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かなざわ国際音楽祭2006 Vol.2 菊池洋子&OEKメンバーズ
2006/10/16 金沢市アートホール
1)ロッシーニ/四重奏のソナタ第3番ハ長調
2)モーツァルト/ピアノ・ソナタ第11番イ長調,K.331「トルコ行進曲付き」
3)モーツァルト/ピアノ・ソナタ第8番イ短調,K.310
4)シューベルト/ピアノ五重奏曲D.667「ます」
5)(アンコール)シューベルト/ピアノ五重奏曲D.667「ます」〜第3楽章の前半
●演奏
菊池洋子(ピアノ2-5)
アビゲイル・ヤング(ヴァイオリン*1,4-5),ドナータ・ベッキング(ヴィオラ*1,4-5)),大澤明(チェロ*1,4-5),ダニエリス・ルビナス(コントラバス*1,4-5)
Review by 管理人hs
9月のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演に登場し,モーツァルトのピアノ協奏曲第20番を共演した菊池洋子さんの登場する独奏&室内楽の演奏会が金沢市アートホールで行われたので出かけてきました。前半は菊池さんのピアノ独奏中心,後半は,OEKのメンバーとの共演によるシューベルトの「ます」ということで,多彩な内容の演奏会となりました。すっかり金沢の聴衆にもお馴染みになった菊池さんのピアノも良かったのですが,アビゲイル・ヤングさんをリーダーとする,室内楽も大変聞き応えがありました。全体的に大変スケールの大きな演奏を楽しむことができました。

前半は,ピアノ独奏に先立って,OEKの4人のメンバーによる,ロッシーニのソナタが演奏されました。今回登場した4人は,ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロ,コントラバスという少々変則的なメンバーでしたが,この編成は,後半に演奏された「ます」用ということになります。

ロッシーニの弦楽のためのソナタは,イタリアらしい爽やかさに満ちた曲で,私自身,大好きな作品です。ロッシーニの若い頃に作れられた作品ですが,今回のようなくっきりとした演奏で聞くと非常に充実した音楽に聞こえます。特にヤングさんのヴァイオリンの音の鮮やかさが見事でした。第3楽章の速いパッセージなどでも全く崩れることがなく大変清潔な感じのする演奏を聞かせてくれました。

続いて菊池さんが登場しました。石川県立音楽堂での定期公演の時同様,菊池さんがステージに登場すると,パッと雰囲気が明るくなりました。今回は,小ホールで聞いたこともあり,その天性の明るさのようなものを一層強く感じることができました。雰囲気としては,女優の松たか子さんのような雰囲気を持った方だと思いました。

今回演奏されたのは,モーツァルトのピアノ・ソナタの名曲2曲でした。最初に演奏されたK.331は,CD録音を行っていることもあり,すっかり手の内に入った演奏でした。菊池さんのピアノには,常に余裕があり,健康的で伸びやかな感性が漂っているのが魅力です。第1楽章の主題が,全く力むことなく始まった後,変奏が進むにつれて,次第に勢いが良くなってくるような演奏でした。各変奏とも繰り返しをきっちりと行っていましたが,2回目に演奏するときには,装飾音もかなり交えており,単調さはありませんでした。古典派の曲ということもあり,極端に激しい音が出てくるわけではないのですが,ちょっとした表情付けをするだけで,くっきりと表情が描き分けられるのが,菊池さんの素晴らしい点です。特に一瞬短調に転調する部分の切実な雰囲気が印象的でした。

菊池さんの演奏は,磨きに磨かれた精密な演奏という感じではなく,一瞬,「これで合っているのかな?」と思うような部分もあったのですが,不思議とそういった”細かい部分”が気になりませんでした。自然体の流れの良さのある演奏でした。

くっきりと演奏された第2楽章メヌエットの後,トルコ行進曲となりました。この楽章では第1楽章以上にアドリブ的な装飾音が沢山入っていましたが,それがさらに音楽の勢いを高めていました。音の強弱もさりげなく,しかし,くっきりと付けられており,何回も聞いてきたこの曲から新鮮な魅力を引き出していました。コーダの部分は,大変力強く,スケールの大きさを感じさせてくれるような演奏となっていました。

