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親子でたのしむメルヘンオペラ「小さな魔笛」
2006/08/06 金沢市観光会館
モーツァルト(天沼裕子編曲)/親子でたのしむメルヘンオペラ「小さな魔笛」(歌:ドイツ語,セリフ:日本語)
●演奏
天沼裕子指揮金沢オペラ・アンサンブル(コンサートマスター:坂本久仁雄)
演出:マルクス・コップフ
パミーナ:西野薫(ソプラノ),タミーノ:鈴木准(テノール),パパゲーノ:中西勝之(バリトン),モノスタトス:志田雄啓(テノール),夜の女王:大久保陽子(ソプラノ),ザラストロ:片山将司(バス),パパゲーナ:竹内直美(ソプラノ),3人の童子:三井雅代,石川公美,竹之内淳子,3人の侍女:広瀬美和,直江学美,松本順子
合唱:加藤絢子,田形縁,田中昭子,直江学美,広瀬美和,藤田ルミ子,松本順子,浅野和馬,安保克則,山下淳,山城大樹,金沢平,高橋洋介,藤岡弦太,増原英也
副指揮・合唱指揮:藪西正道,舞台美術:ガダーク・マンフレッド
Review by 管理人hs
金沢市では,昨年春に金沢市観光会館の改修工事を行った後,このホールを使ってオペラ振興を行っていこうという事業に取り組んでいます。その中心となっているのが指揮者の天沼裕子さんです。そして,今年の春,「金沢発オペラを市民の手で」という呼びかけの元に「金沢オペラクルージングクラブ(KOCC)」という市民グループが誕生しました。今回行われた「小さな魔笛」は,天沼さんとKOCCによる金沢発オペラの第1弾です。

今回は,サブタイトルにあるように,親子で楽しめるメルヘンオペラということで,モーツァルトの「魔笛」を100分に圧縮したものが上演されました。午後3時からと午後7時からの2回の公演が行われたのですが,私は午後3時の方に出かけてきました。

今回の「魔笛」は,上述のとおりの圧縮版だった上にオーケストラの楽器編成も限定されていたのですが,聞き所が要領よくまとめられていましたので,「オペラ「魔笛」を見た・聞いた」という実感を十分に得ることができました。

我が家も子供と一緒に見に行ったのですが,子供の方は,「あの人は○○役に見えないねぇ」とか「夜の女王は小林幸子のようだ」という感じで,突っ込みを入れながらテレビを見るように気軽に楽しんでいましたので,天沼さんの意図はある程度達成されたのではないかと思います。

今回のオペラ上演には,プロの歌手だけではなく,大道具,衣装,動物役のエキストラなどKOCCの方を中心とした沢山の金沢市民が関わっていました。恐らく,作り手側になってみて初めて総合芸術としてのオペラの面白さに目覚めた方もいらっしゃったのではないかと思います。今回は,その辺を意識しながら,公演内容について多面的にレビューしてみたいと思います。

まず,舞台についてです。オペラの開演前は幕が降りていることが普通ですが,今回の場合は幕はなく,セットがそのまま見えていました。セットは右のようなシンプルなものでした。

中央の台と8枚のついたてをいろいろな組み合わせで動かすことで,ありとあらゆる場を効率よく表現していました。最初は大蛇が出てくる場ということで,ジャングルをイメージするような絵が描かれた面が8枚並べられていました。

オーケストラピットに入っていた金沢オペラアンサンブルというオーケストラは,大部分はオーケストラ・アンサンブル金沢の弦楽器メンバーでした。ただし,オーケストラといってもかなりの小編成で,次のような編成でした。

第1ヴァイオリン×3,第2ヴァイオリン×3,ヴィオラ×3,チェロ×2,コントラバス×1,フルート1,ティンパニ×1,オルガン×1

今回の作品は「魔笛」ということでフルートを抜かす訳には行かないのですが,その他の管楽器については全部オルガン(電子オルガンだと思います)で代用していました。序曲の最初の和音からオルガンだったのですが,この辺は少々違和感を感じました。晩年のモーツァルトの響きにはやはり木管楽器が欲しいと感じました。その他,打楽器の方がいろいろな効果音も担当していたようでした。

