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オーケストラ・アンサンブル金沢第208回定期公演PH
2006/10/06 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ベートーヴェン/交響曲第7番イ長調op.92〜第1,2楽章
2)モーツァルト/ピアノ協奏曲第21番ハ長調,K.467
3)エドワーズ/オーボエ協奏曲(日本初演)
4)ベートーヴェン/交響曲第7番イ長調op.92〜第3,4楽章
5)(アンコール)モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」序曲
●演奏
延原武春指揮 オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)
宮谷理香(ピアノ*2),ダイアナ・ドハティ(オーボエ*3)
池辺晋一郎,延原武春(プレトーク)

Review by 管理人hs
オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の10月の定期公演は,バロック〜古典派音楽演奏のオーソリティの一人,延原武春さん指揮によるベートーヴェンの交響曲第7番と2曲の協奏曲を中心としたプログラムでした。延原さんは,過去,OEKメンバーとバロック音楽の演奏会は何回か行っていますが,定期公演に登場するのは,今回が初めてです。一見したところ,日本初演の作品が1曲入っている以外は,比較的オーソドックスな演奏になるだろう,と予想していたのですが,何とベートーヴェンの第7番が真っ二つに分けられ,その間に2曲の協奏曲が演奏される,というこれまで聞いたことのないような構成で演奏されました。

交響曲を額縁として,その間に別の曲を挟むというスタイルは,古典派時代にはよくあったそうですが,現代の演奏会でその形で演奏することは皆無です。これまで岩城さん指揮で聞いてきたOEKのベートーヴェンの第7番では,第1楽章と第2楽章をアタッカで演奏するなど,1〜4楽章をひとまとめにして,一気に聞かせるような意図で演奏されることが多かったので,まさにそれとは全く逆の発想ということになります。ベートーヴェンの作曲意図からしても,全曲続けて演奏するのが正しいのですが,今回の演奏会を聞いて,「たまにはこういうユニークな発想の演奏会も良いな」と思いました。さらに,今回の演奏会の場合,挟み込まれた作品とベートーヴェンとの不思議な融合効果が出ていましたので,額縁スタイルの配列にも意義があると,積極的に評価したいと思います。演奏会全体が一つの大曲になったような聞き応えを感じました。

まず,ベートーヴェンの第7番の前半2楽章が演奏されました。これは,丁度,演奏会全体の序曲のような位置付けになります。古楽系の指揮者の中には,非常に激しい雰囲気で曲を捉える人もいますが,延原さんの指揮ぶりは,十分な力感はあるものの,力むことはなく,スーッと曲に入っていきました。ほとんどノンヴィブラートで演奏していたこともあり,とても落ち着いた雰囲気で始まりました。その後も慌てるのないテンポ設定で,どこか飄々とした気分のある演奏となっていました。延原さんは,この日のプレトークにも登場されていましたが,どこか「関西の粋なおっさん」(敬愛を込めての表現です)という感じの”良い味”が満ちていました。演奏にもその雰囲気が出ていたと思います。

しかし,呈示部を繰り返した後は,音楽が次第にスケールを増していきました。この日のティンパニはトム・オケーリーさんで,バロック・ティンパニを使っていましたが,その乾いた響きと鋭いトランペットの音がいつの間にか大きなクライマックスを築いていました。延原さんは,指揮棒なし,指揮台なしで指揮し,かなり体を大きく動かして指揮をされていました。その点では前回の井上道義さんと共通する部分もあるのですが(考えてみると髪型(?)も似ておりました),足が時々上がるなど独特のエネルギーに満ちた指揮ぶりでした。

第2楽章は,非常に速いテンポで演奏されましたが,出だしの部分をはじめとして,低弦のモノローグのような歌が充実しており,豊かな情感を感じました。もともとはアレグレットというテンポ指定ですので,遅くは演奏する必要はない楽章ですが,延原さんの指揮からは,どこか舞曲を思わせるような軽快さを感じました。楽章の最後の部分は,シューベルトの「未完成」の第2楽章を思わせるように,グーッと盛り上がった後,余韻をもって締めていました。「まだまだ続くぞ」という感じと「ここで一旦中断」という気分をうまく感じさせるエンディングでした。

