OEKfan > 演奏会レビュー
オーケストラ・アンサンブル金沢第209回定期公演F
2006/10/30 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ロジャース(渡辺俊幸編曲)/ミュージカル「王様と私」〜シャル・ウィ・ダンス?
2)渡辺俊幸/NHKドラマ「大地の子」〜メインテーマ
3)渡辺俊幸/NHK「新日本探訪」〜メインテーマ
4)渡辺俊幸/NHK「クイズ日本の顔」〜メインテーマ「ザッツ・モーツァルト」
5)服部隆之/NHK大河ドラマ「新選組!」〜メインテーマ
6)小六禮次郎/NHK大河ドラマ「功名が辻」〜メインテーマ
6)渡辺俊幸/NHK大河ドラマ「利家とまつ」〜メインテーマ「颯流」
7)モノー(岩谷時子作詞;前田憲男編曲)/愛の賛歌
8)寺島尚彦(寺島尚彦作詞;渡辺俊幸編曲)/さとうきび畑
8)マンシーニ(渡辺俊幸編曲)/映画「ティファニーで朝食を」〜ムーン・リヴァー
9)渡辺俊幸/映画「解夏」〜メインテーマ
10)伊勢正三(伊勢正三作詞)/なごり雪
11)三木たかし(覚和歌子作詞;渡辺俊幸編曲)/わたくは青空
12)佐藤勝(松山善三作詞)/一本の鉛筆
13)バーバラ(覚和歌子作詞;渡辺俊幸編曲)/わが麗しき恋物語
14)トレネ(高野圭吾作詞;丸山和範)/幽霊
15)(アンコール)ポムス&シューマン(岩谷時子作詞)/ラストダンスは私に
16)(アンコール)久石譲(覚和歌子作詞)/人生のメリーゴーランド
●演奏
クミコ(歌*7-8,10-16)
渡辺俊幸指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:松井直)*1-9,11-14,16
上條泉(ピアノ),大坪寛彦(ベース)
Review by 管理人hs
オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)は,10月中旬から下旬にかけて,オーストラリア〜東南アジア方面の演奏旅行に出かけていましたが,帰国後最初の演奏会は,シャンソン歌手のクミコさんをゲストに迎えてのファンタジー公演でした。私自身,クミコさんのお名前も歌を聞くのも今回が初めてだったのですが,ジャンルの枠を越えた,独特の個性を持った歌を堪能できました。

これまでファンタジーシリーズに登場された方の中では,恐らくいちばん知名度の低い方だったと思いますが,そのステージは素晴らしいものでした。クミコさんは,シャンソン歌手と言いつつ,フランス語の歌は全く歌いませんでした。その点が大変ユニークで,全曲を通じて,しっかりとした日本語に拘っていらしゃいました。そして,その確固たる日本語の中から,クミコさん自身の人生やドラマが実感と共感を持って浮き上がっていました。フランス語でなくても,「やはりシャンソンそのものだ」と実感させてくれる歌でした。

クミコさんの声は,年季の入ったちょっとハスキーな声なのですが,その声は不思議と透明で,のびやかで,純粋でした。「人生を歌い上げる」と書くと重くなりがちなのですが,クミコさんの歌には軽さや瑞々しさもあり,聞いていて疲れませんでした。

今回は,”同学年”の渡辺俊幸さんとの共演だったのですが,「トシユキさん」と暖かさと親しみを込めて呼び掛けるクミコさんを見て,「これは名コンビだ」と実感しました。矢野顕子さんとの共演の時もそう感じたのですが,渡辺さんが同世代の歌手と共演される時は,トークがとても打ち解けた感じになり,聞いている方も嬉しくなります。ファンタジー公演では,毎回,トークも楽しみなのですが,今回もまたプロのアーティストのサービス精神を楽しむことができました。

前置きが長くなりましたが,演奏会の様子を報告しましょう。まず,演奏会全体の序曲としてOEKのみで「シャル・ウィ・ダンス?」がたっぷりと演奏されました。続いて,渡辺さんの作品を中心に,テレビのために作られた音楽が演奏されました。今回はすべてNHKのために書かれた音楽でした。今回の作品リストを見ても分かるとおり,渡辺さんは,どういうタイプのドラマ・番組にも,ピタリと合った音楽を用意することができます。映画・テレビ音楽界の”職人”と言っても良い存在だと思います。