この曲の後,菊池さんは,一旦袖に引っ込んだのですが,すぐにステージに戻って来て,K.310のソナタを弾き始めました。個人的には,もう少し間を置いて欲しいと思ったのですが,続けることによって2つのソナタが一体となって響くという効果が出ていました。K.331がイ長調,K.310の方がイ短調ということで,調性の面でも一体感を感じました。

特に第1楽章は,トルコ行進曲の流れの良さがそのまま続いているようでした。ただし,K.331の演奏に比べると,全体として直線的で硬い感じがしました。前曲が多彩な表情を持っていたのと比べると,ちょっと単調だったかもしれません。その一方,第3楽章では,一気呵成な迫力がストレートに迫ってきました。この曲はモーツァルトの作品の中でも特別な雰囲気を持った曲ですが,菊池さんのピアノは,そのエネルギーをダイレクトに伝えてくれました。

後半の「ます」の方は,非常に聞き応えのある演奏でした。ピアノの加わる五重奏曲というのは,ブラームスにしてもシューマンにしてもドヴォルザークにしてもどれも聞き映えがするのですが,アビゲイル・ヤングさんを中心としたアンサンブルと菊池さんの作る音楽には,リラックスした感覚と緊張感が共存しており,非常に楽しめるものとなっていました。特にリラックスした爽やかさは,シューベルトの音楽にはぴったりでした。

第1楽章は,「ジャン」という強奏の後,ピアノの音がキラキラと入ってくるのですが,この部分からして,爽やかそのものでした。菊池さんのピアノは,前半以上に,クリアで生き生きとした感じがしました。

今回のOEKメンバーは,ヴァイオリンのヤングさんとチェロの大澤さん以外は,あまりお馴染みではない方が参加していたのですが,コントラバスが加わっていたこともあり,非常に力強い演奏を聞かせてくれました。特に,呈示部終盤で,全楽器が一体となって速目のテンポでグイグイと押してくる辺りのスリリングな切れの良さは最高でした。今回は,呈示部の繰り返しを行っていませんでしたが,この部分などはもう一度聞いてみたいなぁと思いました。

第2楽章は,第1楽章とは対照的に穏やかな間奏曲となっていました。その後の第3楽章がまた,キレ味抜群の演奏でした。惚れ惚れとするような鮮やかな演奏でした。大澤さんとルビナスさんが一体となって作る迫力のある低音もまた非常に充実していました。

有名な第4楽章は,各楽器が順番にソロを取っていくような楽章です。リラックスした雰囲気とキリリと引き締まったムードとが共存しており,アンサンブルの楽しさがしっかりと伝わってきました。ここでも菊池さんのクリアなピアノのタッチが特に魅力的でした。

第5楽章は,それほど性急な感じはせず,気楽かつダイナミックに全体をまとめてくれました。この楽章では,途中で一度,曲が終わったようになる部分があります。その後,ハンガリー風のロンド主題が,すーっと甦って来て,曲がさらに続くのですが,この部分で,各奏者の皆さんがとてもにこやかな表情を見せたのが印象的でした。もしかしたら,この部分で会場から拍手が入るだろうか,と予想していたけれども,拍手が入らなかったので,顔がほころんだのかもしれません(これは勝手な想像ですが)。

というようなわけで,勢いのある,伸び伸びとした大柄な室内楽を楽しむことができました。アンコールでは,第3楽章のスケルツォの前半部分だけが演奏されました。今回は,変則的な編成でしたので,アンコールするならば,いちばん演奏時間の短いこの楽章だろうと思っていたのですが,やはりそのとおりでした。

この日は,前半最初がピアノなしの四重奏,続いてピアノ独奏,後半は,ピアノ入りの響きの充実した室内楽ということで多彩なプログラムを楽しむことができました。弦楽器のみによる,渋く落ち着いた室内楽も悪くはありませんが,今回のような華やいだ雰囲気のある室内楽の演奏会も良いものです。ピアノの菊池洋子さんには,これからも協奏曲,室内楽,独奏のどのジャンルでも伸びやかな音楽を聞かせ続けいって欲しいと思います。(2006/10/18)