第5回北陸新人登竜門コンサート:弦楽器部門
2006/04/14 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ベートーヴェン/交響曲第8番ヘ長調op.93
2)サン=サーンス/チェロ協奏曲第1番イ短調op.33
3)ブルッフ/ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調op.26
●演奏
山田和樹指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・マスター:松井直)
荒井結子(チェロ*2),篠原悠那(ヴァイオリン*3)

Review by 管理人hs
今年で11回目となる4月恒例の北陸新人登竜門コンサートに出かけてきました(「11回」というのは,前身の「石川県新人登竜門コンサート」を混ぜての回数です)。今年は弦楽器部門でした。私自身,「今年はどういう新人が出てくるのだろう」と毎年,楽しみにしている演奏会です。

今年の新人ですが...本当に素晴らしい演奏を聞かせてくれました。ヴァイオリンの篠原悠那さんとチェロの荒井結子さんという福井県出身のお二人が登場したのですが,どちらも大変完成度の高い演奏でした。演奏された,サン=サーンスのチェロ協奏曲第1番とブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番はどちらも聞き映えのする曲ですので,若いひたむきなエネルギーをストレートに感じさせてくれる演奏になっていました。

この登竜門コンサートは,「岩城宏之指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)とオーディションを通過した新人が共演する」というコンセプトの演奏会です。新人演奏家にとっては,”岩城さんと共演”という”箔”を付けられる演奏会でもあります。その岩城さんですが,今回は検査入院のため,出演できなくなってしまいました。このコンサートを発案し,その意義をいちばん強く感じているのが岩城さん自身だと思いますので,恐らく,今回の降板は大変残念だったことでしょう。

その岩城音楽監督に代わって登場したのが山田和樹さんという大変若い指揮者でした。プログラムでは,前半のベートーヴェンの交響曲第8番の方には最初から山田さんの名前が印刷されており,後半の協奏曲の方だけが岩城さんの指揮となっていました。それが,前半・後半ともに山田さんの指揮に変更になったことになります。今回は弦楽器奏者2人がオーディションで選ばれたのですが,サン=サーンスとブルッフの曲だけだと演奏時間が足りません。恐らく,その関係で,若手指揮者にOEKを指揮する機会を作ったのではないかと思います。というわけで,今回の演奏会は,指揮者の山田和樹さんにとっても「登竜門」となりました。

この山田和樹さん指揮によるベートーヴェンの第8交響曲は,穏やかな春の一日を感じさせるような気持ちの良い演奏でした。この曲は,岩城さん,ピヒラーさん,尾高忠明さんなど,OEK自身,いろいろな指揮者と演奏してきた曲です(そして,来月はキタエンコさんが指揮します)。山田さんの指揮には,特にピヒラーさんの時に感じられるような,柔と剛の強烈なコントラストの強さはありませんでしたが,その分,全体を暖かく包み込むような豊かさがありました。

第1楽章の冒頭からゆっくり目のテンポで演奏され,しっとりとした落ち着きがありました。山田さんの作る音楽にも,十分なメリハリはあるのですが,全体的にとても優雅でおっとりとした感じの演奏でした。展開部では形相を変えたような激しい気分になるピヒラーさん指揮の演奏とは対照的でした。第1楽章の呈示部の繰り返しは行っていました。

第2,3楽章もまた優しいニュアンスを持った演奏でした。第2楽章などはとても繊細なニュアンスが付けられており,可愛らしい時計が時を刻んでいるような趣きがありました。第3楽章のトリオでは,ホルンの金星さん,クラリネットの木藤さん,チェロのカンタさんが,いつもながらの味わい深い”トリオ”を聞かせてくれました。

第4楽章もゆっくり目のテンポでした。この楽章の主題は,弦楽器にとっては演奏するのが非常に大変な部分ですので,そのことによって,とても端正な感じになっていました。ちょっと緊迫感が薄かったかもしれませんが,その分,他の楽章同様,明るく,大らかで穏やかな気分がよく出ていました。

山田さんは,会場に掲示されていたプロフィールによると,まだ20代の方のようです。見た感じ,競馬の騎手とかが似合いそうな,とても優しい雰囲気を持った方です。音楽の方にも自然な優しさがにじみ出ていましたので,文字通り”ハルウララ”という感じでした。是非また,OEKと共演してもらいたいと思います。

後半の2曲は,前述のとおりお二人の技術的な安定度が高かったので,安心して音楽に浸ることができました。過去の「登竜門コンサート」の中でも特に充実した内容だったと思います。

荒井さんのチェロ独奏による,サン=サーンスのチェロ協奏曲は,OEKが演奏するのにぴったりの曲なのですが,意外に演奏されていません。ずっと以前に藤原真理さんの独奏で演奏されたことが1回あるだけかもしれません。

