2002年錦織健プロデュース・オペラVo.1「コシ・ファン・トゥッテ」
02/2/22 愛知県芸術劇場大ホール
モーツァルト/歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」(全2幕・イタリア語)
●演奏
澤畑恵美(フィオルディリージ,S),坂本朱(ドラベッラ,Ms),足立さつき(デスピーナ,S),錦織健(フェルランド,T),境信博(グリエルモ,Br),志村文彦(ドン・アルフォンゾ,Br)
現田茂夫/オペラハウスO
演出:今井伸昭,舞台美術:天野喜孝
Review by管理人hs
愛知県芸術劇場に貼ってあったポスター1月上旬に錦織健さんが,2月から3月にかけて「旅のオペラ一座」という触れ込みで日本各地で上演する「コシ・ファン・トゥッテ」の宣伝を兼ねて金沢で講演を行いました。その内容に共感したところがあったので,わざわざ名古屋まで出かけて,このオペラを観て来ました。本来は,3月12日の金沢公演を観る予定だったのですが,仕事の関係で行けなくなりました。普通だったら,ここであきらめるのですが,今回はこの上演に向けての錦織さんの宣伝活動の多さ(自作映画の上映前の三谷幸喜さんを思い出してしまいました)に加え,錦織さんのファンのホームページにあれこれ書き込みをしたので,「これは何としても観なければ」と思うようになり,県外にまで出かけることにしました。PRもプロデューサーの仕事の大切な仕事ですが,上演前に,お客さんをひきつけたという点では,錦織さんは,素晴らしいプロデューサということになります。

愛知県芸術劇場の外観今回行って来た愛知県芸術劇場では,コンサートホールの方には入ったことはあるのですが,大ホールに入るのは初めてでした。本格的なオペラ劇場になっており,素晴らしいホールでした。ただ,私の座席は5階席というものすごく「高い」座席で(交通費の関係上チケット代をケチリました),舞台が遥か下という状況でした。字幕もあったのですが,ほとんど観るのを諦め,オペラグラスで,歌手の顔ばかりを見ていました。

今回の上演に際して錦織さんは,「新奇な演出ばかり評価されるのには問題も多い」というような事をおっしゃられていましたが,その事が反映して,非常にオーソドックスでわかりやすい公演になっていました。このオペラの姿を歪めずに伝えてくれる,気持ちの良い公演になっていたと思います。この気持ちの良さは,錦織さんをはじめとした,比較的若い歌手たちの,爽やかな歌声・演技によるところも大きいと思います。

愛知県芸術劇場大ホールの入口まず,舞台装置ですが,ステージ全体を額縁状に見せていました。上からみるとよくわかったのですが,その額縁の奥に左右に分かれて開くついたてが2重に置いてありました。野外の場では,後方のついたてが左右に開き,海が見えるようになり,室内の場では,奥のついたてが締り,そこに描かれた装飾的な絵が見えることになります。前方のついたての方は,場面転換の時に閉じます。場面転換の際,閉じたついたての前で,ドン・アルフォンソなどが「うまくいった,うまくいった」という感じで場つなぎのような演技をします。ということで,非常に流れのよい公演になっていました。私は,公演の予習としてムーティ指揮の「コシ」のビデオを観ておいたのですが,そこで演出をしていたミヒャエル・ハンペのものもこういう感じだったので,その辺の影響を受けているのかもしれません。ついたてに描かれている絵は,公演パンフレットの表紙に描かれていたものと同じようなもので,パステルタッチの美しい絵でした。その他の家具なども上品な感じものでした。

今回の公演は,「初心者が観てもわかる」ということを意識していたのですが,登場人物のキャラクターも衣装を見ればわかるような感じでした。姉のフィオルディリージは水色のドレス,妹のドラベッラはピンクのドレス,変装後のフェランドは赤の衣装,変装後のグリエルモは緑の衣装を着ていました。フィオルディリージは落ち着いた印象,ドラベッラは少し軽い印象,フィオルディリージを口説くフェランドは情熱的,というイメージを打ち出していました。歌や演技もそのとおりだったのですが,これは,キャスティングが良かったのだと思います。

歌手では,全体に女声歌手の印象が強く残りました。このオペラは,アンサンブルが中心なので,誰が主役とも言えないのですが,歌の性格からすると澤畑さんが中心だと思いました。澤畑さんは,ちょっとすましたようなキャラクターには適役だと思いました。低音とコロラトゥーラが同時に出てくるような難しいアリアが2曲あるのですが,見事に歌っていました。それに加え,ドラベッラと違い「苦悩する」ような表情も出ており,観ているとグッと来ました。「何でこんなにいい人をそこまで追い詰めるのか!」とフィオルディリージに同情してしまいました。対照的に,すぐに浮気に傾いてしまうドラベッラ役の坂本さんは,表情も非常に明るく,声量も豊かでした。5階席までちゃんと伝わってきました。狂言回し的なデスピーナ役の足立さんは,変装が2回もあり,非常に芸達者な方でした。声質も小間遣い役にぴったりでした。きっと,普通の(?)役でも素晴らしい歌を聞かせてくれると思います。

