# |
種類 |
曲名・テキスト |
編成の特徴 |
30 |
アリア |
ああ,いまやわがイエスは連れ去られぬ |
アルトI,合唱II |
●プロローグ
ロ短調,3/8
シオンの娘たちと信徒とがむなしく救い主を探す,というアリアです。冒頭ではシオンの娘たちが半音階的なモチーフで不安げにあちこち飛び回ります。後半の「虎の爪」という歌詞はコロラトゥーラで強調されます。 |
31 |
レチタティーヴォ |
マタイ伝26-57〜60 |
福音史家 |
●大祭司カヤパの前のイエス
イエスは大祭司カヤパの前に連れて行かれます。イエスを死罪にしようと偽りの証拠を探しますが出てきません。 |
32 |
コラール |
世はわれに欺き仕掛けぬ |
合唱I,II |
変ロ長調,4/4
A.ライスナー作のコラール"In dich hab' ich gehoffet, Herr(1533)"の第5節,旋律はS.カルヴィシウス作(1581)。 |
33 |
レチタティーヴォ |
マタイ伝26-60〜63 |
福音史家,証人(アルト,テノール),大祭司(バス) |
2人の偽証人が出てイエスに不利な証言をします。この部分はカノンで歌われます。これは受難曲の慣例となっている慣例です。あらかじめ口裏をあわせてあったようにきっちりと歌われます。イエスはこれに対して何も答えません。 |
34 |
レチタティーヴォ・アコンパニャート |
わがイエスは嘘いつわりの証しにも黙したもう |
テノールII |
伴奏はオーボエ2本を中心とした単純なスタッカートが中心です。イエスが沈黙している様子がうまく表現しています。 |
35 |
アリア |
忍べよ,忍べよ,偽りの舌われを刺す時 |
テノールII |
イ短調,4/4,自由なダ・カーポ
ここではヴィオラ・ダ・ガンバを含む通奏低音の音の動きが印象的です。イエスの忍耐強さを示すように温和な主題が中心ですが,時々通奏低音に鋭い付点リズムが出てきます。これは,「偽りの舌」が刺す様子を表しているようです。 |
36a〜d |
レチタティーヴォと合唱 |
マタイ伝26-63〜68 |
福音史家,大祭司,イエス,合唱I・II |
大祭司の前のイエスに対して,群集は「彼は死に当たるものだ」と叫びます。その後,イエスは群集に打たれます。この部分は2つの合唱によって,微妙にズレながら歌われます。激烈な群集の叫びが効果的に表現されています。 |
37 |
コラール |
たれぞ汝をばかく打ちたるか |
合唱I,II |
ヘ長調,4/4
P.ゲールハルト作のコラール"O Welt, siek hier dein Leben"の第3詩節。前曲の激しい合唱のに引き続いて,感動的に歌われます。 |
38a〜c |
レチタティーヴォと合唱 |
マタイ伝26-69〜75 |
福音史家,ペテロ,第1の下女,第2の下女,合唱II |
●ペテロの否認
鶏が鳴く前に,ペテロが「イエスのことを知らない」と3度否定するという有名なエピソードのやりとりの場です。第1の下女,第2の下女に続いて,合唱も「イエスと一緒にいた」と証言しますが,ペテロはそれを否定します。
その後,外に出て号泣するのはペテロなのですが,ここでは福音史家がそのことについて語る形になっています。この部分では冷静な福音史家がその立場を脱したように,感情を込めた超高音のメリスマを交えて歌います。日本の江戸時代の浄瑠璃の語りのような感じもあります。 |
39 |
アリア |
憐れみたまえ,わが神よ,したたり落つるわが涙のゆえに |
アルトI,ヴァイオリン・ソロ |
ロ短調,12/8,自由なダ・カーポ
先のレチタティーヴォ中の「その人のことは何も知らない」と歌うときのメロディと似たメロディでアリアは始まります。ペテロの罪を自らの罪とする信徒の嘆きを歌った美しい曲です。ヴァイオリン・ソロによるすすり泣きのようなオブリガートのメロディも印象的です。 |
40 |
コラール |
たたえわれ汝より離れ出ずるとも |
合唱I・II |
イ長調,4/4
J.リスト作のコラール”Werde munter, mein Gemute"(1642)の第5詩節,旋律はJ.ショップの作(1642) |
41a〜c |
レチタティーヴォと合唱 |
マタイ伝27-1〜6 |
福音史絵家,ユダ,第1と第2の祭司長,合唱I |
●ユダの最後
イエスを売り渡したユダは,受け取った銀貨を投げ返し,みずから首をくくってしまいます。 |
42 |
アリア |
われに返せ,わがイエスをば! |
バスII,ヴァイオリン・ソロ |
