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弦楽四重奏でめぐるモーツァルトの旅 その2 若き日のミラノ
2006/07/27 金沢蓄音器館
モーツァルト/弦楽四重奏曲第4番ハ長調,K.157
モーツァルト/弦楽四重奏曲第5番へ長調,K.158
モーツァルト/弦楽四重奏曲第6番変ロ長調,K.159
(アンコール)弦楽四重奏曲第6番変ロ長調,K.159〜第2楽章
●演奏
クワルテット・ローディ(大村俊介,大村一恵(Vn),大隈容子(Vla),福野桂子(Vc))

Review by 管理人hs
オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のヴァイオリン奏者大村俊介さんを中心とした,"モーツァルトの弦楽四重奏曲を全曲演奏するためのクワルテット"=クワルテット・ローディの第2回目の演奏会に出かけてきました。会場はもちろん金沢蓄音器館でした。

「おいしい料理をゆっくりと味わっていくような演奏会」を目指すという大村さんの言葉どおり,今回もまた,楽しくかつ贅沢な時間をワンコインで過ごすことができました。演奏されたのはモーツァルトの第3回目のイタリア旅行の際に書かれた弦楽四重奏曲第4番から第6番までの3曲でした。

この3曲は十代中頃のモーツァルトが書いた「ミラノ四重奏曲」と呼ばれる6曲セットの弦楽四重奏曲の中の3曲です。今回は,この3曲が作曲されたミラノにまつわる大村さんの思い出話,イタリア・ワインについてのお話を含め,「若き日のミラノ」というテーマで演奏会は進められました。

今回もまた,各曲の演奏の前後に,大村さんによる「目から鱗」的な聞き所紹介がありました。大村さんのトークは,饒舌だけれども気取りや押し付けがましいところが無く,内容が説得力を持ってすっと聞き手の方に染み込んできます。実際の演奏者によるお話ということで,「なるほど」と思わせるお話を沢山伺うことができました。その内容を盛り込みながら,この3曲についてご紹介しましょう。

「ミラノ四重奏曲」の6曲セットは,今となっては,何のために書かれたものなのか不明です。恐らく,モーツァルトの内面がそのまま自然に表現された作品群なのではないか,と大村さんは語っていました。これはモーツァルトの他の作品にも言えることなのですが,このセットについては特に「結果的に黄金比になっていた!」というような,自然の美に通じるような美しさを持っています。何も考えずサラサラと書いていながら,しかもどの曲も違った個性を発揮した作品になっている点がモーツァルトの天才性の表れと言えます。

「若き天才性」をイタリアで強くアピールしたモーツァルトだったのですが,当時の音楽家は非常に地位が低かった,ということを大村さんは紹介されていました。「作曲家のような無用の人物は必要ない」といったマリア・テレジアからその息子フェルディナンド大公に送られた手紙の影響もあって結局,モーツァルトは当時のあらゆる面での先進国だったイタリアで就職することはできませんでした。

■弦楽四重奏曲第4番ハ長調,K.157
この曲は1772〜1773年頃,つまりモーツァルト16〜17歳の頃の作品で,ミラノで完成されています。モーツァルトの曲は調性によって,似た雰囲気になる場合がありますが,この「ハ長調」の作品については,”いかにもモーツァルトのハ長調”というハ長調然としたムードを持った作品です。

モーツァルトのハ長調というと,「ジュピター」交響曲,弦楽五重奏曲K.515といった「大らか系」の作品がありますが,この曲も冒頭から屈託のないメロディが出てきます。「ドーレ,ミ,ミ,ミレファミレ,レーミ,ファ,ファ,ファミソラミ...」という音のつながりは,唱歌のように一度聞けばすぐに口ずさめてしまいます。このシンプルな音階のようなメロディが次第に穏やかだけれども充実した響きを持ってくるあたりが第1楽章の聞き所です。その後,ハ短調で書かれた深さを持った第2楽章,活気のある第3楽章へと続きます。

この曲の小節数ですが,3楽章とも126小節で書かれているそうです。この辺にも「自然な黄金比」が現れています。こういったことは楽譜を目にしている奏者の方ならではのご指摘です。

ちなみに,ハ長調の弦楽四重奏曲といえば「不協和音」という「ハイドン・セット」の中の曲があります。第4番との共通性,対比についてのお話も伺ってみたいところです。

第1楽章 アレグロ,ハ長調,4/4,ソナタ形式 アンダンテ
第2楽章 ハ短調,3/8,ソナタ形式(2部形式) プレスト
第3楽章 ハ長調,2/4,ロンド形式

■弦楽四重奏曲第5番へ長調,K.158
ミラノ四重奏曲の4曲目の第5番は,第4番とほぼ同じ時期にミラノで書かれています。第4番が堂々とした感じで始まったのに対し,この曲は,本当に「フッ」という感じで始まります。この「いきなり,さりげなく始まる」というのもモーツァルトの特徴です。3拍子の2拍目の途中から軽快なメロディが出てくるのですが,そう言われてみると「肩透かし」というか「猫だまし」というか,本当に意表を突くような始まり方です。

