弦楽四重奏でめぐるモーツァルトの旅 その1 イタリア編
2006/05/26 金沢蓄音器館
モーツァルト/弦楽四重奏曲第1番ト長調,K.80(73f)「ローディ」〜第1〜3楽章
モーツァルト/弦楽四重奏曲第1番ト長調,K.80(73f)「ローディ」〜第4楽章
モーツァルト/弦楽四重奏曲第2番ニ長調,K.155(134a)
モーツァルト/弦楽四重奏曲第3番ト長調,K.156(134b)
(アンコール)モーツァルト/弦楽四重奏曲第3番ト長調,K.156(134b)〜第2楽章(第1稿)
●演奏
クワルテット・ローディ(大村俊介,大村一恵(Vn),大隈容子(Vla),福野桂子(Vc))
Review by 管理人hs  
オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)は,「室内オーケストラ」という肩書きどおり,オーケストラとしての活動だけではなく,団員による室内楽の活動も活発に行っています。「アンサンブルの中のアンサンブル」ともいうべき,いくつかのグループがあり金沢市内を中心に”神出鬼没(?)”的に演奏会を行っています。

そういう中,「モーツァルトの全弦楽四重奏曲を演奏しよう」というモーツァルト・イヤーにぴったりのシリーズ演奏会の1回目が,金沢蓄音器館で行われましたので出かけてきました。登場したのは,クワルテット・ローディでした。メンバーは,OEKのヴァイオリン奏者の大村俊介,大村一恵ご夫妻,ヴィオラの大隈容子さん(通常はヴァイオリンを弾かれていますがこの四重奏団ではヴィオラを担当されています)とOEKのチェロ・パートに頻繁に参加されているの金沢市出身のチェロ奏者福野桂子さんの4人です。

この団体のネーミングの由来は,演奏会の中で明らかにされましたので,後で触れたいと思いますが,大村俊介さんのトークを交え,本当に間近に演奏される室内楽演奏を聞くのはとても贅沢な楽しみでした(贅沢といいながらドリンク付き500円)。

今回の会場は,通常はは蓄音器を聞くためのスペースですので,それほど広くありません。そのため「これ以上は入らない」ぐらいの満席となり,少々窮屈な面はありましたが,アンティークな雰囲気の中で聞く文字通りの「室内楽」演奏会というのは他では得難いものでした。

このクワルテット・ローディというのは,「金沢蓄音器館を舞台にモーツァルトの弦楽四重奏曲を1番から順番に全曲演奏する」ための弦楽四重奏団ということで付けられた名前です。このネーミングの由来については,大村さんが次のようなことを語られていました。

以前からこの4人で弦楽四重奏曲を演奏することはあったが,どうしても「モーツァルトといえば「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」」という感じになってしまっていた。あるとき,モーツァルトの弦楽四重奏曲第1番「ローディ」を演奏する機会があった。それがとても良い曲だったので,弦楽四重奏曲をじっくりと演奏してみたいという思いが出てきた。その機会と場所を探していたところ,金沢蓄音器館で行えそうだ,ということになり,今回の企画が実現した。

つまり,今回のシリーズのきっかけの曲が「ローディ」だったので,弦楽四重奏団の名前も「クワルテット・ローディ」としたとのことです。ネーミングには,いろいろ苦労されたそうですが,モーツァルト自身,この「ローディ」という曲に非常に愛着を持っていた点,大村さんが留学されていたイタリアにちなんだ曲(ローディというのは,この曲が作曲されたイタリアの地名です)である点も,そのネーミングの理由とのことです。

この大村さんのトークですが...最高でした。気取ったところや飾り気がなく,淡々と語られているのですが,その中に「ああ,そうだったのか」という知識や「これは一本とられた」というようなウィットがさらりと紛れ込んでおり,音楽同様にリラックスしながら,楽しむことができました。

第1回目の今回は,弦楽四重奏曲第1番から第3番までが順番に演奏されていきました。今回座席のすぐそばで演奏されたわけですが,本当に間近で聞く生演奏には,思わず引き込まれてしまうような吸引力がありました。石川県立音楽堂のロビーで聞く時もかなり間近で演奏されますが,会場の天井の高さを考えると,蓄音器館の方が密度の高い空間となります。これだけ近いとさすがにうるさいかな,とも予想していたのですが,全くそうはなりませんでした。やはり,これがアコースティックが楽器の良さです。それとやはりプロの弦楽器奏者の素晴らしさです。フォルテの音を演奏しても,重さは感じず「おっ,空気の振動が伝わってくるぞ。これが音波か」というような,心地よい風を受けているような気分を味わうことができました。室内楽はこうやって聞くのがいちばんかな,と思わせるような内容でした。

