OEKfan > 演奏会レビュー
かなざわ国際音楽祭2006 Vol.1 バイバ・スクリッド姉妹コンサート
2006/09/20 金沢市アートホール
シューベルト/ソナチネ第1番二長調,D.384,op.137-1
ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ第9番イ長調,op.47「クロイツェル」
ラヴェル/ヴァイオリン・ソナタ
ラヴェル/ツィガーヌ
(アンコール)クライスラー/中国の太鼓
(アンコール)クライスラー/美しいロスマリン
●演奏
バイバ・スクリッド(ヴァイオリン),ラウマ・スクリッド(ピアノ)
Review by 管理人hs
先日,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演に登場したヴァイオリンのバイバ・スクリッドさんとその妹のピアノのラウマ・スクリッドさんのデュオ・リサイタルに出かけてきました。OEKと素晴らしいモーツァルトを聞かせてくれたバイバ・スクリッドさんは,室内楽ではどういう演奏を聞かせてくれるのだろうか?―この点が非常に楽しみでした。

会場の金沢市アートホールは室内楽向けの小型ホールということもあり,期待以上のダイレクトな音の迫力を楽しむことができました。石川県立音楽堂での協奏曲の演奏の時は,しっとりとしたムードと同時に非常にしっかりとした音を持った方だと感じたのですが,やはりその通りの大変骨太な演奏を聞かせてくれました。プログラムは,クロイツェル・ソナタとラヴェルの作品が中心でしたが,どの曲も音程が正確で,荒々しい迫力を持ちながらも高い完成度を持った演奏を堪能させてくれました。

演奏会は,シューベルトのソナチネ第1番で始まりました。ソナチネということで,もっと軽く流れるような演奏かと思っていたのですが,とても密度の高い演奏でした。立派なソナタを1曲聴いたような印象を持ちました。

次のクロイツェル・ソナタは,今回,いちばん楽しみにしていた作品です。この曲は,全ヴァイオリン・ソナタ中の王者のような作品ですが,私自身,実は,全曲を通して実演で聞くのは今回が初めてです。それを今回のような正統的な演奏で聞けたことは幸運でした。

冒頭の厳粛な序奏部からピンと張った集中力があったのですが,主部に入ると音楽の勢いがどんどん増していきました。ヴァイオリンの奏法については,全くの素人なのですが,バイバさんの弓を持つ右手の動きは非常にスムーズかつ力感があり,それに呼応するかのように,伸び伸びとした流れの良い音楽を聞かせてくれました。音は本当に強靭で曲を大きく捉えて,一気に聞かせてくれるようなスケールの大きさを感じました。途中,非常に荒々しく強く弓を弦に押し付けるように演奏する部分もあり,この辺は「体育会系」「若さの特権」という感じでした。不安定な部分が全くなく,若々しさと貫禄とが同居した素晴らしい演奏でした。

第2楽章の変奏曲も立派な演奏でしたが,この辺はもう少し力を抜いたり,変化があっても良いかなと感じました。第3楽章は,第1楽章同様,唸りをあげるようなヴァイオリンを再び楽しむことができました。

今回のピアノは,1つ年下の妹のラウマさんでしたが,バイバさんと比較すると,ちょっと音が軽い気がしました。後半のラヴェルでは,息のあった演奏を聞かせてくれましたが,やはりクロイツェル・ソナタのような曲となると,お姉さんのバイバさんの強靭さに負けてしまうようなところがありました。

後半は,ラヴェルの曲が2曲演奏されました。最初のヴァイオリン・ソナタは,とても面白い作品です。少々取りとめの無い不安な感じを持った第1楽章に続いて,「ブルース」と題された第2楽章になります。この部分でのヴァイオリンの音の滑らかさは絶品でした。バンジョーをかき鳴らすような激しい奏法も冴えており,他のヴァイオリン・ソナタにないような独特の味を楽しませてくれました。最終楽章の無窮動風の音の動きも大変鮮やかでした。非常に技巧的な作品なのですが,それを感じさせない,爽快な弾きっぷりでした。

ツィガーヌの方は,過去,数回実演で聞いたことがありますが,その中でも特に完成度の高い演奏の一つだったと思います。序奏の無伴奏の部分の太い音の迫力はこれまで同様でした。速目のテンポでグイグイ引っ張った後,ピアノがエキゾティックに入ってくるのですが,この部分で音程がぴたりと合っていたのは流石でした。その後はラウマさんのピアノと一体となって,多彩な表情を聞かせてくれました。鮮やかで激しい技巧が次々と登場し,ヴァイオリン音楽の持つ楽しさを10分ほどの間に凝縮して見せてくれた感じでした。

プログラムに乗っていた曲目は,これで全部だったのですが,後半の演奏時間が短かったこともあり,アンコールは必ず2曲ぐらいは弾いてくれるだろうと予想していました。やはり,そのとおり,クライスラーのお馴染みの作品が2曲演奏されました。

「中国の太鼓」は,ジプシー・ヴァイオリンをイメージしたツィガーヌの後で聞くと,そのエキゾティズムが一段と引き立つ感じでした。ツィガーヌの後半のノリの良さがそのまま継続しており,キレの良い名人技をスカっと聞かせてくれました。

「美しいロスマリン」の方は,ウィンナー・ワルツのようにも聞こえる曲ですが,今回は物凄いスピードで演奏していましたので,「一気に駆け抜けるロスマリン」という感じでした。若い演奏家ならではの大変気持ちの良い演奏でした。

というわけで,バイバ・スクリッドさんのヴァイオリンの魅力を堪能できた演奏会となりました。スクリッドさんは,今回のラヴェルの2曲とシューベルトを含む新譜のCD録音をつい最近ソニーから発売したばかりですが(まさに来日記念盤です),これからますます活躍の場を広げていくことでしょう。そういう意味で,今回のOEKとの共演とリサイタルは,大変のタイミングの良い「先物買い」企画となりました。

PS.この日の演奏会は,なぜかお客さんのノリが悪い気がしました。満席にならなかったのも,もったいなかったのですが,もう少し盛大な拍手があっても良かったと思いました。それと,前半最後のクロイツェル・ソナタの演奏が終わった途端に客席が明るくなったのは少々疑問でした。素晴らしい演奏だったのに,拍手がすぐに終わってしまい,水を差された感じがしました。その他,少々アナウンスの言葉が多く(「姉妹ならではの息の合った演奏をお楽しみ下さい...」という会場アナウンスは不必要です)。というわけで,演奏会全体の雰囲気が「何となく変」でした。この点が少々残念でした。(2006/09/21)