第2楽章はこの曲の場合も短調になっています。モーツァルトの天才性が現れたような楽章です。第3楽章はメヌエットですが,やはり途中で短調の部分が出てきます。

第1楽章 アレグロ,ヘ長調,3/4,ソナタ形式
第2楽章 アンダンテ・ウン・ポーコ・アレグレット,イ短調,4/4,ソナタ形式
第3楽章 テンポ・ディ・メヌエット,ヘ長調,3/4,

■弦楽四重奏曲第6番変ロ長調,K.159
第6番は1773年にミラノで作曲されました。この日の最後を締めるのに相応しい,非常に充実した響きを持った曲となっています。ハイドンの中期の交響曲については,「シュトルム・ウント・ドランク(疾風怒濤)」時代の曲と言われることがありますが,この第6番にもその片鱗が見られます。

特に重要なのが,歌劇「魔笛」の「夜の女王」のアリア(2つ目の方)のオーケストラ伴奏部を思わせるような切迫感のある第2楽章です。大村さんは,この「夜の女王」のアリアとかけて「夜空の星を見るような感じ」と語られていましたが,こういう解説を聞くと大変興味を持って聞くことができます。ちなみにこの楽章の調性のト短調もモーツァルトにとっては運命的な調性です。

というわけで,この日聞いた3曲については,「第4番=ジュピター/第5番=39番/第6番=40番」という後期三大交響曲との類推で聞けるような印象を持ちました。

この曲の第1楽章もまた,大変印象的でした。うっとりするような長い主題を第2ヴァイオリンが演奏して始まります。この時代に第1ヴァイオリンなしで延々と第2ヴァイオリンが演奏する曲というのは非常に珍しい曲とのことでした。第2ヴァイオリンの大村一恵さんの美しい音色に聞きほれて,大村俊介さんは「ついつい,出遅れてしまいそうです」とジョークを入れていました。

第3楽章についての解説も大変面白いものでした。第2楽章の「夜の音楽」が夢だったと思わせるような単純だけれども印象的な音楽と大村さんは語られていましたが,「なるほど」と思って聞いてしまいました。紙芝居が終わる時の「おしまい」という気分も持っているという説明も面白いものでした。

というわけで,大村さんの解説の力もあり,今回の3曲中特に楽しめた作品でした。

第1楽章 アンダンテ,変ロ長調,2/2,ソナタ形式
第2楽章 アレグロ,ト短調,3/4
第3楽章 ソナタ形式 ロンド,アレグロ・グラツィオーソ,変ロ長調,2/4

アンコールとして,第6番の第2楽章が再度演奏されました。クワルテット・ローディの演奏は,「ゆったり」「じっくり」と聞かせてくれるものでした。どの曲にも,冷たいスマートさよりは,穏やかな表情の美しさが漂っていました。

最後に,大村さんの語られたイタリアにまつわるトークについてもご紹介しましょう。こちらもまたのウィットに満ちた内容でした。

■イタリア留学時の思い出
・最初,サルバトーレ・アッカルド氏に師事
・その後,イタリア四重奏団の第1ヴァイオリン奏者のボルチャーニ氏に師事するために,わざわざミラノまで長い距離をかけてレッスンに通った。日本からの生徒さんということでレッスン料をタダ(!)にしてくれた(良い話ですねぇ)
・ボルチャーニ氏の奥さんは,イタリア四重奏団の第2ヴァイオリン奏者だったエリーザさん。第1ヴァイオリン=夫,第2ヴァイオリン=妻という点で,イタリア四重奏団とクワルテット・ローディには共通点がある。

■ミラノについて
ミラノの街の思い出についても語られていました。大聖堂(ドーム)があり,そこからガレリアと呼ばれるアーケードがあり,その先にスカラ座がある...ということですが,いつの日か行ってみたいものです。この日,「ミラノに行ったことのある方は?」と挙手してもらったところパラパラと手を挙げる人が居て少々驚きました。

■今日のワイン
第1回でもワインのサービスがありましたが,今回もまたイタリア・ワインのサービスがありました。今回は,スプマンテというイタリアのシャンペンを頂きました。甘口と辛口の二種類が用意されていたのですが,私はキリっと引き締まるような辛口を選びました。祝い事用のお酒ですが,今回のような「夏の演奏会」との相性も最高です。今後,演奏する曲に合わせて変えていくということで,こちらの方も楽しみにしたいと思います。

演奏会中,「どういうお酒が好きか?」という話題になり,大村一恵さんはグラッパが好きと答えられていました。初めて聞く名前のお酒でしたが,ブドウのしぼりかすから作られた強いお酒で,かなり高級なものもあるそうです。コーヒーに入れると香りが出ておいしいということなので,見つけたら一度試してみたいと思います。

シャンペンが出てくる音楽は沢山ありますので,モーツァルト・シリーズが終わったら「世界のお酒と音楽」シリーズなどという企画も面白いのではないかと思ったりしました。

次回は8月末ということで,また,ワインと音楽を楽しませてもらおうと思います。今度はいよいよ「ウィーン四重奏曲」に入っていきます。(2006/07/29)