最初に演奏された「大地の子」と「新日本探訪」のそれぞれのメイン・テーマは,渡辺さんとOEKによるアルバム「浪漫紀行」に含まれている”おなじみ”の作品です。渡辺さんの作品では,一つの楽器がすっきりとしたソロを聞かせる曲がいくつかありますが,「新日本探訪」では,オリジナルのパンフルートではなく,コンサートマスターの松井直さんがソロを担当していました。今回は,トロンボーン3本をはじめ,金管楽器が増強されていましたが「大地の子」では,その効果が特によく出ていました。

3曲目の「ザッツ・モーツァルト」は,今回初めて聞いた曲でした。その名のとおり,モーツァルトの曲を意識したような,シンプルで可愛らしい作品でした。テレビ番組では,Yumiさんという若いフルート奏者がソロを担当していますが,この日は上石さんがしっとりとした歌を聞かせてくれました。

その後は,NHK大河ドラマのメインテーマが3曲演奏されました。最初に演奏された「新選組!」(プログラムでは「新撰組」となっていましたがこれは間違いです)は,三谷幸喜脚本ということで,私自身,1年間全回を見た思い出深い作品です。「ラーラーラ,ララララー」というジョン健ヌッツォさんの独唱入りのテーマ曲もしっかりと耳に残っています。ということで,どうしてもこの作品については,オリジナルにこだわってしまいます。好きな作品のテーマ曲を生で楽しめる喜びはあったのですが,オリジナルと違い歌が入らないと,同じメロディが2回繰り返されるだけのような形となり,少々物足りなさを感じました。テンポの方もサントラ盤に比べると,腰が重く,ちょっと違和感を感じました。

次の「功名が辻」の方は,現在放送中の作品ということで,別の意味で親しみを感じました(ただし,この作品については,最近は見ていないのですが...)。冒頭部の鮮やかな響きと中間部で変拍子になる部分の軽妙さとが実演だと生き生きと響いていました。最後の「利家とまつ」は,”OEKのテーマ曲”と言える曲です。この曲は歴代の大河ドラマの中でも特に良い曲だと思います。ひいき目もあるかもしれませんが,何度聞いても,飽きない曲だと,作曲者自身の指揮による演奏を聴いて改めて実感しました。

その後,白いドレスを着た,クミコさんが登場しました。シャンソンの代表曲「愛の賛歌」に続いて,日本のスタンダードナンバーと言っても良い「さとうきび畑」が歌われました。この曲は,6月に”本家の”森山良子さんの歌で聞いたばかりですが,今回のクミコ版にも別の味わいがありました。森山さんの時は,ギター弾き語りだったのですが,今回は渡辺俊幸さん編曲によるオーケストラ伴奏版だったのがいちばんの違いです。森山さんの声は,聞き手の心に突き刺さるように響きましたが,クミコさんの歌からはもっと大らかな気分を感じました。

森山さんの時は,どうだったか忘れたのですが,今回はノーカットで,11番まで歌われました。このことは編曲者にとっては,相当大変な仕事だったとのことです。静かに始まり,後半で盛り上がり,静かに終わるというアーチ型の構成の曲ですが,基本的には同じメロディが11回繰り返されるというものですので,それにどうやって変化を付けるのかが問題となります。ハープのような静かだけれども色彩感のある楽器を使うなど,オリジナルの味わいをなくさずにすっきりかつ鮮やかにまとめた編曲になっていました。「長い曲」といえば,さだまさし作曲,山本直純編曲の「親父のいちばん長い日」を思い出しますが,今回の編曲にもそれと似た雰囲気があったような気がしました。

後半は,お馴染みのムーン・リヴァーが演奏された後,映画「解夏」のメインテーマが演奏されました。あきらめとせつなさが同居したような静かな雰囲気を持った作品でした。

その後,鮮やかな赤のドレスに着替えたクミコさんが登場しました。まず歌われたのは,ピアノとベースのみの伴奏による「なごり雪」でした。この曲を聞くと,どこかノスタルジックな気分になる人が多いと思うのですが,「悔しかったあの時代」を思い出すと語っていたクミコさんの歌も説得力のあるものでした。

