オーケストラ・アンサンブル金沢第200回定期公演PH 2006/04/28 石川県立音楽堂コンサートホール 1)ヴェルディ/歌劇「椿姫」ハイライト(前奏曲,乾杯の歌,幸福なある日でした,ああ,そは彼の人か〜花から花へ,私の熱い心,第3幕への前奏曲,過ぎ去った日よさようなら,パリを離れて) 2)(アンコール)ヴェルディ/歌劇「椿姫」〜乾杯の歌 3)リムスキー=コルサコフ/交響組曲「シェヘラザード」op.35 4)(アンコール)リムスキー=コルサコフ/熊蜂の飛行 ●演奏 岩城宏之指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング), サイ・イェングアン(ソプラノ*1,2),佐野成宏(テノール*1,2) 池辺晋一郎(プレトーク)
この日のプログラムは,前半が歌劇「椿姫」のハイライト,後半が「シェエラザード」という”豪華”なものでした。が,”お祝い”一色という感じにはなりませんでした。検査のために4月中旬に入院していた岩城宏之音楽監督ですが,何と車椅子で指揮台に登場されました。 開演前に指揮台の横に傾斜の付いた補助板が置いてありましたので,「何かあるな」と思ったのですが,指揮者が車椅子で登場するという姿を見るのは初めてのことでしたので,少しショックを受けました。ただし,それは段々と,「岩城さんを応援しよう,その岩城さんを支えているOEKを応援しよう」という気持ちに変わってきました。岩城さん自身,車椅子で指揮されるのは,初めてではなく,20年ぶりぐらいとのことですが,「200回記念定期公演を何としても指揮したい」という岩城さんの気力が伝わって来る姿でした。この姿を見て,感動した方も多かったのではないかと思います。 この車椅子についてですが,岩城さんのコメントによると,自律神経の関係で,立って指揮すると左右,前後に揺れてしまうのだそうです(「さすがにグルグルとは回りません」と自分の病気について軽くジョークを入れる辺り本当に岩城さんはすごい方です)。きちんと回復するまでは,じっくりと椅子に座って指揮した方が良いとの判断のようです。指揮棒を振る動作については,むしろこれまでよりも,大きくなったようなところがあり,スケールと風格を感じさせてくれました。今回のような”豪華プログラム”には相応しいものでした。というわけで,ここしばらくは「車椅子での指揮」というのが岩城さんのトレードマークになりそうです。 プログラムの前半には,「椿姫」のハイライトが演奏されました。当初のプログラムでは,ストーリー展開を無視して,「乾杯の歌」で終わるという構成でしたが,実際のオペラのストーリー展開に添った形に変更になっていました。ハイライトでオペラの全体を伝えるのは難しいのですが,やはりストーリーを意識した配列の方が「オペラを聞いた」という実感が残りますので,今回の変更で正解だったと思います(ヴィオレッタが死んだ後に「乾杯」だとさすがに変ですね)。次の順に演奏されました。 第1幕 ・前奏曲 ・乾杯の歌(二重唱) ・幸福なある日でした(アルフレード) ・ああ,そは彼の人か〜花から花へ(ヴィオレッタ) 第2幕 ・私の熱い心(アルフレード) 第3幕 ・前奏曲 ・過ぎ去った日よさようなら(ヴィオレッタ) ・パリを離れて(二重唱) (アンコール) ・乾杯の歌 「椿姫」には,”第3の柱”とも言うべき,アルフレードの父親のジェルモンが出てきますが,これがすっぽり抜け落ちた形のハイライトとなります。ジェルモンは第2幕に登場しますので,必然的に第1幕と第3幕中心の選曲となりました。ストーリー的なつながりは悪かったのですが,テノールとソプラノの声を楽しむという点では,十分でした。今回,登場したお二人の堂々たるステージ・マナーと合わせ,たっぷりとした声の饗宴を楽しむことができました。 OEKの弦の魅力たっぷりのゆったりとした前奏曲に続き,この2人の独唱者が入ってきました。「乾杯の歌」のダイナミックな伴奏に乗って,まず佐野成宏さんが歌い始めました。本当に素晴らしい声でした。私自身,イタリア・オペラを観る機会は少ないので断定はできないのですが,世界でもトップクラスのテノールだと思います。やや右足を前に出してステージに立つ姿勢を見ただけで,堂々たる主役としての貫禄を感じさせてくれました。声の押し出しも,張りも,声量も十分で,一声聞いただけで,聞いている人を酔わせるような陶酔的な甘さと美しさも持っています。歌い方はとても正統的できちんとしているのですが,自然な色気と情熱が漂っているのが本当に魅力的です。