天沼さんは客席から登場し,オーケストラ・ピットに入ったのですが,今回は,他のキャストについても客席から入ってくる人が多く,聴衆とのコミュニケーションを作り出そうとしていました。

序曲の速い音型の部分が続いた後,3人の童子が,客席から登場しました。童子役は,もともとドラマ全体のナビゲーター的な存在で,子供が演じるにはかなり荷の重いキャストです。今回は,そのナビゲーター機能がさらに強められていたこともあり,3人の女性歌手が担当していました。序曲の途中の部分で,オーケストラがパッと音量を抑え,3人の童子が,ドラマ全体の背景となる説明を語り始めました。

オリジナルの3人の童子は空中から登場する天使のような存在なのですが,今回の版では,身近にいる少年の延長のような服装をしていたこともあり,聴衆の子供たちの代表のような雰囲気もありました。

続いて大蛇に追われたタミーノが登場します。蛇は全体の姿を見せるのではなく頭と尻尾だけで大きさを表現していました。王子が失神している中,夜の女王の3人の侍女が蛇を倒します。

その後,やはり客席からパパゲーノが登場しました。客席との一体感を狙った演出ということで,もう少し小さい芝居小屋っぽいところで観ても面白いかなとも思いました。例の「ソラシドレ」という音の出る笛は,パンフルートというよりは,リコーダーっぽい感じの音でした。

続く,タミーナの肖像のアリアは,非常に若々しい声で歌われており,王子のイメージどおりでした。パミーナの肖像については,カーテンの隙間からパミーナ自身が額縁の中に顔を出すという,実演ならではの楽しいものとなっていました。こういうのは子供たちは大好きですね。我が家の子供も喜んでいました。

夜の女王がステージ上部に登場すると,背景が赤くなり大きな扇が背景に出てきました。この扇を見て,演歌歌手のショーが始まるような感じがあってワクワクしたのですが...このアリアの方は,途中で終わってしまったので少々拍子抜けでした。

その後,魔笛と不思議な鈴をタミーノとパパゲーノに授ける場になりました。楽器が上段から下に紐で下ろされると効果音が鳴り,会場の照明がグルグルと回ったので,「おっ何か不思議なものをもらったな」と子供たちにも大変理解しやすくなっていました。ただし,この辺は,ちょっと「おかあさんといっしょ」っぽい感じでもありました。

モノスタトスとパパゲーノが顔を合わす場の前に,場面転換がありましたが,今回のセットは,非常に軽快なものだったので動きが大変スムーズでした。しかも色合いがパっと金色っぽく代わったので,鮮やかな効果も出していました。モノスタトスは,黒人役ということで,顔は黒塗りになっていましたが,衣装まで真っ黒だったので,手下と合わせると「黒子集団」という感じでした。モノスタトス自身,こういった”裏方さん”と区別が付きにくかったので,もう一工夫あっても良かったかもしれません。

パミーナとパパゲーノの二重唱では,西野薫さんと中西勝之さんの充実した声を楽しむことができました。この曲は本当に良い曲です。この場までは比較的急テンポでサクサクとドラマが進んでいましたので,この曲でほっと一息つけた感じでした。そういう点で言うと,もう少し遅いテンポでたっぷりと歌ってもらった方が良かったかもしれません。

第1幕のフィナーレは,メルヘン・オペラにぴったりの気分になりました。タミーノの笛に合わせて動物のマスクを被ったエキストラの皆さんが登場するのですが,この動物がとても洒落た感じでした。リアルな色をつけず,石膏像のような白色を使っていたのがかえってセンスが良いと思いました。モノスタトスに追われているパパゲーノとパミーナが手に手を取って逃げる場面では,背景のついたての方が動いていましたが,いかにも芝居小屋という感じが出ていて,とても良い雰囲気が出ていました。

