OEKfan > 演奏会レビュー
オーケストラ・アンサンブル金沢第205回定期公演PH
2006/07/20 石川県立音楽堂コンサートホール
1)モーツァルト/セレナード第13番ト長調K.525「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」
2)シュニトケ/モーツ・アルト・ア・ラ・ハイドン
3)モーツァルト/2台のピアノのための協奏曲変ホ長調K.365
4)シルヴェストロフ/ザ・メッセンジャー
5)モーツァルト/3台のピアノのための協奏曲ヘ長調K.242
6)(アンコール)野平一郎/森のこだま:二台ピアノのための
●演奏
天沼裕子指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス)*1-5
児玉桃,児玉麻里(ピアノ*3,5-6),天沼裕子(ピアノ*5),サイモン・ブレンディス,江原千絵(ヴァイオリン*2)
新実徳英(プレトーク)

Review by 管理人hs
オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の2005〜2006年の定期公演シリーズの最後を締めるのは,天沼裕子さん指揮,児玉麻里・桃姉妹のピアノによる,モーツァルトと現代曲を絡めたプログラムでした。指揮者もソリストもすべて女性ということで,華やかな雰囲気の演奏会となりました。

今回のプログラムでは,2台のピアノのための協奏曲,3台のピアノのための協奏曲という,日頃聞けないような編成の協奏曲が2曲入っていたのが聞き所となっていました。やはりピアノが2台,3台と出てくるだけで,響きに重みが増します。ずっと以前,2台のピアノのための協奏曲をチック・コリアとキース・ジャレットというジャズ・ピアニストが弾く(とても真面目に弾いていました)演奏をFMで聞いたことがありますが,こういう曲を生で聞くと,「ピアノで対話をしているな」という感じになります。児玉姉妹の積極的で快活なピアノが曲のイメージにぴったりでした。

特に2台のピアノのための協奏曲の方が,曲自体の充実感がある分,聞き応えがありました。この曲では,第1ピアノが妹の桃さん(オレンジ色のドレス),第2ピアノが姉の麻里さん(薄い茶色のドレス)でしたが,息のぴったりとあったやり取りは,仲の良い姉妹のおしゃべりを彷彿とさせてくれました。そう思って聞くからかもしれませんが,妹の桃さんの方がより「軽やか」,姉の麻里さんの方が「しっかり」という印象がありました。第2楽章の濃厚なロマンを感じさせる演奏と,第3楽章の勢いのある音楽の対比も楽しいものでした。

演奏会の最後に演奏された3台のピアノのための協奏曲は演奏されるかなり機会が少ない曲です。モーツァルトのかなり若い頃の作品ということもあり,演奏会の最後に演奏される曲としては,少々物足りないところもありましたが,3台のピアノという編成自体に「お祭り」的なムードがあります。3台のピアノの音の作り出す,おっとりとした優雅なメヌエットで終わるプログラムというのも悪くはありませんでした。いずれにしてもピアノが3台もステージに並ぶことは滅多にありませんので,見ているだけで嬉しくなりました。ちなみに,この曲の時は第1ピアノが麻里さん(銀色っぽいドレス),第2ピアノが桃さん(金色っぽいドレス),第3ピアノが指揮の天沼さんの弾き振りでした。

この曲の後,児玉姉妹のデュオで野平一郎作曲の「森のこだま」という曲が演奏されました。ネーミングからして”KODAMA”ですので,この姉妹のための作品だと思うのですが,とても面白い曲でした。ドビュッシーを思わせるような響きで始まり,途中から親しみやすいメロディに変わって行きます。この構成はラヴェルの「ラ・ヴァルス」などを意識しているような気もしました。野平さん自身,ピアニストとしても有名ですが,華やかで洒落た気分もあり,アンコール・ピースとしてぴったりの曲でした(ただし,この曲だけモーツァルトつながりでなくなってしまいましたが)。

