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石川県立音楽堂開館5周年記念
大阪センチュリー交響楽団&オーケストラ・アンサンブル金沢合同公演
2006/11/05 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ショスタコーヴィチ/祝典序曲
2)ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第2番ハ短調op.18
3)(アンコール)リスト/ラ・カンパネラ
4)ショスタコーヴィチ/オラトリオ「森の歌」
5)(アンコール)バッハ,J.S./G線上のアリア
●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢;大阪センチュリー交響楽団(1-2,4-5)
アリス=紗良・オット(ピアノ*2-3)
志田雄啓(テノール*4),安藤常光(バリトン*4)
「森の歌」特別合唱団(合唱指揮:佐々木正利,朝倉喜裕),OEKエンジェルコーラス

Review by 管理人hs
11月3日から3日連続で行われている石川県立音楽堂開館5周年記念イベントのメイン・イベント,大阪センチュリー交響楽団(COO)とオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の合同演奏による「森の歌」公演に出かけてきました。この公演には,OEKエンジェルコーラス,OEK合唱団のメンバーなども含む特別編成の合唱団も参加しており,「みんなで5周年を祝おう」という感じのとても盛大な演奏会となりました。

曲はお祝いにふさわしくショスタコーヴィチの祝典序曲から始まりました。今年は,モーツァルトの影に隠れがちですが,ショスタコーヴィチの生誕100年でもあります。今回の選曲は,音楽堂のアニバーサリーとともに,ショスタコーヴィチのアニバーサリー・イヤーを意識してのものと思います。

この祝典序曲を聞くのは,金沢室内管弦楽団の定期演奏会に続いて今年2回目です。井上道義さん指揮による今回の演奏は,非常にスピード感があり,音楽がグングン流れていきました。大変スマートで格好良い演奏でした。

今回の私の座席は1階席のかなり前方のやや下手側のブロックだったのですが(定期公演の振り替えでした),この場所だと,オーケストラの音を本当にたっぷりと楽しむことができました。曲のクライマックスでは,パイプオルガン前のステージに陣取ったトランペット,トロンボーン,ホルンのバンダ部隊(合計で15名ぐらいいました。地元の奏者が中心だったようです)が,ここぞとばかりファンファーレに参加し,鳥肌が立つような盛り上がりを作っていました。おめでたい演奏会にぴったりの曲であり演奏でした。

続いて,こちらもまたOEK単独ではなかなか演奏することのできない,ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番が演奏されました。祝典序曲でもそうだったのですが,今回の合同編成オーケストラの音は確かに厚みはあったのですが,重苦しさは感じませんでした。OEKとCOOのそれぞれの単独演奏の場合の弦楽器の透明感やキレの良さをそのまま残したまま,強靭さを増したような密度の高さを感じました。

この曲には,まだ18歳のピアニスト,アリス=紗良・オットさんが登場しました。アリス=紗良さんは,ドイツ生まれの方ですが,そのお名前からすると,ご両親のどちらかが日本人だと思います。白い肌に長い黒髪,すらりとしたスタイルということで,女子中高生向けのファッション雑誌のモデルとして出てきそうな清潔な雰囲気を持った方でした。

演奏の方も大変立派でした。冒頭のソロの部分から非常に堂々と演奏していました。硬質なタッチから出てくるキラキラとした音が特に印象的で,多少オーケストラの音に埋もれてしまう部分はありましたが(これは私の座席の関係かもしれません),十分な華やかさも持った演奏でした。速いパッセージになるほど,音の輝きが増すようなキレの良いテクニックは本当に見事でした。

井上さん指揮の合同オーケストラは,全曲に渡っていかにもロシア音楽的な豊かな音の流れを作っていました。時折出てくる,ソロもじっくりと聞かせてくれました。COOの女性のホルン奏者による(今回の座席からは,管楽器奏者はっきり見えなかったので推測ですが)第1楽章後半のソロとか,OEKの遠藤さんによる第2楽章前半のソロとか,いずれも演奏の空気を変えるような素晴らしいものでした。

フィギュアスケートなどですっかりお馴染になった第3楽章も聞きごたえがありました。シンバルなどが入るエンディング(ラフマニノフ得意の「ジャンジャカジャン」というワンパターンのフレーズですね)もワクワクとしましたが,低弦を中心とした熱いカンタービレも印象的でした。アリス=紗良さんのタッチも終盤に向かうほど,熱がこもり,協奏曲の醍醐味を味わわせてくれました。

演奏後は非常に盛大な拍手が起こりました。その時のアリス=紗良さんの視線は,どこか宙をさ迷っているようでした。演奏中の集中力の高さとは反対に,力を尽くして演奏し終えて,呆然としているような感じがあり,「やはり18歳の少女だったのだ」と初々しく感じました。

その後,アンコールとしてリストのラ・カンパネラが演奏されました(ちょっとアンコールに入るタイミングが早い気がしました。もう少し拍手をしていたかった気分でした)。タイトルどおり,鐘を思わせるような硬質な響きと音のキレ味が大変素晴らしく,曲が進むに連れて勢いが増していくノリの良い演奏でした。アリス=紗良さんについては,これからも,金沢で公演を行う機会があることでしょう。OEKの定期公演への登場を期待したいと思います。

