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Romanticピアノの翼コンサート:第2回楽聖・ベートーヴェン
2006/06/27 石川県立音楽堂交流ホール
1)ベートーヴェン/パガデル「エリーゼのために」イ短調,WoO.59
2)ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第8番ハ短調「悲愴」〜第2楽章
3)ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」〜第3楽章
4)ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第23番「熱情」〜第1楽章
5)ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第14番「月光」
6)ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」〜第1楽章
7)ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ第9番「クロイツェル」〜第1楽章
8)(アンコール)ベートーヴェン/ロマンスヘ長調
●演奏
木下由香(ピアノ*2-4),長野良子(ピアノ*5),田島睦子(ピアノ*6-8),アビゲイル・ヤング(ヴァイオリン*6-8),大野由加(ピアノ*1;ナビゲーター))
Review by 管理人hs
昨年度,大野由加さんのプロデュースで,石川県で活躍するピアニストたちの演奏によってショパンの作品を全6回シリーズで楽しむ企画が石川県立音楽堂交流ホールで行われましたが,今年度は,ピアノ曲を中心に西洋音楽史をたどる「Romanticピアノの翼コンサート」シリーズが,同会場でやはり6回シリーズで行われています。今回はその第2回目でした。第1回は,5月に既に行われているのですが,これには参加できませんでしたので,私にとっては今回が”第1回”ということになります。

演奏会は,昨年度のシリーズ同様,大野由加さんの解説を交えながら,テーマに沿った音楽を楽しむというものです。ショパンの時は,曲自体が短かったこともあり,全曲が演奏されましたが,今回のテーマのベートーヴェンの曲の場合,演奏時間の長いソナタが中心ですので,全楽章を聞くのではなく,一つの楽章だけを取り出して聞くような形が中心となりました。

「全曲聞きたかった」という意見もあったと思いますが,2時間ほどの演奏会の中で,トークを交えてベートーヴェンの曲を俯瞰するには,今回の形で丁度良かったと思いました。大野由加さんのトークは,昨年度のショパンの時同様,大変分かりやすいものでした。作曲家や曲にまつわる「ここがツボ」というようなエピソードをしっかりと押さえながら,気楽に楽しむことのできる内容となっていました。毎回感じるのですが,台本やメモを全く見ずに固有名詞や年代をスラスラを説明されるトークには感服します。

まず,コース料理の前菜のように,大野さんのピアノでお馴染みの「エリーゼのために」が演奏されて,演奏会は始まりました。とても軽やかな演奏でした。

その後,「悲愴」「テンペスト」「熱情」という有名なピアノ・ソナタの中から,それぞれ特に有名な楽章を取り出して演奏されました。木下由香さんの演奏は,全体に音が軽く,起伏が少なかったので,次に登場した長野さんの演奏と比べると薄味に感じました。特に「悲愴」と「テンペスト」は,さらさらと流れ過ぎのようにも思えましたが,最後の「熱情」は,「タタタタン」という運命のモチーフがくっきり浮き上がっており,とても聞き応えがありました(こうなってくると,全曲を聞いてみたいな,という思いが出てきましたが...)。

このコーナーでは,大野さんが「「テンペスト」が作曲された頃,ピアノという楽器自体が進化し,ペダルの機能が向上した」といったことを実演を交えて説明されました。こういう”トーク&プレイ”は,ピアニストならではのもので,とても興味深く楽しむことができました。

前半最後は,長野良子さんの演奏で「月光」ソナタ全曲が演奏されました。「月光」は,それほど長い曲ではありませんが,やはり3楽章を通しで聞くと聞き応えがあります。長野さんの演奏も堂々としたものでした。

第1楽章は,ゆっくりとしたテンポで,淡々と瞑想するような感じで演奏されました。人間の感情の世界を離れた,静かな風景が浮かび上がってくるようでした。それに対して,第2楽章はとても軽やかなもので,ちょっと弾みすぎかなと思うぐらいでした。第3楽章もまた爽快な演奏でした。荒々しい迫力よりは,ノリの良いリズム感の良さを楽しむことができました。

このように前半は,「悲愴」「テンペスト」「熱情」「月光」という,”ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ・ザ・ベスト”という感じの豪華な内容となりました。金沢では,ベートーヴェンのピアノ曲を実演で集中して聞く機会は多くないのですが,たまに,こうやってベートーヴェンのピアノ曲をじっくり聞くのも良いなと思いました。そのうち(機が熟してきたら),「ベートーヴェン ピアノ・ソナタ連続演奏会」という企画にも期待したいと思います。

後半は,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のコンサートミストレスのアビゲイル・ヤングさんをゲストに招いて,ヴァイオリン・ソナタ「春」と「クロイツェル」のそれぞれ第1楽章が演奏されました。「ピアノの翼」コンサートのトリがヴァイオリンというのは少々変な気がしないでもありませんでしたが,やはり,ヤングさんのヴァイオリンは見事なものでした。

ヤングさんのヴァイオリン演奏といえば,岩城指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の「最後の演奏会(4月28日)」となった「シェエラザード」でのヴァイオリン・ソロが何と言っても印象深いのですが,今回のような室内楽でもヤングさんは,大変聞き応えのある音楽を聞かせてくれました。

今回演奏されたベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ2曲は,ベートーヴェンのみならず,全ヴァイオリン・ソナタを代表する2曲です。考えてみると実演を聞くのが初めてのような気がします。ヤングさんの楽器は,OEKのコンサート・マスターにレンゴーという会社から貸与されているストラディバリウスとのことです(マイケル・ダウスさんも使っていたはずです)。しかし,その音は,甘く輝かしい音で歌うというよりは,もう少し辛口の味わいがありました。音をスパっと切るような感じの箇所もあり,一味違う「春」を聞かせてくれた気がしました。

ヤングさんは,曲間のインタビューの時に,ベートーヴェンの曲は「エモーショナルなものを非常によく伝えてくれる音楽である」と語っていましたが,その言葉どおり,いろいろな情感をもの語るような演奏を聞かせてくれました。

「クロイツェル」も同様の演奏でしたが,こちらの方がより曲想に合っていたと思いました。ピアノの田島睦子さんは,明るい水色のドレスで登場されましたが,その色合い同様,胸のすくような気持ちよい演奏を聞かせてくれました。この2人の演奏が拮抗していくうちに,曲の密度もどんどん高まっていくようでした。「クロイツェル」は,全ヴァイオリン・ソナタの最高峰と言っても良い作品ですが,「本当に良い曲だ」と改めて思いました。是非,全曲を通して生で聞いてみたい曲です。

アンコールでは,ロマンスヘ長調が演奏されました。ベートーヴェンのヴァイオリン曲の代表作ですが,意外に聞く機会の少ない曲です。ただし,アンコールとしては少々長く感じました。また,もともとオーケストラ伴奏の曲ということもあり,ピアノ伴奏で聞くと,少々間延びした感じに聞こえました(ピアノ伴奏だけだと少々音が少な過ぎる?)。というわけで,しっとりとした良い曲ではあるのですが,もう少し軽い曲で締めてくれた方が良かったかな,と感じました。

今回の演奏会は,ベートーヴェンのピアノ・ソナタとヴァイオリン・ソナタの入門には最適の内容でした。「ピアノの翼」シリーズの第3回目からはロマン派音楽に入って行きますが,どういう切り口で紹介されていくのが楽しみにしたいと思います。(2006/06/29)

このシリーズでは,演奏会と併せて絵の複製も飾られていました。西洋音楽史は美術史とも関係が深いので,毎回,展示の方にも注目して行きたいと思います。