OEKfan > 演奏会レビュー
アストル・ピアソラの復活
2006/07/30 金沢市民芸術村ミュージック工房
1)ピアソラ/ブエノスアイレスの四季(ブエノスアイレスの秋,ブエノスアイレスの冬,ブエノスアイレスの春,ブエノスアイレスの夏)
2)ピアソラ/リベルタンゴ
3)コビアン/私の隠れ家
4)ピアソラ/タンゴ都市
5)ピアソラ/カフェ1930
6)ピアソラ/ロコへのバラード
7)ピアソラ/ブエノスアイレス午前零時
8)ピアソラ/オヴリビオン
9)ピアソラ/エスクワロ
10)ピアソラ/リベルタンゴ
11)ピアソラ/ミロンガ・Re
12)ピアソラ/ボーデル(酒場)1900
13)ピアソラ/フガータ
14)ピアソラ/アディオス・ノニーノ〜メディタンゴ
15)ピアソラ/ミケランジェロ
16)ピアソラ/リベルタンゴ
17)(アンコール)ピアソラ/ブエノスアイレス午前零時
●演奏
宮嶌薫(ヴァイオリン*1-2,16),山宮苗子(ピアノ*1-2,16),細川文(チェロ*1-2,16),ひらまつさとこ(パーカッション*2,16)
大久保かおり(バンドネオン*3-6,16),伊藤恭子(ヴァイオリン*3-6,16)
坂本久仁雄(ヴァイオリン*7-17),ドナタ・ベッキング,石黒靖典(ヴィオラ*7-10,13-17),今野淳(コントラバス*7-11,13-17),渡邉昭夫(パーカッション*7-17)
Review by 管理人hs  たかぼんさんの感想
金沢市民芸術村で行われた「アストル・ピアソラの復活」というコンサートに出かけてきました。6月に同会場で行われたオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の「ふれあいティータイム・コンサート」の時にOEKメンバーがとても格好の良い雰囲気のピアソラを演奏し,「7月末にコンサートを行います」という宣伝をされていたので,それにつられて今回出かけたのですが,その時の演奏をさらにパワーアップしたような充実したステージを楽しむことができました。

今回のコンサートは3つの部分からなっていました。実は,全編OEKを中心とした編成かと思っていたのですが,前半は地元演奏者によるピアノ三重奏と東京から来られた大久保かおりさんのバンドネオンと伊藤恭子さんのヴァイオリンによるデュオでした。この点は予想外だったのですが,種々様々,どういう編成でも楽しめるピアソラという作曲家の多面性を味わうことができました。

この中では,やはり後半のOEKメンバーによるステージが特に素晴らしいものでした。中でも坂本さんの持つファッショナブルな雰囲気とキレの良いファイオリンが印象的でした。ヴァイオリン1,ヴィオラ2,コントラバス1,パーカッション1という独特の編成だったため,この編成に合わせて楽譜を作成されたとのことですが,「今回限り」という1回性のスリリングさに満ちた,大変熱気のあるステージとなりました。市民芸術村のミュージック工房は客席とステージが大変近いので演奏の迫力がダイレクトに伝わってきました。

今回は,このOEKのメンバーをはじめ,通常はピアソラを演奏していない音楽家ばかりが集まって,ピアソラを演奏した,という点が特徴でした。主としてクラシック音楽から見たピアソラというアプローチということになります。ピアソラの演奏は,バンドネオン,ヴァイオリン,ピアノ,ベース,ギターといった編成が基本ですが,今回はそういう編成が一つもありませんでした。そういう意味では,正統派のタンゴ演奏とは,ちょっと違った部分もあったのかもしれませんが,逆にいろいろな創意工夫に満ちたピアソラの曲の演奏を味わうことができました。

まず最初に,地元金沢の宮嶌薫さんのヴァイオリン,山宮苗子さんのピアノ,細川文さんのチェロによるピアノ三重奏で「ブエノスアイレスの四季」を中心とした5曲が演奏されました。このピアソラ版「四季」ですが,ヴィヴァルディの「四季」ほどには,季節の違いがよく分かりません(私がこの曲を聞きなれていないせいもあります)。「冬」の最後の部分がバロック風になる以外は,「ブエノスアイレスは一年中じわっとしていて湿度が高そう?」という感じです。これをピアノ三重奏で演奏すると,さらに4曲の雰囲気が似て来るのですが,その分,セットとしてのまとまりの良さは出ていました。

今回のパンフレットの中で宮嶌さんが「ヴァイオリンとチェロの二重音はバンドネオンの音に似ている」と書かれていたのですが,なるほどその通りだと感じました。ただし,後半のOEKによる熱い演奏を聞いた後だと,ちょっと印象が薄れたところがあります。

