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オーケストラ・アンサンブル金沢第203回定期公演F
2006/06/10 石川県立音楽堂コンサートホール
1)スッペ/喜歌劇「軽騎兵」序曲
2)森山良子オリジナル・メドレー(思い出のグリーングラス,歌ってよ夕陽の歌を,禁じられた恋,この広い野原いっぱい,今日の日はさようなら)
3)森山良子(森山良子作詞)/女心は...
4)ユ・ヘジュン/最初から今まで(ドラマ「冬のソナタ」から)
5)パク・ジョンヲン/My Memory(ドラマ「冬のソナタ」から)
6)松本良喜/雪の華(ドラマ「ごめんね、愛してる」から)
7)寺島尚彦(寺島尚彦作詞)/さとうきび畑
8)マンシーニ/酒とバラの日々
9)ガーシュイン/サムワン・トゥ・ワッチ・オーバー・ミー
10)チャプリン/スマイル
11)ショパン/小犬のワルツ
12)麻田浩(麻田浩,森山良子作詞)/30年を2時間半で...
13)森山直太郎/さくら
14)BEGIN(森山良子作詞)/涙そうそう
15)森山良子(森山良子作詞)あなたが好きで
16)(アンコール)スタイン&メリル/ピープル
17)(アンコール)ハーライン/星に願いを
●演奏
森山良子(ヴォーカル*2-7,9-17)
森口真司指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:マヤ・イワブチ)*1-6,8-10,12,15-17
小野塚晃(ピアノ),三好功郎(ギター),納浩一(ベース) ,伊藤史郎(ドラムス),金子洋明(構成),前田憲男(音楽監督)
Review by 管理人hs
音楽堂内入口の立て看
この日(6月10日),金沢市内では午後3時頃から夕方にかけて,金沢市祭「百万石まつり」のメインイベントのパレードが行われました。今年から,パレードのコースが金沢駅前の鼓門をスタートし,武蔵が辻,香林坊,市役所前,兼六園下をとおり最後に石川門に入るというコースに変更になったこともあり,石川県立音楽堂周辺も,この時間帯はものすごい人だかりになっていました。というわけで,行列を横目に見ながら,人ごみを掻き分けて,いつもより少し早目に音楽堂に入りました。

今回のファンタジー公演には,森山良子さんが登場しました。森山さんは1年少し前に,北陸電力主催のコンサートでオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)と既に一度,共演しています。今回はファンタジー公演(及び高岡公演)での再登場ということで,恐らく,前回のステージが好評だったのだと思います。森山さんといえば,長く歌い継がれているような名曲を沢山レパートリーにされている歌手ですが,今回の歌声を聞いて,その再演の理由が実感できました。森山さんの場合,「過去の名曲」だけではなく,「涙そうそう」「さくら」といった「新しいスタンダード(自ら”財宝”と呼んでいました)」をどんどん増やしていっているのが何よりも素晴らしい点です。

森山さんの歌声は,透き通るような高音部を中心に大変正統的なものですので,すべての歌が聞き応えをもったものとなります。ライブで聞くと,ジャズのテイストを交えた「粋」,ライブならではの「ノリ」,お客さんを楽しませようとする「サービス精神」といういったものがさらに加わります。それらが,一体となり,森山さんの「芸の広さ」を堪能できるコンサートとなりました。

この日の曲では,ブラス・セクションが活躍する曲がありましたので,OEKの編成は,トロンボーン3本,ホルン4本,トランペット3本といった増強がされていました。最初は,この編成を生かして,スッペの「軽騎兵」序曲が演奏されました。文字通り,”景気づけ”の演奏でした。森口真司さんの指揮ぶりは大変明快なもので,音楽全体がビシっと引き締まっていました。今回は3階席で聞いたのですが,充実した響きが会場に満ちており,森山さんを迎えるのに絶好の序曲となりました。

曲が終わるとすぐに森山さんとピアノ,ギター,ベース,ドラムスの皆さんが入ってきました。メンバー紹介があった後,森山さん自身の”名刺がわり”として「森山良子メドレー」が歌われました。私の世代の場合,「思い出のグリーングラス」「この広い野原いっぱい」「今日の日はさようなら」といった曲は,”音楽の教科書”に載っていた曲(またはNHKの「みんなのうた」で歌われていた曲)として懐かしい曲です。

この辺の曲は,「森山さんの曲」というレベルを超えて,今後も歌われていくことでしょう。そういう意味では,「クラシック音楽」と呼んでも良い,古くならない作品群と言えます。その一方,森山さんの,崩すことのない丁寧な歌い方を聞いて,「やっぱり,これは森山良子さんの歌だ」と感じました。というわけで,本家本元による名曲を楽しませてもらいました。