演奏後の拍手は比較的控えめで,次のモーツァルトのピアノ協奏曲第21番続いて行きました。この拍手の仕方は,良かったと思いました。この曲では,金沢出身のピアニスト宮谷理香さんが登場しました。宮谷さんは,カウントダウンコンサートや室内楽演奏をはじめ,OEKとはよく共演していますが,意外なことに定期公演には初登場です。白いドレスで登場すると,会場の空気が1曲目とは全然違うムードに変わりました。

宮谷さんは,ちょっとクールな雰囲気の小気味良いピアノを聞かせてくれました。ちょっとそっけないかな,という部分はありましたが,上品な輝きを持った宝石を思わせるようなピアノの美しさは,モーツァルトのこの曲に相応しいものでした。OEKの演奏も,大変軽快でした。第1楽章は行進曲調ですが,バロックティンパニの乾いた音がその祝祭的な気分をさりげなく盛り上げていました。その他の楽器では,上石さんのフルートの音がとても柔らかく雅やかで,印象に残りました。

第2楽章は,波一つない水面を思わせるような本当に美しい弦楽器のカンタービレで始まりました。この上に,宮谷さんのピアノが加わります。第1楽章同様,大変気品のある演奏で,ちょっとすました感じが曲のムードにぴったりでした。この曲は,「みじかくも美しく燃え」というスウェーデン映画の音楽に使われて有名になりましたが,その原題は「エルヴィラ・マディガン」という女性の名前です。私自身,この悲恋の映画をまだ観たことはありませんが,この主役の女性の雰囲気は,きっとこの日の演奏のような感じなのではないか,と予想しています。是非,一度見てみたいと思います。

第3楽章は,第1楽章と同様の気分に戻ります。トランペットの響きも加わり,さらに祝祭的な気分が増していました。宮谷さんのピアノは非常に冴えており,速いパッセージでのキレの良い音の動きが特に聞きものでした。

後半は,ロス・エドワーズという,1943年シドニー生まれの作曲家によるオーボエ協奏曲で始まりました。これだけの情報だと,どういう曲なのか全く予想できなかったのですが,聞いてみると...とてつもなく面白い作品でした。プレトークの中でもこの曲についての説明はありましたが,期待を上回る「パフォーマンス」となっていました。これまでかなり多くの現代音楽を聴いてきましたが,その中でも最も楽しめた作品の一つだった気がします。

この曲は,ステージの照明の色を変えるなど視覚的な効果も狙っている作品なのですが,何といっても初演者でもあるダイアナ・ドハティさんのオーボエの演奏技術と演技力なしには考えられない作品です。ドハティさんは,シドニー交響楽団の首席オーボエ奏者です。プログラムの解説によると,彼女のオーボエの音を近所でたまたま聞いたことをきっかけに,作曲者とドハティさんとの交流が始まりまったとのことです。その後,彼女は,この曲の作曲を依頼し,2002年にロリン・マゼール指揮でシドニー・オペラ・ハウスで世界初演されました。

まずステージが真っ暗になりました。その暗闇の中からオーボエの音が聞こえてきて曲が始まります。闇の中で聞くオーボエの音というのは何とも言えず神秘的でした。ドハティさんが下手から入ってきて,ステージ中央付近に来ると,足を大きく開いて,腰をぐっと落として,オーボエをグルグル回しながら,お客さんの方に何かを訴えかけるような感じで演奏を続けました。どこか,「ハーメルンの笛吹き”女”」という感じでした。動き回りながらの演奏というのは,非常に難しいと思うのですが,ドハティさんの音は全く崩れることがありませんでした。

ドハティさんは,裸足(足音が全然しませんでした)でステージを飛び回っていましたが,そのせいか,そのパフォーマンスには,オーストラリアの自然・野性を思わせる気分がありました。その後しばらくは,上手のコントラバスの隣付近の台の上で演奏しながら,時々,ソロを取っているOEKの奏者の方に楽器を向けて演奏していました。楽器同士で対話を楽しんでいるような趣きは視覚的にも楽しめました。