演奏会の最初には,「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」が演奏されました。定期公演で演奏される機会は少ない曲ですが,OEKにとっては色々な機会で演奏しているお馴染みの曲です。この演奏ですが,意外に生気のない演奏に感じられました。特に前半の第1楽章,第2楽章が淡白な感じでした。後半の第3楽章,第4楽章は活発な運動性があったのですが,どこか愉悦感が不足している気がしました。

その一方,モーツァルトの間に挟まれるように演奏された,シュニトケとシルヴェストロフの方はどちらもとても楽しめました。

シュニトケの「モーツ・アルト・ア・ラ・ハイドン」は,以前,井上道義さん指揮で聞いたことのある曲です。照明の落とされた真っ暗な状態で始まり,パッと明るくなると,音楽も明るくなります。音楽は,モーツァルトの曲の断片をつなぎ合せたような感じなのですが,左右対称に分けられた弦楽器奏者たちがドリル演奏のようにポジションを変えていく動作と音の動きとが合っていますので視覚的にも楽しむことができます。途中,奏者全員が一旦ステージ真ん中に集まった後,また最初の位置に戻り,ハイドンの「告別」交響曲のように,奏者たちがそろそろと退場し,照明が真っ暗になって,おしまいという曲です。

演奏を聞いているうちに(見ているうちに),「井上道義さんの時はこうだったなぁ」というのを思い出してきました。さすがに井上さんの時のような派手なパフォーマンスはありませんでしたので,ちょっと物足りなさを感じたのですが,本来は今回の演奏の方が”正しい”のかもしれません。

もう1曲のシルヴェストロフのザ・メッセンジャーという曲はこれまでに聞いたことのないような独特のムードを持った曲でした。この日演奏された曲の中では,いちばん気に入りました。曲の最初から最後までウィンド・マシーン(?)で作られた風の音が静かに入っており,その上に弱音器を付けた弦楽器が非常にデリケートな音楽を紡いで行きます。全編ピアニシモという感じでした。弦楽器以外にはピアノも入るのですが(児玉姉妹ではなく,松井晃子さんが担当していました。この日はピアニストが4人も登場したことになります),この硬質なタッチも美しく,精緻で気持ちの良い響きが続きました。癒しの気分を持ったBGMに近い曲ではあるのですが,それが俗っぽくなり過ぎず,ピンと張り詰めたクールなムードを保ち続けていたのが素晴らしいと思いました。「風の中のモーツァルト」というような,不思議な透明感に満ちた曲でした。

シュニトケの曲とのバランスも良く,「モーツァルト−現代曲−モーツァルト−現代曲−モーツァルト」というシンメトリカルなプログラミングの意図によくマッチした作品でした。この日演奏された曲は,小品〜中規模の曲ばかりが並んでいた感じですが,これらをシンメトリカルなバランスで配置することで,プログラム全体として大きなまとまりを感じさせてくれるような構成となっていました。上述のように,ちょっと物足りなさの残る面もあったのですが,オペラ公演以外のOEKの定期公演に登場するのは,本当に久しぶりだった天沼さんのプログラミングのセンスの良さと意欲を十分に感じさせてくれる演奏会でした。

PS.この日はステージマネージャーをはじめとする裏方の皆様も主役でした。5曲全部配列が違っていました。特に今回はピアノが3台もありましたので,まさに力仕事という感じになっていました。「3台のピアノをどう並べるか?」というのは,一種,パズルを解くような感じでしたが,3人ともお客さんに背中を見せるという意表を突いた配列になりました。以下にシュニトケの奏者の動きを含め,ポジショニングをまとめてみました。

これだけ激しく配列が変わる演奏会も珍しいと思います。(2006/07/22)

●今日のサイン会
天沼さんのサインです。天沼さん作曲による「裏切る心臓」というモノオペラのCDです。プーランクの「声」のような感じの作品です。金沢での上演を期待したいところです。
児玉桃さんには,メシアン「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」のCDに頂きました。
こちらは児玉麻里さんのサインです。
シュニトケで独奏をされたサイモン・ブレンディスさんと江原千絵さんのサインです。