オーケストラ・アンサンブル金沢第201回定期公演M
2006/05/16 石川県立音楽堂コンサートホール
1)チャイコフスキー/弦楽のためのセレナード
2)チャイコフスキー/ロココ風の主題による変奏曲
3)(アンコール)ヴェルディ/歌劇「椿姫」〜乾杯の歌
4)モーツァルト/交響曲第36番ハ長調,K.425「リンツ」
5)(アンコール)グリーグ/2つの悲しい旋律〜最後の春
6)(アンコール)チャイコフスキー/バレエ音楽「白鳥の湖」〜4羽の白鳥の踊り
●演奏
ドミトリ・キタエンコ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス)(1-2,4-6),ルドヴィート・カンタ(チェロ*2-3)
池辺晋一郎(プレトーク)
Review by 管理人hs  i3miuraさんの感想
ホール入口の看板
今年4月からオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のプリンシパル・ゲスト・コンダクターに就任されたドミトリ・キタエンコさん指揮による定期公演が2日連続で行われました。2日連続で全く別のプログラムの定期公演が行われることは大変珍しいのですが,キタエンコさんのレパートリーの核になりそうな作品を一気に6曲味わうことができましたので,就任記念として相応しい企画だったと言えます。

その”ウェルカム・キタエンコ”シリーズですが,1日目にはチャイコフスキーとモーツァルトの曲が演奏されました。どの曲も,古典的なムードを持っており,すべてOEKの定員内で演奏可能な曲でした。これまでOEK自身,何度も演奏してきた曲ですので,キタエンコさんがOEKからどういう魅力を引き出してくれるかが聞き所となります。

演奏は,どの曲も期待どおりとても素晴らしいものでした。派手な音楽では全く無く,テンポもどちらかというと遅めなのですが,演奏全体に素晴らしい気品が漂っています。どの曲にも,じっくりと染み渡るような味わい深さがあり,1回限りの音楽というよりは,何度でも聞きたくなるような音楽を作ってくれる指揮者だと思いました。

最初に演奏されたチャイコフスキーの弦楽のためのセレナードは,冒頭から全く力みがなく,気品が染み渡るような響きを聞かせてくれました。主部に入ってもそれほど速いテンポではなく,熟成された大人の音楽を聞かせてくれました。

第2楽章のワルツも大きなテンポの揺れはなく,比較的淡白な演奏でしたが,物足りなさは全く感じませんでした。古典派の曲を思わせるような甘さ控えめの音楽でした。第3楽章は悟りきったような落ち着いた音楽でした。楽章が進むにつれて静謐さが広がって行きました。この静けさが次第に哲学的な思索へと変わっていくような素晴らしい演奏でした。第4楽章もまた堂々とした歩みを聞かせてくれる演奏でした。全曲に渡り包み込むような優しさがあり,包容力のある演奏でした。

OEK首席チェロ奏者ルドヴィート・カンタさんのソロによる,ロココ変奏曲にも,同様の気分が漂っていました。OEKの演奏は,曲の冒頭から,管楽器を中心にマイルドな響きを作り出し,カンタさんのチェロに優しく寄り添っていました。そもそもカンタさんとキタエンコさんには,どこか共通するようなキャラクターがあると感じました。これ見よがしのことは全くせず,演奏全体にノーブルさと何とも言えない味わい深さがあります。

この曲には,チェロのハイトーンが続出する技巧的な部分もありますが,そういう部分でも機械的な冷たい感じになりません。このむせぶような高音は大変聞き応えがありました。クリーミーなチェロの音色はカンタさんの人間味をそのまま感じさせてくれました。これまで,カンタさんの独奏を何回も聞いてきましたが,その中でも特に見事な名演だったと思います。

アンコールに応えて,バッハの無伴奏チェロ組曲第1番からサラバンドが演奏されました。目を閉じて聞いていたのですが,永遠に続くような深さを豊かさを感じさせてくれました。

後半は,モーツァルトの交響曲第36番「リンツ」が演奏されました。「リンツ」で終わるプログラムというのは,少々軽いかなと思ったのですが,各楽章とも繰り返しをしっかり行っていたこともあり,物足りないところはありませんでした。

第1楽章は,威張らないのに威厳がある音楽でした。すっきりとした清潔な演奏なのですが,軽く流れることはなく,とてもがっちりとした雰囲気がありました。弦楽器の透明感,トランペットの音の”さりげない祝祭性”も印象的でした。

第2楽章はレガートの美しさをしっかりと味わうことができました。キタエンコさんの歌わせ方にはどこかウェットで粘り気があるのですが,それがしつこ過ぎず,高貴な音楽となっている点が素晴らしいところです。

第3楽章は速目のテンポで演奏された,清々しい演奏でした。中間部に出てくるオーボエのキリっとした音も印象的でした。楽章の最後の部分で,ちょっとテンポを落とす辺りでは遊び心も感じさせてくれました。第4楽章も音楽が流れ過ぎず,十分に抑制の効いた精緻な音楽となっていました。曲の最後の部分では,ここぞとばかり力がみなぎり,演奏会全体をビシっと締めてくれました。

「ロシアの指揮者は2曲アンコールを演奏する」...という法則があるかどうか知りませんが(振り返ってみると本当に2曲アンコールすることが多いのです),この日もやはり,アンコールは2曲演奏されました。

最初に演奏された,グリーグの「最後の春(「過ぎた春」という名前でも知られている曲です)」は,まさに絶品でした。キタエンコさんの作り出す,暖かさの中にほのかに寂しさが漂う音楽は,タイトルの気分にぴったりでした。

アンコールの2曲目は,意表を突くような選曲でした。チャイコフスキーの「白鳥の湖」の中の「4羽の白鳥の踊り」のあの前奏が始まると,思わず顔がほころびました。テンポはとてもゆっくりしており,いつもはコミカルな雰囲気を感じさせるこの曲から優雅さを引き出していたのには感嘆しました。

演奏会の後,交流会があったので参加してきました。そこで聞いた情報によると,キタエンコさんの任期は3年ということです。何度でも聞きたくなるような優雅な気分を持ったキタエンコさんの指揮をこの3年に渡って楽しむことができるのは大きな喜びです(その割に次の登場の予定がはっきりしないのですが...)。定期公演に限らず,できるだけ沢山OEKを指揮して頂きたいと思います。

PS.交流会には,定期公演2日目の独奏者の小川典子さんも参加されていました。プレトークを担当された池辺晋一郎さんも参加していましたので,会費300円にしては,大変豪華メンバーが集まっていた交流会でした。
交流会の途中,キタエンコさんんとカンタさんからサインを頂きました。

キタエンコさんのサインです。 カンタさんには,会場で売っていたカード・ダヴィドフという作曲家によるチェロの作品集のCDにサインを頂きました。とても聞きやすい曲ばかりでした。ちなみにこのジャケットの写真はカンタさんが撮影されたものです。 実は,こちらの方は翌日に頂いたものです。OEKとの共演によるドヴォルザークのチェロ協奏曲のCDです。
(2006/05/19)


Review by i3miuraさん  
今晩の演奏はなかなか、中身の濃いものだったと思います。
特にロシアの指揮者による古典派と言うのはなかなか聴けないだけに、非常に貴重な体験でした。

僕はバスの時間の関係もあって懇親会には出れなかったのですが、キタエンコさんの次回の登場はいつになるんでしょうか?個人的には好きな指揮者の一人なので少しでも聴く機会があればよいのですが、来年は特別演奏会とかになるんですかね?まさか来年来れないから二晩連続とか・・・。

相性も良さそうなので、今後ますます楽しみです。
(2006/05/16)