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オーケストラ・アンサンブル金沢第210回定期公演M
2006/11/10 石川県立音楽堂コンサートホール
1)モーツァルト/劇音楽「エジプトの王タモス」K.345〜第2,3,4,5曲
2)モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」K.492〜とうとう嬉しい時が来た
3)モーツァルト/歌劇「ドン・ジョヴァンニ」K.525〜打ってよマゼット
4)モーツァルト/劇音楽「エジプトの王タモス」K.345〜第7曲
5)モーツァルト/歌劇「後宮からの誘拐」K.384〜あらゆる苦しみが
6)トルドゥラ/唇にバラを(ラ・ローザ・アル・ラヴィス)
7)ヒメネス/ルイス=アロンソの舞踏会〜間奏曲
8)チェピ/セベデオの娘たち〜捕らわれ人の歌
9)ニエト&ヒメネス/セヴィリアの理髪師〜皆が私を別嬪と呼ぶ
10)ファリャ/バレエ音楽「三角帽子」第1組曲
11)(アンコール)ファリャ/バレエ音楽「三角帽子」第1組曲〜ブドウの房
●演奏
ジャン=ピエール・ヴァレーズ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)
オフェリア・サーラ(ソプラノ*2,3,5,6,9.10)
ジャン=ピエール・ヴァレーズ,シルヴィオ・グアルダ,フロリアン・リイム(プレトーク)
Review by 管理人hs
スペイン出身のソプラノ歌手,オフェリア・サーラさんをソリストに招いてのジャン=ピエール・ヴァレーズさん指揮によるオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の今回の定期公演は,まさに”スパニッシュ・ナイト!”といった感じのとてもまとまりの良い演奏会となりました。”スペイン風”といってもギラギラとした日差しだけではなく,何とも言えない陰影の濃さを感じさせてくれた点が素晴らしいところでした。

最後の曲が,ファリャの三角帽子の第1組曲ということで,通常の定期公演に比べ,最後の曲がかなり軽めでしたが,スペインというキーワードの下に多種多様な曲を集めた,一種「コンセプト・アルバム」を聞くような感じで楽しむことのできた演奏会でした。,

演奏会の最初は,モーツァルトの劇音楽「エジプト王タモス」の中の4曲が演奏されました。この曲は特にスペインに関係がある訳ではないのですが,エジプトが舞台ということで,エキゾティズムを感じさせる題材を持った作品です。内容的には「魔笛」との関連がありそうです。モーツァルトの曲の中でも演奏される機会が特に少ない作品の一つだと思いますが,予想以上に聞き応えのある作品でした。今回初めて聞く作品でしたが,隠れた名曲だと思いました。

今回は4曲が抜粋されて演奏されましたが,その緩急の配列が丁度コンパクトな交響曲のようでした。ほの暗い気分が漂う辺り,交響曲第25番を思わせるところがありましたが,そこまで激しくはなく,「ほど良い暗さ」がありました。歌劇「ドン・ジョヴァンニ」などに近い雰囲気もありました。

この「ほど良い暗さ」が,非常に魅力的だったのですが,これはあまりオーケストラを激しく縛りつけないヴァレーズさんの作る音楽の特徴であるかもしれません。それでも,最後の曲などは,ティンパニやトランペットなどが加わった充実した響きを作り,全曲を締めていました。

続いて,この日のヒロインのオフェリア・サーラさんが濃いワインレッドのドレスで登場しました。サーラさんは,スペインのヴァレンシア出身のソプラノ歌手で,今回の来日が日本デビューです。それが金沢での定期公演だということは,私たちにとっても大変嬉しいことです。かなり小柄の黒髪の方ということで,どこか親しみやすさを感じさせてくれる雰囲気を持った方でした。

サラさんの声質は,今回,「フィガロ」のスザンナのアリア,「ドン・ジョヴァンニ」のツェルリーナのアリアを歌ったとおり,かなり軽めで,スーブレットと呼ばれる”小間使い”役を得意としているようです。この2曲のオペラですが,2曲ともスペインを舞台としています。この辺りから徐々にスペイン風味が漂ってきました。

最初の「フィガロ」のアリアは,終幕の夜の闇の中でひっそりと歌われるアリアで,私自身,このオペラの中でも特に好きな曲です。サーラさんの声は,軽いだけでなく,落ち着きと艶やかさと瑞々しさを兼ね備えており,この曲のムードにぴったりでした。特に全体に漂う不思議な艶が魅力的で,それほど声量があるわけではないのですが,ぐっと引き付けられました。ゆったりとしたテンポで演奏したOEKの演奏もサーラさんにしっかりと寄り添っており,夜の静けさとロマンティックといってもよい気分を出していました。

次の「ドンジョヴァンニ」のアリアの方は,村娘のツェルリーナが媚を売るような歌です。こちらの歌にもしっとりとした優雅さが漂っていました。この2曲のような静かめの歌を音楽堂コンサートホールで聞くと,その響きの良さが実感できます。サーラさんの声は,ホールの響きにぴったり馴染んでいました。