冒頭から急速なパッセージが出てくるので,「どういう感じになるのかな?」と見守っていたのですが,本当にピタリと合いました。荒井さんの演奏は,音程が悪くなるところがなく,安定感が抜群でした。音量的にも不足ありませんでした。荒井さんは,グレーっぽい落ち着いた雰囲気のドレスを着ていらっしゃいましたが,演奏の方にもしっとりとしたムードが漂っていました。透明感のある音色も魅力的で,サン=サーンスの小粋な音楽にぴったりでした。第2楽章では,OEKの繊細な伴奏と一体となって優雅な音楽を作っていました。第3楽章での技巧の冴えも見事でした。

というわけで,全曲を通じて,とてもまとまりの良い完成された音楽を聞かせてくれました。荒井さんは,現在,ハンブルグ音楽大学に在籍中とのことですが,これからどのように活躍の場を広げていくのか楽しみにしたいと思います。

最後に登場した,篠原悠那さんの独奏によるブルッフは,まさに驚きの演奏でした。これまで,登竜門コンサートのピアノ部門に中学生が登場したことはありますが,弦楽器部門に中学生が登場したことはありません。しかも,プログラムには「現在,中学生1年生」と書いてありましたので,3月までは小学生だったことになります。「OEKと共演した最年少?」とも思ったのですが,プロフィールを読むと,既に「題名のない音楽会」でOEKと共演済とのことです。というわけで,恐ろしく早熟で恵まれた経歴を持った方ということになります。

ただし,「すごい」と書いたのは経歴についてではなく演奏の方です。ブルッフのヴァイオリン協奏曲は,若い女性ヴァイオリニストがよく取り上げる作品ですが,本当に堂々とした演奏でした。音色的には,ちょっと”青さ”を感じさせるところがありましたが,音程が悪くなったり,汚い音になる部分がなく,全曲を通じて純粋なひたむきさを感じさせてくれました。テンポは,全曲に渡り大変ゆったりとしたもので,細部に至るまで多彩なニュアンスが付けられていました。ロマンティックな曲想を見事に表現していました。

自分が小学生の頃を思い出してみると,これだけ大勢の大人に囲まれていると物怖じをしそうなものですが,そういう萎縮したところが全然なく,立派にオーケストラと対決していました。第1楽章冒頭のカデンツァの部分から,自分の思いの丈をぶつけるような充実感がありました。第2楽章は,さすがに「ちょっともたれるかな」という部分はありましたが,たっぷりと掛けられたヴィブラートからは,切なくなるような情感が音楽からあふれ出ていました。第3楽章も,ちょっと重苦しさを感じさせる部分もありましたが,曲が終わりに近づくにつれて,熱気が高まり,感動的な音楽を作っていました。

これは,サン=サーンスの時も同様だったのですが,OEKの演奏も,若い独奏者に触発されたかのように,ダイナミックな音楽を作っていました。ゆったりとしたテンポをキープする篠原さんの演奏にピタリと付けた山田さんの指揮ぶりも素晴らしいものでした。曲が進むにつれて,「この若い奏者を皆で盛り立ててやろう」という気分が指揮からもOEKの演奏全体から伝わって来ました。

今回登場したお二人は,いずれも毎年8月に行われている「いしかわミュージックアカデミー(IMA)」の受講生です。今回の登竜門コンサートは,このIMAの成果が反映された形となりましたが,このアカデミーと共に,今後も新しい才能を発掘していって欲しいものです。

今年の登竜門コンサートに岩城音楽監督が登場されなかったのは残念でしたが,独奏とした登場されたお二人の実力の高さもあり,例年にも増して若い音楽家たちのエネルギーが伝わってくるような演奏会となりました。一週間の疲れがたまった状態で聞き始めたのですが,聞き終わった頃には,すっかり疲労が回復しました。音楽の力はすごいと実感した演奏会でした。

PS.話題の音楽マンガ「のだめカンタービレ」では,今回の演奏会に登場したような若い指揮者,演奏家が活躍しますが,今回の「登竜門コンサート」というのは,さしずめ「R☆S(ライジング・スター)コンサート」という感じでしょうか?これは思いつきですが,「のだめ...」の作者の二ノ宮先生の許可を得て,「石川県立音楽堂R☆Sオーケストラ」という感じのネーミングで,石川県のジュニア,ユース,大学オーケストラ,若手ソリストなどを集め,山田和樹さんのような若手指揮者に練習から本番まで全部指揮してもらうような企画したら面白いような気がしました。

PS.指揮者の山田和樹さんが,次のようなホームページを作られているのを見つけました。今は亡き「山田一雄」さん同様,やはり「ヤマカズ」さんと呼ばれているのでしょうか?
http://www17.ocn.ne.jp/~yamakazu/
(2006/04/15)