正統的な二枚目というよりは,”ショーン・コネリー的”な光り輝くような(?)二枚目なのですが,すべてが格好良いステージでした。 サイ・イェングアンさんの方は,佐野さんに比べると,声の魅力の点ではちょっと劣るところはありましたが,それでも「花から花へ」の最高音もきちんと決まり,大きな拍手を受けていました。何よりもステージに立った姿が美しい方でした。「夜の女王」をイメージさせるような黒にスパンコールのついたドレスを着ていらっしゃいましたが,佐野さんと二人で並んだ姿には,スケールの大きさが漂っており,大変見映えがしました。 最後に「乾杯の歌」がアンコールで再度歌われて,前半は終わりました。 後半の「シェエラザード」は,OEKの通常編成では演奏できない大編成の曲ではありますが,マーラー,ブルックナーの曲ほどの大編成ではなく,ブラームスの交響曲並みの編成ですので,少し増員すれば演奏できる曲です。今回,管楽器では,ホルン2→4,トランペット2→3,トロンボーン3,チューバ1という増員がされていました。弦楽器の方は各パート2名ずつ増員されていた感じです。メンバー表を見てみるとクレメラータ・バルティカの方がかなり含まれているようでした。 この曲の実演では,ずっと以前,まだ無名だったマリス・ヤンソンス指揮レニングラード・フィル(サンクト・ペテルブルクに戻る前です)の演奏会を金沢市観光会館で聞いたことがあります。その時の厚みのある弦の響きの強烈さはいまだに印象に残っているのですが,今回のOEKの演奏は,さすがにそこまで重量感は無かったものの,非常にスケールの大きな演奏となっていました。そのスケールの大きさの中に,”素朴なおとぎ話”といった暖かさが加わっていたのは,やはり「車椅子に座ったまま指揮された岩城さん」と「それを支えるOEK」による演奏だったからなのかもしれません。 岩城さんの指揮は,上述の通り,立って指揮されていた時よりも大きな動作でした。そのせいもあるのか,テンポ感がいつもの岩城さんの指揮の時よりもゆっくりした感じに思えました。このテンポは,第1楽章で描いている海の情景にはぴったりでした。オーケストラの響きも大変マイルドで,最初は順風満帆の航海が続くのですが,次第に音楽はスケールを増していきます。途中,岩城さんが両手を上方に向け大きく広げるとトランペットなどがパッと加わり,音が一気に広がった部分がありました。この部分は本当に感動的でした。 それと何と言っても,この日の功労者はアビゲイル・ヤングさんです。ソロがあるたび,毎回毎回,見事な演奏を聞かせてくれるヤングさんですが,シェエラザードの場合,ほとんどヴァイオリン協奏曲のカデンツァばかりを弾いているようなものです。高音になっても崩れない水際だった美しいソロを聞かせてくれました。 この日,岩城さんは座ったままでしたので,コンサート・ミストレスのヤングさんと岩城さんとは,同じような視線の高さで演奏したことになります。通常だと”見た目”的には,「横暴な王=指揮者vs耐えるシェエラザード=コンサートマスター」という構図になるのですが,この日は,王とシェエラザードが手に手を取って,おとぎ話を楽しむといった暖かな風情がありました。 ヤングさん以外にも,チェロのカンタさん,ホルンの金星さんといったソロも,物語の個性的な脇役といった感じで存在感をアピールしていました。 2楽章になると,さらにこの脇役たちが大勢登場してくる感じでした。楽章の冒頭に出てくる,柳浦さんのファゴット・ソロは一癖のある道化風,続く加納さんのオーボエには哀愁の漂う儚げな美しさがありました。この楽章も遅めのテンポでしたが,中間部で出てくる,トロンボーンのファンファーレのような部分は,特にテンポが遅くなっており,警鐘を鳴らしているようなインパクトがありました。 第3楽章は,シルクのように滑らで,高級感のある弦のカンタービレを楽しむことができました。この楽章もまた,ゆったりとゴージャスに演奏されていましたが,弦楽器の人数が通常のオーケストラほど多くはありませんので,慎ましく初々しい雰囲気も感じさせる王子と王女となっていました。 中間部の小太鼓とクラリネットが出てくる部分は,私自身とても好きな部分です。この日,渡邉さんが小太鼓を担当していましたが,ティンパニの前(トランペットとトロンボーンの間)という面白い位置にいらっしゃいました。今回,岩城さんの指揮棒の位置がかなり低くなりましたので,見やすい位置まで移動していたのかもしれません。