パパゲーノが鈴を振ると,モノスタトス一派の黒子集団が踊り出す場は,コミカルな踊りと合わせて大変楽しいものになっていました。この場は,単純だけれども何回見ても大変効果が上がる場です。モーツァルトの音楽の持つ素晴らしさがストレートに伝わって来る部分です。

その後,「こんな鈴があれば世の中は平和なのに...」と続くのですが,天沼さんがプログラムに書かれているとおり,この部分の音楽を聞いていると「本当にそのとおりだ」と思ってしました。ただし...やはりこの部分では,金属的な鈴の音を聞きたかったですね。この点が残念でした。

ここから幕切れに掛けては,弁者とタミーノのやりとりが完全に省略されていましたので,かなりそっけない感じでした。ザラストロがすぐに登場するのですが,タミーノがなぜザラストロ側に寝返ったのか,ちょっと分かりにくかったかもしれません(これは「魔笛」自身の問題点でもありますが)。今回の場合「ザラストロは見るからに良い人そうだ」というのが理由だったかもしれません。

ザラストロは,夜の女王と対象的に白っぽい服を着ていましたが,とても若々しい雰囲気がありましたので,遠くから見た感じでは,同じく白っぽい服を着ていたタミーノとの区別が付きにくくなっていました。第1幕のフィナーレという点からしても,軽量級でした。この部分では,休憩後の第2幕につながるような高揚感がもう少し欲しいところでした。

第2幕は,ザラストロの国の僧侶たちが客席からゾロゾロと入ってきて始まりました。全員本物のロウソクを手に持っていましたので,子供たちも「何が始まるのだろう?」と集中していました。ザラストロの片山将司さんの声はセリフの部分からとても美しい声で,アリア(「イシス,オシリスの神よ」の方です)も良かったのですが,ザラストロとしては,低音の迫力が少々弱かったかもしれません。

フルートの速い動きで始まるモノスタトスのアリアは,このキャラクターにぴったりの屈折した味を持った曲です。この役は,悪役だけれども,妙に気になる役です。志田雄啓さんはそのイメージどおりの歌を聞かせてくれました。

ティンパニによる強烈な雷鳴の音に続いて出てきた,大久保陽子さんによる「夜の女王のアリア」も見事でした。音程を取るのがとても難しい曲で,有名なだけに粗が目立ってしまう怖い曲なのですが,とても正確に歌っていました。第1幕のアリアの方が途中で終わってしまったので,お客さんの方も「待ってました」という感じで,間奏の部分で既に拍手が入ってしまったのですが,その拍手も当然という歌唱でした。この場でも,1幕同様,扇が背景に出てきていましたが,「夜の女王だけ別扱い」という効果が出ていて面白いと思いました。

無言の行を続けるタミーナを見て,「私のことを嫌いになったのだわ」と勘違いをして歌うパミーナのアリアでは,第1幕同様,西野さんの充実した声を楽しむことができました。すっきりとした透明感と同時に充実した密度の高さのある声を通じて,悲しみが会場全体にスッーっと染み込んで行くようでした。

この辺りで老婆役に扮したパミーナが一度登場します。パパゲーノのとコミカルなやり取りはイメージどおりの楽しさでした。その勢いに乗ってパパゲーノが歌うお馴染みの「恋人か女房か」も素晴らしかったのですが...残念ながら1節だけしか歌われませんでした。

以下は第2幕のフィナーレとなります。これまでは,ずっと舞台背景には月が出ていたのですが,3人の童子の歌に合わせるように,この部分では太陽に切り替わり,いよいよザラストロの世界が支配し始めたことを暗示していました。

この部分では何と言っても,「パ,パ,パの二重唱」が聞きものでした。今回は,子供向けという設定にも関わらず歌唱部分はドイツ語を使っており,「さすが天沼さん」と思ったのですが,この部分の場合,歌いながら物語が進みますので,ちょっと子供たちにはストーリーが分かりにくかったと思います。「3まで数えてパミーナが現れなかったら,首を吊ろう」という部分も,今回の場合,「いち」「にぃ」「さん」と言った方がもっと盛り上がったのではないかと思います。

