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オーケストラ・アンサンブル金沢第207回定期公演PH
2006/09/18 石川県立音楽堂コンサートホール
1)モーツァルト/交響曲第25番ト短調K.183(173dB)
2)モーツァルト/ピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466
3)モーツァルト/ピアノ・ソナタ第11番イ長調K.331〜第3楽章「トルコ行進曲」
4)モーツァルト/ヴァイオリン協奏曲第3番ト長調K.216
5)モーツァルト/交響曲第40番ト短調K.550
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス)*1-2,4-5
菊池洋子(ピアノ*2,3),バイバ・スクリッド(ヴァイオリン*4)
新実徳英(プレトーク)
Review by 管理人hs   レイトリーさんの感想白山人さんの感想
この日の金沢市は,日本海沖を台風が通過したためフェーン現象となり,34℃を越える猛暑となりました。その中,井上道義さん指揮によるオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演PHに出かけてきました。私自身,9月7日の定期公演Mには行けませんでしたので,7月末以来,約2ヶ月ぶりの定期公演ということになります。

今回の定期公演は,モーツァルトの短調作品3曲+ヴァイオリン協奏曲ということで,どちらかといえば地味目の内容かと思っていたのですが...それが一転,大変豪華な雰囲気の演奏会となりました。ティンパニの入らないモーツァルトの40番で締めて,満腹させてくれる,井上道義さんの音楽作りはさすがだと思いました。今回は,プログラミングも見事で,ト短調の交響曲2曲の間に,若手ソリストによる協奏曲が2曲入るというシンメトリカルな構成となっていました。

近年,モーツァルトの演奏については,古楽器奏法を取り入れたアプローチが主流になりつつありますが,今回の演奏は,そういう”流行”とは別の次元の演奏でした。私自身,古楽器奏法であってもなくても,演奏の完成度が高く,演奏者のメッセージが伝わる演奏であれば満足できます。この日の演奏は,まさにそういう演奏でした。井上さんの意図がストレートに反映し,演奏者の意欲がのびのびと前面に出た演奏となっていました。

この日のオーケストラの配置ですが,弦楽器は次のような対向配置となっていました。

  Va Vc Cb
Vn1 指揮者 Vn2

最近はコントラバスが下手に来る対向配置が多いので,こういう配置は比較的珍しいと思います。管楽器についても,ホルンの位置がいつもと反対側でしたので,全体的に独特な配置となっていました。

最初の交響曲第25番は,演奏会のテンションを一気に高めてくれるような,”物凄い響き”で始まりました。もともと激しい曲なのですが,何かに向かって言葉を叩き付け,暴力的に吼えているような独特の響きを作り出していました。井上さんは,この曲の時は「指揮台なし,指揮棒なし」で指揮されていましたので,役者さんのマイムにオーケストラがピタリと反応しているような趣きがありました。一転して,第2主題では,井上さんは脱力した感じの指揮ぶりになりました。それに合わせて曲の雰囲気も一気に軽やかになりました。この表情の振幅の大きさは,井上さんならではです。

2楽章は一転して,控えめで静謐な世界になりました。この波風の立たない美しさは前楽章と好対照を作っていました。第3楽章は速目のテンポで切れ味良く進みました。管楽器だけのトリオも遅くはありませんでしたが,演奏全体から余裕が感じられました。

第4楽章は,第1楽章の再現のような楽章ですが,さらにテンポが速くなり,前のめりに進んでいくようなところがありました。速い速いテンポにも関わらず,まだまだ最初の曲ということで,十分に余裕を感じさせてくれました。

その後,2曲の協奏曲が演奏されました。この2曲の時は,井上さんは,指揮棒を使っていらっしゃいました。協奏曲の時はピタリと合わせ,交響曲の時は体全体を使って勢いを伝える,という使い分けをされているようでした。

ピアノ協奏曲第20番のソリストとして登場した菊池洋子さんは,OEKの定期公演に登場するのは2回目です。前回も同じモーツァルトのピアノ協奏曲第21番を演奏し,OEKとはこの曲のCD録音も残しています。このCDは大変評価の高い演奏でしたので,今回の20番はその続編と言えます。そしてその期待どおりの演奏でした。

