オーケストラ・アンサンブル金沢第202回定期公演PH
2006/05/17 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ベートーヴェン/交響曲第8番ヘ長調op.93
2)ショスタコーヴィチ/ピアノ協奏曲第1番op.35
3)ショスタコーヴィチ/バレエ組曲第3番
4)(アンコール)ショスタコーヴィチ/バレエ組曲から
●演奏
ドミトリ・キタエンコ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス)
小川典子(ピアノ*2),ジェフリー・ペイン(トランペット*2)
池辺晋一郎(プレトーク)
Review by 管理人hs  i3miuraさんの感想
入口の看板です。
前日に続き「ウェルカム・キタエンコ・シリーズ(勝手にこう呼ばさせて頂いています)」の2日目に出かけてきました。この日はベートーヴェンとショスタコーヴィチということで,昨日とは,全く違った気分のコンサートとなりました。オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)が定期公演で,ショスタコーヴィチの曲を演奏するのは,あまりないことですが(前回,キタエンコさんが客演された時以来?),これからも取り上げていって欲しいと感じさせてくれるような内容でした。特に今回演奏されたピアノ協奏曲第1番とかバレエ組曲には,俗っぽさと現代的な感覚とを併せ持ったような独特のムードがあります。どちらも生演奏で聞くと大変演奏効果が上がります。お客さんも大喜びでした。

前半に演奏された,ベートーヴェンの交響曲第8番は,OEKの十八番と言っても良い曲です。近年,OEKがもっとも頻繁に演奏している曲ではないでしょうか。キタエンコさん指揮によるこの日の演奏もまた大変充実したものでした。

第1楽章から大げさな雰囲気は皆無で,穏やかな暖かみに包まれた音楽を聞かせてくれました。特に素晴らしいと思ったのは,オーケストラのまとまりのある音でした。OEKが一つの楽器になったようなよく練られた響きがしました。第2主題の前にちょっとした間があるのですが,この部分でホールに満ちた豊かな残響を聞きながら,何と心地よい響きだろうと贅沢さを感じてしまいました。安心感と安定感を感じさせてくれるバランスの良い曲作りを聞きながら,巨匠の作る音楽だと感じました。

第2楽章にもマイルドで落ち着いたムードがありました。その一方,フレーズの最後の部分では音を短く切って演奏しており,清潔な小気味良さも感じさせてくれました。楽章の最後では,意表を突くようにサーッと音量を絞って結んでおり,粋な気分もありました。第3楽章も穏やかな暖かみを基調としていました。トリオの部分や途中に出てくるトランペットにしても,あまり刺激的に響かず,音のまとまりの良さを感じさせてくれました,

第4楽章は,かなりじっくりとしたテンポで演奏されました。キタエンコさんの作る音には,どこかウェットでねっとりとした感じがあります。曲が進むにつれてエネルギーがどんどん溜め込まれていくようでした。そのエネルギーを曲の最後の部分で一気に開放していました。これまで余裕たっぷりの指揮ぶりだったキタエンコさんが,最後の部分で,グイッと力を込めて棒を振ると,それにピタリと反応するような充実した音で曲が締められました。オケーリーさんのティンパニも相変わらず豪快で,大変聞き応えのあるフィナーレとなっていました。

後半はショスタコーヴィチの曲が2曲演奏されました。ショスタコーヴィチの管弦楽曲といえば何と言っても交響曲ですが,OEKが簡単に演奏できる曲はほとんどありません。ここで取り上げられたのは,室内オーケストラ+αのOEKに相応しい2曲でした。

ピアノ協奏曲第1番は,実質はピアノとトランペットのための協奏曲ですので,ソリストとして小川典子さんとお馴染みのジェフリー・ペインさんが登場しました。過去,数回OEKの演奏でも聞いたことのある曲ですが,その中でも特に素晴らしい演奏でした。水を得た魚という感じの生気溢れる演奏となっていました。

この日の弦楽器の配置は,ベートーヴェンの時も含め,次のような対向配置でした(ちなみ前日も同様でした)。

     ヴィオラ チェロ コントラバス
第1ヴァイオリン      第2ヴァイオリン
         指揮者


ピアノは,他のピアノ協奏曲の場合同様,指揮者の前に居たのですが,トランペットの位置は,ちょっと意外な場所でした。第2ヴァイオリンの後方付近でお客さんに横顔を見せる感じで演奏していました。正面を向いて演奏するよりは音圧は少し弱まっていましたが,それでもかなり生々しくトランペットの音が響いており,ワクワクさせるような気分を盛り上げていました。第4楽章に出てくる,突撃ラッパ風の音など耳について頭から離れません。

小川さんの非常にクリアで積極的なピアノとあわせ,丁々発止という言葉どおりのスリリングな演奏が続きました。このお二人の演奏には,天性の楽天性といっても良いような明るさがあり,思い切りこの曲を楽しんで演奏していたようでした。

第2楽章の前半はトランペットは休みとなり,静かな空気に包まれます。この部分のねっとりとした雰囲気はキタエンコさんならではです。最後の方では,ミュートを付けたトランペットが入ってくるのですが,この辺りにはジャズ・トランペットを思わせるような,洒落っ気がありました。ちょっと崩したようなペインさんの演奏には,”ショスタコーヴィチ版ラプソディ・イン・ブルー”といった哀愁が満ちていました。