次の「女心は...」というのは,どういう曲か見当もつかなかったのですが,とても楽しい曲でした。演奏会の最初でお客さんをリラックスさせるのに相応しい「視聴者参加型」作品でした。

ドラムの刻む,軽快なリズムの上に,森山さんが,ジャズ・ボーカルのスキャットのように「チャララ,チャララ,チャララ...」というフレーズを口三味線で歌うのですが,このフレーズが出てくるたびに会場のお客さんに「,パン,パン,パン...(確か8発叩いたはずです)」という手拍子を入れてもらうというものです。個人的には,ラデツキー行進曲の手拍子よりも,こちらの方が叩き甲斐(?)があると感じました。

いきなりやるにはちょっと練習が必要なものでしたので,何回かリハーサルを行ったのですが,やっているうちに「これならできる」という感触が会場に広まり,本当の演奏の時は,ピタリと決まりました。最初から最後まで手拍子を叩きっぱなしよりも,こういうメリハリのある,手拍子参加というのは面白いものです。曲自体,大変格好良く,技巧的で大変気に入りました(だけどこれは,森山さんのように,キレ良く,粋に歌えないと様にならない難しい曲です)。

次の2曲は森山さんが最近ハマっているという韓流ドラマの主題歌から3曲が歌われました。これらは森山さんの最新アルバム「Tears」に収録されているということで,そのPRを兼ねての歌となりました。この部分では,オーケストラのブラス・セクションの人たちは引っ込み,弦楽器とピアノ,ギター,ベース,ドラムスだけで演奏されました。

私は,韓流ドラマを全く見たことはないのですが,「最初から今まで」のピアノのイントロを聞くと「ヨン様」の笑顔が浮かんできてしまいます。恐らく,ドラマを見た人はもっとあれこれと映像が頭をよぎることでしょう。「My Memory」の方は,ギターのソロが活躍していました。どちらも森山さんの芯の強さを感じさせる歌が印象的でした。

「冬の華」は,プログラムを見た時「中島美嘉の曲だな」とすぐに思ったのですが,その後に韓国ドラマの題名が書いてあったので「おや?」と思っていました。森山さんの話によると,日本の歌が韓国のドラマの主題歌として使われ,それがまた日本に輸入される,というケースも出てきているとのことです。というわけで,結局,この曲は,最初の判断どおり中島美嘉さんの曲でした。こうやって並べると,「甘く,せつない」つながりで,全く違和感がありません(ちなみにこの曲は,指揮者の森口さんの好きな曲ということで,演奏前にすでに眼鏡を外して涙を拭いて(?)おりました)。

前半最後には,森山さんのいちばんのトレードマークと言っても良い「さとうきび畑」が歌われました。この歌はいろいろな人によって歌われていますが(私が最初に聞いたのはちあきなおみさんの歌でした),森山さんがギター弾き語りで歌うという形がやはりいちばんのスタンダードだと思います。というわけで,ここではオーケストラ及びバックバンド全員が引っ込み,この”弾き語り”スタイルで歌われました。

森山さんだけにスポットライトの当たる中,「ざわわ,ざわわ...」と歌い始められると,ステージはこれまでとは違った空気になりました。昨年末の紅白歌合戦でも歌われた曲ですが(この時は息子の直太朗さんと共演でした。),この曲だけで一つの叙事詩的な世界を作っているような聞き応えのある曲でした。

後半冒頭は,OEKのみで「酒とバラの日々」が演奏されました。途中からビッグバンド風になるゴージャスな演奏でした。その後に歌われた2曲は森山さんの「The Jazz Singer」というアルバムに収録されているスタンダードナンバーでした。ガーシュインの方は,クラシックの歌手が歌うこともある曲だけあって,しっとりとした気分を持った歌となっていました。スマイルの方はボサノヴァ風のリズムに乗って歌われ,より強くジャズのテイストが感じられました。

その後,プログラムに書いてなかった曲が「オーケストラの皆さんへのプレゼント」として歌われました。タイトル自身は実は,はっきりしないのですが,ショパンの「小犬のワルツ」に早口の日本語の歌詞を付けて歌うとても楽しい曲でした(斉藤晴彦さんが得意としているタイプの歌ですね)。森山さんの発音はとても鮮明で,キレが良いので,こういうコミカルな曲を歌うとピタリとはまります。途中,フェルマータで音を長〜く伸ばして,オペラ・アリア風に聞かせる辺りの演技力・歌唱力も大きな聞き所となっていました。

「30年を2時間半で...」という曲もまた,演技力を必要とする歌でした。予期せぬシチュエーション(”デパ地下”での買い物中にばったり...)で30年ぶりに初恋の男性に再会した50代の女性の心の揺れ動きをコミカルに描いた歌でした。弦楽器を中心としたオーケストラの伴奏に乗って,独り言のようなセリフを延々としゃべる曲なのですが,曲が進むにつれて少し甘く,少し切ない気持ちになってきます。平凡な日常の中から出てきたドラマを鮮やかにかつウィットを持って切り取ったすごい曲でした。これもまた森山さんでないと歌えない曲です。全国ツァーを行った時に大変人気が高かった曲とのことですが,特に森山さんと同年代の”50代女性”が聞いて共感できる作品なのではないかと思いました。