クラリネットの遠藤さんとともに,とてもデリケートにひっそりと演奏しており,とても良いムードが出ていました。 第4楽章は,これまでとは違い,リズムの良さが前面に出ていました。この日は打楽器奏者が5人ぐらいはいたと思うのですが,そのチームワークの良さが光っていました。バチンと叩くタンバリン,鋭く響くトライアングルなど,ついつい注目してしまいました。岩城さんの指揮は,第3楽章までは,それほど強く締め付けていなかった感じでしたが,ここに来て一気に手綱を引き締め,音楽の躍動感がぐんぐん高まって行きました。オケーリーさんのティンパニの音で難破した後,また穏やかな部分に戻り,ヤングさんの安定感たっぷりの心のある美しいソロで全曲が閉じられました。 演奏後は,今回の場合,そう簡単にステージの袖との間を往復できませんので,必然的にオーケストラの各パートを丁寧に称える形になりました。特にヤングさんは,何回も何回も称えられていました。200回記念の定期公演を締めくくるのに相応しい光景でした。 この日の演奏は,やはり,岩城さんが車椅子に座ったまま指揮されたことがいろいろな面で演奏に反映していたと思います。岩城さんがステージに出入りするたびにステージマネージャーの方の手助けを受けていましたが,やはり,そういう姿は,団員にいろいろな感慨を与えると思います。朝比奈隆さんなどは「指揮者は指揮台に立つのが仕事」と言っていましたが,団員と同じ視線で座って指揮をするというのは,プライドが許さないという指揮者もいると思います。私は,そこまで指揮にこだわる岩城さんの生き方に”究極の人間らしさ”のようなものを感じました。 今回,岩城さんが車椅子に座ったままで指揮をされたことは,やはり,岩城さんだから許されたことなのではないかと思います。半日以上かけて,ベートーヴェンの交響曲を”立って”指揮された岩城さんですが,そのドキュメント番組の中で「現在,唯一無意識にできることが指揮をすることである」と語られていたのが大変印象的でした。今回,岩城さんは「立つこと」も奪われてしまったわけですが,逆に言うと「立つこと」に意識を集中する必要がなくなったとも言えます。形にこだわらず,”指揮のみ”にかける岩城さんの執念というものが今回の演奏に反映していたと思います。 岩城さんは,「指揮者が解釈を加えなくても,自然に個性がにじみ出る」と言われていますが,今回の演奏は,やはり”車椅子の岩城さん”の作る音楽になっていました。200回記念に相応しい,感動的な演奏会でした。 PS....という岩城さんですが,まだまだ口は達者です。アンコールの演奏前に,「熊蜂の飛行」について,「本当は熊蜂ではなく,ずっと小さなマルハナバチを描いた曲なんです。誤解されている曲です」と薀蓄を披露されていました(そう思って聞くと確かに可愛らしい曲に思えてくる曲でした)。今回,車椅子姿で登場して,お客さんを驚かせた岩城さんですが,「岩城節」は健在です。ご安心下さい。 PS.この日のプレコンサートは,原田さん,江原さんと二人の外国人女性という4人の女性による弦楽四重奏でドヴォルザークの「アメリカ」の第1楽章と第4楽章が演奏されました。途中から聞いたのですが,とてもスピーディな疾走感のある素晴らしい演奏でした。
私は 7年前に金沢に帰ってきたのですが その時の楽しみは「帰れば音楽堂で、OEKの定期会員になれる」でした。そして オープニング前の音響テストも立ち会え こんなうれしいことは滅多にあることではないと 感激したものです。岩城先生がいわれていますが OEKの音は世界に誇れる音だと思います。そしてそんなOEKの定期会員であることを 誇りに思います。 昔 N饗の定期会員になれず読饗(当時若杉さん)で我慢した悔しさをこっけいに思います。 これからも カチッとまとまり切れのある音を聞かせてくれることを期待します。マエストロ岩城の充実した音楽に幸あれ!! お体をご自愛くださり さらに音楽の喜びを、感激を 味わさせてください。 ありがとうございました。 (2006/04/29)
今回の演奏会、僕自身は少々遅刻してしまい最初の3曲は聴き逃してしまったのですが、正に200回を飾るに相応しい演奏会だったと思います。 今回は岩城氏が車椅子という少々痛ましい姿での指揮でしたが、これからもOEKのために尽力して欲しいものだと思います。 また「椿姫」での佐野成宏氏ですが、初めて生で聴きましたが非常に立派な歌唱で、ヴェルディの世界を歌い上げており、聴き応えがありました。 (2006/04/29) |