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オーケストラ・アンサンブル金沢第204回定期公演PH
2006/06/29 石川県立音楽堂コンサートホール
1)グリーグ/2つの悲しい旋律〜過ぎた春
2)モーツァルト/交響曲第32番ト長調K.318
3)モーツァルト/ヴァイオリン協奏曲第5番イ長調K.219「トルコ風」
4)モーツァルト/セレナード第10番変ホ長調K.361(370a)「グラン・パルティータ」
●演奏
広上淳一指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)
Review by 管理人hs
岩城宏之さんが亡くなって初めてのオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演に出かけてきました。今回の指揮者はOEKの定期公演への登場が2回目となる広上淳一さんでした。まず,演奏会に先立ち,簡単な追悼の式が行われました。山腰石川県立音楽堂館長と広上さんがステージに登場し,OEKメンバーとお客さんとを交えた全員で黙祷を行いました。その後,広上さんが岩城さんにまつわる思い出話をされました。

追悼の曲としては,グリーグの「過ぎた春」が演奏されました。この曲は,5月16日のキタエンコさんが指揮された定期公演のアンコールでも演奏された曲です。その時とはまた違った響きを感じました。広上さんの指揮からは哀しみを湛えながらも,決然と未来に向かっていくような強さを感じました。常に前向きだった岩城さんを追悼するのに相応しい選曲であり演奏でした。

ここでOEKのメンバーが一旦,袖に引っ込んだ後,再度,ステージに登場し,その後は予定どおりの曲が演奏されました。

今年はモーツァルト生誕250周年記念ということで,世界中の至るところでモーツァルトの作品が演奏されています。OEKも例年にも増して沢山のモーツァルトの曲を演奏していますが,今回の定期公演はオール・モーツァルト・プログラムとなりました。その中でOEKが定期公演で初めて演奏する曲が2曲もありました。モーツァルト・イヤーでなくてもモーツァルトの曲を頻繁に演奏してきたOEKなので,初めて演奏する名曲となると限られてくるのですが,「小さい交響曲」と「大きなセレナード」という選曲は,「なるほどそうくるか」という見事なアイデアでした。

広上さんは岩城さん亡き後のOEKを鼓舞するようないつもどおりの元気のある音楽を聞かせてくれました。交響曲第32番は,ほとんどロッシーニの序曲のような曲ですが,冒頭から非常に引き締まった強靭な響きを引き出してくれました。今回のコンサートミストレスは,岩城さんがOEKを指揮した最後の定期公演でリーダーだったアビゲイル・ヤングさんでしたが,ヤングさん自身,そのことを意識して”岩城さんも好んだであろう力強い響き”を作っていたのではないかと思います。最後の部分のキレの良い速い音の動きもOEKならではの素晴らしさでした。

続いて内藤淳子さんのヴァイオリン独奏で,ヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」が演奏されました。内藤さんは,金沢出身のヴァイオリニストで,現在はロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の第1ヴァイオリン奏者として活躍していらっしゃいます。内藤さんは,岩城さんが発案した石川県新人登竜門コンサートに登場して以来,プロ奏者としての活躍の場を広げてこられた方ですので,今回の定期公演への登場も岩城さんが招き寄せたような因縁を感じました。登竜門コンサートに登場した奏者たちを”岩城チルドレン”と呼ぶならば,その長女に当たる存在だと思います。

ここまでのステージ上は,全員が黒っぽい衣装でしたので,重苦しい雰囲気があったのですが,内藤さんが深い青のドレスで登場すると,少し空気が和やかになった気がしました。

内藤さんの演奏は,いつもながら背筋がピンと伸びた端正なもので,完成度の高いものでした。以前からまとまりの良い音楽を聞かせてくれていた方ですが,今回演奏を聞いて,音の艶がさらに増してきた気がしました。クラシック音楽の世界に限らず,何事につけ自己主張や個性の強さが求められる時代ですが,内藤さんの音楽の特徴は,アクの強さとは無縁の内面から出てくるような芯の強さだと思います。OEKと同じ金沢出身の音楽家としてこの内面から出る強さを持ち続けていって欲しいと思います。

第3楽章の途中,タイトルどおり「トルコ風」になるのですが,広上さんの作る野性的な響きと内藤さんの「その手にのるまい」という感じのクールにすました雰囲気の対比が面白いと思いました。3楽章では,その他にも即興的なヴァイオリンのアインガンクが何回か入ります。その気品のある弾きぶりも印象的でした。おっとりとしたテンポで,スーッと曲が終わると,控えめだけれども優しい空気が会場に満ちました。岩城さんもこの演奏を聞いて微笑んでくれたことでしょう。

後半に演奏された「グラン・パルティータ」は,上述のとおり室内楽編成に近い曲ですので,有名な曲の割に,オーケストラの定期公演の中で演奏されることがほとんどない曲です。これまで,弦楽合奏の曲が後半で演奏されたことは何度かありましたが,管楽器奏者だけ(今回はコントラバス奏者も含んでいますが)の曲がメイン・プログラムで取り上げられることはありませんでしたので,いろいろな点で注目の選曲と言えます。

13人の奏者による演奏ですので,音量的な迫力はあるのだろうか,ということが気になったのですが,全く不満はありませんでした。広上さんによるエネルギッシュな音楽作りとあわせ,通常のフル編成と遜色のない充実した響きを楽しむことができました。

まず,編成とメンバーを紹介しましょう。次のような,オーケストラの定期公演としてはかなり変則的な編成でした。

      Cb
       Hrn Hrn Hrn Hrn
       Fg Fg BH BH
      Ob         Cl
     Ob    
指揮者   Cl