ト長調,4/4
イエスを売り渡したユダの後悔する気持ちを歌った曲です。また,後悔するユダをはねつけた祭司長らが非難の対象となっています。ソロ・ヴァイオリンは,泣きながら銀貨を投げ捨てるユダを示しているといわれています。 |
43 |
レチタティーヴォ |
マタイ伝27-7〜14 |
福音史家,イエス,ピラト |
●ピラトの前のイエス
イエスは総督ピラトの前に立ちます。祭司長,長老からの不利な証拠に対して何も答えないイエスのことをピラトは怪しみます。 |
44 |
コラール |
汝の行くべき道と,汝の心の患いとを委ねまつれ |
合唱I+II |
ニ調,4/4
P.シュトックマン作の受難コラール"O Haupt voll Blut und Wunden"の第1詩節。第15曲に出てきたものと同じ曲です。 |
45a〜b |
レチタティーヴォ |
マタイ伝27-15〜22 |
福音史家,ピラト,ピラトの妻,合唱I+II |
「マタイ」のレチタティーヴォの中でも特に劇的な部分です。どうみても悪人のバラバとどうみても罪のないイエスのうちどちらを放免するかを群集に尋ねると,彼らは「バラバ!」と叫びます。これはただの減7の和音なのですが,聞く人の心にぐさりと刺さるような響きを持っています。その後,「十字架につけよ」という歌詞が繰り返されます。 |
46 |
コラール |
さても驚くべしこの刑罰 |
合唱I+II |
ロ短調,4/4。J.ヘールマン作のコラール"Herzliebster Jesu"の第4詩節,旋律はJ.クリューガー(第3曲と同じコラール) |
47 |
レチタティーヴォ |
マタイ伝27-23 |
福音史家,ピラト |
ピラトは「あの人はどんな悪いことをしたのか」と歌います。 |
48 |
レチタティーヴォ・アコンパニャート |
彼はわれらすべての者のために善きことをせり |
ソプラノI,オーボエ・ダ・カッチャ |
前曲でのピラトの問いに対して歌われる曲です。オーボエ・ダ・カッチャの音の動きは縛られたイエスを描写しています。 |
49 |
アリア |
愛よりしてわが救い主は死にたまわんとす |
ソプラノI,オーボエ・ダ・カッチャ,フルート |
イ短調,3/4,自由なダ・カーポ
「私の救い主は,ただ愛ゆえに死に給う」というマタイ全体の中心的メッセージが歌われます。この曲では例外的に通奏低音が入らず,宙に浮かんだような感じになります。フルートの旋律は空中をはばたく天使の群を思い出させます。 |
50a〜e |
レチタティーヴォ |
マタイ伝27-23〜26 |
福音史家,ピラト,合唱I,II |
先程の47曲の続きになります。群集はますます声を大きくして「十字架につけろ」と叫びます。ピラトは効果がないことを知り,バラバを放免させ,イエスを鞭打たせます。「その血はわれらとわれらの子孫に帰すべし」という迫の力ある展開が続きます。 |
51 |
レチタティーヴォ・アコンパニャート |
神よ,憐れみたまえ! |
アルトII |
鞭打たれるイエスを見ながらも何もなすことをできない状況を歌っています。 |
52 |
アリア |
わが頬の涙,甲斐なしとあらば |
アルトII |
ト短調,3/4,ダ・カーポ
前曲とこの曲では,付点音符の通奏低音が支配していますが,これは天罰が近づくことを示しています。 |
53a〜c |
レチタティーヴォ |
マタイ伝27-27〜30 |
福音史家,合唱I+II |
イエスが笑いものにされる場です。これまでの群集の合唱はユニゾンでしたが,ここでは嘲笑を表すように両アンサンブルがまちまちに歌います。 |
54 |
コラール |
おお,血と傷にまみれし御頭 |
合唱I+II |
ハ長調,4/4
P.シュトックマン作のコラール"O Haupt voll Blut und Wunden"の第1-2詩節。第15曲と同じコラールです。 |
55 |
レチタティーヴォ |
マタイ伝27-31〜32 |
福音史家 |
●ゴルゴダ
イエスに代わってシモンが十字架を背負う場です。ここでも十字架(Kreuz)という言葉が強調されています。
|
56 |
レチタティーヴォ・アコンパニャート |
しかり,まことにわれらがうちなる血肉は |
バスI,フルート,ヴィオラ・ダ・ガンバ |
ヴィオラ・ダ・ガンバの伴奏の上にフルートが途切れ途切れに単純な音型を演奏します。これは十字架を負うイエスがよろめきながら歩く様子を描写しています。 |
57 |
アリア |
来たれ甘き十字架 |
バスI,フルート,ヴィオラ・ダ・ガンバ |