即興的な気分の第3楽章からそのまま入っていく,第4楽章はとても楽しい演奏でした。この曲の持つチープなほどの楽天性とちょっとブラックな感じもするユーモアとを見事に感じさせてくれました。生々しさと即興性に満ちた音の饗宴,これでもかこれでもかとスピードアップするスリリングな気分。「この曲はこうでなければ」と思わせる素晴らしくノリの良い演奏でした。それでいて,音楽には崩壊したようなほころびは無く,古典的な枠組の中に納まっていました。このまとまりの良さは,やはりキタエンコさん指揮の持つ求心力によるのかもしれません。

最後に演奏されたバレエ組曲第3番は,初めて聞く曲でしたが,もう,そういうことはどうでもよく,素直に楽しめる作品であり演奏でした。第1曲のワルツから,いきなりガツンという感じでダイナミックな音楽が溢れ出てきました。この曲では,トロンボーン2,チューバ1,パーカッションは増員してましたが,弦楽器などは特に大きな増員はしていませんでした(コントラバスは3人でしたが)。それなのに,「この豊かな音の鳴り具合は何なのだ」と感心してしまいました。しかも全くうるさくありません。ベートーヴェンの交響曲と聞いた時と同じ,オーケストラ全体としてのまとまりの良さを感じさせてくれました。

この組曲では,いろいろな舞曲が続くのですが,全曲を通じてティンパニのオケーリーさんの刻む着実なリズム感が素晴らしいと思いました。少々俗っぽい感じのする曲ですが,この正確なリズムが全曲を引き締まったものにしていました。

カバレフスキーの「道化師」のギャロップを思わせるような曲があったり,オーボエがシンプルな歌を聞かせてくれる穏やかな曲があったり(水谷さんのオーボエがとても可憐でした),曲の並びにも変化が付けられていました。チェレスタ,ハープ,ヴィブラフォンといった楽器も活躍し,色彩感も豊かでした。

最後のギャロップは「疾走する哀しみ」ならぬ「疾走するタコ(意味不明!)」という感じで,「ショスタコ節」が炸裂していました。一旦テンポを落とした後,最後また走り出すという人を喰った感じもショスタコーヴィチらしいところです。

この曲をはじめとして,OEKの演奏は,どの曲も乗りに乗っていました。ところどころで聞かせてくれる魂が篭ったような強靭な響きが特に印象的でした。新任の客演指揮者を迎えての初公演という高揚感が会場全体にも満ちており,素直に音楽する喜びに浸ることのできる演奏となりました。

キタエンコさんの指揮は,こういう曲でも常に余裕を感じさせてくれます。大きな身振りはないのですが,パッと手を上げただけで,OEKが素早く的確に反応します。こういう様子を見ながら「すごい統率力だ」と客席にいながら感じてしまいました。余裕たっぷりに聞かせてくれる「名シェフ」ぶりを実感させてくれる素晴らしい演奏でした。

アンコールには(この日は1曲でした),同じくショスタコーヴィチのバレエ組曲の中の一曲が演奏されました。バレエ組曲第3番の中の曲ではありませんでしたが(正確な曲名を知りたかったところです),ショスタコーヴィチの曲の中にはまだまだ埋もれた「楽しい曲」がある,と実感させてくれる演奏でした。

この日の演奏会はライブ収録していましたが,キタエンコさんとOEKによるショスタコーヴィチについては,演奏会とCDの両面でシリーズ化することを期待したいと思います。

というようなわけで,今回の二日連続の定期公演は”至福の二日”となりました。モーツァルトとチャイコフスキー/ベートーヴェンとショスタコーヴィチというプログラミングのバランスも素晴らしく,キタエンコさんへの期待が益々大きくなりました。
●サイン会
前日はサイン会はなかったのですが,この日はいつもどおり盛大なサイン会が行われました。

2日連続でキタエンコさんからサインを頂きました。このCDは,自分自身「なぜ持っていたのだろう」というようなリムスキー=コルサコフの交響曲全集(2枚組)のCDです。 小川典子さんのサインです。小川さんの演奏を聞くのは昨年の7月小松市で聞いたデュオ・リサイタル以来のことです。 おなじみジェフリー・ペインさんのCDです。ABCというオーストラリアの放送局から発売されているCDで,メルボルン交響楽団とともにトランペット用にアレンジされた小品を16曲演奏しています。ラフェエル・メンデスというトランペット奏者へのトリビュート盤となっています。指揮は,こちらもお馴染みのジャン=ルイ・フォレスティエさんでした。とても面白い1枚でした。 この日のコンサートマスター,サイモンブレンディスさんのサインです。
(2006/05/19)


Review by i3miuraさん  
「ウェルカム・キタエンコ」シリーズ、二日連続の演奏会で少々疲れました。

ショスタコは考えてみると、OEKでは殆ど演奏されていないような気がするのですが、なかなか生気に満ち溢れた凄い演奏だったと思います。ピアノ協奏曲の小川典子さんも良かったですが、やはりバレエ組曲でのノリノリの指揮は正に手の内に入った音楽といった趣で聴き応えがありました。

忙しい人なのでどれだけ金沢に時間を割いてくれるか判りませんが、今後がますます楽しみです。
(2006/05/17)