次の2曲は「いのち」をテーマにした作品でした。「わたしは青空」は,数年前に佐世保の小学校で起こった殺人事件にインスパイアされて作られた曲です。突然,家族を失った遺族が言いようのない悲しみをどう受け止めるかがテーマなのですが,全体の雰囲気は明るく親しみやすいものでした。その中から悲しみが溢れ出てくるような感動的な曲で,クミコさんの声の持つ「自然なドラマ」が最大限に発揮されていました。悲しい曲ではありますが,もう一度,歌詞を味わいながら聞いてみたい曲でした。

次の「一本の鉛筆」は,美空ひばりさんが歌った反戦の曲です。ひばりさんがこういう曲を歌っていたのは意外だったのですが,この曲もまた前曲に劣らないほど感動的な曲でした。この曲では,全編に渡り,歌に寄り添うように繊細なオブリガードを付けていた松井さんのヴァイオリンも大変印象的でした。この曲は,非常にシンプルな歌詞で,ストレートに「戦争はいやだ」と歌っていました。その率直さが「思いの強さ」となって現れていました。特に「イッポン」という言葉のもつ,キッパリとした語感がよく生きていました。

「わが麗しき恋物語」は,不遇だったクミコさんを助けてくれた1曲です。クミコさんは,お客さんが1人しかいない状況で歌ったこともあるそうですが,そのことをネタとしてトークの中で披露できるようになった現在は,とても幸せなのではないかと思います。この曲は,さだまさしさんの「関白宣言」の中に出てくる「俺より先に死んではいけない...」という歌詞を女性側から見たような感じの曲で,ここでも明るさの中の悲しみが心に染みました。クミコさんの歌は,辛い人生と幸福感を同時を歌った曲が多いのですが,それが重苦しくなり過ぎないのが素晴らしい点です。辛い経験を沢山乗り越えてきた方だからこそ表現できる軽やかさなのではないかと感じました。

演奏会の最後は,「幽霊」という,力強いリズムを持った作品で締められました。どこかアストル・ピアソラの曲を思わせる躍動感があり,今回聞いた曲の中ではいちばんヨーロッパっぽい雰囲気のある曲でした。

その後は当然アンコールとなりました。1曲目は,まずピアノ伴奏で「ラストダンスは私に」が歌われました。映画「Shall weダンス?」でも最後の方で歌われていましたので,最初に序曲として演奏された「シャル・ウィ・ダンス?」とうまく呼応しているな,と感じました。この曲は,越路吹雪さんの余裕のある歌いっぷりで有名な作品なのですが,クミコ版だとピアノ伴奏ともども非常にパワフルで「こんな男は許せん」という怒りに満ちたような楽しい曲になります。この独特の解釈で永六輔さんに注目された作品ということで,この曲もまたクミコさんにとっては運命の1曲になったとのことです。

アンコール2曲目は,映画「ハウルの動く城」のテーマ曲で「人生のメリーゴーランド」でした。こちらはオーケストラ伴奏によるダイナミックなもので,演奏会全体を華やかに締めてくれました。

というようなわけで,今回のファンタジー公演は,歌による人生とドラマを堪能させてくれる演奏会となりました。クミコさんと渡辺さんとの相性もぴったりでしたので,今回の共演をきっかけとして,お二人とOEKとのコラボレーションで,金沢をイメージしたオリジナル曲でも歌ってくれないかな,と期待してしまいました。

PS.今回演奏された「ザッツ・モーツァルト」は,Yumiさんという若手フルート奏者と渡辺さん指揮OEKとの共演でCD録音もされています。11月に発売されるということで,こちらの方も是非聞いてみたいと思います。

PS.今回のトークの中では70年代のファッションの話が何と言っても楽しかったですね。渡辺さんが底の厚い靴と裾の長いベルボトムのズボン(ガロというグループの影響)を履いていたのは,何となく想像が付きますが,その格好で寿司屋に入ると,全員が”松の廊下”のような状態になったというのは,相当に面白い話ですね。
(2006/11/01)

今回のサイン会



クミコさんのサインです。


渡辺俊幸さんからも頂きました。


OEKのメンバーのサインです。上からヴァイオリンのトロイ・グーキンズさん,フルートの上石薫さん,コンサートマスターの松井さんのサインです。