その後,サーラさんが一旦引っ込み,先ほどの「タモス」の中の別の曲がOEKのみで間奏曲として演奏されました。「嵐」を思わせるような,なかなかドラマティックな曲でした。その後,前半の最後の曲となる歌劇「後宮からの誘拐」からのコンスタンツェのアリアが歌われました。この曲は,映画「アマデウス」の中にも出てきた技巧的な曲で,最初の2曲とは違った華麗で強い歌を聞かせてくれました。この曲でもオーボエ,ヴァイオリン,チェロ,フルートといった楽器が室内楽ような感じで活躍するのですが,その後を受けて,コロラトゥーラを駆使するような技巧的な部分に入っていきます。サーラさんの燐とした声は内面から湧き上がる強さを持っていました。冴えた技巧が,浮ついた感じにならないのが素晴らしいと思いました。

前半は,ヴァレーズさんの作り出すほの暗い空気の上にサーラさんの声がスッーと浮き上がって来るようなムードの曲が続きましたが,後半は,完全にスペインを意識したプログラムとなりました。ただし,ここでもギラギラした明るさではなく,じわーっとスペイン風が染みてきました。光が当たると影ができますが,その影を描くことで明るさ強調されるような感じでした。恐らく,こういう雰囲気の方が本物のラテンのムードなのだと思います。

後半最初に歌われた「唇にバラを」という曲は,短い6曲からなる作品でした。オーケストラ伴奏による民謡的な組曲ということで,オーベルニュの歌を思わせるような雰囲気もありました。この曲でも前半同様に管楽器のソロが活躍していましたが,それに加え時折ハープの音などが加わり独特の色合いを出していました。歌と伴奏が一体となって,しっとりとした上質な時間が流れて行くような作品でした。

続いて,サルスエラのコーナーとなりました。サルスエラというのは,スペイン独特の伝統歌劇ということで,通常の歌劇よりは,歌い回しなどがもっと土俗的な感じです。演歌に出てくるようなコブシを回すような部分があったりして,ドラマと同時に親しみやすさを感じました。今回は2曲が歌われましたが,いずれもエンジンが全開になったような生気のある歌を楽しむことができました。特に最後に歌われたヒメネス作曲の「セヴィリアの理髪師」(「フィガロの結婚」とうまく呼応した選曲でした)の中の1曲の最後の部分では,決然とした高音をバシっと決めてくれ,爽やかな気風の良さを残してくれました。

このコーナーでは,オーケストラ単独で演奏された「ルイス=アロンソの舞踏会」からの間奏曲も大変楽しい作品でした。スペイン風ラプソディ的な曲で,ティンパニに加え,カスタネット,大太鼓,シンバルなど打楽器が盛大に入り,「オー,エスパニオ〜ラ!(意味不明?)」というムードのある変化に富んだ曲でした。この日のティンパニ奏者は,シルヴィオ・グアルダさんというフランス人奏者で,プレトークでは,故岩城宏之さんとも共演したことがあるという話をされていました。この曲では,思い切りの良い気持ちの良い強打がビシビシ決まっており,演奏を大いに盛り上げてくれました。ヴァレーズさんもラテン系の指揮者ということで,音楽全体に明るく開放的なムードがあふれていいました。

演奏会の最後は,ファリャの「三角帽子」の第1組曲でした。上述のとおり,定期公演の「トリ」としては軽い作品で,しかも最後の音が,ちょっと中途半端な感じで終わる曲なので,どうせならば第2組曲で締める方が良いかなと思ったのですが,オーケストラの響き自体は,この曲でもとても開放的で,とてもな明るさを楽しむことができました。曲の最初の部分のグァルダさんのティンパニとトランペット2本による強烈な響きが特に印象的でした。バレエ全曲版だとその後にメゾ・ソプラノの声とオーケストラ団員による掛け声が入るのですが,この部分も聞いてみたかったな,と思いました。

アンコールには,この第1組曲の最後の部分がもう一度演奏されました。プログラム全体の構成からすると,サーラさんの歌入りのアンコールが1曲ぐらいあっても良かったかもしれません。

この日の演奏会は,全曲ライブ録音を行っていましたが,恐らく,サーラさんの本格的な日本デビュー盤ということになるかと思います。どの曲が収録されるのかは分かりませんが,選曲面でもとても楽しめるCDになることでしょう。サーラさんは,来年6月に東京の新国立劇場で行われる「ばらの騎士」にゾフィ役として登場するようですが,恐らく,ここでも見事な歌を聞かせてくれると思います。金沢でも,今度は是非オペラの中の歌手として聞いてみたい方です。今後の活躍を見守りたいと思います。

(参考)http://www.nntt.jac.go.jp/season/updata/10000059.html
(2006/11/11)

今回のサイン会



オフィリア・サーラさんのサイン


ジャン=ピエール・ヴァレーズさんのサイン