曲は交響曲第25番同様,無気味なシンコペーションで始まります。この部分での,”グ〜ッ”と盛り上がってくる低弦の迫力は大変聞き応えがありました。続いて,鋭く切り込むような怒りの音楽となります。この表情豊かな伴奏の後,菊池さんのピアノが入って来るのですが,全く動ずるところがありませんでした。神経質になることなく,瑞々しい音を聞かせてくれました。激しい感情移入はないのですが,音楽が十分に染みて来ました。曲が進むにつれて音楽は迫力を増し,カデンツァの部分で(お馴染みのベートーヴェンのものでした)大きなクライマックスを作っていました。

第2楽章は対照的にさらりと演奏しており,重苦しさはありませんでした。モーツァルトの曲のシンプルさがダイレクトに伝ってくる,気持ちの良い演奏となっていました。短調になる中間部にもそれほど悲壮感はなく,菊池さんの伸びやかな感性を感じました。

第3楽章は第1楽章同様の激しい音楽で始まります。菊池さんのピアノは,速いパッセージでも崩れるところがなく,大変堂々としています。この楽章でもカデンツァの部分で大きく盛り上がるのですが,その後のニ長調に転調する終結部では,さらに大きく高揚します。井上さんの作り出す圧倒的な盛り上がりを聞きながら,この協奏曲の構成は,暗から明へのドラマなのだ,と改めて実感しました。井上さんと菊池さんの作る音楽には,自然に湧き出るようなスケール感があり,大変聞き応えがありました。

休憩後に登場した,ヴァイオリンのバイバ・スクリッドさんの演奏も,菊池さんに劣らない立派な演奏でした。ヴァイオリン協奏曲第3番は,もっと若い時期の作品なのですが,スクリッドさんの演奏からは,瑞々しさと同時に円熟味を感じました。

スクリッドさんのヴァイオリンの音には金属的なところがなく,しっとりとした美しさに満ちていました。適度な肉付きのある見事な音色で安心して音楽に浸ることができました。OEKの伴奏もとろけるような甘さをもったオーボエの音をはじめ,多彩な表情を作り出していました。

続く第2楽章には,天国的な美しさが満ちていました。ぎゅっと引き締まった音楽なのですが,大変たっぷりと歌いこまれていたので,ロマン派の音楽を聞くような豊かさがありました。特に深々とした息の深さを持った,楽章の後半部は絶品でした。

3楽章も第1楽章同様,次々と明るいメロディが湧き出てくるような魅力がありました。この楽章の最後は,ふっと消えるように終わるのですが,その後,井上さんは,スクリッドさんに向かって軽く投げキッスをしていました。こういう仕草が似合うのは,ミッキーならではです。音楽の気分にもぴったり合っていました。

演奏会のトリは,交響曲第40番でした。最初に演奏された25番に対応するような選曲で,ここでも井上さんは,指揮棒なしで指揮されていましたが,出てきた音楽は正反対でした。「おや」と思うほどテンポは遅く,少しゆらぐような粘り気を持った独特の雰囲気で始まりました。気だるさのある表情がまた魅力的でした。この辺の意表を突く,センスの良さが井上さんの魅力だと思います。その後,音楽は次第に力強さを増していきます。冒頭部での脱力感と中盤での力強さのコンストラストの面白さもまた井上さんの音楽の特徴です。

第2楽章は,淡々とした表情を持っていました。井上さんの指揮ぶりには,一流のダンサーの動作のように動きにブレがありませんので,こういう淡々とした楽章では「等速直線運動」といった感じで音楽が滑らかに流れ,静けさの中の美しさのようなものを実感させてくれます。第3楽章は一転して,くっきりとした音楽となりました。トリオでもテンポを落とすことはなく,一気に音楽が流れて行きました。第4楽章は大変力強い音楽でした。直線的に音楽が進み,全曲をビシっと締めてくれました。

