現していたのでしょうか。その後,リズムが止まり三枝さん自身「非常に安っぽい」と語っていた金管楽器群によるファンファーレになります。これは大変気持ち良いものでした。ヒットするのも分かります。こういう分かりやすい音楽を作れることはとても素晴らしいと思うのですが...。

「太平記」の方も,見た記憶はありませんが,放送されていた記憶はあります。こちらは1991年の作品です。今回演奏された「はかなくも美しく燃え」という曲は宮沢りえさんが演じていた「藤夜叉」という人物のテーマとの曲でした。オーボエで始まった後,ヴァイオリンの独奏が出てきて,最後は華やかに盛り上がる曲でした。

「優駿」の中の曲は,「馬が誕生するシーン」のための曲でした。「ダフニスとクロエ」を思わせるような繊細な感じで始まった後,ドラマティックに盛り上がります。

「まだ見ぬコーンウォールへの旅」は,日本フィルのオーボエ奏者・広田智之さんのために書かれた作品です。「トリスタンとイゾルデ」にインスパイアされて作った曲ということで,「コーンウォール」というのは,このオペラに出てくる国の名前です。OEKの加納さんのオーボエ独奏はいつもながら大変伸びやかなものでした。三枝さんには,こういう通常のクラシック演奏会でも演奏できるような親しみやすい作品を沢山書いて欲しいものです。

「宮本武蔵」のテーマは,プログラムには,「大河ドラマ」と書いてありましたが,これは,NHKで1年間続けて放送された時代劇ではあるものの「大河ドラマ」ではなく,「水曜時代劇」と呼ばれていたものです。役所広司の出世作だった記憶があります。音楽は実に格好良いものでした。日本の笛を思わせるピッコロで始まった後,和太鼓を思わせるティンパニの乱れ打ちが続きます(渡邉さんが大活躍でした)。今回の三枝さんの作品の中ではいちばん気に入った曲でした。

演奏会の最後は,阪神大震災の後に作曲された「レクイエム」でした。元は1000人のチェロのために作曲された曲ですが,今回は協奏曲バージョンで,OEKのルドヴィート・カンタさんのソロで演奏されました。カンタさんの演奏は優しさに溢れたものでした。カンタさんは,渡辺俊幸さん作曲のNHKスペシャル「阪神大震災5年」のテーマ曲もレコーディングしていますが,その音色には「鎮魂」に相応しい品の良さと情感の豊かさが同居しています。最後,茂木さんのリクエストによって「太平記」のテーマがアンコールとして演奏されて,演奏会は終わりました。

後半のプログラムを聞いて,三枝さんの音楽には,どの曲も職人技的なまとまりの良さがあり,どの曲にも退屈させてない聞かせどころがあると感じました。三枝さん自身,テレビや映画のための音楽よりは,オペラを重視されているようですが,後半に演奏された曲の数々も大変聞き映えがしました。そういう意味でも,後半はもう少し雑談的なトークを整理し,音楽をじっくり聞かせて欲しかったと思います。

PS.当初,ゲスト指揮者として登場予定だった岩城宏之さんが,検査入院されましたので,今回代役として大井剛史さんという若い指揮者が登場しました。非常にきびきびとした指揮ぶりは見ていてとても気持ちの良いものでした。

PS.終演後は恒例のサイン会が行われていたのですが,今回はパスしました。
(2006/04/09)