演奏は,古典派の曲ということもあり,第1ヴァイオリンが主旋律を演奏し,その他の声部が伴奏するというパターンが多かったのですが,チェロやヴィオラのリズムの刻みを聞いているだけでも満足感を味わうことができました。第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの大村夫妻がメロディの掛け合いをするような場面があると,日常会話をしているようなさり気なさを感じました。こういったことは,間近で生の音をダイレクトに聞いているからこそ味わえる楽しみだと思いました。

今回は,大村俊介さんのトークを交えて進められたのですが,演奏する前に,「この辺に注目して下さい」という感じで”聞き所”を一節演奏して紹介して下さったのも良いアイデアでした。モーツァルトの特に初期の曲などは,恐らく,ただ聞いていたのでは,BGMのように聞き過ごしてしまう可能性があります。上述のように,これだけ親密な空間だと音に浸れるだけで幸福感を味わえるのですが,今回は大村さんによる「一口メモ」を聞くことによって,音楽をより深く楽しむことができました。モーツァルトの弦楽四重奏に限らず,演奏者でないと気づかない聞き所というのは沢山あるのではないかと思います。そういう聞き所を,大村さんの押し付けがましくない語り口で説明してもらいながら楽しむ”大人向けの演奏会”を,これからも続けていって欲しいと思いました。

というわけで,今回,大村さんが語っていた内容に私が解説書で調べた内容を付け加えて,各曲の内容について紹介してみましょう。

■弦楽四重奏曲第1番ト長調,K.80(73f)「ローディ」〜第1〜3楽章
何はともあれ,第1番「ローディ」です。ケッヘル番号がこの曲だけ若いことからも分かるように,この作品は,第2番以降の曲とは別個に書かれています。モーツァルトの弦楽四重奏曲は当時に出版の習慣どおり,基本的には6曲セットで書かれているのですが,この最初の1曲(それと第20番)は例外ということになります。

そのことと関係があるのかどうかわかりませんが,モーツァルト自身この曲に対して強い愛着を持っていたことが知られています。譜面に何年何月何日に作曲ということが書かれているのはよくありますが,この曲については,「1770年3月15日7時」と時間まで書かれています。この時モーツァルトは14歳で,第1回目のイタリア旅行の最初の目的地ミラノからボローニャに向かう途中のローディという町の宿で作られています。

曲は当初,緩−急−メヌエットという3つの楽章の曲として書かれました。この日の演奏会ではまず,とりあえずこの3楽章までが演奏されました。

第1楽章 アダージョ ト長調,3/4,ソナタ形式(2部形式)
第2楽章 アレグロ ト長調,4/4,ソナタ形式
第3楽章 メヌエット ト長調,3/3

■弦楽四重奏曲第1番ト長調,K.80(73f)「ローディ」〜第4楽章
第4楽章 アレグロ,ト長調,2/2,ロンド形式

3楽章までが演奏された後,大村さんのトークが入り,その後,後から第4楽章が書き加えられたことが説明されました。この4楽章は1773〜1774年に掛けてウィーンかザルツブルクで書かれたロンドーとなっています。

作曲年代の違う曲を分けて演奏してくれる辺りに,クワルテット・ローディの”こだわり”が感じられました。この「ローディ」という曲ですが,第1楽章と第2楽章がイタリア風,第3楽章がオーストリア風,第4楽章がフランス風(RondoではなくRondeau)ということで考えてみるととてもインターナショナルです。大げさにいうと,モーツァルトの旅の縮図ということになります。

個人的には,静かに始まる第1楽章の気分がとても気に入りました。また,第4楽章は少し成長したモーツァルトが書いただけあって「泣きながら,もう片方では笑っている」という3楽章までとはちょっと違った気分が感じられます。

■弦楽四重奏曲第2番ニ長調,K.155(134a)
第2番から第7番の弦楽四重奏曲は,上述のとおりセットで書かれています。これらは,通常「ミラノ四重奏曲」と呼ばれています。これもやはり作曲地から取られた愛称です。

