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弦楽四重奏でめぐるモーツァルトの旅 その3 ミラノからウィーンへ
2006/08/30 金沢蓄音器館
モーツァルト/弦楽四重奏曲第7番変ホ長調,K.160
モーツァルト/弦楽四重奏曲第8番ヘ長調,K.168
モーツァルト/弦楽四重奏曲第9番イ長調,K.169
(アンコール)ハイドン/弦楽四重奏曲第35番ヘ短調op.20-5〜第2楽章
●演奏
クワルテット・ローディ(大村俊介,大村一恵(Vn),大隈容子(Vla),福野桂子(Vc))
Review by 管理人hs
金沢蓄音器館でシリーズで行われているクワルテット・ローディによるモーツァルトの弦楽四重奏曲の全曲演奏シリーズの3回目に出かけてきました。今回は「ミラノ四重奏曲」の最後の1曲と「ウィーン四重奏曲」の最初の2曲が演奏されました。ケッヘル番号からいうと,まだまだ100番代ですが,通し番号としては7番から9番までが演奏されたことになりますので,これで全体の4割ぐらいが終わったことになります。

この「ウィーン四重奏曲」は,若き日のモーツァルトがハイドンの弦楽四重奏曲の影響を受けて,作った曲ですが,後の「ハイドン・セット」ほど熟した感じはなく,モーツァルトの試行錯誤が感じられる作品です。悪く言うと少々中途半端なところがあるのですが,そういった曲を面白く楽しむことができたのも,「シリーズもの」という企画の力であり,第1ヴァイオリンの大村俊介さんの曲についての知識の豊富さと巧みな解説の力によるものです。

その大村さんのトークの内容とともに演奏会の様子をご紹介しましょう。

■弦楽四重奏曲第7番変ホ長調,K.160(159a)
6曲からなる「ミラノ四重奏曲」の最後の曲です。1773年の初めにミラノで完成されたようですが,ザルツブルク帰った後に書いた可能性もあるとのことです。いずれにしても十分にイタリアの匂いが残った作品です。この日演奏された3曲の中ではこの曲だけが3楽章構成でした。

第1楽章が始まると,そのメロディがK.136の有名なディヴェルティメントの主題と大変似ていることに気付きました。このことは,演奏後に大村さんも指摘されていましたしたが,「ターーーー,タラ,タラ」という音型は,モーツァルト自身,大変好んでいたようです(前回聞いた弦楽四重奏曲第5番にも出てきます)。当時流行していた音型だという説もあるそうです。

第2楽章はとてもおだやかで,第3楽章の方は,「タンタカタン」という行進曲風の音型が印象的な素朴な雰囲気のある曲でした。

■弦楽四重奏曲第8番へ長調,K.168
この第8番からは「ウィーン四重奏曲」に入っていきます。このセットは,1771〜1772年に書かれたハイドンの弦楽四重奏曲op.17とop.20に刺激を受けて,1773年に就職活動のために訪問していたウィーンで2ヶ月のほどの間に書かれたものです。この時,モーツァルトはマリア・テレジアに会ているのですが,どうも歓迎されなかった様子です。神童と呼ばれたモーツァルトにとっての試練の時代の作品だったのかもしれません。

そういう状況で書かれた6曲中の第1曲目の第8番ですが,ハイドンの影響を受けながらも,いろいろな点で意欲を感じさせるものとなっています。まず,ハイドン同様,4楽章構成です。穏やかな感じの第1楽章に続いて,これまでのモーツァルトの四重奏曲にはない,デモーニッシュな雰囲気を持った2楽章になります。この楽章は,ハイドンのop.20-5の短調楽章の影響を非常に強く受けています。後で,どれだけ似ているかその一節を聞かせてもらったのですが,現代だったら訴えられるぐらい(ハイドンがモーツァルトを訴えるとは想像もつきませんが)よく似ていました。

弱音器を付けて演奏する楽章というのもこれまでになかった曲なのですが,この主題を少し変えると,最晩年の傑作,レクイエム中のキリエの厳粛な音型となります(このジグザグした音型については,宗教的な意味も込められているような気もします)。毎回,大村さんからこのような大変分かり解説を聞いているのですが,実際の音で即座に聞かせてくれる点が特に素晴らしい点です。

モーツァルトが四重奏曲の3楽章にメヌエット楽章を導入したのも「ミラノ四重奏曲」にはなかった点です。冒頭のとても高い音が印象的でした。最終楽章はフーガとなります。「フーガ」という名前を聞いただけで意欲を感じたのですが,大村さんが語られていたとおり,まだ熟練していない雰囲気がありました。どこかぎこちなく,唐突で,不自然な感じの残る楽章でした。

■弦楽四重奏曲第9番イ長調,K.169
この曲は,第8番とは対照的にハイドン風を振り切ろうとした趣きある曲です。自由さやユーモアがあり,「ミラノ四重奏曲」に通じるものがあると思いました。

第1楽章は,4拍子に聞こえけれども実は3拍子になっています。「分かる人には分かる」曲とのことです。第2楽章は,イタリア・オペラ的な曲です。3連符の連続も面白かったのですが,途中で場面転換をするように全休符が入るのが独特です。今回,聞いた3曲の中ではいちばん楽しめた楽章でした。

第3楽章はこの曲でもメヌエットでした。トリオに少々ぎこちないところがありましたが,それもまた特徴でもあると思いました。最後は,素朴な第4楽章でのんびりと終わりました。

アンコールでは,この曲集で影響を受けたハイドンの弦楽四重奏曲の一部が演奏されました。上述のop.20-5の短調楽章だったのですが,この選曲も素晴らしいものでした。ハイドンの方が大人の作品だったのに対しモーツァルトの「ウィーン四重奏曲」は,この段階ではまだまだ子供の作品だということを印象づけるようなアンコールでした。

今回は,やや中途半端な性格の曲を聞いたわけですが,そういった曲をハイドンの曲と絡めながら,じっくりと楽しませてくれる辺りの手腕は,さすが大村さんだと思いました。この調子でどんどんシリーズを続けて行って欲しいと思います。

PS.今回もまた,メンバーの皆さんのトークも楽しむことができました。今回のお題は「ウィーンといえば...」でした。さすが音楽家だけあって,皆さん音楽にまつわる思い出を語られました。「名ピアニストのアルフレート・ブレンデルの演奏を聞いた」「オペラを見る直前に財布を掏られたが,別の人には親切にされた」という福野さんと大隈さんのお話も面白かったのですが,子連れでオペラを見ることができなかったので,夫妻で前半と後半に分かれて「トリスタンとイゾルデ」を鑑賞したというのは,やはり大村夫妻ならではの面白さでした。

PS.もう一つの恒例,無料サービスのワインの方は,「モーツァルト・ワイン」というオーストリアの白ワインでした。蓄音器館の職員の方が苦労して見つけてきたワインということで,こちらも演奏やトークに劣らず楽しむことができました。話は脱線しますが,福島県喜多方市にモーツァルトの音楽を聞かせて醸造した日本酒がありますが,これなども意外にこの演奏会の雰囲気に合うかもしれませんね。(2006/08/31)