以上のように,4曲とも大変充実した音楽を楽しむことができました。井上さんの作る音楽には,古典派の音楽の場合でも小さくまとまるところはなく,常に伸びやかさを感じさせてくれます。「ミッキー&OEK」による自由な感性に満ちたモーツァルトは,これからのOEKの新十八番になっていくような予感がしました。この演奏会は,全曲ライブ録音をしていましたが,大いに期待できる1枚(2枚?)になりそうです。

PS.今回も大変長い演奏会になりましたので,最後のアンコールはありませんでしたが,前半の最後に,菊池洋子さんのピアノ独奏でトルコ行進曲が演奏されました。全く迷いのない気持ちの良い演奏でした。

PS.今回のCD録音なのですが,どういう形で発売されるのか注目です。菊池洋子さんの方は,21番と同様のパターンのような気がしますが,バイバ・スクリッドさんの方は,ヴァイオリン協奏曲第3番の録音がソニーから既に発売されています。短期間に同じ曲の演奏を再録音するとは思えないので,気になるところです。

PS.井上道義さんの愛称は「ミッチー」というのかと思っていたのですが,今回のプログラムに収録されていた井上さんが岩城さんを追悼する文章中で,自ら「ミッキー」と書いていますので,「ミッキー」が正しいのだと思います。何故,「ミッキー」なのか,一度,伺ってみたいものです。(2006/09/19)


Review by レイトリーさん
40年ぶりの彼は・・・   
待ちに待った井上道義の指揮。昔とちっとも変わらぬエネルギッシュなものでした。変わったことといえばふさふさした髪の毛がないことです。ソリストの方々も とても好きな音色でした。昔 某合唱団で井上先生に少しだけご指導いただきました。今日はその時の写真をお見せし 懐かしんでいただきました。彼は当時20歳位の桐朋の学生でした。 尾高先生とコンビでご指導いただきました。 本番は新進気鋭の秋山先生。 考えてみると贅沢な話ですね! 
井上先生の 益々のご活躍をご祈念いたします。(2006/09/18)

Review by 白山人さん
凄い観客でしたね。1階の空きスペースはほとんど補助席で埋まり、パイプオルガン席まで出来ていました。
定期公演でこのような状態はめずらしいのではないでしょうか。

私は井上さんを見ると、何年か前の仮装パントマイムを思い出し笑い出しそうになります。でも確かにエネルギッシュな指揮でOEKとの息もピタリでしたね。

バイバ・スクリッドさんのバイオリンも素晴らしかったです。(今晩のアートホールも聴きにいきます。)
そして菊池さんの登場で音楽堂に花が咲きましたね。大好きなモーツアルト20番、本当にすばらしかったです。

公演終了後、サインをもらおうと思ったのですが、ここも長蛇の列、実は私、友人と飲む約束をしていた関係で、ここで酒かサインかの選択を迫られました。しかし友人に急かされた関係で、結局酒を選びました。でも10月16日、もう一度菊池さんのピアノを今度はアートホールで聴けます。

本当にすばらしい定期公演でした。公演の最後に井上さんがおっしゃっておられました。「岩城さんもきっと喜んでおられるでしょう。」そのとおりだと思いました。(2006/09/20)


●今日のサイン会
井上道義さんのサインです。指揮同様,豪快なサインです。井上の「井」が「#」になっています。
OEKと共演したモーツァルトのピアノ協奏曲第21番他のCDのジャケットにサインを頂きました(暗くて見難いのですが)。今回の録音にも大いに期待したいと思います。

スクリッドさんには,ソニーから発売されているモーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番他のCDジャケットにサインを頂きました。ちなみにこのCDでは「スクリデ」という表記になっています。
今回は,コンサートマスターのサイモン・ブレンディスさん,オーボエの加納律子さん,ホルンの金星眞さんからサインを頂きました。


●定期会員用グッズ

この日は,定期会員にタオルを配布していました。「定期公演200回記念+音楽堂開館5周年記念タオル」ということです。私は,PH及びMの両方の会員ですので,2枚もらってきました。