オーボエ(Ob):加納律子*,水谷元/ クラリネット(Cl):遠藤文江*,野田祐介
バセットホルン(BH):木藤みき*,福井聡/ファゴット(Fg):柳浦慎史*,渡邉聖子
ホルン(Hrn):金星眞*,山田篤,木川博史,勝俣泰/コントラバス:ペーター・シュミット
*は1番奏者,Cl,BH,Hrnにはエキストラの方も参加していました。

この13人の編成を見ながら,サッカー・チームのフォーメーションと良く似ていると感じました。コントラバスがゴールキーパー,4人のホルンがフォー・バック,2人のファゴットが守備的MF,バセットホルンが攻撃的MF,そしてオーボエとクラリネットがツートップという感じです(ワールドカップの見すぎか?)。ステージ上の並びもそういう感じだったので,サッカーの試合前のように記念撮影したい感じでした。

先に書いたとおり,この独特の編成から生まれる響きは,とても豊かでふくよかでした。コントラバス,ホルン,ファゴット,バセットホルンといった中低音部を担当する楽器の作り出す厚みのある音が,第1曲目から大変豪華な気分を作っていました。演奏者の皆さんも,音楽堂に満ちる響きに酔っていたのではないかと思いました。まさに音楽堂とOEKが一体になって作った響きと言えます。

この13人という編成は,指揮者なしでも演奏できる人数ですが,広上さんの指揮を見ながら,指揮者がいることでかえって自由な気分を持った演奏になっていたと感じました。どの曲も大変生き生きとした表情を持っていました(広上さんの唸り声も時々聞こえてきました)。この曲は,サッカー・チームに例えたとおり,クラリネットとオーボエのツー・トップを中心に作られている部分があるのですが,冒頭から特に遠藤さんのクラリネットの活躍する場が多く,広上さんの指揮のイマジネーションをさらに広げるように大変表情豊かなフレーズを聞かせてくれました。

映画「アマデウス」で有名になった第3楽章も大変素晴らしい演奏でした。充実した中低音部の伴奏の上に加納さんのオーボエの高音が入ってくるとこの世のものとは思えない浮遊感のある雰囲気になりました。非常にさらりとしたテンポで演奏されていましたが,映画の中でサリエリが語っていたとおりモーツァルトの天才性を実感させてくれる演奏となっていました。

この楽章辺りからテンポが速くなった感じで,メヌエットの楽章などでは,広上さん独特の「踊るような指揮」を見ることができました。第6楽章の緩急自在の鮮やかな変化に富んだ変奏曲の後,広上さんが,「ゴ〜ル!」という感じで高く拳をあげたので,ここで拍手が入ってしまいましたが,後半の楽章に行くほど熱気が増してくるライブならではの熱気に満ちた演奏でした。

最終楽章の第7楽章は,第6楽章にも増してノリの良い演奏で,目がくらむような煌きに溢れていました。こういう楽章で安全運転にならないのは,やはり全体をリードする熱い指揮者がいるからだと感じました。

それにしても奏者の皆さんはご苦労さまでした。50分ほどかかる曲を演奏し通しただけでまず重労働だったと思いますが...楽器の水周り(?)のお手入れも大変そうでした。1曲終わるたびに皆さんでお掃除をされていました。「管楽器奏者の人生の3分の1は掃除である」という法則(こんなのがあるか知りませんが)を発見した気分ですが,このについては曲は見ていても楽しめる曲だと思いました。

岩城さんを追悼する弦楽合奏に始まり,生気に満ちた管楽合奏で終わった今回の定期公演は,いろいろな点で印象に残るものとなりました。音楽そのものを体全体で伝える広上さんの指揮,着実な成長を見せてくれた内藤さんのヴァイオリンも素晴らしかったのですが,今回はやはり長丁場を演奏した13人の奏者を称えたいと思います。

後半のステージへの出入りの際,通常のオーケストラ曲の場合とは違い,指揮者と13人の奏者が同時に出入りしていました。演奏後,楽器を手にした奏者たちがステージ前面に横一列に並ぶ姿も通常のオーケストラの演奏会では見られない光景でした。試合後に選手がサポーターに向かって挨拶するような感じでなかなか新鮮でした。

今回の選曲は,オーケストラの定期公演としては冒険だったかもしれませんが,見事な効果を上げました。他のオーケストラでは味わえないような素晴らしいモーツアルト・プログラムでした。

PS.今日のプレ・コンサートでは,弦楽器の首席奏者たちを中心とした5人のメンバーでモーツァルトのト短調の弦楽五重奏が演奏曲されました。ロビーの真下には,岩城さんの遺影が飾られていたのですが,その岩城さんを追悼するような豊かな響きがロビー全体に満ちました。

PS.プレトークはOEKのコンポーザー・イン・レジデンスとして9月の定期公演での初演に向けて新曲を作っている新実徳英さんの担当でした。岩城さんの思い出を語られた後,今回のプログラムとは直接関係のないヴァイオリンという楽器についての話をされました。ヴァイオリンの実物&実演を交えた,こなれた語り口による,楽しめる内容だったのですが,今回は管楽器が主役のプログラムでしたので,どうせなら管楽器についてのお話を聞いてみたかったなと思いました。(2006/07/01)

ホール入口です。入口に入ったすぐの吹き抜けの部分に岩城さんを追悼するコーナーが設けてありました。

●今日のサイン会
広上さんと内藤さんのサインです。
13人の奏者のうちのトップ奏者の皆さんからサインを頂きました。右列上→下...加納さん,柳浦さん,金星さん,中列...木藤さん,左列上→下...シュミットさん,遠藤さん。木藤さんは「バセットクラ」と書いた後「バセットホルンだった!」自ら間違いに気付いていました。