男声の方は,女声に比べるとちょっと印象が弱い気がしました。フェランド,グリエルモの2人は,最初の軍服の時は,ちょっと区別がつきにくかったし,変装後は,ヒゲだらけになり,遠くからだと表情がほとんどわからなかったことがその理由です。それでも,1幕での錦織さんのアリアをはじめ,歌の方は充実していました。錦織さんについては,意図的に自分だけが目立たないようにしていたような気もします。ドン・アルフォンソもデスピーナ同様の演技派で,ちょっと怪しげだけれども味わい深い雰囲気をうまく出していました。

オーケストラの方は,ちょっと物足りませんでした。このホール自体,コンサートホールに比べると残響が少ないこともあると思うのですが,雰囲気がパサパサした感じでした。技術的にもホルンが相当危なっかしい感じでした(ホルンのパートは高音が続出して非常に難しいのだと思います)。ピットから遠い席だったせい(実は立ち上がらないとオーケストラが見えない席でした)もあると思うのですが,各幕切れのオーケストラの盛り上がり具合もちょっと足りない気がしました。なお,今回,序曲の一部と合唱の入る部分を少しカットしているようでした。今回の上演は「旅のオペラ一座」ということで,人数的にもできるだけコンパクトな上演を目指していたのでしょう。

今回の公演では,いろいろな点でわかりやすい演出がありました。1幕最後には,デスピーナが医者に変装して,磁石を持って2人の男を治療する場があるのですが,この場面だけは,照明を落とし,磁気の威力(?)を目でみせてくれていました。このオペラのキーワードである「コシ・ファン・トゥッテ」というセリフが出てくる2幕最後でも,「Co・Si・fan・tutte」と音楽のリズムにあわせて文字が出てくるようになっていました(序曲でも同様でした)。これは,上の席から観ていたから分かったことなのですが,歌手の立ち位置にも拘っており,常に全体が左右対象のバランスになるような感じでした。配置が3角形になったり5角形になったりと,幾何学的な美しさもありました。これは,本格的なオペラ劇場の奥行きのあるステージだからこそ出来ることかもしれません(金沢公演の会場である多目的ホールだとあれだけの奥行きは出せないと思います)。

というようなわけで,錦織さんの意図通り,「コシ・ファン・トゥッテ」という作品を分かりやすく過不足なく伝える,良い舞台に仕上がっていたと思います。ただし,それにも関わらず,この作品が丸く収まるのには,やはりちょっと納得がいかない気がしました。やっぱり,冗談がキツ過ぎます。また,男声歌手は,変装の雰囲気からして,ちょっとギャグっぽく軽いのに対し,フィオルディリージがシリアスになってしまうというのは少々バランスが悪いような気がしました。男声歌手が,もう少しドン・ジョヴァンニ的に迫ってくれたら,フィオルディリージの苦悩もわかりやすかったような気がします。この辺は,もう少し舞台に近いところでじっくりと演技を見ることができれば,印象が違っていたのかもしれません。

このオペラはコメディには違いないのですが,かなり苦いコメディでした。同じモーツァルトの「フィガロの結婚」も「妻よ許せ」という感じのお話ですが,やはり,こちらの方が素直に楽しめそうです。錦織さんの「日本全国にオペラを普及させよう」という戦略には,非常に共感するものがありましたので,第2作目は「フィガロ」あたりを上演してもらいたいものです(配役を考えてみました。フィガロ:志村さん,伯爵:境さん,伯爵夫人:澤畑さん,スザンナ:足立さん,ケルビーノ:坂本さん,伴奏にはオーケストラ・アンサンブル金沢を使ってほしいですね。ところで錦織さんは?このオペラはテノール役の出番が少ないので,錦織一座での上演は難しいかもしれません。バジーリオ役はテノールですが2枚目ではないので...)(2002/2/26)

(余談)この日は,21時30分ちょっと過ぎに終演になり,急いで地下鉄で名古屋駅まで向い22時6分発の新幹線+特急で金沢に戻りました。カーテンコールをほとんど見られなかったのが残念でしたが,この手で行くと,名古屋の演奏会にも日帰りできるのだな,ということがわかったのも収穫でした。逆に,名古屋から金沢に来てもらうことも可能かもしれません(こちらの方はうまい具合に特急があるかわかりませんが)。

この日名古屋で撮影した写真
愛知県芸術劇場には複数のホールが入っています。左の写真はコンサートホールの入口です。この日は大ホールで,「コシ・ファン・トゥッテ」が上演され,コンサートの方では,名古屋フィルの定期公演が行われていました。ちなみに,この翌日は,オーケストラ・アンサンブル金沢の名古屋定期公演がコンサートホールで演奏されていました。
開演まで時間があったので,栄のテレビ塔付近を歩いてみました。地下街に入るところはセントラル・パークという名前になっているようでした。何かエッフェル塔みたいだな,と思い下を見てみると...
凱旋門の絵が描いてありました。パリを意識しているのでしょうか?