「四季」の後に演奏された「リベルタンゴ」の方は,最初の部分でチェロの細川さんがソロを取っていましたので,現代の定番と言っても良いヨーヨー・マ版に近い雰囲気がありました。「これだ,これだ」と思いながら楽しむことができました。この演奏では,プログラムにはお名前が書かれていなかったひらまつさとこさんがボンゴで加わっていましたが(「四季」の時はピアノの譜めくりをされていました),これも面白いアクセントになっていました。

続いて大久保かおりさんのバンドネオンと伊藤恭子さんのヴァイオリンによるステージになりました。バンドネオンという楽器をこれだけ近くで聞いたのは初めてのことでした。しみじみとした中にも芯の強さを感じさせる音色が体に染み渡りました。

最初にバンドネオン・ソロで演奏された「私の隠れ家」は,ピアソラの曲ではないのですが,ピアソラが愛していた作品ということで,今回演奏されました。大久保さん自身,通常はピアソラを演奏しない,と語られていたのが少々意外でしたが,ピアソラの作品同様,とても良い雰囲気がありました。

その後の3曲はヴァイオリンとの二重奏になりました。珍しい組み合わせだと思うのですが,伊藤さんのフラジオレットなどの技巧を駆使したしなやかなヴァイオリンとバンドネオンとの響きは非常によくマッチしていました。

タンゴ都市という曲は,フランス語でタイトルが書かれているとおり(Citetango),バンドネオンの音の中に,どこかシャンソンで使われているアコーディオンを思わせるような響きが感じられました。伊藤さんのヴァイオリンの音にも独特の色気があると感じました。

カフェ1930は,もともとはギターとフルートのためのデュオということで,今回の組み合わせで演奏してもぴったりくる作品でした。最後の「ロコへのバラード」は,ミルバの歌でよく知られた曲です。私自身,この曲をミルバの実演で聞いたことがあるのですが,今回は歌詞がなかったこともあり,全く違う曲のように感じました。ミルバの情熱的で演劇的な歌は何と言っても素晴らしいのですが,今回のような静かに終わる演奏も良いなと思いました。特にこういう狭い場所で聞くのに相応しい演奏でした。

後半は,OEKメンバーによるステージとなりました。今回の編成は,前述のとおり,ヴァイオリン1,ヴィオラ2,コントラバス1,パーカッション1という独特の編成でした。バンドネオンとピアノという鍵盤楽器が無い分をヴィオラと打楽器で補う形を取っていました。これがとても効果的でした。全体としては,坂本さんの華やかなヴァイオリンが中心でしたが,リズムの土台を支える今野さんと渡邉さん(渡邉さんはヴィブラフォンでメロディの方も担当されていました),バンドネオン的な音色を作るベッキングさんと石黒さんのヴィオラという編成は,ユニークだけれどもこれしかないという絶妙の組み合わせとなっていました。OEKの名前に相応しく「アンサンブルの勝利」だったと思います。

後半最初の「ブエノスアイレス午前零時」は,OEKお得意(?)のパフォーマンス入りでした。まず,コントランバスの今野さんがステージ中央に登場し,どっしりとした4つの音からなるオスティナート音型を弾きはじめました。今野さんは,演奏中,ほとんどこの音型を演奏していたのではないかと思います。続いて,打楽器,ヴィオラ,ヴァイオリンという具合に楽器がどんどん増えていきました(入ってきた順序はこれで合っているか自身はないのですが)。その度に,様々な特殊奏法を使って「キュキュ」とか「ギー」とか言った音が入ります。この辺は,さまざまな現代音楽を演奏してきたOEKの得意とするところでしょう。緊張感と同時に,エンターテインメント性を感じさせてくれるとてもスリリングな幕開けとなりました。曲の最後で,今野さんが,フラメンコ風に「ド,ドン」と強く足踏みを入れていたのも格好良く決まっていました。

続くオブリビオンは,OEK自身,サクソフォーンの須川展也さんとCD録音を行ったことがあります。今回は,坂本さんのヴァイオリンとベッキングさんのヴィオラを中心に,ギドン・クレーメルの演奏するCD録音を彷彿とさせる演奏を聞かせてくれました。それにしても,この曲を聞くといつも「夜のムード歌謡」という気分になります。テレサ・テンとかが歌っても違和感がなさそうな雰囲気の曲です。

エスクワロは,格好良い変拍子っぽいリズムと坂本さんの華麗なヴァイオリンのテクニックがピタリと決まった演奏でした。リベルタンゴは,前半でも演奏されましたが,OEK版の方は,人数が多い分,もう少し重量感がありました。ただし,ヨーヨー・マ版でお馴染みの曲ということもあり,個人的には前半のピアノ三重奏版の方がしっくり来ました。