後半の「森の歌」は,もともとがスターリンやソヴィエト共産党を賛美する曲ということで,近年,世界的に演奏される機会は少なくなっている曲です。しかし,今回の井上道義さん指揮による起伏に富んだスケールの大きな演奏を聞いて,その音楽の単純明快な迫力に圧倒されました。有無を言わさぬ魅力のある作品だと実感しました。曲は7つの部分から成っていましたが,後半はほとんど一気呵成に演奏しているような感じで,40分ほどの大曲があっという間に終わりました。ステージには,2つのオーケストラ,特別編成合唱団,2人の独唱者が乗っていた上,オルガン・ステージには,OEKエンジェルコーラスとバンダが入っていましたので,そこら中,人,人,人で,まさにお祭りのような雰囲気がありました。

第1曲は,底知れぬ雄大な気分で始まった後,安藤常光さんのバス独唱が続きます。もう少し声量があると良いかなと思ったのですが,それでも,こういうゆったりとした低音を聴いていると,ソ連ではなくロシアの音楽だなという気分になります。

第2曲には女声合唱が加わります。そのことによって,前曲と対照的に春がやって来たような穏やかな気分になりました。その後,テンポが速くなり,大きく盛り上がります。この辺の疾走感はショスタコーヴィチならではです。井上さんの指揮は,曲想の変化が大きいほど,本領を発揮するようなところがありますので,この曲などは大変充実した響きを作り出していました。今回の合唱団は,「森の歌」のための特別編成合唱団ということで,100名を超える大編成でした。特に,いつもより男声の人数が多かったこともあり,とても力強い歌を聞かせてくれました。

第3曲は,ショスタコーヴィチの交響曲第5番の冒頭のようなシリアスな気分で始まりました。一瞬,闇の世界に戻されそうになりますが,第4曲の植林する少年少女隊(ピオネール)の歌で,また明るく健康的な世界に戻ります。今回,OEKエンジェル・コーラスは,オルガン・ステージで歌っていましたので,まさに天上界から地球を眺める”エンジェルたち”のように見えました。この曲の持つ健気さは,やはり子供の歌でないと出せないものだと思いました。今回はロシア語による歌唱だったのですが,エンジェルコーラスのメンバーは,本当によく頑張ったと思います(演奏後のトークの中で,井上さんが「6歳の子供がロシア語で歌っている!」と絶賛し,さらに会場を盛り上げていました)。

そのまま,第5曲の「コムソモールは前進する」に繋がりますが,この曲もまた,勢いのある演奏でした。第2曲の段階で,既に素晴らしい盛り上がりが作られていたのですが,この第5曲の最後の部分は,それをさらに上回る疾走感と高揚感がありました。井上さんは,敬礼をするような感じの独特のマイムを加えて指揮をしており,ノリに乗った演奏となっていました。合唱とオーケストラもビシっと揃っていました。この部分を聞きながら,最終楽章は,一体どこまで盛り上がるのだろう?と底知れぬスケールの大きさを感じました。

第6曲ではじめて,テノール独唱が登場します。志田さんの声は大変伸びやかなもので,ボワーッとした気分を作っていたオーケストラ伴奏とバックコーラスの中から鮮やかに浮き上がっていました。「理想の国土」を歌ったも曲ということで,まさに「夢」のような響きを出していました。最後の方で,オーケストラ伴奏なしで,合唱だけで歌う部分が出てくるのですが,この部分の柔らかさも見事でした。

第7曲は,全曲のクライマックスです。前半は,いろいろな声部が対位法的に絡み合う部分なのですが,スケールの大きさだけではく,こういう部分での精密な音の絡み合いも大変楽しめるものでした。大詰めのクライマックスではオルガン・ステージで満を持して待っていたバンダ部隊も加わり,ちょっと他に例がないような壮麗な盛り上がりを作っていました。全員が一丸になっての高揚感というのは,そこで歌われている内容は別にしても,感動を呼びます。字幕に「コミュニズム」「わが党」というような詞が出てくると,ちょっとドキリとしたのですが,「もうこの際,人類の理想を求めるものならば何でもありかな」と思わせるような鳥肌の立つようなエンディングでした。

この「森の歌」についてては,初演の際に意図された政治的なメッセージを抜きにして,シンプルな「緑化振興の歌」として聞くべき時代になったのかもしれません。今回の演奏を聞いて,このまま埋もれさせて置くにはあまりにももったいない作品だという気がしました。音楽的な魅力と歌詞とのギャップについては,ショスタコーヴィチ以外の曲にもあると思うので(例えば,モーツァルトの「魔笛」なども,「ザラストロ万歳」というような,現代からみるとちょっと分かりにくいエンディングですね),「森の歌」についても再評価を行っても良いと感じました。

「森の歌」の演奏後,井上さんが,「本当はこの演奏会は岩城さんが指揮をする予定でした」と語って,G線上のアリアの演奏を始めました。あまりの曲の迫力で岩城さんのことはすっかり忘れていたので,このアリアのゆったりとした響きを聞いて,不意を突かれたような気分になりました。非常に心に染みる演奏でした。

というようなわけで,いろいろと盛り沢山な内容で行われた石川県立音楽堂5周年記念イベントも,この「森の歌」で盛大に締めくくられました。帰りには,「森の歌」にちなんで,「植木プレゼント」がありましたが,これもまた”緑化政策”好きの石川県らしいと思いました。今回のイベントには,この植木を含め,いろいろなアイデアが盛り込まれていて感心したのですが,これからも石川県立音楽堂という立地条件も良く,設備も立派な本拠地を最大限に利用した活動を期待したいと思います。 (2006/11/06)



音楽堂の前の看板です。


演奏会の後,プログラムにクローバーマークの付いていた人には植木のプレゼントがありました。


200人ぐらい当選したので,音楽堂の前は大変賑わっていました。