演奏の中で印象的だったのは,加納さんの担当していたイングリッシュ・ホルンの演奏でした。プログラムの解説によると,当初,ドハティさんの旦那様のアレクサンドルさんのイングリッシュホルンとの二重協奏曲になる案もあったそうですが,最終的にはオーボエ協奏曲となりました。この部分は,その名残なのかもしれません。本来は,ソリストが,オーボエとイングリッシュ・ホルンを持ち替えて演奏するようですが,今回のように分担して演奏する方が面白いのではないかと思いました。演奏後,このお二人は抱き合って健闘をたたえ合っていました。

曲自体も大変面白いものでした。曲想の変化に応じて照明の色合いが変わっていましたが(ピンクの照明まで出てきました。延原さんが「宝塚のオーケストラなら慣れていますが」とプレトークで語っていたのは,関西人ならではの発想だと思います),映画音楽を思わせるような親しみやすさがあり,オーボエ協奏曲というタイトルにもかかわらず,物語の流れを強く感じました。

ただし,後から考えてみると,3つぐらいの部分に分かれていることが分かりました。古典的な協奏曲として聞いても楽しめる作品だと思います。静かな部分が終わった後,パーカションのリズムが始まり,トロピカルな気分に変わり,大きく盛り上がっていきます。最後,ダイアナさんがパッとすべてを解放するように両手を上に向けて広げて,照明が暗くなって終わるのですが,この鮮やかさも印象的でした。

ドハティさんの熱演,曲全体の親しみやすさ,ステージの照明の変化など,まさに多面的な魅力に満ちたサービス精神満点の作品でした。この曲は,今月行われる,OEKのオーストラリア公演でも演奏されるそうですが,大変盛り上がることでしょう。7月の天沼さんが登場した定期公演でも,「親しみやすい現代曲」が取り上げられましたが,この路線はとても良いと思いました。

この後,前半に第2楽章までが演奏されたベートーヴェンの交響曲第7番の後半2楽章が演奏されたのですが,このオーボエ協奏曲で会場が大いに盛り上がりましたので,非常にスムーズにベートーヴェンのスケルツォにつながりました。オーボエ協奏曲の時には,トランペットはお休みだったのですが,その「休憩」もプラスになっていたと思いました。

第3楽章では,前の曲のエネルギーがそのままスケルツォの推進力になっていたと感じました。第4楽章はさらに力強い演奏でした。1楽章の時同様,最初はテンポも抑え気味で,飄々としたムードだったのですが,楽章の後半に行くに連れて,各楽器のソロが鮮やかに前面に出てきました。特にトランペットのお二人のパワーには素晴らしいものがありました。特に熱狂的なテンポ設定ではなかったのですが,非常に力のこもった終楽章になっていました。アンコールでは,この勢いをそのまま続けたような,おなじみのモーツァルトの「フィガロの結婚」序曲が演奏されました。

今回のプログラムは,よくよく考えると,前回の井上道義さん指揮のモーツァルトプログラムととてもよく似た構成でした。前回は,モーツァルトの交響曲2曲で協奏曲2曲を挟んでいたのですが,今回はベートーヴェンの交響曲第7番を真っ二つに割って演挟むという形でした。ベートーヴェンの第7番の場合,非常にカロリーが高い作品ということで,2つに割ってもそれぞれに聞き応えがあることが実感できました。この日の演奏は,古典派の曲の演奏なのに,対向配置ではありませんでしたが,これは恐らく,オーボエ協奏曲の配置を意識してのものだったと思います。その結果として,演奏会全体が1曲の大曲になったような聞き応えを感じました。聞く前に期待していた以上に,斬新さに満ちた演奏会になりましたが,やはり,間に挟まれたオーボエ協奏曲とベートーヴェンの第7番の意外なほどの取り合わせの良さが成功のいちばんの理由だったと感じました。(2006/10/07)

今日のサイン会

指揮者の延原武春さんのサイン


ピアノの宮谷理香さんとオーボエのダイアナ・ドハティさんのサイン。ドハティさんには,少し英語で話し掛けてみました。それなりに通じたようで,にこやかな笑顔を見せて頂きました。


OEKのメンバーの方々のサインです。今回は皆さん日本語のサインでした。