この曲は1772年10月末から11月初めに掛けて,ボルツァーノというところで書かれたと推定されています。1772年にモーツァルトは父親と第3回目のイタリア旅行を行っていますが,オーストリアとイタリアの国境のブレンナー峠を越えた所にあるのがボルツァーノという町です。父レオポルドの手紙には「アマデウスは退屈しているので,四重奏を書いています」と書かれているのですが,その四重奏がこの曲だと言われています。退屈しのぎに書いた曲とは思えないのですが,そこがやはりモーツァルトの天才的なところなのでしょう。大村さんは,「モーツァルトの作品は,自然界に存在する花が持つ美しさのような自然な美しさを持っている」と語られていましたが,こういう曲に当てはまるのかもしれません。

第1楽章 アレグロ,ニ長調,4/4,反復を省略したソナタ形式
第2楽章 アンダンテ,イ長調,3/4,ソナタ形式(2部形式)
第3楽章 モルト・アレグロ,ニ長調,2/4,ロンド形式

この曲は,急−緩−急の3楽章から成っています。この曲については,第1楽章に出てくる跳躍するような音型がBGM的ではない点,第3楽章冒頭の駆け上げって行くようなメロディが聞き所として紹介されました。

■弦楽四重奏曲第3番ト長調,K.156(134b)
ミラノ四重奏曲の2曲目の第3番は,1772年にミラノで書かれています。第2楽章には2つの版があり,最初の演奏では,第2稿で演奏されました。ちなみに,このミラノ四重奏曲の調性は,「ニ→ト→ハ→ヘ...」と5度ずつ下がっていく並びになっています。この辺にもモーツァルトらしいユーモアが隠されているのではないかと大村さんは語っていました。

第1楽章 プレスト,ト長調,3/8,ソナタ形式
第2楽章 アダージョ,ホ短調,4/4,ソナタ形式(2部形式)
第3楽章 テンポ・ディ・メヌエット,ト長調,3/4,

急−緩−メヌエットという構成となっています。第1楽章冒頭の主題は,「これぞイタリア」というメロディなのですが,これをスピードダウンして,マイナーにしてみると...何と,モーツァルトのレクイエムの絶筆となった部分「ラクリモーサ(涙の日)」のメロディにピタリと重なってしまいます。モーツァルトの好んだ音型ということなのですが,こういう「ダ・ヴィンチ・コード」的(?)謎解きは大変面白いものでした。第2楽章は,第2番の時同様,BGMとしてはかなり濃いものとなっています。

■弦楽四重奏曲第3番ト長調,K.156(134b)〜第2楽章(第1稿)
アンコールでは,第3番の第2楽章の第1稿が演奏されました。この辺の「コンプリートな全集をめざす」という視点も素晴らしいと思いました。この際,できる限り異稿も含めて取り上げていって欲しいものです。

この第2楽章の第1稿ですが,素晴らしい内容でした。第2稿も濃い内容を持っていましたが,アンコールとして取り出して聞いたせいか,第1稿の方が豊かな歌に満ちているように感じました。

以上のように,レクチャーコンサートとしても大変充実した内容のコンサートとなりました。今回のシリーズについては,「美味しいものをゆっくりと味わうようなスタンスで続けたい」と大村さんは,語っていました。シリーズは続くのか?いつ終わるのか?も未定とのことでしたが,是非続いて欲しい企画です。

こういう親密な空間での充実した内容を持った手作り的な演奏会というのは,本当に音楽の好きな人々が関係していないとなかなか作れないものです。金沢蓄音器館では「モーツァルトの弦楽四重奏曲全曲を聞く会」といったグループを作り,その人たちを中心に「完聴」目指すというアイデアを持っているようですが,そういう発想も面白いと思いました。取りあえず,私もこの名簿に名前を書いてきたのですが,都合がつく限り,この企画には参加してみようと思います。

PS.演奏会の途中では,4人のメンバーに対し「好きなお菓子は?」という質問をされていました。次回は「好きなお酒は?」でしょうか?この日は,入口付近で無料でワインをサービスしていました。どこの国のワインだったのか分かりませんが,今回はイタリア編だったので,イタリアのワインだったのでしょうか?このサービスにも期待したいと思います(入場料500円で本当に良いのだろうか?という気もしましたが)。 (2006/05/27)