ニ短調,4/4,自由なダ・カーポ
ここでも延々と続くヴィオラ・ダ・ガンバの伴奏が印象的です。これはあえぎながらゴルゴダの丘に登っていくシモンを表しています。「甘い十字架」という歌詞が出てくるとおり,苦しくも甘いメロディが続きます。 |
58a〜e |
レチタティーヴォ |
マタイ伝27-33〜34 |
福音史家,合唱I+II |
「ゴルゴダ=されこうべの所」に到着し,イエスは磔にされます。続く合唱歌では,「神の子ならば十字架より降り来たれ」といった歌詞が歌われます。福音史家のレチタティーヴォの後,さらにイエスを嘲る合唱が続き,最後はユニゾンの「われは神の子なり」という歌詞で結ばれます。その後,共に十字架にかけられた強殺者もイエスを罵ったという短いレチタティーヴォになって終わります。 |
59 |
レチタティーヴォ・アコンパニャート |
ああゴルゴタよ,禍いなるゴルゴタよ |
アルトI,オーボエ・ダ・カッチャ |
変イ長調,4/4
オーボエ・ダ・カッチャは悲しみに満ちた表情を伝え,通奏低音には弔いの鐘の音が聞こえます。チェロのピツィカートと合わせて単純な音型が延々と続きます。十字架の辺りに静けさが訪れたことを示しているようです。 |
60 |
アリア |
見よ,イエスは我らを抱かんとて御手を拡げたもう |
アルトI,オーボエ・ダ・カッチャ,合唱II |
変ホ長調,4/4
前のレチタティーヴォと似たような感じのオーボエ・ダ・カッチャを含む序奏で始まります。イエスが十字架上で延ばした腕の中に抱かれるように信徒たちにすすめる歌です。合唱によって「どこに?」という歌詞が合いの手のように歌われます。 |
61a〜e |
レチタティーヴォ |
マタイ伝27-45〜50 |
福音史家,イエス,合唱I+II |
●3時
3時頃になって,イエスが最後に「エリ,エリ,ラマ,アサブダニ」と語ります。これは「わが神,わが神,なんぞわれを見捨てたまいし」という意味です。この部分では,イエスの背後にずっと付けられていた弦楽器による伴奏が取りやめられます。その後,群集は「あれはエリアを呼んでいるのだ」「エリカが救いに来るか見ていよう」という合唱を歌います。この時点で群集は信仰に傾きつつあることがわかります。その後,イエスは息を引き取ります。 |
62 |
コラール |
いつの日かわれ去り逝くとき,われをば離れ去りたもうな |
合唱I+II |
イ短調(フリギア旋法),4/4
P.シュトックマン作の受難コラール"O Haupt voll Blut und Wunden"の第9詩節。これまで何回も歌われてきたメロディですが,これが最後になります。イエスの死の後で聞くと特別な感慨があります。 |
63a〜c |
レチタティーヴォ |
マタイ伝27-51〜58 |
福音史家,合唱I+II |
そのとき,神殿の幕が上から下まで真っ二つにさけ,地震が起きます。この時の弦楽器のすさまじいトレモロが印象的です。続いて合唱が「げにこの人は,神の子なりき」と輝かしく感動的に歌います。 |
64 |
レチタティーヴォ・アコンパニャート |
夕べ日涼しくなりしころに |
バスI |
ト短調,4/4
前曲の合唱以降,音楽は安らかな感じに変って来ます。 |
65 |
アリア |
わが心よ,おのれを清めよ |
バスI |
変ロ長調,12/8,ダ・カーポ(冒頭リトルネッロ抜き)
音楽はさらに安らかさとなごやかさを増します。12/8の揺れ動くリズムに乗って,流れるように曲は進んで行きます。 |
66a〜c |
レチタティーヴォ |
マタイ伝27-59〜66 |
福音史家,ピラト,合唱I+II |
祭司長らのいう「われは三日ののちに甦らん」という言葉がフーガ風に歌われます。すでに復活が描かれているようです。 |
67 |
レチタティーヴォ・アコンパニャート |
いまや主は憩いの床に安置されぬ |
バスI,テノールI,アルトI,ソプラノI,合唱II |
バス,テノール,アルト,ソプラノの順にソロが歌い,その間に合唱が「安らかにお眠り下さい」という告別の歌詞を歌います。 |
68 |
終結合唱 |
われら涙流しつつひざまずき |
合唱I+II |
ハ短調,3/4,自由なダ・カーポ
長大なマタイ受難曲を締める曲です。信徒たちが墓に集まってきて,一人ずつ告別の言葉を述べます。それが一つに合わさって大合唱になります。葬送の音楽ではあるのですが,そこには静かな安らぎが溢れています。全曲を聞いてきた後,この曲にたどり着いた時にはいろいろな感情を同時に味わうことができるでしょう。 |