アルバン・ベルク四重奏団金沢公演
2006/05/22 石川県立音楽堂コンサートホール
1)モーツァルト/弦楽四重奏曲第15番ニ短調K.421
2)モーツァルト/弦楽四重奏曲第20番ニ長調K.499
3)バルトーク/弦楽四重奏曲第6番Sz.114
4)バルトーク/弦楽四重奏曲第4番Sz.91〜第4楽章
5)ハイドン/弦楽四重奏曲ト短調op.74-3「騎士」〜第2楽章
●演奏
アルバン・ベルク四重奏団(ギュンター・ピヒラー(第1ヴァイオリン),ゲルハルト・シュルツ (第2ヴァイオリン),イザベル・カリシウス (ヴィオラ),ヴァレンティン・エルベン (チェロ)
Review by 管理人hs  
「なぜ,ギュンター・ピヒラーさんは,石川県立音楽堂で室内楽の演奏をしないのだろうか?」というのは「石川県立音楽堂,七不思議」の一つだったと思うのですが(私が勝手に思っているだけで,「他の6つは?」と尋ねられると困るのですが...),ついにアルバン・ベルク四重奏団(ABQ)の演奏会が音楽堂で行われました。

プログラムは,モーツァルトの充実期の2曲+バルトークの6番ということでABQの本領発揮という演奏会となりました。どの曲も音楽が形となって見えるような,彫琢し尽くされた演奏でした。この日演奏された曲はどれも標題がついていませんでしたが,”純音楽”というのはこういう音楽を指すのか,と実感できた演奏でした。

今回のABQの日本公演のもう一つの注目は,昨年亡くなられたトーマス・カクシュカさんからイザベル・カリシウスさんという女性奏者にヴィオラが交替になった点です。実は,昨年のABQの公演でも既にカリシウスさんが代役を務めていたのですが,正式メンバーとしての日本公演は今回が初めてです。パンフレットの情報によると,カリシウスさんは,カクシュカさんの弟子で,その後継者として最適の奏者だったようです。私自身,ABQの演奏を聞くのは今回が初めてでしたので,以前との比較はできませんが,ABQの演奏の完成度の高さには全く揺るぎはないと思いました。

今回の日本ツァーのプログラムは,どの公演も「前半=モーツァルト+バルトーク,後半=モーツァルト1曲」という並びだったようですが,この日演奏されたのは,「前半=モーツァルト2曲,後半=バルトーク」というものでした。恐らく,バルトークの曲の持つ重みを考えての変更だと思います。ツァーのすべての曲順が変更されたのかは分かりませんが,この日のプログラムの場合,前半にモーツァルトの短調と長調の曲を2曲並べることでそのコントラストが鮮明に出ていましたので,この曲順で良かったのではないかと思いました。

前半最初に演奏されたモーツァルトのニ短調の弦楽四重奏曲は,生で聞くのは今回が初めてでした。本当に良い曲だと思いました。演奏前は,OEKを指揮するピヒラーさんのいつもの雰囲気からして,もっと強烈なものを予想していたのですが,確かに芯の強さはあるものの,押し付けがましいところは全くありませんでした。フレーズの歌わせ方は短く清潔で,古典的な均整の取れた演奏でした。冒頭から淡い哀しみがスーッとさり気なく体の中に入ってくるような感じで,最初に書いたとおり,曲全体の姿をバランス良く感じ取ることができました。

古典派の弦楽四重奏曲の場合,第1ヴァイオリンが曲の印象の大半を形作るような部分があります。ピヒラーさんのヴァイオリンは,贅肉のない引き締まったもので正統的な格調の高さを感じさせてくれました。「長調だけれでも明るくない」第2楽章の味わい深さも良かったのですが,特に印象的だったのが第3楽章メヌエットのトリオの部分です。テンポをぐっと落として,ちょっとでも触ると崩れてしまいそうなデリケートな美しさを見事に表現していました。全曲中,この部分だけが明るい幸福感に満ちているのですが,本当に一瞬の幸福という感じでした。

最終楽章は変奏曲になります。短調の楽章なのですが,シチリアーノのリズムをとてもすっきりと演奏していましたので,前へ前へ進んでいくような心地良さもありました。最後の最後で,ちょっと明るい気分が見えるのですが,それが「フッ」と途切れてしまう辺り,何ともいえない儚さを感じました。というわけで,全曲を通じて,「さりげない哀しみと儚さ」に包まれた,とても素敵な演奏でした。

2曲目は対象的に,くっきりとした明解さを感じさせてくれる演奏でした。各声部のバランスの良さ,4人合わせて一つの楽器となったような統一感のある歌わせ方,厳しいけれども常に余裕の感じられる響き。どの楽章も安心して身を任せることのできる模範的な演奏でした。

ここでも,細身だけれども常に鮮明な歌を聞かせてくれたピヒラーさんのヴァイオリンが印象的でした。アルバン・ベルク四重奏団は結成35年以上になりますが,いつまでも新鮮な雰囲気を持っており,円熟という言葉は相応しくありません。これは,結成以来第1ヴァイオリンを務めているピヒラーさんがABQに傾けているエネルギーの大きさと求心力の強さを反映しているからではないかと思います。常にピリっとした厳しさを感じさせてくれる演奏は,ABQの魂と言えるのではないかと思います。

