OEKfan > 演奏会レビュー
ベーゼンドルファーを弾くVol.6 レクチャーコンサート「ピアノの歴史探訪の旅」
第2楽章「ピアノの発展:ウィーンで花開いたピアノ文化」
2006/08/11 金沢21世紀美術館シアター21
1)モーツァルト/ピアノ・ソナタイ長調,K.331「トルコ行進曲付き」
2)ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ嬰ハ短調op.27-2「月光」
3)メンデルスゾーン/無言歌ホ長調op.19-1
4)シューベルト/楽興の時D.780,op.94-2
5)シューマン/交響的練習曲op.13(抜粋)
6)(アンコール)モーツァルト/ピアノ・ソナタK.280から
●演奏
山名敏之(フォルテピアノ*1-2,6,ピアノ*3-6,チェンバロ*6),梅岡俊彦(調律,お話)

Review by 管理人hs
金沢21世紀美術館でシリーズで行っているレクチャー・コンサート「ピアノの歴史探訪の旅」の第2回に出かけてきました。今回は,時代が古典派〜ロマン派に移り,フォルテピアノとベーゼンドルファーの聞き比べによってモーツァルトからシューマンまでの名曲5曲を楽しみました。

この演奏会は,当初,小倉喜久子さんが演奏する予定だったのですが,急病で山名敏之さんに変更になりました。CD録音なども多い小倉さんの演奏が聞けなかったのは残念だったのですが,山名さんもフォルテピアノの専門家ということで期待どおりの素晴らしい演奏を楽しむことができました。調律師の梅岡さんと山名さんによるトークも前回同様,大変面白く,楽しみながら知的好奇心を刺激してくれるような演奏会となりました。

前半はフォルテピアノ,後半は21世紀美術館所蔵のベーゼンドルファーによる演奏ということで,プログラムは時代順となっていました。

最初にフォルテピアノでモーツァルトのピアノ・ソナタ「トルコ行進曲付き」が演奏されました。大変有名な作品ですが,私自身「トルコ行進曲」以外の全曲を聞くのは本当に久しぶりのことです。今は亡き名ピアニストのルドルフ・ゼルキンさんが1970年代後半に金沢公演を行なった時以来のことかもしれません。

この曲の演奏ですが,楽器の機能を生かし,当時の演奏法を再現してくれるような面白い演奏でした。フォルテピアノという楽器には,一見したところピアノのようなペダルがありません。実は,ひざレバーを持ち上げてペダル機能を使います。何か足元に台があるなと思って見ていたのですが,「日本人用短足(?)アジェスター」というものなのだそうです。こういったものが無いと小柄の人はひざレバーに届かないと思うのですが...昔の人は一体どうしていたのでしょうか?

鍵盤の色も白黒反対になっていますが,キータッチの方もピアノとはかなり違います。お話によると,プラスチックのバットを振るのと普通の木のバットを振るぐらいの違いがあるとのことです。ピアノは腕の重みで強い音を出すのに対し,フォルテピアノの方は指の第3関節よりも先で強弱を付けることになります。鍵盤の押し方がかなり浅く,キータッチのツボがピアノとは全く違います。

手も足も通常のピアノとは違った操作ということで,急遽代役で登場することになった山名さんは,モードの切り換えが大変だったと思います。

モーツァルトのソナタの第1楽章の主題は繰り返しを行なっていましたが,その後の変奏の方は,繰り返したりしなかったりしており,曲が緩急自在にスムーズに進んでいく感じでした。フォルテピアノの音量は,ピアノの音に比べるとかなり小さく,ダイナミックレンジも広くないのですが,その分デリケートで素朴な味があります。また,速いパッセージなどは,ピアノにないような粒立ちの良さがあります。ピアノのようなたっぷりとしたレガートはなく,ポツリポツリとした感じの音なのですが,それが古雅な気分を感じさせてくれる演奏でした。

第3楽章の有名な「トルコ行進曲」は,独特の解釈による演奏でしたが,演奏後の山名さんの解説を聞いてなるほどと思いました。最初の「タララララ,タララララ...」と始まるロンド主題ですが,「ッララララ,ッララララ...」(擬音語では何とも表現しにくいのですが)という感じで,前打音を非常に短く演奏していました。どちらとも取れる解釈なのだそうですが,トルコの軍楽の音を意識して,一種コブシのような感じで短く演奏した方が本物に近い,というのが山名さんの説です。現代のピアノだとこういう軽快な感じは表現し難いので,フォルテピアノを弾き慣れた奏者ならではの解釈と言えそうです。

それと全体のテンポ感が大変ゆったりとしていました。こちらの方もトルコの軍楽隊の行進のイメージを意識した解釈でした。トルコの軍楽と言えば,向田邦子原作の「阿修羅のごとく」というかなり以前にNHKで放送された名作ドラマを思い出しますが(ドラマの内容は覚えていないのですが,このテーマ音楽は大変よく覚えています。素晴らしい選曲でした),確かにそのテンポはゆっくりしたものでした。