その後の「パ,パ,パの二重唱」の部分も,「子供のパパゲーノ,子供のパパゲーナ...」という感じの楽しい歌詞が続きますので,日本語を交えても良かったと思います。とはいえ,この部分の素晴らしさは,歌詞が分からなくても伝わります。息のぴったり合った,「パ,パ,パ」の応酬を聞いているうちに,素晴らしい幸福感に包まれました。お2人ともとても明るいキャラクターを持っていましたので,この曲のムードによく合っていました。

その後,夜の女王一派といつの間にか寝返っていたモノスタトスが一網打尽に地獄に落ちてしまいます。

オリジナル版ではこの後,大団円に入っていくのですが,今回の版では,タミーナとパミーナによる「火の試練と水の試練」の部分と「パ,パ,パの二重唱」の順を逆にしていましたので,最後に「試練」という形になっていました。タミーナとパミーナの物語の決着を付けるためには,この部分は入れざるを得ないのですが,音楽的には試練という割には地味な音楽ですので,ちょっとテンションが下がってしまったかもしれません。

我が家の子供は,意外にセリフをちゃんと聞いており,「「2つの試練」と言っていたけれども,1つしか試練を受けていなかったようだ。1つはおまけてしもらった?」などと言っていたのですが,確かに動作だけを見ていると2つの試練を受けたことが分かりにくかったと思いました。最初に,布に赤色の照明を当てて火の試練,その後,水色の照明を当てて水の試練を表現していたのですが,「次は水の試練だ」といった日本語のセリフがないと,最初に日本語で「2つの試練」と語ったセリフが宙に浮いてしまうような気がしました。

この試練を乗り越えた後,タミーノとパミーナは,手に手を取ってめでたしめでたしとなります。最後はカゴメカゴメをするように全員が輪を作っていたのですが,この中に何故か地獄に落ちたはずの人たちも加わっていました。考えてみると少々変でしたが,「みんな仲直りしました。おしまい」という童話的な終わり方となっていたのかもしれません。

というわけで,結構,突っ込みを入れながら見てしまったのですが,純粋な音楽の場合と違い,具体的な演技を伴うオペラの場合は,作られた側の皆さんの意図とは別に,突っ込みを入れることが楽しみでもあったりします。今回の「小さな魔笛」の場合も,こじんまりとまとまっているよりは,「突っ込みどころ」があった点がまず良かったと思いました。その一方,オリジナルの「魔笛」の持つ,素朴な音楽芝居としての側面もきちんと伝えてくれていました。若い歌手を中心としたアンサンブルも素晴らしく,歌唱全体に統一感があったのも良かったと思いました。何よりも,歌以外のセリフの声がきっちりと聞こえたのが劇としても素晴らしい点でした。

モーツァルトの音楽自体もそうなのですが,特にパパゲーノ役の中西さんの演技と歌に大変精彩がありました。今回の公演の第1の功労者だったと思います。オリジナル版を見たことのある者にとっては,「少々省略し過ぎ?」「鈴の音が聞きたい,トロンボーンの和音も聞きたい」といった部分があったのも事実ですが,子供たちが2時間以上集中していることはできないと思いますので,子供のためのオペラとしては,妥当な編曲だったと思います。それにしても,あれだけ複雑なストーリーを整理するのはかなり大変な仕事だったのではないかと思います。

今回のオペラ公演は,金沢市民のバックアップの上にオペラを上演するという素晴らしい企画でした。KOCCの人達をはじめとして,オペラ上演に携わる中で,オペラという祝祭的なイベントの持つ裾野の広さを感じた人が多かったのではないかと思います。多くの市民が,自分の得意分野を生かしながらボランティア的に文化創造に関わることができる「市民によるオペラ上演」を,来年度以降も続けていって欲しいと思います。天沼さんという,強い情熱を持った指導者の下で,次はどういう作品が上演されるのか,今から楽しみです。(2006/08/08)



■会場入口の写真


■サイン会の様子
何故か動物たちがサインをしていました。



私はパパゲーノ役の中西さんからサインを頂きました。

子供の方は「うま」からサインをもらいまました。「うま,ヒヒーン!」と書いてあります。