輝かしさに満ちたメヌエットの後,深いけれども渋過ぎない第3楽章となります。この楽章などは,ベートーヴェン,シューベルトにつながる気分がありました。スピード感と同時に常に余裕を感じさせてくれる最終楽章の演奏を聞き終え,折り目正しい古典派の弦楽四重奏曲をじっくりと味わうのも良いものだな,と感じました。

この第20番という曲は,傑作シリーズとして有名な「ハイドン・セット」の後に単独で書かれた曲ということで,それほど知られていませんが,もっと聞かれても良い作品だと感じました。

後半は,金沢では滅多に生演奏を聞くことのできないバルトークの弦楽四重奏曲が演奏されました。そのバルトークを自他共に認める現代最高峰のクワルテットの演奏で聞くことができるということで,この演奏を目当てに演奏会に来られた方も多かったのではないかと思います。

今回演奏されたのは,晩年に書かれた第6番でした。バルトークがアメリカに亡命する直前に書いた哀しみに満ちた曲です。バルトークの弦楽四重奏曲はどの曲も歯ごたえたっぷりですので,この第6番はまだ「聞きやすい」方に入るのではないかと思います。それでもリラクッスして聞くというよりは,聞く側にもエネルギーを必要とするような曲です。それほど緊張感の高い曲であり,演奏でした。

曲の冒頭は,ヴィオラの独奏で始まります。新メンバーのカリシウスさんによる,哀しみに満ちてはいるけれども,同時に伸びやかさを感じさせるソロが大変印象的でした。その後に続く部分を聞くと「やはり20世紀の音楽だ」と実感が沸いて来ます。どちらが良い悪いという問題ではないのですが,音の広がり方が前半のモーツァルトとの時とは違います。演奏全体もスケールアップしたような気がしました。

続く楽章はどの部分も研ぎ澄まされた演奏が続きますが,バルトークの曲で面白いのは,やはりいろいろと変わった奏法が出てくる点です。CDで聞いているだけだと,「何の楽器がどうやって演奏しているのだろう」と疑問に思う部分があったのですが,今回実演を聞いて「なるほど」と納得した部分がいくつかありました。ヴィオラがギターをかき鳴らすように演奏していたり,チェロが音をグニュグニュと滑らせるように弾いていたり,曲の深刻さとは別に見て楽しめる部分もありました。

第2楽章の後半の行進曲風になる部分などは,ベートーヴェンの晩年の傑作「大フーガ」などを思わせる重厚さが感じられました。第3楽章の「ザッザッザッザッ...」というリズムなどは,バルトークならではです。ピヒラーさんは,演奏中,半分立ち上がるような姿勢で強い音を出していましたが,この辺にモーツァルトの演奏とバルトークの演奏のいちばん大きな違いがあるようです。

最終楽章では,再度悲しみに包まれ,重苦しい空気の中で全曲が終わります。大変密度の高い曲であり,演奏でしたので,全曲を聞き終わった後は,マーラーの交響曲の全曲を聞いた時に感じるような疲労感と充実感を感じました。

CDなどではなかなか気軽に楽しめない曲なのですが,ABQによる曖昧な点のない,自信に満ちた演奏を聞いていると,この曲も古典的なレパートリーになったのだと感じることができました。すべての表現を突き詰めたような見事な演奏でした。

盛大なアンコールに応えて演奏されたのは,同じバルトークの弦楽四重奏第4番の中のアレグロ・ピツィカートでした。これは,バルトークの曲の後のアンコールには最適の曲です。全曲通じて複雑なリズムをもったピツィカートで演奏されるのですが,これぞ名人芸という感じの水際立ったアンサンブルを楽しむことができいました。

このアンコールでさらに盛大な拍手が続き,2曲目のアンコールが演奏されました。こちらはABQの原点とも言える,ハイドンの弦楽四重奏曲「騎士」の中の第2楽章でした(ABQのデビュー第2作目のレコードがこの曲でした)。モーツァルト,バルトークと続いて,最後にこの曲が出てきたのですが,さすがハイドンという素晴らしい曲でした。モーツァルトもバルトークも包み込む「父親的大きさ」を感じさせてくれました。

この日の金沢公演を皮切りにABQは全国ツァーを行うのですが,カクシュカさん亡き後も,その充実ぶりに変わりはないと感じさせてくれた演奏会でした。全国各地で大きな注目を集める公演となることでしょう。ピヒラーさんは,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のプリンシパル・ゲスト・コンダクターの立場からは退かれたのですが,「現代+古典」というOEKと共通するプログラミングで再度,ABQの金沢公演を期待したいと思います。

PS.第2曲目が始まった直後,ステージの最前列正面(!)で立ち上がって写真撮影をしようとした「とんでもないカメラマン(主催者側のカメラマンだったというのが信じられないのですが)」がいたため,ピヒラーさんが注意をし,演奏が中断するというハプニングが起こりました。会場には緊張が走り,しばらくは聞いている方も音楽に集中できなくなってしまいました。曲が進むに連れて,段々とモーツァルトの世界に戻ることはできましたが,こういうことは2度とないようにしてもらいたいものです。

●サイン会
演奏会後,ABQメンバーによるサイン会が行われました。

バルトークの弦楽四重奏曲全集のCDにピヒラーさんと,エルベンさんのサインを頂きました。このお二人だけがABQのオリジナルメンバーです。ちなみにこのCDですが,20年ほど前に購入した時は,は3枚組で9000円もしました。
今回のABQ日本ツァーのパンフレットです。第2ヴァイオリンのシュルツさんとヴィオラのカリシウスさんからサインを頂きました。
(2006/05/24)