本物のトルコ風の行進では,時々クロールの息継ぎのように側面を向くのだそうですが,モーツァルト自身の「アレグレット」というテンポ指定もそれほど速いものではありませんので,総合的に考えると,ゆっくりとしたテンポ感が相応しいというのが山名さんの解釈です。

フォルテピアノの粒立ちの良い音の優雅な動きにもぴったりで,「なるほど」と思わせる演奏となっていました。今後,この曲を他人に聞かせることがあれば”薀蓄”として語りたくなってしまいました。

続くベートーヴェンの「月光」もまた,ピアノにない魅力を感じさせてくれる演奏でした。第1楽章は本当に静かでした。フォルテピアノで聞くと,神経質なピアニシモではなく,ゆたかなピアニシモに聞こえます。詩的な気分をさりげなく感じさせてくれる魅力的な演奏でした。軽快で粒立ちの良い音が曲想にぴったりの第2楽章に続き,急速の第3楽章となります。ここでは,フォルテの部分のアクセントがとても鮮やかさでした。あの繊細そうな楽器からよくこれだけのダイナミックさを出せるなぁと感心しました。

フォルテピアノにも,時代によってい音域の広さがかなり違うとのことで,「本物にこだわるとすれば,時代によって楽器を使い分ける必要がある。大は小を兼ねない」というお話も印象的でした。ベートーヴェンだけでも3台は必要ということで,フォルテピアノ奏者は沢山の楽器を持つ必要がある,という苦労話(そこが楽しみでもあるのかもしれないですね)も興味深いものでした。なお,調律も狂いやすいので,毎日のように(自分自身で!)行なう必要があるということでした。ピアノに比べると,弦楽器に近いのかもしれません。

後半は,金沢21世紀美術館所蔵のベーゼンドルファーによる演奏となりました。このピアノは1962年製で,何故かずっとお隣の金沢市観光会館の地下で眠っていたのだそうです。コンサート用ほどは大きくないのですが,21世紀美術館の開館に伴ってオーバーホールを行い,立派なグランドピアノに蘇りました。ベーゼンドルファーは,フォルテ・ピアノ時代からの歴史を引くウィーンのピアノ・メーカーで,限定生産でピアノを作っているそうですが,そういうメーカーのピアノが何故,観光会館の地下で眠っていたのか?何となく,いろいろな物語が潜んでいそうで,文学的な気分にさせてくれます。

後半は,メンデルスゾーン,シューベルト,シューマンという初期ロマン派の作曲家の作品が演奏されました。

今回演奏された,メンデルスゾーンの無言歌は,第1番の「甘い思い出」でした。この曲は,無言歌集のCDの最初に収録されていることが多いので,私自身,いつの間にか好きになってしまった曲です。ベーゼンドルファーの音をじっくりと聞かせてくれるようなとてもたっぷりとした演奏でした。フォルテピアノの演奏の後で聞くと,音がレガートでしっかりと繋がってメロディが歌うように聞こえてきます。

続く,シューベルトの曲もたっぷりした演奏で,ピアノの和音の美しさを味わうのに最適でした。中間部のドラマも古典派時代とは一味違う,ピアノによる演奏に相応しい強さを感じさせてくれました。

演奏会の最後には,シューマンの交響的練習曲が抜粋で演奏されました。ゆったりとした風格のある主題の演奏に続いて,最初の方の数曲が続けて演奏されました。その後,何番の曲が演奏されたのかは忘れてしまいましたが,最後,圧倒的な力感を持った終曲で締められました。抜粋ではありましたが,大変聞き応えのある演奏でした。山名さんのピアノにはがっちりとした線の太さがあり,どの曲もとても安定感がありました。落ち着き過ぎという部分もあったかもしれませんが,ドイツの正統派という感じの素晴らしい充実感を味わわせてくれる演奏でした。

アンコールでは,前回に続いて,1つの曲を3つの楽器で比較する試みが行なわれました。今回はモーツァルトのピアノ・ソナタ第2番K.280の短調楽章をチェンバロ,フォルテピアノ,ピアノで順に演奏していく趣向でした。こうやって並べてみると,私自身は,やっぱりピアノの響きの贅沢さ,完成度の高さに魅力を感じてしまいましたが,なかなか面白い聞き比べでした。

このシアター21というホールは残響が少ないので,粗が目立ちやすい面があるのですが,楽器の音の持つダイレクトな迫力を感じることができます。進行役の梅岡さんが山名さんから面白いお話を引き出してくれたこともあり,今回もまた,密度の高い充実した時間を過ごすことができました。

PS.このシリーズの後半2回には大井浩明さんが登場します。リストから現代音楽までを演奏するプログラムとバッハの平均律クラヴィーア曲集第2集の全曲をクラヴィコードで演奏するというプログラムが用意されていますが,どちらも楽しみな内容です。特にクラヴィコードによる平均律というのは,滅多に聞けない企画なので,「怖いもの見たさ」的に参加してみたいと思います。(2006/08/16)



前回同様,休憩中・終演後に楽器に直接触れることができました。



フォルテ・ピアノの構造について説明される梅岡さんです。