次の「ミロンガ・Re」ではヴィオラのお二人が休憩となり,ヴァイオリンとコントラバスとヴィブラフォンによる演奏となりました。オリジナルは,サルヴァトーレ・アッカルドのために書かれた,ヴァイオリンとピアノのための作品です。タイトルのReというのは,「ドレミ」の「レ」に当たりますので,「ミロンガ ニ調」という感じでしょうか?曲の雰囲気は,オブリビオンに似ていましたが,さらに沈鬱な感じがありました。

ボーデル(酒場)1900では,さらに演奏者の人数が少なくなり,ヴァイオリンとヴィブラフォンのデュオとなりました。前半に演奏された「カフェ1930」同様,「タンゴの歴史」の中の1曲で,オリジナルはギターとフルートという組み合わせです。今回のヴァイオリンとヴィブラフォンの組み合わせによる演奏もとても楽しいものでした。速い音の動きが無窮動のように続き,時々渡邉さんが楽器の胴体を叩いたりと,いろいろなアイデアが盛り込まれた演奏でした。

再び,全奏者が揃って演奏されたフガータは,「フーガ」ということで,緊迫感のある音楽でした。今回の譜面は今回の演奏会のためにOEKの方が自身で作られたとのことなのですが,演奏の方にも一発勝負に賭けるような緊迫感が満ちていました。この曲の途中,今野さんが自身のコントラバスを叩いていましたが,こういうパフォーマンスも迫力を増すのに役立っていました。

最後,アディオス・ノニーノとメディタンゴのメドレー,スピード感に満ちたミケランジェロと続き,熱気に包まれた中で演奏会は終わったのですが,プログラムに既に書かれてあったとおり,アンコール的に,この日の参加者全員で「リベルタンゴ」が演奏されました。やはり,バンドネオンとチェロの加わるリベルタンゴは良いなぁと思いました。全体を締めるのに相応しい演奏となっていました。

その後,OEKのメンバーだけで,「ブエノスアイレス午前零時」がアンコールとしてもう一度演奏されました。後半最初では一人づつ加わってきたのですが,今度は,ハイドンの「告別」のように一人づつ退場し,最後にコントラバスの今野さんだけが残って「ダ,ダン」と足踏みをして終わるという形になっていました。プログラム全体に額縁を作るようなシンメトリカルな構成は,聞いている方に「ピアソラを沢山聞いたぞ」という充実感を与えてくれました。

その後も拍手は止まず,最後に坂本さんが一言挨拶をされて,おしまいとなりました。坂本さんの話によると,当初は「ブエノスアイレス午前零時」で全員が退場してそれでおしまい,にするはずだったのだそうです。しかし,これだけ格好良い演奏が続くと,呼び戻したくなるのも当然です。会場内は,最後には,拍手ではなく手拍子に切り替わりました。

小さなホールだと拍手から手拍子に切り替わることは時々ありますが,この日の手拍子は,聴衆の方から「楽しめて良かった」という感謝のメッセージを純粋に示す手拍子でした。帰り際,隣を通りかかった女性3人組が「こんなに良いものが聞けるとは思わなかった」と語り合っていたのが印象的でした。

もう一つ,今回良かったのは,やはり金沢市民芸術村という会場です。時折,北陸本線を通る電車の音が遠くから聞こえてくるのも良い味になっていたし,何よりもこの会場は演奏者と一体になって楽しめるような密度の濃い空間を提供してくれます。

OEKの奏者がこういう形でクラシック音楽とクロスオーバーするようなジャンルの演奏会に登場するのは比較的珍しいことだと思いますが,これからもこういう雰囲気の演奏会には期待したいと思います。

PS.というわけで,OEKがラテンを演奏する時は,「オルケストラ・ティピカ金沢」などというラテン系の名前を付けてみたらいかがでしょうか?(2006/08/01)


Review by たかぼんさん
アストル・ピアソラの音楽をOEKの方々が演奏するとのことで、折り目正しいタンゴになるかしら・・と思って出かけました。ピアソラの唸るようなバンドネオンが好きですが、大久保さんと伊藤さんのバイオリン&バンドネオンというのも、なんだかアンニュイな感じだけど気だるさというのとも違う、ちょっとさわやかなフランス映画を見ている感じのすてきな演奏でした。OEKバージョンは、鍵盤楽器(ピアノ)が使えないのでビブラホンとドラムで補うという5重奏、ビブラホンの音色とドラムが折り目正しく入りすぎて、ジャズっぽくなったり、ロックっぽくなったりするのが、惜しいようでおもしろかった。それにしても坂本さんはかっこよかったです〜ぅ。(2006/07/31)





この日,北陸地方は梅雨明けしました。演奏会直前の芸術村です。



こちらは演奏会直後の芸術村です。すっかり暗くなっていました。