その後は,オーケストラなしのバックバンドだけで「さくら」と「涙そうそう」が歌われました。「さくら」は,息子の直太朗さんの作品ですが,良子さんの歌ってきたと作品と共通する歌心が感じられる作品です。この曲について森山さんは全くコメントを述べていませんでしたが,自分の息子の作った名曲を歌うというのはとても幸せなことなのではないかと思いました。「涙そうそう」の方は,夏川りみさんのたっぷりとした歌に比べると,小唄っぽい感じで,さらりとした別の味わいがありました。

今回,森山さんが歌った作品ですが,「最初から今まで」「雪の華」「さとうきび畑」「さくら」「涙そうそう」と近年の紅白歌合戦で歌われた曲ばかりです。こういった曲をレパートリーにしている森山さんの地に足のついた活動は本当に尊敬すべきものだと実感しました。

コンサートの最後は,再度オーケストラのメンバーが加わり,「あなたが好きで」で締められました。演奏後,森口さんが団員やバンドメンバーを起立させ,挨拶をした後,森山さんが再登場してきたのですが,この時は真っ赤のドレスに着替えていました(ちなみに前半は白,後半は黒のドレスでした)。この「あっ」というような早変わりの”お色直し”にお客さんは大喜びで,その後,アンコールが2曲演奏されました。最初のアンコール曲は,ブラスとパーカッションが活躍する「ピープル」というドラマティックな曲でした。2曲目は「星に願いを」でした。イントロの部分で手回しの小さなオルゴールに合わせてポツリポツリと歌い始めた後,次第に色々な楽器が加わっていくという洒落た演奏でした。

今回のファンタジー公演は,このように本当に幅の広いプログラムでした。そしてどの曲にも歌心が満ちていました。森口真司さん指揮のOEKのノリの良い伴奏との息もぴったりでした。ファンタジー公演に登場する歌手の皆さんは,どの方もベテランということで,楽しさのツボを心得たステージを見せてくれるのですが,今回もまた楽しませてもらいました。

森山さんの歌は,透き通るような高音と全く崩れることのない完成度の高い安定した歌が特徴ですが,それでいて冷たい感じにならず,森山さんの人間味を感じさせてくれるのが素晴らしい点です。「さとうきび畑」のような曲では,透明な歌声が突き刺さってくる一方,ちょっと粋でユーモアのある曲ではペーソスも感じさせてくれます。今回,歌われた曲は,森山さんの数多いレパートリーの中から,いろいろなタイプの曲がバランス良く厳選されたものでした。自分のレパートリーを大切にし,じっくりと歌を次世代へと受け継いでいる森山良子さんの活動は本当に素晴らしいと感じた演奏会でした。

PS.この日は開演まで時間的な余裕を持って出かけたので,プレコンサートもじっくり聞くことができました。今回は,トロイ・グーキンズさんを中心とした弦楽四重奏でした。演奏された曲は,「メモリー」「シンドラーのリスト」「ニューシネマ・パラダイス」ということで,ポップス系の演奏会前に聞くにはぴったりの曲でした。開演前からゆったりした気分を味わうことができました。(2006/06/11)


(付録)
2006百万石パレード写真集
今年からパレードのスタートが金沢駅になったこともあり,駅前は大変混雑していました。音楽堂にたどり着くまでに撮影した写真を紹介しましょう。
駅前の通りには既に人があふれていました。これは加賀鳶の行列です。演技は別の場所でやっていたようです。
百万石まつりと書かれたバスです。都ホテルの窓からも眺めている人いました。
その後,鼓門前まで移動しましたが,こちらも人だらけでした。皆さん高いところ高いところへと登っていました。
門の前には和太鼓が沢山ありました。行列の開始の合図として叩いていたようです。
珠姫です。毎年,5歳ぐらいの女児がオーディションで選ばれていますが,今年からは利常役の男の子も台の上に乗るようになりました。
お松の方です。これを見てもわかるとおり,物凄い人出でした。今年の松は名鉄エムザの方でした。
八家という前田家家老の行列です。
行列の主役の利家です。今年は高嶋政宏さんでした。NHK大河ドラマ「利家とまつ」では家康役でした。
しばらくは座っていましたが,スタート直前に立ち上がり,「いざ出発」というようなセリフを言っていました。
馬に乗って,石川門までの行列に出発しました。
行列の最後は,「赤ホロ」と呼ばれる武士団の行列でした。利家が行ってしまった後は人が少なくなり,近くで撮影できました。